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第13話 俺の気も知らない彼女

花凛(かりん)、これキッチンに置く?どうする?」


「あ、一度冷蔵庫入れようよ。まだ夕飯作るまでに時間あるし」




「そうだな」



花凛の部屋の、キッチン脇の白い大き目の冷蔵庫。

開けてみると相変わらず何もない。



あるのは花凛の好きなブルーベリーのカップヨーグルトが二個と、ミネラルウォーターのペットボトルが数本。


俺はそこに、買ってきた野菜や肉を丁寧に並べて行く。


別に…今日すぐ使うんだし、野菜室じゃなくていいよな?


それを入れ終わると、俺は部屋を見渡した。


花凛の部屋に前遊びに来たのは、いつだったか?

もう、覚えてないくらい前だ。


さっきは着替えてすぐ出たし。


割と広めのリビングキッチンに、寝室が一つと小さな部屋が一つの2LDK。


カーテンやソファとか、部屋全体は白で統一されていて、女の子らしい綺麗な部屋だ。


仕事が多忙で、普段過ごす事が少ないせいか、花凛の部屋には余計なものが何にもない。


「私、あっちで着替えて来るね」


そう言って寝室に向かう花凛を見送り、俺は白い三人掛けのソファに腰を下ろした。


その時ふと、目の前のセンターテーブルの上に置いてある、書類に目が行く。

花凛は良く、経済紙などを読みながら、寝落ちするって聞いてたけどこれは…


「MBA・提携ビジネススクール一覧…?」


それを手に取り、パラパラとめくってみた。


―――なんだよ、これ?

そこには他にも「社費留学制度の概要説明」の冊子が置いてある。


「これって…」




「…凱斗(かいと)―。着替えなくていいの?」



「え?」


その時花凛が、ラフな少し肩が落ちた白いTシャツに着替え、リビングに戻って来た。


くすみピンクのショーパン姿で、ソファの俺の隣に腰を下ろすと、片足を軽く組んでスマホをいじっている。


長い巻き髪は、片方にシュシュでざっくりと止められていた。



その無防備な横顔を見ていると、俺がそこに…吸い寄せられそうに…。


っていうか…そんな場合じゃなかった!


「花凛」


「え?」


「これ何?」


俺は組んでいた腕の指先で、目の前にあるパンフをさりげなく指さした。


まさかとは思うけど、社費で留学とか考えてないよなって…なんとなく不穏な予感が頭を(よぎ)る。


「あー…これ…」


「お前、さっき仕事やめたいって言ってたけど…」


部屋でじっくり話を聞いて、励ましてやるつもりが…なんか妙な焦りが出始めた。


「うん…実は会社で渡されたの。でも…迷ってるんだ…」


「……」


「今の仕事、自分に足りない事いっぱいあり過ぎて、なんか精神的にきつくて…」


「……」


「このままこの仕事続けられるかなぁって。やめて、自費で留学も考えてたの。

でも社費で留学できるなら、これも自分見つめ直すいいチャンスかなって…」


留学?!

はぁ??

オレ今、初耳なんだけど??


「何で!?いや、オレ聞いてないんだけど?留学とか!」


「まだわかんないもん。これは、行かないかもしれないし」


「っていうか、普通その前に相談するよな!?」


「自分の事なのに?」


「いや、自分の事って…お前の事は俺の事だろ…」


「だって…別に凱斗にお金出してもらうわけじゃないし…」


「俺は、そう言う事言ってるんじゃないんだよ!今の…」


…状態で、離れてどうすんだよ!って…そう言いかけた時だった。


だって、最近の花凛はどう見たって様子がおかしい。


中々会えないのもあるけど、俺にいつも遠慮してキョドってるっていうか…

そんな不安定な状況で、二年もアメリカとか…



―――その時震えた、花凛の手元にあるスマホ。


「あ…阿東(あとう)さんからだ…」


「そんなの、後にしろよ…」


そう言って花凛のスマホに手をかざそうとしたら、またSlackだって…

急ぎの仕事があるから、相楽(さがら)とこれからZoomするって!!


ムカつく!くっそ!コンサル潰れろ!!


「ごめんね…凱斗…」


申し訳なさそうに、パソコン持ってダイニングテーブルに向かう花凛…

それを横目に俺は、大きなため息一つ。


またかよZoom…


しかも相手、相楽とか!!


こんなことなら、俺が就活で戦略入ったら良かったわ!花凛と同期で…


あの頃花凛、就活頑張ってたんだよなぁ…(さく)から当時、“外銀か戦略かも”って聞いたときは、は??って絶望したし…。


こうなることは、目に見えてた。


当時は俺も大学生で、花凛と付き合ってもなかったから“卒業したら忙しさのあまり、一生会えないんじゃないか”と思ったくらいだ。


こんなに早く会社軌道に乗るなら、花凛俺の専属秘書にでもしたらよかった…。っていうのは職権乱用けどさ…。


「あ…凱斗…さっき買ってきたアイスコーヒーでも飲んでて?」


「あ、俺着替えたら、ハンバーグ作り始める」


「え??あ、一緒に作るよ?待っててよ」


「いいよ、どうせ暇だし。お前は仕事だろ…」



てか…

お仕事優先の彼女の為に、ハンバーグ作るCEOって…


花凛ハンバーグ好きなんだよな。

好きな物ベスト3に入るが口癖だ…。


CEOで思い出した!!

