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【第四回】歩くのが好きだ!


 Web小説を書いていらっしゃる皆さま。


 あるいは様々な媒体にて、物語を創っておられる方々に質問します。


 いつ、どこで、お話を練りますか?



・ ・ ・



 創作者の数だけスタイルがある、と思う。


 他の方々の執筆風景を知るたび、わたしはへえーと感心している。千差万別だ。


 時間を決めてパソコンやスマホの画面に向き合い、集中してお話を紡ぐ方。


 あるいは日常のふとした瞬間に飛び出したアイディアをメモにつかまえ、後でまとめたり発展させる御仁もいるのだろう。


 わたしの場合は、どちらかと言うと後者である。だいたい常時、物語のことばかり考えて生きているので、単純作業や家事中はほぼ執筆陣とブレインストーミングを並行している。


 ……執筆



 わたしの脳内にはひとつ、円卓のこたつが置いてある(夏の間は円卓のちゃぶ台になる)。


 ここには異界の同人作家たるおじさんが何人か常駐していて、ああだこうだと言いながら物語を練っているのだ。


 広い円卓なので、物語の登場人物たちもしょっちゅう出入りする。自分の登場に関して、ああしたいこうしたい、どう活躍したいと本人たちが言いたい放題していく。


 そういった様々を経て、こたつから原案が提出される。わたしはそれを読める状態の日本語にして、書き出しているのである。


 要するにわたしは彼ら、≪おじさん執筆陣≫の媒体みたいなものなのだ。


 あんまり気負わずに、長期間こつこつ続けていられるのは、ひょっとしたらこの辺の感覚のおかげ……なのかもしれない。



 なんだかこっぱずかしい乙女系展開になっちゃったけど、まぁ上品老公の案だからいっか。


 うーん微妙によくわかんない、けどとりあえず流れのナレーション入れておけば、インテリ王が後で手を入れてくれるでしょう。


 区切り編集は……書店主に一任しよう、そうしよう。よろしく頼んだ。


 などなど、分業している感覚がどこかにある。一人で書いている気は、あんまりしない。



 本当に、自分でもかなり危ない状態なのかしらん? と思うことがある(なので今回このことを書くのも、けっこう躊躇した)。


 けれど最近、よく似た先駆者がいたじゃないかと思い出した。


 わたしの大好きな作家のひとりに、フィオナ・マクラウドというひとがいる。


 十九世紀のケルト文芸復興運動の中で、スコットランド・ケルトの魅力的な悲劇をこれでもかと美しく輝かせた異才だ。


 表舞台に出てこないミステリアスな女性作家と言う触れ込みだったけれど、彼女はウィリアム・シャープという男性作家の中に住んで・・・・・執筆していたのである。


 そういうフィオナにずっと感化されていたのだから、わたしの中におじさん執筆陣がいるのも別段ふしぎなことではないのだ。……たぶん。



 わたしは歩いている時、彼らおじさん執筆陣とよく話す。


 町内コンポストへの生ごみ持参や、商店街での買い物行程などに組み込んで、一日でトータル一時間前後は歩くようにしている。時間がある時は山にある森を歩く。


 山奥いなかの町に住んでいるので、自然は近い。さらに人もほとんどいない。そういうところでなら、怪しまれずにふつふつと呟きながらブレインストーム・ウォーキングを続けられるのだ。


 座りっぱなしだと腰や背中を痛くしてしまうし、肩こり冷え性その他さまざまな弊害が出る(経験済み)。


 デスクワーク創作をするなら運動は必須、という声もよく聞くけれど、運動するならその時間で書きたいよ……と思うものだ。


 なのでわたしはこの日常的ウォーキングの時間を、執筆陣との対話枠として、目いっぱい有効活用しているのである。



 わたしの住んでいる世界の範囲なんて、本当にせまいものだが、これまで長く感じていたかなしき圧迫感は少なくなった。


 旧い黒石造りの怪物噴水、谷の向こうにいるらしい鳥の鳴き声、巨岩上にしなびた苔。


 ≪空色≫のあらわしうる無限の数、四つ葉のクローバーと目の合ってしまった瞬間。


 創作・・とともに歩いて生きることで、ここではないどこかへと通じる≪扉≫はどこにでも見いだせるのだ、とよくわかった。


 そういう歩みの時間から生じるものは、決してむだなものではないと信じる。


 少なくともわたしにとっては、深い意味のあるものだ。



・ ・ ・



 とある熱帯夜。気分転換のつもりで心理テストをしていた。それ自体はジョークみたいなものだったが、設問のひとつにわたしは息がつまった気がした。



『あなたが一番大切にしているものと、あなたが一番入手したいものを、取り換えることができるとします。あなたはこの交換に応じますか?』



 わたしが一番大切にしているもの? そりゃ物語である。これまでに書いてきたもの、今書いているもの、これから書きだすだろうもの。そのすべてだ。


 それを一番欲しいものと、取り換えることができるとしたら……。はて、欲しいものとはなんだ。


 そうして投稿までこぎつけて、Webの大海に送り出した作品が、たくさんの人々に触れられることだろうか。ギレルモ監督の手によって映像化され、RTÉで放映されることだろうか。(※アイルランド放送協会)ふふふ……。


 にやつきかけて、わたしは凍る。


 けれど、そこでわたしは物語をなくすことになる。……それは、だめだ。


 多くの人々に評価されたとしても、その物語じたいがわたしの中になければ、何の意味もないではないか。


 たとえ自分以外の全他者に評価されないとしても、わたしは内に物語を抱えていたいのである。


 私の中に物語がいてくれさえすれば 、私の一番大切な部分というものは守られるのだから。


 そういうわけで、わたしは『交換に応じません』の回答をポチした。要するにわたしは、欲しいものをすでに持っていたのだと気づく。



・ ・ ・



 これから先、どのくらい書けるのかなあと時々思う。つまりわたしは、あと何年物語とともに生きられるだろう?


 わかるわけないのだが、そういうぼやきをおじさん執筆陣にふっかけながら今日も歩く。ぼやく暇があったらお書きよ、と鷹揚な返事が脳内にひびく。


 駄作を恐れず(藤沢周平先生)、ついでに言ったら駄文もおそれず。


 自分の中にあるものを、自分の中にやってくるものを。書いて歩いて、かいて生きてゆこう。


 わたしは歩くのが、とっても好きだ。



【終・次は最終回です】

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