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act,8 告白2。

 予想もしてなかった展開が、起こった。小笠原は見合いをするんじゃないかというクラスメイトの予想、あの会話のあと、転機はいきなりやってきた。この間の電話でした約束を小笠原が断ってきたのだ。俺は学校から家へ帰る途中で、ケータイが震えたのに気付いて、歩きながら電話に出た。


『ごめん、あの約束、どうしても外せない用事ができて、無理になった』

『は…?』

『これすっぽかすと、駄目なんだ。説得するチャンスだから』

『説得って、誰を』

『叔母さんがな、無理やり話を進めてて』


 話を進める、ここまで来れば、キマリや皆の推測通りである気がした。俺は当たりをつけて切り出す。


『話って…見合い話、なんだろ』


 戸惑ったように、小笠原が息を呑んだのがわかった。


『…………ナツに聞いたのか…?』


 問い詰めるみたいに真剣な声で、ゆっくりと尋ねる。俺は早く答えが知りたくて、小笠原を急かした。


『…いいから、そうなんだろ?』

『…見合い……は、その、』


 歯切れの悪い小笠原。この間から何なんだと思っていた。けれど次の一言で納得し、同時に大きな衝撃を受けることになる。


『………ごめん、もう済んでる』

『………』


 済んでる。

 衝撃過ぎて何も言えない。小笠原がわからない。何でずっと黙ってるんだ。


『私は同意したことないんだ。けど叔母さんとあっちの人はもう乗り気で…断ろうにもどうしてだって聞かれたら困るし、とにかく私は嫌だって言ってるんだけど、叔母さんが強引で』

『待てよ、何で俺に黙ってるんだ』

『だって…!お前、恋愛がわからないって言った』

『言ったけど……でも、言えよ、そういうこと』

『あのな、………私とお前は恋愛未満だって思ったし、お前まだ高校生だろ。引き合いに出せないじゃないか』

『高校生って…』

『見合いのこと、言い出せなかったのは、お前がずっと曖昧だから…友人の範囲で居た方がお前は楽なんだろうって思ったんだ。気付かせようと思って私なりに努力したつもりだけど、お前は気付いてないから…』

『気付いてないなら、ストレートに言えよな…!俺は人一倍鈍いんだって』

『キレるなよ…!私だって考えたんだ!いいから、今度はちゃんと断ってくるから、それまでにお前も、答えを出してくれ』

『答えって…』

『…ここまで来て、恋愛がわからないとか言うなよ…私は、結婚なんてしたくない』


 一瞬の間、沈黙が続くかと思えば、静寂はすぐに打ち消された。


『…………好き、だ。藍生のことが』


 目を見開く俺。何と返せばいいのかわからない。辛うじて、開いた口からは名前を呼ぶ声が漏れるばかりで、


『おがさ、』


 それすら言い終わらないうちに、逃げるように小笠原は通話を切った。切られたことがわかって、自分の心臓の音が激しいことに気がついた。

 別れ話ではなかったが、それはそれで衝撃過ぎた。見合いが済んでること、小笠原が俺に合わせて恋愛未満で居たってこと、それと、告白されたこと。

 まさか電話、それも道端。告白の場所なんてどこでもいいけど、でも道端。しかもあっちから。俺は自分が恥ずかしい。情けないと思う。かっこつけたいわけじゃなかったけれど、小笠原から言われるのは晩生を自覚させる要因にしかならなくて、情けないと思ってしまう。

 二人三脚のパートナーと思っていたので、告白の内容にはしばらく動悸が激しくなっただけで済んだ。小笠原の答えは予想がつかない答えではなかった。どちらかというと、小笠原に告白されたことで、自分が、気持ちに自覚したって言う方にショックを受けた。はっきり言われないと、自分が何を思うのかわからないとは思わなかった。自分でも鈍いと思う。

 

