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第64話 私の決意

それから30分くらいして、凱斗(かいと)は私のマンションへ来た。


二週間ぶりに見る彼は、少し痩せたようだ。



「ごめん…ちょっと今、なかなか時間取れなくて…」


「あ、座って…何か飲み物…」


「いや…いらない。すぐオフィスに戻るから」


夜の10時半…

今からオフィスに戻って仕事だなんて…

凄く疲れた顔だ。


掠れた声が、静かな部屋に響く。

いつもの朗らかな笑顔は、そこにはない―――




部屋のソファに私が腰を下ろすと、凱斗も隣に座り、何も言わずに私の手を取った。

その温かさに、胸がぎゅっと締めつけられる。




「……花凛。ホントごめんな…」




名前を呼ばれただけで、涙が出そうになった。




「…うん…」


「…ずっと…連絡しようと思ってたんだ…。だけど…あの時お前あんなこと言うから…」


「……」


「次に話したら何言われるんだろうって…俺怖くて連絡できなかったんだ…」




今まで…聞いたことが無いような、弱弱しい声だ。


彼は今まで笑顔と自信に満ちていて、どんな時でも人生を楽しんでいるかのように明るい人だったのに…。




「凱斗…星野さん…」


「………辞めた」


「辞めた??」


「あいつ、…辞表出したんだ」


「……」


「だから花凛…もう心配する事何にもないから…この後の処理はしっかりやる。お前の事も何とかするから…」


そう言って凱斗は、私をそっと抱き寄せる。

力ない腕で、まるで私に(すが)るかのように肩に顔を埋めた。



こんな凱斗に、どうやって留学の事を伝えようか…


だけど私は――決めたんだ。

自分の為に、自分の道を…


絶対に…今日言わなきゃいけない。


震える声を抑えながら、彼の手を握り返す。


「私……留学する。一度全部の事から、距離を置いて考えたい…」


「……え?」



凱斗が咄嗟に顔を上げて、真っ直ぐに私を見据えた。

その瞳には、揺れる私が映っている。


私は彼を気遣いながら、必死に言葉を続けた。




「今まで私は、…他人の事ばかり、気にして生きてきた」


「……」


「こんな事を言ったら、凱斗にどんな風に思われるのかとか…

こんな事したら、どう思うだろうかとか…その気持ちに従って行動してきたの…」


「……」


「でも、やっと気づいた…。それは自分に自信がないからなんだって。

私が今、自分のために挑戦したい夢を、誰かのために諦める事はないんだって…」


「夢……?」


「MBAを取りに行きたい。海外で学んで、もっと自分の力で戦えるようになりたいの」




一気に言葉が溢れた。




凱斗の視線が、滲んで揺れている。

その揺れに怯えそうになりながら、私ははっきりと伝えた。


「凱斗の“彼女”である前に、まず私自身でいようと思って…」


「……」


「今のままの私じゃ、ずっと同じことの繰り返し。

きっとまた悩んで、苦しくなって凱斗を疑ってしまうよ…。

そんな自信がない自分の事が、私…ずっと嫌だったの」


「……」


「だから…自分を取り戻すために、一度距離を置かせてほしい。ちゃんと頑張ってくるから…」


凱斗は黙ったまま…部屋に沈黙が広がっていく。


時計の針の音が、やけに大きく響いた。

彼は、ゆっくりと深く息を吐いて、苦しそうに笑った。


「なんでだよ…俺たち、ちゃんとここまでうまくやって来ただろ?」


「違う…私はずっと苦しかった。こんな私が、凱斗の隣にいていいのかなって…」


「なんだよそれ…そんなの…距離を置くとか、MBAとか、別れる口実だろ!」


「違う!」」


「結局お前は、俺を信じてないんだよ!」


「そんな事言ってない!ただ自分のしたい事見つめ直したいだけ!!」


「前から言ってたよな…留学したいって。

それって俺と離れて、平気だって事だろ!距離置きたいんだもんな!」




……ダメだ…今日の凱斗は話にならない。

いつになく感情的だし、私の話に全く耳を貸そうとしていない…


どうしちゃったんだろ…様子が変だ。


今までこんな事、一度もなかった…



「私は…」


「ここ数か月おかしかったのだって、本当はずっと別れたかったんだろ…」


「そんな事、誰も言ってない…」


「俺はMBAなんて、認めないから!今こんな状況で、俺達離れてどうするんだよ!!」



感情がぶつかり合い、私には今凱斗を説得するなんて無理だ…。


誰よりも私の事を、応援してくれていた凱斗が…

“頑張ってきな”“待ってるよ”って…そう言ってくれると思ってたのに…



「私は…」


「距離置きたいって簡単に言うよな……物理的に離れたら、俺は気持ちも離れるんだよ!」


「……」


「お前は、それでもいいの?」




そんなの…いいはずない…

でもこれは…彼の性格上本心じゃない。


……多分…私の気持ちを試してる…


だけど……凱斗がそう言うなら…



「………私、凱斗のこと、もう好きじゃないから…だから離れても平気…」


ぽろぽろと涙をこぼしながら、私は絞り出すように言った。

胸が引き裂かれるほど痛い。


でも、この言葉しか、自分を突き動かす強さを保てなかった。

私に「行かない」って言う選択肢は、もうないのだから…


凱斗は一瞬固まり、黙ったまま私を見つめてる。


「……嘘だ」


「…凱斗……」


「そんな顔して言っても、俺にはわかる。

お前はいっつも本音隠して…“嘘つき”なんだよ!!」


「そんな事ない!!」


「頼む…本心を言ってくれよ…俺のこと好きじゃないならさ……なんでそんな顔するわけ…」


その声が、私の胸を抉るみたいだ…


そう、私は嘘をついている。強がっている。

でも、このまま凱斗のそばにいたら、私はもっと自信を無くして傷ついてしまう…。





「私は…」





「………」


「凱斗と別れてでも、絶対に留学に行く…」



そう言った私に、凱斗はそれ以上追い詰めはしなかった。


私からゆっくりと離れた両腕は、力なく下に落ちる。

それから彼は、深く息を吸い込んで唇を噛みしめると、私から背を向けてソファから立ち上がった。





「…花凛にとって、俺はそんな簡単に手放せるような存在だったんだな…」





こっちを見ないままその言葉を残し、凱斗はふらふらと部屋を出て行く。


本当はすぐにでも、その背中を追いかけたい衝動が走った。



私だって、別れるなんて嫌だ…



でも…もう決めた事なんだ。




例えわかってもらえなくても、私は絶対に前を向く。



だけど…本当にわかっていなかったのは、私の方だった――――


自分の事ばかりで、私はこの日凱斗がどんな思いで一日過ごしていたのかを、気遣ってあげる事もできず…



私は、後日朔ちゃんからその事実を聞くことになる。




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