【第二回】物語をかくのが好きだ
書き手は、熱き魂のこもった作品を。
読み手は、うまれたての感動を。
それぞれのユーザーがお互いの想いを産地直送にて贈りあえる、素敵すぎる場……。それが小説投稿サイト!!
この場を利用されている皆さまの中には、書き手と読み手どっちでもあるよ! と言う方も多いのではないだろうか。
そして書いている方の数だけ、その人なりの作品に対する物語があるのではないかしらん。そのタイトル。
『あなたは、どんなきっかけで作品をかき始めたのですか?』
・ ・ ・ ・ ・
わたしの場合は、『乾癬のおかげ』である。
近年、日本でも少しずつ知られるようになったこの自己免疫疾患に、わたしはかかっている。
発症してかなり長いこと経つのだが、これが数年前に大爆発した。
それまでにも不定期な発症があり、皮膚科の診察ですでに【尋常性乾癬】と診断されていたため、爆発当初もさほどうろたえなかった。
「あーあ、またいつものビッグなウェーブよ。しょうがないなあもう」
くらいにのんきであった。
身体の表面、と言っても背中や腹部など衣類でかくせる部分が赤くただれ、白いかさぶたが浮いてうろこのようにぼろぼろ剥がれ落ちるだけのこと。
かゆいのはステロイド剤でなんとかおさまるし、数週間の我慢を越せば、やがてはおさまるはず――だった。
だがしかし、その時の乾癬は進化していたのである。
両足裏がただれ始め、これまでにない強烈なかゆみが特に夜間ひどくなる。
皮膚の下にぷつぷつとした水泡がみえた。
【膿疱性乾癬】……そう診断されても、合う薬がない。と言うか、処方薬が合うかどうか判明するまで数か月のあいだ、経過を見なければならない。
と言うわけで約一年、わたしはこの夜間の悶絶かゆみと対峙するはめになった。
「かゆいんです。もう本当のほんとに、壮絶にかゆいんです」
家族、親戚、知人に薬局の人……。勇気を出して訴えてみても、どうもどちら様もまともに受けとってはくれない。……何故だ。わたしの顔はそこまで地が平和だと言うのだろうか?
かゆくて泣いた、と言うのも人生で初めてのことだったかもしれない。
幼少期のアトピーに始まり、虫に刺されやすく敏感肌で人一倍多彩なかゆみを越えてきたこのわたしが、ありえないと絶望する果てしのないかゆさなのだ。
日中もかゆいことはかゆいが、夜間のひどさに比べたらちゃっちいレベルだった。
土踏まずを中心として、もう足の裏が全面的にかゆい。指もまんべんなくかゆい。
寝床に横になってしばらくすると、強烈な掻痒感にひっつかまれるのだ。
耐えると休むを同時に行えることはなく、わたしは慢性的な寝不足に陥った。
もともと寝つきの悪さには自信があったが、このころは本当に眠れなかった。
あまりの辛さに、かいてしまう。
効かない外用薬を塗りたくって、靴下をはいたその上から、足裏をすり合わせてかき壊す。かゆみが痛みにすり替わって、ようやくまどろむ。
靴下の中には、はがれた皮がどっさりとたまった。
次の日は歩くたびに苦痛にうめく……。よく生きていたなあ、と思えるくらいの惨めな日々だった。実際、死を考えもした。
≪この先の人生、こんな拷問みたいな夜しか過ごせないんなら≫
ほんとの本当に、そこまで思うほどに辛かったのである(ここでもまともにとってもらえず、わかってもらえないのかなあ~と思いはするが)。
当時のわたしは、乾癬かゆみに負けての自分安楽死をわりと本気で検討していた。それが許されないことも、もちろんわかっていた。
と言うわけで、死んでしまう前段階の手段として、≪逃避≫をしたのである。
この現実世界中、どこまで行ったって乾癬はわたしを追っかけてくるだろう。
なので、自分の内側にある場所へ逃げることにした。
恐怖の時間が始まる前、わたしは寝台に足を投げ出して座り、紙質のわるいブロックノートに文字をかき始めた。
はるか大昔に漫画として描いていた物語、その裏話のようなものを書き始めたのである。
自分でも気に入っていた悪役を主人公として、彼女視点の物語をつづっていった。
気休めにしかならないのだろうな、と期待もせずに始めた試みだったが、≪かゆみ≫≪痛み≫以外に意識を向けられるものがある、という感覚をわたしはなつかしいと思った。