────好き。


 わからないと遠ざけて、俺が理解しようとしなかった感情だ。知らないと、わからないと言う俺に、それでも好きだと言ってくれるのは、小笠原。

 小笠原の言葉で、俺たちはすれ違ってたってことがわかった。お互いに腹の内を読みあってばかりで、俺の方は全く検討違いの見解をしていたけれど、小笠原が言うことは全部当たっていた。俺は恋愛未満の方がいいと思ってたし、これからもそれでいいと思ってた。

 俺は一体、小笠原の何を見ていたのだろう。見合いに悩んでも言い出せないのは当たり前じゃないか。俺は恋愛なんてわからない、小笠原は俺のことをそう思ってるし、事実俺は恋愛なんてわからない。俺が笠馬に恋愛テクニックを尋ねないのと同じことだ。目の前でため息吐かれれば相手は気分を悪くするし、けど、聞いてもわかりそうにない相手なら、聞くだけ無駄だって思うのは当たり前で…。

 俺が腹を立てるのは見当違いだったんだ。

 告白の電話のあと、家に帰ってずっとそんなことを考えていた。俺の答えは何だろう。結婚はして欲しくない、けど、小笠原と恋愛したいのか、それもはっきりわからない。わからないってことに気付いた、そんな自分にあきれ果てる。この期に及んで、俺はまだわからないんだ、自分の気持ちに。


「まじで、どっちなんだよ、俺」


 つい独り言まで出てしまう。部屋の中で、カメラを撫でていたら気持ちが落ち着くかと思ったけど、そんなことは無く、上の空でカメラを触っていたらうっかり相棒を床に落とす気さえして、今はテーブルの上に置いてある。

 こうしてじっとしている間に見合い話が進められたら嫌だとか、妙な不安に襲われる。俺が早く答えを出して、相手のところに乗り込んだら、話は済むのだろうか。けど、小笠原が言うように、高校生なんて引き合いに出せないかもしれない。そもそも好きとはっきり思いもしていないのに、答えなんて出せない。焦れば焦るほど、恋愛が何なのかわからなくなってくる。これじゃいけないとは思うけど。

 一歩踏み出せば、途端に変われるとキマリ兄は言った。彼の場合は相手からキスをされ、それで恋を自覚したらしい。自覚するには何か転機がいるはずで、そう思うと、小笠原の告白は大きな転機に思えるのに、俺はまだわからないなんて思っている。


「……大事なものが、そのままあるってのは、」


 そうあることでは無い。

 俺が大事だと思うこと、それだけはわかる。それは、小笠原が転任するときも、それだけはわかったから、小笠原を追ったわけで。

 今も大事なことだけはわかる。だったら、それを伝えるのが、俺の答えじゃないのか?

 

 俺の中で俺なりの答えを出して、気付いたら足は家を飛び出していた。探すなと言われているけど、小笠原の家を訪ねて、答えを伝えようと思った。電話では軽い気がして、言うなら会って話したいと思った。

 探そうと思えば家なんて探せたはずなのに、今まで探しもしなかったのは、俺の気持ちの表れなのかも知れない。別に会えれば何でもいい。自分から探そうと思わないのは、そこまで安心しきっていたからなのか。会えないことなんて考えてもいなかったんだろう。


「……」


 住所を頼りに駅から歩くと、程なくしてそれらしい場所が見つかった。アパートではなく一軒家。表札の苗字に驚く。


「…柏木カシワギ?」


 誰かの家に居候中なのか…。言いようのない不安が襲う。小笠原が俺に隠すのだから、もしかしたらこれも恋愛関係の話で、まさかとは思うけど、相手の家に居候、いや、同棲中とか、そういうことか…?