そう言えば、俺も後で一件打ち合わせあるわ!佐田と!

花凛の事ばっかで、自分の事忘れてたし…


「はぁ…」


ため息をつきながら、俺は花凛の寝室でTシャツと短パンに着替えて、いつもの通り脱いだ服をハンガーにかけてから、ちょっと彼女のベッドに仰向けに寝転がる。


――それと同時に、ふわっと甘い花凛の匂いが鼻を掠めた。


留学…まさかあいつ、本気じゃないよな??

さっきまで、泣きそうな顔で会社辞めたいって言ってたのに、張り切って留学行くとかアリなのかよ??

今度は咄嗟に肘をついて、横向きになってみる。



社費留学とは別で、自費で留学も考えてたって言ったよな??

ってことは…どっちにしても、また海外行くって事だろ??


俺を捨てて?!


「いや…誰もそんな事言ってないし…」


でも、さっきちらっと見たパンフは期間二年って…

アメリカに二年??


いやな事思い出した!!


―――あの高1の時。

図書館で話した後、同じクラスだったと言う事もあり、俺と花凛は一気に距離が縮まった。


LINEしたり、寝られない時はなんとなく声が聞きたくなって、通話したり。

それから…二人で行った“back number”のコンサート…


ホントは朔と一緒に行こうって言ってたんだけど、あいつ熱出していけなくなって。

他の奴らも、いきなりは無理って…

ダメもとで花凛に聞いたら、あいてるよって。


俺、なんか…私服で花凛と会うとか、めっちゃ緊張したの思い出した!

別にあの頃は、彼女だっていたし女友達もたくさんいた。



けれど花凛は、俺にとって、それとはちょっと違ってたんだ…


駅で待ち合わせした花凛…

白いオフショルダーのトップスにデニムのミニスカート…めっちゃ可愛かったんだよな…チョーカーとかつけてさ…


あれから速攻で彼女に別れるって言って、いざ花凛に告ろうかと思ってたら本人いなくなるって言う。


思い出したわ。それ。


夏休み前とか、担任もそんな事全然言わねーし。普通言うよな??クラスのやつが二年もいなくなるのに。


LINE既読つかないから、おかしいなって思ってたら、あいつの友達の神崎璃子が「花凛アメリカ行ったよ?」って…


普通言うだろ?!“俺にも”、って…めっちゃショックだったし、あれは泣いた!


それからずっと、あの時一緒に聞いたback numberのライブのラストの曲「恋」聞いて落ち込んでた…。

花凛いない間、何度も聞いてたし…


なんか俺、花凛にはめっちゃ女々しい奴じゃん?ダサいし!!


あれから俺は、勉強と部活に集中して先生に医学部の内部進学も行けるって冗談言われて笑えなかったよな…正直。


付き合い悪いって、みんなに責められたし。遊びに行く気にもならなかった…。


高三になって夏休みが終わったら、朔が“自分のクラスに花凛が戻って来た”って。


それ聞いてすぐに、朔に会いに行くふりして教室に見に行った。


そしたら、悪びれた様子もなく普通にこっちに手を振って来たけど俺…それ無視したんだった。


マジでイラッとしたんだよ!帰って来たからって、連絡もしてこないし。


あれから女友達といるとこ見せつけてやったけど、それもスルーだった…。今もスルーだけど…。


結局同じクラスだった朔が距離縮めて、そこから情報もらうしかなかったって言う。

それでも朔のやつ!ゼミ旅行の事俺に言ってなかったし…

あいつ、あの頃花凛の事気に入ってたからな。ミイラ取りがミイラになりやがって!


俺は咄嗟に体を起こして、腕を組んで考えてみる。


――花凛には、もっとはっきり言った方がいいのかな?

あいつあんな仕事してるから、しっかりしてるように思われがちだけど、案外鈍くてトロトロしてるもんな??


「大好きだ」とか、「お前だけだ」とか、もっとわかりやすく言うべきか??

でも、そんなのウザがりそうだし…。わからないんだよな。


はぁ…俺もずっと高校生のままみたいで、なんか情けないよ…


花凛の一挙一動気にしてたら、めちゃ気を使うし…


どうでもいい女には、ズバッとなんでも言えるんだけどな。



それにこれが仕事だったら、パッと行動できるし即断即決もできるカリスマCEOなのに!!


「はぁ…CEO…彼女の為に、ハンバーグ作るか…」


俺は大きなため息と共に起き上がり、リビングへ向かった。




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