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第73話 もう一度君の隣で



江の島の入り口からほど近く、海に面した絶好のロケーションに建つ開放的なイタリアンレストラン。


店内は、白を基調とした爽やかな空間が広がっている。


メニューには、江の島ならではの新鮮な魚介類が豊富に使われているみたいだ。

特に、ここでしか味わえないオリジナルメニューが人気らしい。


残念ながら外は真っ暗…


でも涼やかな潮風が頬を撫でる、心地よい夜だ。

案内されたのは、煌々と輝く江の島の灯りを望むテラス席だった。


テーブルにはキャンドルの炎が揺れ、グラスに注がれたスパークリングワインがその光を反射してキラキラしてる。


運転があるからって、凱斗(かいと)はノンアルコールビールを頼んだ。


目の前には、漆黒の海に溶け込むように広がる夜景…

遠くには行き交う船の灯りが瞬き、都会の喧騒とは無縁の穏やかな時間が流れていた。


向かい合って座ると、頬を照らすキャンドルの灯りが彼の瞳の中で揺れている。


行きがけの車ではちょっぴり緊張したけど、この開放的な雰囲気に気持ちがゆっくりと解けるのを感じた。


今日初めて、凱斗の顔を正面からじっくり見る。


あの頃より、少し痩せたような気がした。

あれは…本当に、大変だったよね…

なのに私…あんなこと言って苦しめて…


「凱斗…」

「ん?」


「あの時は…ごめんね…」

顔を見たら、自然と口をついて出た言葉…


「花凛…」


「私…凱斗が大変だって、わかってたのに…自分の事ばっかりで…凱斗の事沢山傷つけたんじゃないかなって…反省してるんだ…」


「……」


「今更、言っても遅いよね」


そう言って笑った瞬間、なんだかとても素直な気持ちになれる気がした。


ほんの少しの事で、掛け違っていた私達のボタン…


それが運命なら、今はもう受け入れるしかないんだもん。


「花凛…」


「ん?」


「俺達…やり直そう?」


その突然の言葉に、あまりにも驚いて思わず目を見開く。

まったく想像してなかったからだ。


「……えっ?」


「やり直そう、花凛」


凱斗は真剣な眼差しで、もう一度同じことを言った。

どうしよう…頭が、追いついて行かない…


もしかして…大事な話ってこの事?


