第66話 朔と焼肉
訴訟も落ち着いて、俺は久しぶりに朔と一緒に夕飯を食べた。
うちの近くの、個室がある焼肉屋だ。
艶やかな黒で統一された店内。
足を踏み入れると柔らかな照明が、静かに流れるジャズの音色を包み込んでいる。
個室の扉が開くと、テーブルの真ん中に置かれた七輪からほのかな炭の香りが漂ってきた。
「焼肉なんて、久しぶりだな…半年くらい食べてないかも」
朔が、肉を見て目を輝かせてる。
上質なA5ランクの肉が、まるで宝石のように皿の上に並べられていた。
サシの入った見事な霜降り肉はきらきらと輝き、その美しさに息をのむ。
厚く丁寧にカットされたタン、赤身が鮮やかなフィレ、そして脂ののったカルビ。
一枚一枚、一切れの肉が持つ存在感。
朔が目の前で、丁寧にそれを一つ一つ並べて焼いてくれた。
「半年??お前、意外と肉食なのにな。見た目と違って」
「なんだよそれ」
そう言って朔は、呆れたように笑った。
まずは、ビールで乾杯だ。
「会社、おちついてよかった…。おめでとう、凱斗…」
「あぁ…ありがとう…」
俺はあれから、花凛とはそれっきりだ。
でも朔は変わりなく、花凛と会ったり話したりしてる…
なんだか朔の「親友」って言うカテゴリーが、ちょっとだけ羨ましく感じた。
「恋人」なんて、別れてしまえば完全に無関係な存在だ。
「花凛…」
「えっ…」
久しぶりに朔の口から、花凛の名前が出た。
「あれ以来、連絡してないんだってね」
「……」
朔は、俺たちの全部を知っている唯一のやつだ。
「もう、花凛の事は…いいの?」
朔は、俺の顔色を窺いながら言葉を選んだ。
あれから…俺なりに何度も考えた。
いいか悪いかで言ったら、いいわけなんてない。
だけどあいつは、いつもそうだ。
高校の時だって、俺は留学する事さえ知らされず、気が付いたら目の前からいなくなっていた。
大学の時だって、俺が帰国してからは“インターン”かなんかで、全然学校来ないし。
やっと付き合いだしたと思ったら、今度はMBAで俺放ってアメリカ行くとか…
「あいつの人生プランに、俺なんて存在しないんだよ」
そうふてくされて答えながら、ビールが入ったジョッキに口をつけた。
なんか、言ってるだけで虚しくなる。
「そうかな…」
「そうだよ!」
「俺は…花凛の頭の中には、凱斗しかいないってそう思うけどな…」
「何見て思うんだよ。あっさり別れるって言われたんだぞ」
「それって、凱斗が留学認めなかったからでしょ」
「えっ…」
「あの頃、会社の事や訴訟の事が大変だったのはわかるよ。でも“花凛なら分かってくれて当然”って思ってなかった?」
「……」
「花凛の話、聞いてあげた?」
「あいつ…自分の事は話さないから」
俺がそうつぶやくと、朔は小さくため息をついて手に持っていた箸を側に置いた。
「話さないんじゃなくて…話せなかったんだ…」
「…えっ?」
「凱斗…黒瀬、覚えてる?」
「…うん」
覚えてるも何も、絶対に忘れない花凛の元カレだ。
中学からうちの学校にいたバスケ部の先輩で、ずっと顔は知ってたけど…
アメリカから帰ってきたら、花凛と付き合ってるとかマジで凹んだし。
しかも二年も付き合ってたとか、ムカつく!
「花凛から、なんで別れたか聞いた?」
「聞くわけないだろ。そんな女々しい事聞けないよ…」
「花凛さ…学生の頃、就活めちゃくちゃ力入れてたんだ」
それは知ってるけどな。
あの頃黒瀬と別れたって聞いて、節操なく俺すぐ告ろうとしてたから。
朔に"今はやめておけ"って止められたし。
「黒瀬さん、花凛のインターン先の学生アシスタントだったんだ」
「……」
「同じ学校って知って、花凛が喜んでたの覚えてる」
「……」
「でも向こうの方が、花凛に本気になっちゃって…」
「……」
「あの人、昔っから女友達も多いじゃん」
「だな。俺も知ってるよ」
「なんか…学生間はまだ良かったんだ。だけど黒瀬さん就職したとたん…今の凱斗みたいになっちゃって…」
「なんだよ!今の俺って!」
「まぁ、冗談だけど…」
「はぁ?」
「SNSで、女の子と旅行行った写真上げたんだ」
「俺マジでアメリカの写真は、やらせだから!朔なら分かるよな?オレこう見えてめっちゃ一途なのに…」
「わかってるよ」
そう言って笑った朔は、話を続けた。
「花凛…ちょうどその頃ゼミの大原先輩の彼氏の浮気話聞かされてて…」
「あー。この間結婚した相手?」
「いや、その前の前の前」
「……」
「黒瀬に聞いちゃったんだ。その写真の人は誰かって」




