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第74話 彼女の余計な誠意



レストランを出ると、夜の潮風が頬を撫でた。

真っ暗な海の向こうに、遠く漁船の灯りが点々と揺れている。


私たちは自然と海岸へ降り、波打ち際を少し歩こうって事になった。


「……足元、気をつけろよ…」


そう言って凱斗(かいと)が、さりげなく私の手を繋ぐ。

砂の感触と優しい波の音に包まれて、胸がじんわり熱くなった。


こんな風に仲直り出来るなんて…夢にも思ってなかったな。

一度にすべてがひっくり返るような出来事って、本当にあるんだ…


その時ふと凱斗が足を止め、ジャケットのポケットに手を入れた。

取り出した小さな薄黄緑色の箱―――


「これ……」


見た瞬間にわかった…ヴァンクリのペルレだ。

――ずっと前、二人でお店に行った時「可愛いな」って何気なく言ったリング。


私がすっかり忘れていたのに、凱斗は覚えていてくれたんだ。


「これ……仲直りの、俺の気持ち。……幸せが続くって意味があるって。

サイズもバッチリだから。花凛(かりん)が普段つけられるようにって選んだんだ」


少し潤んだ真っ直ぐな凱斗の眼差しが、私に向けられてる。

胸の奥が震えて、その気持ちに涙が出そう…


一体今回の仲直りの為に、どれだけ頑張って計画したの…

私の好きな物、全部集めて…


だけど――私は小さく首を振った。


「これは……今日は受け取れない…」


「……えっ?」


「私……ね…」


勇気を振り絞って、次の言葉を絞り出した。

凱斗の目が、一瞬揺れる。


「何…」


「……」


「花凛?」


「あ…私…昨日…」


「昨日?」


「相楽君に…」


「……」


「付き合って欲しいって…そう言われて…」


「……」


「考えとくって…言っちゃったの…」


「は??」


「だって!もう凱斗とは別れたと思ってたし…」


「って言うか、だとしてもまだ半年だろ!」


「あ…だけど…もっと前に…」


「え?」


「台湾出張の時…好きだって、告白されて…」


「お前…何にもしてない俺が別れるってキレられて…自分が浮気してたって事??」


「浮気なんてしてない!それ以来なにも言われてなかったの…」


「俺が言っただろ!?あいつは絶対にお前に気があるって!」


「だ…だから…ちゃんと答えを出すまでは、これを受け取るのは相楽君に失礼だと思うの。

私が誠意を見せなきゃ…」


「何が誠意だよ!昨日ちゃんと断ってないとか…お前、あわよくばだな!」


「違う!!」


「お前、ちゃんとこれ嵌めてろ!!」


凱斗は怒り出して、箱から指輪を取り出すと、無理やり私の薬指に嵌めようとした。


「い…痛ぁぃ―!!」


そう小さな声で叫んだら、凱斗が正面から勢いよく私の両手首を掴んだ。


「相楽…断れよ!絶対!!」


「…う…うん…」


「絶対だぞ!すぐに!!」


「わ…わかってるよぉ…」


「ったく!!」


凱斗のその声には、怒りや苛立ちというよりも、諦めとほんの少しの呆れが混ざっていた。

それから勢いよく両腕で抱きしめられ、サンタル33の香りに包まれる。


「こいつ…ホント油断ならないな…」


凱斗の胸の中にすっぽりと入って、思わず顔がにやけて笑ってしまった。


「…ふふっ」


「は?何、笑ってんだよ!」


そう言った凱斗の顔も、めちゃくちゃ緩んでる…


「嬉しいんだもん」


そう言って背中に手を回したら、潤んだ目でじっと私を見た。



「……花凛…」



「そろそろ帰らなきゃね…。12時までに帰れるかな」



静かな波の音が、一瞬の沈黙を包み込んだ。


「俺……帰りたくないな」


不意に凱斗が、ぽつりと漏らした。

その声がさっきまでとは違って、あまりにも切なくてなんだかまた笑える。



「明日の日曜日も、空いてるよん」



そう言うと彼はしばらく私をじっと見つめて、指輪の箱を握りしめた。


