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第18話 二人の夜

花凛(かりん)…ヴァンパイアやばいだろ…」


「ん?」


「あの映画…お前、内容知ってた?」


俺はソファに座ったまま、そっと彼女のこめかみに手を伸ばした。

指先に触れる長い髪が、やわらかくほどけるように揺れる。


花凛は困ったように眉を寄せると、どこか照れたように見上げた。その表情に、思わず胸の奥をくすぐられる。


俺が指先で軽く唇に触れると、彼女は小さく目を細めて笑った。


――その笑顔が、どうしようもなく俺を甘くさせる。


半パンの素足が触れ合い微かな体温が伝わって、たったそれだけで俺の中の何かが静かに熱を帯びていく。



「お前が…あんなもの俺に見せるから…」



テレビの中では、誰かが泣いていた。

でも耳に届くのは、自分の呼吸と、花凛の微かな吐息だけだ。



――最近の花凛は、俺に対してどこか距離を置いているように感じる。

仕事が忙しいせいかもしれない。


…でも、それだけじゃない。

無反応な態度やふっと視線を逸らす仕草が、俺を不安にさせる。


それでもこうして隣にいると、何も変わっていないようにも思えた。

掴めそうで掴めない花凛の感情に、俺はいつも振り回されっぱなしだ。


「俺の方が、シャラメよりイケてるだろ?」


そう言うと、花凛は微笑んで小さく頷き、両腕を俺の首に回した。

その仕草が、無性に愛おしい――思わず息が詰まる。



「狭いな、このソファ」


凱斗(かいと)が大きいんだよ…」


「じゃ、移動しよ」


立ち上がり、そのまま花凛を抱き上げる。


「え?なに…」


そう言って花凛が戸惑いながらも、首元に顔を埋めてくる感触がくすぐったい。


俺は花凛を寝室に運ぶと、ベッドにそっと下ろした。

彼女はふっと笑い、俺の頬を指先でそっとなぞる…



「凱斗?」


返事はせず、じっと見つめ返す。


開いたままの丸い瞳に、まるで吸い込まれそうだ―――


名前を呼ばれた瞬間、胸が高鳴った…

何かを言いかけたその唇を、思わず俺のキスで塞ぐ。


花凛は小さく息を吸い、ゆっくりと目を閉じた。

その瞬間…部屋の空気が一段と静まり返る。


リビングから花凛のスマホの微かなLINE着信音が聞こえ、彼女の視線がそちらに向かった。


「今は俺に集中して…」


耳元でそう囁くと、花凛は困ったように笑ってまた俺を見た。


「いじわる凱斗…」


「俺は優しいよ。お前だけには…」


「…え…?」


「花凛…もっと俺を見てろよ…」


その言葉に、花凛の表情がやわらいでゆく。


なんだろう…この胸の奥にポツンとある不安の様な、焦りの様な…


その小さな石っころみたいなものが、胸の奥にずっとつっかえてる。


―――俺はやっぱり彼女じゃなきゃダメなのに。




「…なぁ、花凛」


「なに?」


「俺のこと、どれくらい好き?」


「なにそれ…」


「いいから」


花凛は少し笑って、恥ずかしそうに頷いただけだった。


「お前…返事になってない…」


でもそう言いながら…俺はそれだけで十分だった。…だってその瞳には、今ちゃんと俺がいる。


――昔っから、俺ばっかり追いかけてる気がするけれど…でも、それでもいい。

俺の隣にいるのはいつだって花凛だけで十分なんだから。


「…花凛…好きだ…」


俺なら何度言っても、言い足りない。

きっと他の誰も変わりにはなれないだろう…


俺の未来をいつも後押ししてくれて、誰よりも理解してくれてた。

それに、花凛はいつも前を向いてて、自分を信じる強さもあった。


なのに…そんな彼女が、最近迷いを見せている…




彼女はまた俺に小さく頷くと、言葉の代わりにそっとこの背中に手を回した。

そのぬくもりに、俺の胸の奥の不安が少しずつ溶けていく気がする。


―――そのまましばらく、会話もなく抱き合っていた―――


窓の外では都心の夜景がぼんやりと滲んでいて、遠くの車の音が静けさを余計に際立たせている。


俺は花凛の髪に顔をうずめ、深く息を吸い込んだ。

同じシャンプーの香りと微かな体温が混じって、胸の奥がじんわりと温まっていく。





――もし、花凛がいなくなったら。


そんな考えが、その時ふっとよぎって嫌になった。

いなくなる理由なんてないはずなのに、それでも花凛の態度に小さな不安が消えない。


俺が知らない時間や知らない表情が、彼女の中に沢山確かにあるからだ。

相楽の事だってそうだ―――


今まで絶対的自信があったのに、あいつを見て不安を覚えた。


なんだろ…


あの金曜日バルでの二人を見た時からだ。



安心しきった花凛の表情。

全てを許すような優しい目で花凛を見る相楽…



それから…信頼しきってる二人の距離感…





「…凱斗、何考えてるの?」


「え?」


「なんか…難しい顔してた…」


「いや…次はどこから攻めようかって…」


「嘘でしょ…」


花凛は少し呆れたように笑って、唇を尖らせた。

頬の色はほんのり赤く、素顔がとてもあどけない…


俺は、その横顔を見つめながら思う。

――もっと知りたい。

どんな時に笑って、どんな時に泣くのか。

誰よりも一番近くで、その全部を知っていたいんだ…



相楽(あいつ)よりも―――


「なぁ、明日の日曜さ…」


「ん?」


「昼から出かけよう?」


「え、急に?」


「いいだろ。久しぶりに、二人で」


「…まぁ、いいけど。でも私美容院行かないと…それに仕事…」


そう言いかけた唇を、咄嗟のキスで塞ぐ。


俺は土日にはなるべく余計なスケジュールを入れないでくれって、星野に伝えてある。

俺の時間は花凛の為に取っておきたいからだ。


それでも埋まっていくスケジュールをこなしながら、こんな風にポッコリと空いた土日なんて俺たちにとっては奇跡的だ。


花凛が今は、仕事が第一優先でもいい…


少しずつでも、俺の方を向いてくれればそれでいいんだ。

花凛がベッドに横たわり、俺はその隣で彼女を包み込むように抱きしめた。


俺の息が耳にかかり、くすぐったそうに肩をすくめる彼女に愛しさが止まらない。



その瞬間、やっと俺の胸の奥が静かになった気がした。

――この夜が、ずっと続けばいい。

そう思いながら、俺は静かに目を閉じた。



こちらの別バージョンを「エブリスタ」で掲載します。

あちらは18話19話で分けています。

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