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act,9 策士。

 小笠原の作戦は簡単だ。言ってもわからないのだから、実際に誰か連れて行って恋人が居ると思わせればいい。必要なのは役者だったが、小笠原はすでに役者候補を見つけていた。


「悪い虫って、柏木のことだったのか…」


 吾妻少年が、小笠原に誰かが付きまとっていると言っていた。キマリ兄がてっきりそれなのだと勘違いしていたが、彼の興味が俺に移る以前も、小笠原に付きまとっている事実は無かったと言う。むしろ転任したばかりの小笠原に、職場に馴染めるように図ってくれたらしい。確かに馴れ馴れしくはあったようだけど、心配することは何もないようだった。


「…兄さんって、年上好きみたい……騒がせてごめん」

「いや、今更だけどな…こうして役を買って出てくれるし、俺にもいろいろ教えてくれたから…恩を感じてならない…」


 心なしか遠い目で部屋の中を眺めながら、植木の陰に隠れているのは俺とキマリだ。


「柏木さんは乗り気だったらしいしね…職場にまで顔を出す相手を追い払うつもりもあったみたいで…兄さんがいいことしてたなんて驚きだよ僕」

「お前はどれだけ過去にトラウマがあるんだ……」


 笑顔のキマリだったが、笑顔の裏に黒い何かを感じた。キマリにそう思うのは久しぶりだったが、キマリの笑顔にはやはり裏があるに違いないと思う。

 俺たちが隠れているのは、話し合いの会場になっている旅館の庭だ。中庭に立派な日本庭園が作られていて、隠れる場所には困らない。中庭が丁度よく見える座敷で、小笠原と、後見人の叔母さん、相手の柏木と、偽彼氏のキマリ兄が大きな檜のテーブルを挟んで座っている。今日の目的は結婚話を進めることにあったようだが、小笠原が彼氏を連れて行ったことで状況は一変した。焦った様子の叔母さんと柏木、余裕で微笑んでいるのはキマリ兄で、小笠原はその隣で鎮座しながらこれまた緊張した面持ちだった。たまに軽く微笑んでもいるようだったけど、笑顔がぎこちないのがここからでもわかった。柏木は一見して優男と言った感じで、タイプとしてはキマリ兄にも似ているかも知れない。と言ってもキマリ兄の優男っぷりは作り物だとキマリが言うので、表面上似ているようには見えるが、実際は違うのかも知れない。長身で細身だったが、歳はおそらく小笠原よりも上、キマリ兄よりも上で、三十路くらいだろう。短い黒髪は爽やかでもあるが、人がよさそうを通り越して意思が弱そうにも見えた。柏木は結婚に乗り気だったらしいけど、想像するに、小笠原はあまりにまともに乗り気すぎる柏木を、断るのがかわいそうだと思ったのではないだろうか。あの雰囲気はなんとなく、断ったら海に身投げでもしてしまうのではないかと心配させるタイプだ…。でもそれが幸運とも言えよう。強引な叔母さえ丸め込めば、どうとでもなるはずだからだ。その点役者がキマリ兄である限り、たとえどんなに屈強で意思の固い大男が来ても丸め込んでくれそうに思えるから不思議だった。

 何を話しているのかはわからないが、しゃべっているのはずっとキマリ兄で、叔母と柏木は愛想笑いをしながら額に汗が浮いているのがわかる。あそこまで自信満々に演技されると、嘘とわかっている俺たちですら遠い目をしてしまう。相手がかわいそうとすら思える。


「けれど、上手くいってよかったな…僕の見立ても間違ってるのかと思った」

「……根拠がないのは本当だったけどな」

「でも、当たってたでしょう?君じゃなきゃ先生は救えないって」

「……そうだといいけど…」


 俺の呟きにキマリは微笑む。以前ならここで、そうじゃないとか俺は反論していたかもしれない。


「アイオくんが恋を自覚してくれてよかった」

「他人のことなのに、自分のことみたいに喜ぶよな、お前」

「傷を癒せるなら、皆の傷を癒したいって思うよ…だから誰かが癒されるってわかったら嬉しい。あの騒動で、逆に傷を深めた人もいるだろうから…尚更」

「キョクを壊されて、悲しむ人間も居るのか」

「居るさ…僕を恨んでるかも知れない。キョクしか支えが無い人も、きっとまだたくさんいる。けど、僕は、人間の世界で皆が元気になれたらいいと思う…」

「…キョクを否定するのか?」


 キマリが思案するように空を見た。今日はよく晴れている。


「否定はしないけど…キョクがすべてじゃないって気付いて欲しいかな…。幸せは人間の世界にあるんだよ、多分」

「お前の幸せはどうなんだ?」

「僕?」


 キョクがすべてではないと言うのなら、キマリはすでに人間の世界で幸せを見つけているのだろう。キマリの幸せとは何なのか。


「僕の幸せは…うーん…」

「悩むなよ…人間の世界に幸せがあるって悟ってるなら、何か思い当たるんだろ」

「……月並みだけど、愛かなぁ」

「…愛?」

「愛があれば人は救えるし…歪んでるけど兄さんも愛してくれるしね」

「……歪んでるって、お前な…」

「僕、要らない子だったんだよね、結局。でも兄さんは、唯一僕を庇ってくれたから」

「……要らない子…」

「逆に一番ひどいことしたのも兄さんだけどね。話すと長くなるから、またいつか話すよ」


 キマリは微笑んだ。その笑顔に丸め込まれた気もしたけれど、とりあえずいいかとも思えてくる。小笠原の心の傷を口にしないようにするだけでも精一杯なのに、キマリの傷まで知ったら、かわいそうで仕方ない気がする。今が笑顔ならそれでいい。キマリの笑顔は黒いものが見え隠れするけど、笑顔ならいいってことにしておこう…。


「あ、話がついたのかな…?何か逃避行って感じだけど」


 言われて座敷へ目線をやると、キマリ兄が立ち上がって小笠原の手を引いている。戸惑う小笠原と、目を丸くしている叔母、そして今にも泣き出しそうな柏木…。想像以上に上手く行っているようだ。二人で部屋を飛び出してしまえば、小笠原は叔母の顔に泥を塗ったことになるのだろうか。心配もあるけれど、叔母の機嫌を損ね、柏木が戦意喪失して結婚話が無くなれば、これ以上のことは無い。


「駆け落ちっぽくもあるな…俺には出来やしない。お前の兄貴に頼んで正解」

「兄さんが役に立ってよかった…」


 安堵のため息を吐くキマリを横目で見つつ、思ったとおりに二人で部屋を出て行った小笠原とキマリ兄に、俺も作戦成功のため息を吐いた。


「じゃあ、迎えに行こうか」

「…そうだな」


 俺とキマリは庭から立って、旅館の駐車場へ向かった。四月の終わり、穏やかな春の気候は、ひと段落ついた俺たちを表しているようにも思えた。この穏やかさがどれくらい続くのかわからないけど、笑顔で居られる今を大事にしようと思う。今あるものが永遠に続くとは限らないのだから、欲しいものには手を伸ばして、抱えていなくてはと思う。そう思えるようになったことは、俺が成長できたって証なんだろうか。この調子で、恋愛感情にしっかり自覚を持てればいいけど…。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

アイオくんの恋愛に一応区切りをつけたつもりです。

ピュアカップルは今後もぐだぐだでピュアな恋愛をしていく、のでしょう…。

そしてハシラビト和合同盟、実は新シリーズへ続きます…。

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