第14話 俺って片思い?!
―――静かなリビングでは、花凛が相楽と「Zoom」で仕事してた…
≪あのさ…≫
「え?」
≪桜庭って、彼氏いる?≫
「えっ私?」
は??その画面の向こうの言葉に、驚いた花凛と俺は咄嗟に目が合う。
これって今相手、相楽だよな??
彼氏いるかって、さっき俺に会っただろ!?今聞く事なのかよ!
≪胡蝶さんって、桜庭の彼氏?≫
その時の花凛は動揺して、俺の方にふっと視線を送った。
「え…あ…なんで…?」
≪あ…いや…池島さんがさ…≫
「池島さん?」
≪さっき俺が、一緒にいた人≫
「あぁ…」
≪カイティの彼女かなって言うから…≫
「カイティ??」
花凛はそう聞き返すと、笑いをこらえた。
俺は、世間では「カイティ」って呼ばれてた。
以前出た朝の情報番組で、司会者がふざけてそう呼んで以来、それが定着しつつあるからだ。ったくカッコ悪い呼び名だよ!花凛にだけは、知られたくなかったわ!
それにしても相楽…仕事中に何聞いてんだ?!
東大卒の戦略もそんな程度か。ふんっ。
しかもオレ、ここにいるとか、わっかんないかなぁ?まったく…
俺がその時、目を細め呆れて首を横に振ったその時だ。
「あ…違うよ?」
「は?」
「え?あ…いや…」
≪なんだ…。やっぱそうなんだ?≫
はぁ??花凛のやつ、今あいつになんて言った??
「おま…」
お前、なんだそれって、そう言おうとしたら、今度は別のやつがZoomに入ってくる。
≪相楽、桜庭お疲れ。休みの日に悪いな≫
って、花凛の上司が…
それから三人で、打ち合わせがまた30分。
俺は、”映画見ながら食べよう”って、さっき買ってきてたポテトチップスを、思わず一袋開けた。
こんなジャンキーなもの、食べたの久しぶりだし!
手持ち無沙汰でふてくされて、ソファに座りまたパンフレットを見つめる。
っていうか、花凛一体どういうつもりなんだ!?
相楽に俺の事「彼氏」だって言わない理由は何なんだよ。
…それからの30分…俺にとっては、まるで三時間の長さに感じた。
「お疲れさまでした…」
花凛の仕事が終わり、彼女は何かメモを取りPCを閉じて深呼吸一つ。
両手を組んで、上に伸びをした。
「おい」
「え?」
「何で、相楽に俺の事、ちゃんと話さないんだよ?!」
「え?だって凱斗がダメだって…」
「は?俺がいつ??」
「さっきダメだって、首横に振ったよね??」
「……」
首横に振った?ダメだって??
「聞かれた時凱斗見たら首横に振るから…言わない方がいいのかと思って」
「っていうか、それお前マジでわかってないの?それともわざと?ありえないから!」
「え?あ…え??」
「今すぐ相楽にLINEして言えよ!胡蝶凱斗が彼氏なんだって!」
イライラする。大体なんなんだよ相楽!仕事中に花凛に色目使いやがって!
「そんなの…じゃあ、今度聞かれたら言う」
「お前、この間から何なの一体?」
「え…だって…。あの池島さんって子に言いふらされちゃうよ?」
「は?池島だろうが、海島だろうが、そんなのどうでもいいんだよ!俺が言ってるのは、相楽が知ってるかどうかなんだし」
「相楽君は、気にしてないでしょ」
「あいつ、お前の事気になってるから聞いたんだろ?!わかんないのかよ!」
「だって、相楽君彼女いたじゃん。なんでそんなに怒ってるの…」
「あれは、女じゃないね」
「え?」
「今気づいたけど、あいつ彼女の事「池島さん」って呼んだだろさっき」
「うん」
「普通自分の女なら、「一緒にいた子が」とか、まぁお前は同期だから百歩譲って「彼女が」って言うさ。なのに、「一緒にいた人」って言ってたし」
「へぇ…」
「……」
ダメだ…花凛は普段めっちゃ切れる。はっきり言って才女だ。勉強とか、仕事の話とかだと理解もすこぶる早い。
だけど…
「人のココロ」になると、めっちゃ鈍感だ。
だから…大学の時、一時朔が花凛の事好きだったことも全く気づいてない…
「後さ…お前なんで留学の事、俺に何にも言わなかったわけ?」
「え…あ…言うタイミングが無くて…」
「高校の時みたいに?」
「高校の時?」
「あの時、何にも言わずにアメリカ行っただろ」
「だって、入学してすぐにいなくなる子の事なんて、誰も気にしてないでしょ?」
そう言って笑った彼女に、俺はイラっとした。
「気にしてたんだよ!」
「…凱斗…」
「こっちは、ある日突然連絡取れなくなって、神崎に聞いたらアメリカ行ったって。
担任も、夏休み前に何にも言わなかったし!」
「あぁ…だってうちの学校下からの子多くてみんな仲いいから…入って三か月の子なんて誰も気にしてないと思ったの…。知らせるのは、夏休み明けでいいって先生に」
「お前…あの時俺に、話そうと思わなかったのかよ」