実際、そのおかげで眠れるようになったとか、かゆみがひいた、なんてことはない。
ただ、おそろしい夜を耐えるのに別の支えができた、というのは確かだ。
次はどうなるのかな、と物語の展開についてめぐらせる思いの中に、わたしは逃げられていたのだと思う。
結局、皮膚科医が思い切ったように処方した、かなりきっつい抗がん剤がようやく効果を発揮するまでの長い間を、わたしはどうにか生きのびた。
足裏の皮がなくなってしまったので武道をやめ、アルコールを一生のめなくなったが、≪かゆくない≫身体を取り戻せてわたしは嬉しかった。
そうしてさらに、わたしの中には物語が戻って来ていたのである。
今までの人生経験の中、フィジカル面で一番つらい出来事ではあった。
しかし乾癬がわたしに物語を取り戻させたことも事実であるからして、得たものを大切にしたいと思う。
そう、乾癬のおかげでわたしは物語に再会できたのだから。
こうして、わたしは『白き牝獅子』を完成させた。
と言っても、ほんとに完成させただけ。それをどうするかは考えず、この物語はその後も長くブロックノート上に在るだけだった。
・ ・ ・
コロナ禍の明けたころ。
忙しくなった家族に代わり、借りていた市民菜園をわたしが世話するようになった。
ようやくまともに歩けるようになっていたし、土に触れられるのも気持ちがよかった。
その市民菜園へは自宅から二キロほど歩くのだが、道のり途中にでかい交差点がある。
交通量も多いのに信号がなく、わたしはいつも横断歩道の前で恐々と立ちすくんだ。
目の前を、ずんずんびゅんびゅん、大型トラックがゆく。
≪ほんの一歩か二歩、前に出ただけでわたし死んじゃうなあ≫
通り過ぎる車を見ているうちに、≪死≫が妙に身近に感じられた。ちなみにその交差点の向こう側は、市民墓地である。
≪て言うか、ドライバーの手元がちょこっと狂って、こっち寄りに突っ込んでも、わたしはあっけなく死んじゃうわけか≫
不幸な偶然は、誰にだって降りかかりうる。
後ずさりしつつ、わたしはそうなった場合何がどうなるのだろう、と思った。ちなみに(2)どこか異世界へ転生できるんじゃないかしら、と言う発想はなかった。トラック転生という概念をわたしが知るのは、もう少し後である。
そうして頭に浮かんだのは、真っ黒く字で埋められたブロックノートだった。
身体じゅうをつめたい悪寒が、……いいや。かなしさが突き抜けた。
この瞬間にわたしが生をなくしたら、物語もふっつり一緒に消えることになる。わたしの他に誰も知らないあの物語は、はじめからなかったことになる……。
それはいやだ。のこしてはゆけない、と思った。
遠い昔、小学校までの野道をゆく間に。
ひとつ昔、もやがかった山地を走るバス・エーランの座席で。
気づかずわたしは物語と一緒ではあったのだけれど、たぶん別個の生命としての物語を認識し出したのは、この時だ。
だからこそわたしの頭の中以外に、ぜひとも居場所をつくってあげたい、そう思うようになったのである。
少し後、小説投稿サイトのことを知った。
一年以上まよってから投稿をはじめ、今にいたる。ずっと書きつづけている。
・ ・ ・
この辺も、サイトそのものをテキストエディタ的に活用して直接執筆なすっている方々にとったら、奇異にうつるかもしれない。
わたしの場合、紙上に物語をかき出してからが長い。投稿したものが実際ひと目に触れられる状態になるまでに、時間と過程がかかる。
と言うかわからないことだらけである。それでもめんど臭がらずに続けていられるのは、何をどうしたって【物語が好きだから】だ。
投稿を始めて以来、乾癬はずっと静かになった。
ノーマルスタンダードに尋常性なやつすら、あんまり出てこない。
一般の方々に比べたら病人っぽいのは否めないけれど、現在【物語】と生きているわたしは、これまでで一番元気になっている。
なのでこのまま、わたし自身という物語が終了する日まで。
どうにか元気に、楽しく物語を書き続けていければいい、そう願っている。
いちど別離を経てしまったものだけに、再会できたことは奇跡みたいにも思えるのだ。
やっぱり好きだ。わたしは物語が、大好きだ。
そういう大切な存在とともに生きられるわたしは、自信をもって幸せである。
離さへんよ~、もう二度と!!
【終:次回へ続く】




