第16話 二人でネトフリ
ハンバーグを食べ終わって、私達は洗い物をしようって事になった。
シンクに並べた食器を、私がスポンジに泡いっぱいつけて洗う。
すると凱斗が隣で、自然とすすぎを担当してくれた。
皿が触れ合う軽い音と、水がシンクを流れる音が、穏やかな夜を満たしてる。
三か月前、凱斗の部屋で見たスマホの画面通知…
あれ見ちゃって以来、ずっとモヤモヤしてた。
でもこうやって一緒にいたら、あれも何かの間違いかもってそう思えるから不思議。
「食洗ないのも、たまにはいいな」
「軽くディスった」
「何でだよ」
「だって、ここついてないから」
「ここって分譲賃貸?」
「うん。大家さんイギリス行ってるの。駐在で」
「ふーん」
「でもあと少しで帰国だし、私も契約切れちゃうんだ。だから私が今度は留学しようかなーって」
「はあ?またそれかよ!住むとこないなら俺んち来ればいいじゃん」
「やだ」
「なんで?!」
「だって…落ち着かない。あの部屋広すぎるもん」
「ふーん。なら、IKEAの子供用テント買ってやるよ。お前その中入ってれば?」
「最低!」
「俺も入るし♪」
そう言ってにっこり笑った凱斗に、私は指先でチョイっと泡をつけた。
「やめろよぉ!」
そう言ってても、彼は今日ずっと笑ってる。
普段の凱斗は大人っぽいけど、笑うとすっごく無防備になって子供っぽい顔になった。
前小さい頃の写真見せてもらったら、全然変わってないんだもん。
笑っちゃったよ…
それから私達は、キッチンを片付け終わると、交互にシャワーを済ませた。
これで寝不足の私が、いつ眠くなっても大丈夫だ。
それからワインと沢山のお菓子を持って、ソファに移動した。
「ヴォーヌ・ロマネ?」
「あぁ、これ?ピノノワール。前、イベントで飲んだら結構おいしかったんだ。恵比寿のライフにあるとか、スーパーも今侮れないよな。値段も手ごろだし」
「ふーん」
凱斗の手ごろは当てにならない。
小さい頃から、飛行機だってファーストクラスしか乗った事なくて、ホテルはスィートが当たり前。
きっと食洗が付いてない部屋なんて、住んだことないと思う。
白金の実家はお城みたいだもん。
「花凛、ネトフリ今日何見る?」
そう言いながら、凱斗がテレビのスイッチをリモコンで入れた。
「私、ネトフリとか見るの久しぶり。テレビも全然見てない」
「それ俺もだわ。最近なんか忙しいんだよな」
「私見たいものあるんだけど」
「まさか、ホラーとか言わないよな」
「正解!」
「マジで!?」
「ティモシー・シャラメの≪ヴァンパイア≫見たいの。(※そんなものはないです)」
「えーーーっ。俺やだ」
「この前公開されたばっかなのに、もうネトフリでやるんだよ?」
「オレ、恋愛ものがいい。朔が「ファーストラブ」面白かったって言ってたんだ。それ見ようよ」
「え~っ。あれドラマだよ。長いよー」
「ヴァンパイアなんて、血、吸ってるだけだろ!?」
「違う!これはシャラメくんの恋愛映画なの!」
「何がシャラメ君だ。知り合いでもないくせに」
「凱斗ぉ~~。怖くないよ。恋愛映画なの」
「恋愛映画……?」
すると、凱斗はスマホで何かを検索してる。
私は、なぜか小さい頃からヴァンパイアが大好きで、古いものから新しいものまで「ヴァンパイア」ものの映画は大体見てる。
特にこれは見たかったの!会社の子がめっちゃ良かったって、そう言ってたから。
凱斗はホラーが大嫌いで、こう見えて怖がりだ。幽霊とか怪談も大嫌い。
だから渋ってるのは分かるけど…
「部屋明るくしてあげるから~」
「あ―――…別に…そんなだと気分でないだろ。ヴァンパイア…だしな…」
何?急になんか折れてくれてるって言うか…
「いいの?!」
「…あぁ…シャラメでもザラメでも見りゃいいじゃん」
「何それ。面白くないよぉ」
「えっと…ザラメのヴァンパイアな…」
凱斗はリモコンで部屋の電気を切ると、ネトフリで私が見たい映画にセッティングしてくれた。
「始まるぞ」
軽く言ってソファに深く座り直すと、長い脚を投げ出し、私の方に片腕を広げる。
私は隣に座り、オープニングからそれに釘付けになった。
――彼は270歳のヴァンパイア。永遠の命と美貌…
彼にとって、愛する人の生き血は極上の味。しかしそれを味わってしまえば、その人以外の血が受け付けなくなって相手も自分も死に至る…って話。
自分と寿命も種族も違う人間を、ザラメが…じゃなくて、ヴァンパイアが愛してしまうの…。
時々音響の低い振動が胸に響くたび、凱斗は私の肩にびくっとして寄ってくる。
――なんだか悪かったわ。
最初の方の、中世ヨーロッパで、ヴァンパイアの生贄の男の人の首がはねられるシーン、凱斗目を逸らしてたもん。
映画が30分過ぎたあたりから、恋愛映画みたいになってきてホッと一息。
ワイングラスを口に運ぶ余裕も出て来たみたいで良かった!