「え…、あ、でも凱斗は友達多かったから…そんなに気にしてくれてるなんて、思ってなくて」
「は?」
「それに…あの頃確か、凱斗先輩と付き合ってたよね?」
「……」
「だから…別に私がわざわざ伝えるって、変じゃない?」
「……」
「そんなにアメリカ行くこと気にしてくれてたなら、謝る…」
俺が言ってるのは、そう言う事じゃないんだ。
どうして花凛の中で、俺の存在がそんな薄っぺらいんだってこと。
こんなの…周りの女の方が、よっぽど俺の事気にしてるように見える。
もっと自分を見ろ、誰と話した、誰といるんだ、何してるんだ…って一つくらい束縛があってもいいくらいだ。
今はお互い仕事で会う時間が少ない。だからこそ、俺は必死で時間作ろうとしてる。
だけど…花凛にとっては「俺より仕事」だ。
それに…
「お前…SNSとかで、俺の事見てる?」
「え?凱斗のインスタ?」
「いや…それだけじゃなくて…」
「……」
「あ…見てないなら、別にいいんだけど…」
「あ、たまに…たまに?帰りの電車とかで…凱斗何してんのかなあって」
「それだけ?」
「あ、別にチェックとかしてないよ?忙しそうだなって思うけど」
「……」
「私…そんな凱斗のエゴサするほど暇じゃないから」
そう言って笑った花凛は…なんか…
俺の事なんて、どうでもいいって言う風に…そう思えた。
「へぇ…そっか。ならよかった、忙しいもんな」
「うん」
なんか…そう返すのがやっとだ…
俺もしかしてずっと…いまだに花凛に片思いなんじゃないかって。
普通、ヤキモチとかあるよな?俺なんていつもだ。昔は花凛の近くにいた朔にでさえ妬いてた。
でも花凛は、そんな事一回もない。
さっきの女優だってそうだ。説明なんて、花凛にはあれだけで済む。
俺のインスタは、会社の広報がやってる。
それを知ってる花凛だからか、どうかわかんないけど、そこについてるタグから女に飛べば、まるで付き合ってるかのような匂わせが、ゴロゴロと出て来た。
おそろいのブレス、おそろいのキャップ、ペアの時計…
俺と同じ車種のステアリングに添えられた男の手…スウィートルームに写る俺と同じシャツの男の腕と靴…結構そのせいで、あちこちで聞かれるんだ。“お付き合い派手ですよね”って
花凛がそこまで見てないなら、それはそれでいいけど…
それ見ても何にも言わないとかなら、話しは別だ。
”これ誰“”これ何“って…一回くらい聞くだろ、普通。
「お前…留学の事だけど」
「あ…」
「二年も…海外なんて、なんで行くんだよ」
「凱斗がそう言う事…言うと思わなかった」
「俺が?」
「だって、凄く理解あるし…MBAだよ?」
「それって…花凛に今必要?」
「えっ?」
「花凛は…俺と離れる二年間より、MBAの方が大事なのかって聞いてんだよ」
こんな事…絶対に言うつもりなんてなかった。
今までの俺は花凛の夢や、未来を、誰よりも応援してやりたいと思ってたし、ずっと…彼女の人生を支えてやりたいって、そう思ってたのに…
仕事の事だって、理解してた。
なのに…
いつの間にか俺は、花凛が側にいないとダメな女々しい男になってる…
「お前“疲れた”って、さっき言ってただろ?仕事やめたいなら辞めちゃえば?」
「凱斗…」
「俺が何とかしてやる。自由に好きな仕事して、お前がしたいようにすればいい。
仕事も辞めたいならやめればいいし、何なら…」
「それで…凱斗がいなくなったら、私どうすればいいの…?」
「え?」
「もしもそんなことして、凱斗と別れたら、私どうなっちゃうの?」
「別れる?」
「キャリアも無くなって、仕事も無くなって、凱斗に甘えて暮らして…凱斗がいなくなったら私、全部なくなっちゃうじゃん…」
「……」
「大丈夫だよ。負担になりたくないし、凱斗の事はちゃんと理解してるから」
いや、
理解してねーだろって…俺は心の中で突っ込んだけど…
「花凛…」
「さっきはごめんね。私…ちょっと弱気になってたんだ…。このところ限界来てて…甘えちゃってほんとごめんね…。私仕事頑張るから」
別に甘えたっていいんだよ。いや、むしろもっと甘えて頼ってくれてもいいのに…
彼女は、あんまり俺に弱さを見せようとしない。
「そろそろ、ハンバーグ作ろ?」
そう言って笑った花凛に、俺は腕を引っ張られてキッチンに向かう。
なんか…俺…
話、誤魔化されたような気がする。
ハンバーグで…
それになんか腑に落ちない。
花凛の事、大事な何かを俺見過ごしてんじゃないかって…
別れるとか考えたこともなかったし!
―――その時だった。
ソファの上に無造作に置かれた俺のスマホが、小さく震える。
「あ、ちょっと待って花凛」
そこには、俺の秘書の星野梓の名前があった。