「あ…」


「今日…俺も、ちゃんと伝えようと思って…」


「……」


「あの時は…会社の事で頭がいっぱいだったんだ…。だから…俺自身、全く余裕が無くて…」


「……」


「意地になって…声明文もあんな…」


「……」


「すぐに連絡しようとは、思ってたんだ…。だけど…あの後も色々バタバタしてて…。でもそれも、言い訳だよな…」


それはお兄ちゃんから聞いてる。

株主の対応や、星野さんとの裁判の事…凱斗に寝る時間さえなかった事も…


私だって…意地を張って連絡しなかった。


≪凱斗の事…もう好きじゃない≫って…

あんなこと言ったくせに、連絡なんてできないって…


ホントは、大好きだった癖に。

意地を、張ってた私…


どうしよう…でも…今戻っても…また私は一年後に…


「凱斗…」


「うん…」


「私…あれから正式に決まったの。一年後に留学する。それって…」


「待ってる」


「……」


「よく考えたら、二年くらいあっという間だし。ほら、俺がアメリカに行けばいいかなって」


「あ…」


「だろ?だから…俺…」


「…ちがうの」


「え?」


「あ…アメリカにはいかない…」


「え?なんで??」


「私…ロンドンのLSEに行くんだ」


「ロンドン??」


「イギリスの修士は一年なの。アメリカの実践的な授業より、どっちかって言うと講義中心みたいで…忙しいけど早く終わるし…」


「それって…」


「あの頃…まだ凱斗と別れるとは思ってなくて、私は阿東(あとう)さんにイギリスの方向で希望を出して進めてもらってたの。だから…」


「……」


「…一年で帰ってくるつもり」


相楽(さがら)は?」


「相楽君?」


(さく)が…相楽と一緒にアメリカに行くって…」


「え?朔ちゃんは、私がロンドン行くって知ってるよ?遊びに来るって言ってたもん」


「…えっ…」


「え?」


「あ…ふ…ふぅん…。あ…俺…最近朔と、あんま話してないんだ…」


「……」


凱斗はそう言ってるけど、この前電話した時朔ちゃん「昨日凱斗と話した」って…そう言ってたような?ま…いいんだけど。


「花凛…」


「ん?」


「俺と…やり直してくれないかな…。やっぱ…俺お前がいないとダメだ…お前じゃなきゃ…」


凱斗の目は、私が知ってるどんな時よりも真剣だ。

その縋るような切ない目が、熱く熱を帯びていた。


「あの時は…ホントにごめん。

本当は…もっと早く伝えるつもりだった。

なのに強がって…ずっと連絡できなくて…。正直あの頃お前に拒絶されることも、怖かったし…」


あの凱斗が、こんなにも取り繕わずに言葉をぶつけてくるなんて。


「でも、誰が何と言おうと…俺の隣にいてほしいのは、花凛だけなんだ…」


そんな凱斗を見てると、心臓が痛いくらいに鳴る。

―――息が苦しい。どうしよう…

無条件で、その手を取ってしまいそうだ。


「俺、もうお前を失えない。…花凛の為なら、俺は何だってする。だから……」


―――言葉が途切れ、凱斗は一瞬だけ唇を噛み私を真っ直ぐに見つめた。


「頼む。戻って来てほしい…。もう一度、俺の所に…」


ダメだ…思ってた以上に凱斗が真剣で…そんな必死な顔に、私の中で断る理由が見つからない…。

胸の奥が、掴まれてるみたいに痛くて、涙がこみあげてきて今にも溢れてしまいそう。


…でも、声が震えて出てこない。


私はただ、彼の真っ直ぐな視線から逃げられず二人の間に沈黙が流れる。


その時ふっと照明が少し落とされた。


パティシエが運んできたのは、まるで宝石箱のようなプレートだ。


「お待たせしました~!こちらをどうぞ~」


「えっ?」


イチゴ、キウイ、オレンジ、メロン、そして色とりどりのベリーが、美しく盛り付けられている。全部私の好きなフルーツばかり…


中央には「My cherished (チェリッシュト)Karin」と書かれたチョコレートのメッセージが、優しく添えられていた。


長い時間をかけて大切にしてきた、愛しい存在…って意味だ…


小さな花火がシュッと音を立てて火花を散らし、プレートを幻想的に照らし出す。

周りから小さな拍手が、自然と沸き起こった。


「おめでとうございまーす!!」


「え…いや…おめでとうございます?って何??」


「花凛の好きなフルーツばっかだろ」


突然運ばれてきたプレートに呆然としていたら、凱斗が私ににっこり笑って“どうぞ”って促した。


「凱斗…私…」


「花凛一人で、全部食べていいよ」


え??こんな量、全部食べられそうにないんだけど…

だけどこの状況で、絶対に断れない。


「ぜ…全部?」


「お前が好きな物全部、独り占めしていいって意味。俺も含めて」


「……」


「やばっ。照れる!!」


「……」


さっきまで…あんな真剣な顔で訴えてたのに、今度は両手で顔を覆って一人で照れてる。


「俺も含めて」って何…?笑えちゃうんですけど。


結局は、私が凱斗を好きなんだって…自信満々なんだ…


―――そう思ったら、意地張って迷ってる自分がバカらしくなってきた…


「ホントに一人で、全部食べちゃうよ?」


そう言って大好きなイチゴから口に運ぶ。

それが本当に甘くて、おいしくて、そして切なくて…

なんだか胸の奥から熱いものが、込み上げてきた。


「花凛…どう?」


私の顔を覗き込むようにして、心配そうに尋ねて来る。


「甘くて…美味しくて…大好きな味かな…」


「うん…」


「…ありがと。凱斗…」


「……うん」


そう言って頷いた凱斗の笑顔は、今まで見たどんな時よりも幸せそうだった。


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