 背筋が寒い。思っていた以上に事は進みすぎている。隠していた小笠原を責めてしまいそうになるけど、それは俺の態度が原因だ。責めるのは間違っている。

 転任を期に一族の叔母さんに居候を進められ、断りきれないまま一緒に住み、それも叔母さんの画策なら、見合いを見越しての居候ってことだろう。

 頭の中が真っ白だ…。浮かんでくるのは怒りにも似た、理不尽だと思う感情。


「……藍生」


 知っている声が背中の方から聞こえる。小笠原の声か。ゆっくりと振り向くと、戸惑った様子の小笠原が道に立ち尽くしている。学校帰りなのだろう、肩からはカバンをかけている。


「何で、お前…」

「何でって…」


 俺は苦笑した。何でこんなところに俺は居るんだろう。


「柏木って誰?」

「……えっと…」

「見合いの相手?」

「……最初は、違ったんだ」


 珍しく、俺の予想は当たったのか。柏木がどんな奴でもかまわないけれど、ここまで黙っていられると、情けなくて仕方がない。


「藍生…」

「ここまでお前が黙ってたのは正直、ショックすぎ…」

「ごめん…」


 小笠原が困った顔をしていた。こんな顔が見たくて、来たわけじゃない。


「謝るなよ…そうさせてる原因が、俺ってのには気付いてるんだ…。お前が俺のことを思って、黙ってたんだってのもわかってる。結局俺は恋愛のわからないただの高校生で、好きかどうか、答えも出せない」

「………答え…」


 答えが出せない。そう言った俺に小笠原は目を見開く。


「出せない…のか……」


 この期に及んで、恋愛がわからないと言うな、そう言われたばかりだ。俺の返事にショックを受けている小笠原に気付いて、自然と身体が動いていた。小笠原に一歩近づく。俺が近寄ると、小笠原は逃げるように後ずさった。逃げた分、また近寄って、今度は逃げられないように手を取った。この距離じゃ、まだいつもと変わらない。丁度学校の机一つ分くらいの距離を開けて、俺は小笠原の手を握った。握った手は、一度引かれて、離すように促されたけど、俺はそのまま握り続けた。


「待てよ…自分じゃわからないだけなんだ…!」

「………」

「悩んでるお前に相談できない雰囲気を出してた自分に呆れる、お前から告白受けてる自分が情けないって思う、今だって」


 むかついてる。小笠原が黙ってたこと。黙らせてた俺自身に。


「でも、そういうのって、好きじゃなきゃ思わないだろ……!?」

「……藍生…」


 言って、気付いたら、小笠原が目の前に居た。机一つ分の距離はいつの間にかなくなっていた。目の前に居る小笠原は、俺の肩にも満たない。こんなに小さかっただろうか。近づくと熱を感じる。生きてる人間だって思う。


「好きじゃなきゃ、自分が情けないなんて思わないよな…?」

「……」

「自分じゃわかんねぇんだよ…好きなのかどうかなんて、好きなんて思ったことない」

「…初…恋、なのか……お前」

「……悪いかよ」


 顔を見られたくないから、自然と腕に力がこもる。見上げることも出来なくさせれば、どんな顔してるのか、わからなくて済む。右手を小笠原の後頭部に添えた。息がかかるのか、鎖骨の辺りが特に熱い。


