第46話 戸惑う元カレとの再会
「じゃあ、行こうか」
私と朔ちゃんは、大原先輩の結婚式の二次会に行くため駅で待ち合わせをした。
表参道のメインストリートから一本入ったガラス張りの会場。
「あ、ここだよ?花凛」
「わぁ…お花いっぱいだね」
私は思わず、辺りをきょろきょろと見渡した。
エントランスに並んだキャンドルの灯りが揺れていて、華やかなのにどこか落ち着いた空気の場所だ。
会場に足を踏み入れた瞬間、シャンパンのグラスを手にした人々の笑い声や、軽やかなジャズの生演奏が楽し気に耳に飛び込んできた。
大きな窓の外には、都会とは思えない緑茂る中庭が、明るくライトアップされている。
店内には、パステルピンクの風船が天井いっぱいに浮かび、テーブルには色とりどりのバラが華やかに飾られていた。
100人ほどのゲストは思い思いのドレスやスーツに身を包み、グラスを片手に笑い声が絶えない。
若々しい賑やかさで満ちた会場の中心では、スポットライトを浴びた新郎新婦が、満面の笑みでウエディングケーキを食べさせ合っている。
幸せな空気に包まれた、とびきりかわいらしい二次会の会場だった。
大学時代から憧れの的だった大原先輩は、今も変わらず美しく、でも今日はそれ以上に“幸せそのもの”に見えた。
ドレスの裾を少し気にしながらも、隣の旦那さんを見上げる笑顔がまぶしくて胸が温かくなる。
「朔!花凛!こっちこっち!」
最初に声をかけてきたのは、大学のゼミ仲間。
懐かしい顔ぶれに囲まれて、思わず笑がこぼれた。
「わぁ、美稀ちゃん久しぶり!全然変わってないね!」
「いやいや、花凛の方が変わってないでしょ?朔は相変わらずイケメンだね?!」
グラスを片手に、懐かしい思い出や近況を語り合う。
私の隣では朔ちゃんが軽やかに輪に入り、誰とでも自然に会話を盛り上げている。
アイドルみたいな朔ちゃんがそこにいると、それだけで場が華やいで見えた。
――でも、今日はそれ以上に、会場全体がやわらかな“幸福”で満ちている気がする。
結婚って、こんなに幸せなの…
大原先輩の幸せそうな姿を見つめながら、ふと凱斗と自分の未来を想像してしまう。
いつか、こんな日が来るのかな…
そんな思いが胸をよぎり、グラスの中の泡が静かに弾ける音がやけに響いた。
「……花凛?」
その時だ―――
背後から声をかけられて振り向いた瞬間、胸が動揺して強く締め付けられる。
――――そこには元カレ黒瀬亨が立っていた。
上質な黒いスーツに身を包んだ彼は、どこか余裕を感じさせる笑みを浮かべてる。
まるで何事もなかったかのように、私に普通に話しかけて来た。
「……亨…?…」
思わず名前を呼んだ自分の声が、微かに震えてる気がする。
どうしよう…
こんなところで再会するなんて、思ってもみなかった。
彼はどうやら、新郎の学生時代の友人らしい。
大勢の友達に囲まれて談笑していたけれど、私を見つけて話しかけてきたようだ。
彼は背も高く、人混みの中でもすぐに目を引く。
涼し気な目元は昔のままだ。
だけど落ち着いた物腰は、前よりずっと大人びていてまるで別人のように感じる。
一体なんて、返事しよう…
「久しぶりだね。花凛」
柔らかな笑みを浮かべ、グラスを軽く掲げるその仕草は昔と同じ。
けれど私の中で緊張感が走り、グラスを持つ手も震える。
「ひ…久しぶり…」
「…あんま変わらないな?花凛。いや……なんか、綺麗になった?」
さらりとそう言われて、言葉が詰まる。
とりあえず笑みを作って返すけれど、視線を合わせるのがなんだか怖い気がした。
亨はゆっくりと近づいてきて、私の手元のグラスに視線を落とす。
「今でも飲むと、すぐ顔赤くなる?」
茶化すような言葉に、気の利いた返しが見つからない。
けれどその後、彼の瞳はふと真剣さを帯びた。
「……あの時のこと、ずっと謝りたいと思ってたんだ…」
「え?」
「ちょっと……気になってたんだ。悪かったなって…」
「……」
「なんか俺も、子供だったんだよな。花凛が他の男と仲良くしてるのが、どうしようもなく嫌で……」
そう言って笑う亨を、ただ茫然と見つめていた。
「嫉妬して、咄嗟に自分から突き放すみたいに別れを言ってさ…あんな言い方して」
その言葉に、胸がズキンと痛い…。
忘れたいと思っていた過去の記憶が、私の中で鮮やかに蘇った。
あの時、突然亨から告げられた別れの言葉。
それ以上聞き返すことも泣くことさえもできずに、ただ頷いてしまった自分。
それでも、仕方がないと思っていた…
「もっと追いかけてきてくれると思ってた。けど……花凛、あっさり俺から離れていったよな」
彼の表情に、悔いと未練が滲んでいる。
「……」
でもあれから亨とは一度も会っていなかった。
会うどころか、話さえもしていない。
それくらい彼の目は、当時私を拒否してた。
そんな彼に、私はどう答えていいのかわからず、ただただ戸惑うばかりだ。
「私…」
その時だった――
「…花凛?」
背後から穏やかな声がして、振り返ると朔ちゃんが立っていた。
場の空気を壊さぬよう柔らかな微笑みを浮かべ、その視線はわずかに亨から外されている。
「あっちいかない?みんなで写真撮ろうって」
さりげなく私の肩に手を添える。
強引ではなく、さりげない誘導。
亨が、少しだけ眉をひそめた。
「……久世?」
朔ちゃんはそれに振り向いて、亨に軽く会釈する。
「御無沙汰してます。」
大人の余裕をにじませる口調でそう告げると、私を促すようにみんなの方へとエスコートしてくれる。
振り返れば、亨はグラスを片手にその場に立ち尽くしていた。