せっかく見るなら、楽しめたほうがいいもんね。
≪あぁ…君のその心をくすぐる愛くるしい香りに、僕はいつも酔いしれているようだよ…≫
そう言いながら、ヴァンパイアが恋人の首筋に淫靡な音を立てて唇をつける…
画面にアップで映る、女の人の肩越しの俳優がこちらをじっと見てるような画面。
こうしてみると、すっごく臨場感あるわ…
部屋が狭いからそんなテレビいらないって言ったのに、お兄ちゃんがこんな大きな65インチのテレビ就職祝いだってくれたのよね。
なんかドキドキする。シャラメ君の目…
凄いわ…表情とかなんか美しすぎて…俳優さんて大変なお仕事だなぁ。
そう言えば凱斗、昔芸能人になりたいってそう言ってたよね?
あれは驚いたわ。
本気だったのかしら?
あれから一度も聞いた事ないけど。
舌先でスーッと血を舐めて、ちらっとこっちを見るヴァンパイア…
中世のドレスを解く指先…とその表情と‥‥これ…ん?
これ一時間過ぎたあたりから、ラブシーンばっかりじゃない?
あちこちで血を吸うたび、あれが始まるわ…
そう思った時、ちらっと隣の凱斗を見てみる。
ソファに沈み込むように座った凱斗は、画面の光を受けてその横顔を静かに輝かせてた。
こうやって見ると、高く通った鼻筋は端正で彫刻みたい。
あの唇もかっこいいの。
緊張からほんの少しだけ開かれていて、呼吸と共にわずかに動いてる。
指先にはワイングラス。
無意識にクルクルと回してるの、気づいてるのかな?
それを時々口に運んで、飲み込む仕草の度に喉元が小さく上下した。
そう言えば…男性の喉仏が好きだって、璃子言ってたな…
真剣に映画を見てる凱斗は、私の視線に全く気付かない。
って!集中できてないのは私の方だわ!
その時、ふっと凱斗がこっちを見たからあわてて画面に視線を戻す。
え?シーンが進んでる!凱斗見てたらわかんなくなっちゃった…
会社の亜里ちゃんが面白いって言ってたこの映画!ものすごく気まずい映画だ。
聞いてないわ!リビングで親と一緒に見られない系だったなんて!
凱斗はすぐ画面に視線戻したから、私も微動だにせず一心に前を見つめる。
なんだか…背筋伸ばしてこれ見てるって…
でも画面はキスしてる二人の唇のドアップ…しかも濃厚なやつ!
こんなの凱斗に、真剣に見てると思われたらどうしよう。
≪あー。花凛やばいな、欲求不満≫
とか…
≪ちょっと会わない間に、エロくなってた≫
とか…
≪久しぶりに会ったら、あんな映画、俺と見ようって言って来た≫とか!!
朔ちゃんとか佐田さんとかに、告げ口されたらどうしよう!
「花凛…」
「えッ!?」
名前を呼ばれて、思わず焦る。
「ザラメがさ…」
「ザラメ??」
「まぁいいや」
「え??」
凱斗はそう言ってまた前を向いて「ちゃんと見な」って。
「私…」
「え?」
ダメだ…ザラメどころじゃなくなって、凱斗が隣にいるから意識しちゃって…
そ…そうだ!眠いふり…
「あ…ふぁ…私…なんだか眠くて…目が…。凱斗…一人で見てて…」
って、これが見たいって言ったくせに無責任だけど…
ちらっと画面を見たらキャーーーーーっ!
亜里ちゃん教えてよぉ!ホラーだって言ってたのに!!
私絶対にこういうの、リビングで親と見れない人なんだってば!
内容ちゃんと調べればよかった!ヴァンパイアとザラメだけで選んだ私が浅墓だったわ。
気まずくてドキドキする。
ある意味違うホラー!
その時、目を閉じた私の唇にふわっと優しい感触が落ちて来た…
思わず目を開けるとそこには凱斗が…
「花凛…寝ないでよ…」
って…