「お前が決めてくれ…これが恋愛感情じゃないなら、俺はお前の結婚を邪魔できない」

「…邪魔したいって、思うのか?」

「………嫌に決まってるだろ」

「…それ…、」


 身じろぐ小笠原に、自分が何をしてるのか自覚する。自然と身体が動いたんだから仕方ないと思い込んで、やり過ごす。捕まえてないと逃げると思ったんだ。


「本当か…?」

「嘘ついてどうするんだよ…」

「だって…、曖昧がいいって思うなら、私がどうなってもかまわないんだって…思ってた」

「お前が困るなら、曖昧は止める。困ってるのに、相談も出来ないなんて、それなら俺は曖昧な関係なんて止める…」

「それじゃ、私が決めてばかりじゃないか…」

「いいんだよ。結局何が大事なのか、考えたら、お前がどう思うかだって思ったんだ。お前が笑顔になれないなら、俺はしない。笑える方に進みたい」

「…笑顔になれる道……」

「結婚してお前が笑顔で居られるなら、俺はそれでもかまわない」

「言ったはずだ…勝手に進めてるのは叔母さんなんだよ…」


 小笠原が俺の腕を払う素振りを見せた。照れくさいので腕を払ったら気まずいと思った。けど、離してくれと言葉でも言われたので、仕方なしに腕を離す。

 離すと、小笠原はカバンを抱えなおして俯いていた。耳が赤いので、小笠原も照れているんだと思った。そう思うと、親近感が湧いてくる。何も俺だけがどきどきしてるわけじゃない。


「邪魔したいなら…協力してくれないか?叔母さんには言葉で言ってもわかってもらえないから…」

「協力?」

「お前に演技しろってのは無理だと思うから…ちょっと、考えがあるんだ」

「……」


 確かに、彼氏の演技は無理だと思う…。見た目はともかく、しゃべれば高校生丸出しに違いない。


「それで…上手く行ったら、私はこの家には居られないだろ…」

「…そうなるだろうな」


 小笠原が「柏木」の家を見上げた。つられて俺も家を見る。部屋の明かりは消えている。もう夜の八時は回っているのだが、住人は帰っていないのか。


「柏木さんは親類なんだ。元々、ここの長男と私を結ばせる予定だったらしい。吾妻の一族は固い人間が多くて、許婚とか、この時代でも持ち出すんだ」

「…許婚って」

「おかしいだろ…今時」


 小笠原が薄く笑った。自嘲なのかも知れなかった。どうあがいても、小笠原も一族の人間だから。


「私は一人だから、叔母さんには逆らえなくて」

「一人?」

「…ああ、言ってなかったっけ…。ちょっと前の、ハシラビトの騒ぎで話した気がしてた。私が覚醒した原因」

「……覚醒って、あの光の力か?」

「…両親が、殺された、と思う。当時のことはよく覚えてないんだけど…ナツが言うには、事故じゃなくて、誰かに…」

「……」


 三月の出来事を思い出す。ハシラビトの戦い。キョクの殲滅でひと段落ついたらしいけど、小笠原は心の傷を思い出し、自分がハシラビトだって自覚した。キマリが言うには小笠原を覚醒させたのは吾妻少年の父で、小笠原にとっては叔父で、それが本当だとすると、


「……」


 言えない。小笠原に本当に本当のことを吾妻少年は言えなかったんだろう。小笠原の両親が殺されたことが覚醒の原因なんだ。殺したのが誰かなのかも、殺された目的が何かも、言えるはずない。


「わがままとか、言っちゃいけないと思ってたけど、今回は無理……」


 小笠原が呟く。幸い俺が真実に気付いたことは悟られていないようだった。誰かが真実を言い出せば警察沙汰にもなってしまう。一生口に出したらいけない。これは小笠原に言えない。言ってはいけない。俺はキマリにも言わないと決めた。酷な事実を知るのは吾妻少年と俺だけでいい。それにキマリなら、相当ひどい心の傷だってことには勘付いているはずだ。


「この家に居られなくなったら、前の家の近くに、お前の家の側に住もうと思う」

「……小笠原」

「今までみたいに、夕飯作って持っていける距離がいい」


 笑っている。照れはおさまったのか、小笠原が笑いながら言った。笑顔になれる今があるなら、それでいい。過去なんて、過ぎてしまえば所詮は過去だ。今が良いものに出来れば、きっと小笠原の両親だって報われる…そう思いたい。


「私の答え…出さないでおく…。やっぱり、お前自身が気付いて、言って欲しいから」

「……わかった」


 俺はきっと、今後も小笠原の笑顔のために動くんだろうと思った。覚醒の原因を知ってしまったら尚更だ。支えになれるのは俺しか居ないとキマリは言っていたけれど、その言葉に見合うようになれればいいと俺は思った。


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