そしてそれをポケットにしまうと、こぼれそうな笑顔でこっちを見て笑った。


「俺も!」


私たちは並んで駐車場に戻り、江の島の灯りを背に帰路につく。

二人で車に乗り込むと、車は緩やかに駐車場を出発した。



行きはあんなにスピードを出してたのに、帰りは一番左車線…


「ちょっと遅くない?抜かされてるよ?」


「お前意外とスピード狂なんだな。安全運転しなきゃだろ」


安全運転って…だってこのエンジン音がいいんだって、この車に乗ったらいつもスピード出してたの凱斗の方だけど??


ま、いいか。


お腹いっぱいで眠たくなってきちゃった…


車の中で流れてる、凱斗の好きな洋楽が丁度いい子守唄に…

うとうとしながら、ぼんやりと歌詞を聞いてた時だった。



「…花凛…」


「うん…」


「お前…相楽、なんで…」


「えっ?」


「いや…昨日、ハッキリ断らなかったのって…なんでかなって…」


「あ…」


凱斗…相楽君の事が気になってるんだ…。言わなきゃよかったかな…

でもやっぱりもう、隠し事はしたくない…


「何…」


「私ね…」


「うん…」


「凱斗に…大事な話があるって言われて…」


「……」


「“新しい彼女ができた”って言われると思ってたの…」


「えっ??」


「あ、もしくは結婚する??」


「はあ??」


「だって…LINEじゃダメな大事な話で、だけど会って伝えなきゃって…凱斗がそう言うから…元カノの私に義理立てしてるのかなって…」


「普通復縁って思うよな!?半年で結婚って…はぁ??」


「……だって…朔ちゃんに聞いても、「俺は言えない」って…」


「当たり前だろ!自分で言わなきゃだし、こんなの!」


「……」


「じゃあ今日俺と仲直りしてなかったら、花凛、相楽と付き合ってたかもって事?」


「違うよぉ…私は、前を向かなきゃって思ってたんだよ…」


「……」


「ずっとうじうじしてても仕方ないって。だって…半年間、凱斗の事吹っ切れなかったのは私の方なんだもん!」


「……」


「相楽君は…ダメダメだった私の仕事もずっとフォローしてくれて…


あんな風に真剣に言われて…私もちゃんと真面目に考えなきゃって、そう思っただけだよ…」


「花凛…」


「……」


「あ…」


「え?」


「あっぶね…」


「え?何が?」


凱斗のつぶやいた一言で、車の事かと思って周りを見回す。


「いや…お前…ホント留学ロンドンで良かったよ」


「え??」


「いや…こっちの話…」


「……一年だから?」


「え?あ…そうそう!!一年だから♪」


「でも…一年も会えないのか…」


「お前…別れてでも行くって言ってたくせに…」


「あんなの嘘だもん」


「え?」


「凱斗絶対”行って来い”って、最後は言ってくれると思ってたのに…」


「まぁな。普通なら言うわ俺も…でもあの時は普通じゃなかったから」


「……」


「神の試練だったんだよ…俺たちの…」


「…うん…」


「別れなくてよかった…」


「別れたけどね…」


「俺別れたって思ってないし!お前は、浮気してたけどな」


「してないってば!」


なんだか…こうしてるとほんとに元に戻ったんだなって実感する。

いつものように、凱斗が笑って冗談を言ってて。


こんな風に…そばに居てくれて…

「凱斗…ありがとう…」


「えっ?」


「そばにいてくれて…ありがと…」


そう言った私の方に伸ばした彼の片手を、ぎゅっと両手で握り返す。


「明日朝5時集合な」

「え??」

「早く会いたいだろ」

「無理!」

「じゃあ相楽に早く言ってくれよ!俺気が気じゃない!指輪捨てるからな!!」


「わ…わかってる。月曜日言うから…」


「絶対だぞ」


「うん…」


こうして、私達を乗せた車は都内の喧騒の中に戻って行った。




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