1杯目.最後の恋人
「どう?美味しい?」
「うん。とっても美味しい。」
私の名前はサエ。一緒に食事しているのがダイキさん。私の今の恋人だ。
「私フランス料理実は初めてで。ちょっと緊張してるんですよ。」
「ははっ。実は僕もなんだ。初めてのこんなデートだから少し奮発しちゃったよ。」
そう言って彼はメインのお肉を口に運んだ。私も釣られるように口に運び、口に広がる風味に思わず笑みを浮かべてしまう。彼と出会ったのは2日前。アプリを通じて出会ったため、今日が初めてのデートだ。正直初めてのデートでこんなフランス料理ってどういうこと?って一瞬思ったけど、こんなに美味しい料理を食べられるのなら満足だ。
「サエさん、ワインもう少しもらう?」
「えっと…いいんですか?」
「もちろん。赤と白どっちが好き?」
「じゃあ、白で」
「わかった。すみません!」
彼はスタッフを呼びワインを頼んだ。
「料理に合うおすすめの白ワインを、値段は問わないから」
彼はそういうとこちらへ微笑みかけた。ふと我に帰り、一つの疑問が浮かんだ。
「あの、ダイキさん。料金…」
物凄く失礼なこととは思っていたが、以前にもそういう風に食べるだけ食べて料金を払わずに逃げられるというようなことがあったのでつい心配してしまう。
「大丈夫だよ。心配する気持ちはわかるけど、しっかり料金は払えるから!遠慮はしないで。」
ふざけるように笑って私に言った。
「すみません。失礼なことを言ってしまって。」
私は恥ずかしくて顔を少し下に向けて答えた。その後すぐにさっき頼んだワインがグラスに注がれた。私は口に含んだ。体が熱くなっていたからか少しだけ冷たく感じた。
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付き合い始めて1ヶ月。今日は何度目かのデートでファミレスにやってきた。テーブルの上には山のように盛られたポテトフライとハンバーグとライス、それとドリンクバーでとってきたドリンクたち。
「ここのハンバーグとっても美味しいよね。」
「うん。美味しいよね。学生時代よく友達と来てた。」
「私は大人になってからしかきてなかったな。」
「そうなんですね。」
他愛のない会話にダイキは笑っている。私も笑いながら1番人気のハンバーグを口に運び、舌鼓を打つ。慣れ親しんだ味だけれど、何度食べても美味しい。
「デザートは何にする?今フェアでチョコパフェをやっているみたいだよ。」
「わぁ、私チョコパフェめっちゃ好きなんですよ。それにしようかなー。ダイキは何にする?」
「私もそれにしようかな。ただ、食べられるかな?結構量が多そうだね。」
「そっか。あ、でも大丈夫ですよ!私が残ったら手伝いまーす。デザートは別腹なので」
私がふざけて言うとダイキさんは少し大袈裟に笑っていた。
「じゃあ、心配なく食べようかな。」
そうしてハンバーグを食べ終えるとパフェを注文して二人で食べた。心配をよそにダイキは一人でパフェを全部食べていた。むしろ強気に出ていた私の方がお腹いっぱいで食べるのが時間がかかってしまった。
「はぁー美味しかった。」
「楽しかったね。またどこか食べに行こうね。」
「うん。」
会計を終えて外に出ると雨が降っていた。
「あ、雨だ。最悪。」
「あー結構降ってるね。」
困っている私の方を見たダイキはふっと笑って、カバンをがさごそと探り何かを取り出した。
「ほら!これ使って一緒に帰ろうか」
「折り畳み傘!持ってきてたんだ。」
「うん。こんなこともあろうかと思ってね〜。」
揶揄うようなダイキはキラキラとしていた。ダイキと肩を寄せ合いながら帰り道をとことこと歩いて帰る。
「次は何を食べに行こうか。何か食べたいものとかはある?」
「うーん。ダイキが食べたいものでいいよ。」
「そっか。じゃあ、美味しそうなお店探しておかないとなー。」
「行きたい場所、本当は決まってるんでしょ?」
「ははっ。お見通しか。」
ダイキとの緩やかな会話をしているうちにダイキのうちについた。
「もう、着いちゃったね。」
「そうだね。」
「雨やまなさそう。」
「じゃあ、これ持っていってよ。」
ダイキは手に持っていた折り畳み傘を私に渡してきた。
「…いいの?」
「あぁ。濡れちゃうからね。次会うときに返してくれればいいよ。」
「ありがとう。じゃあ、次会う時に返すね。」
私は何もついていないことを確認して、ダイキの傘を持って帰っていった。
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あれから1ヶ月。ダイキとデートの日。街の外れにある小さなカフェで二人でコーヒーだけを飲んでいる。
「ごめんね。コーヒーだけで。」
「ううん、大丈夫。」
ダイキは少し申し訳なさそうな顔をしている。ダイキの気持ちを写すかのように外は雨模様である。
「いや、本当に申し訳ない。これが、最後のデートだというのに。」
「そうですね。この時間を持って契約は終了ですので。」
この人と私はいわゆるレンタル彼女というアプリで出会った。普通は1回きりの契約なんだけど、ダイキは特別料金の3ヶ月間の長期契約での取引だった。
「本当に、こんな私のくだらないわがままにつきあってくれてありがとう。」
「いえ、仕事ですから。それに料金の方はしっかりいただきましたので。」
「ははっ。そうだね。」
この人は病気を患っているらしく、もう長くはないらしい。奥さんに先立たれ、息子と娘がいるが2人ともお金を借りにくるとき以外は連絡もなく、身寄りもない。本人は入院しているよりも最後に自分のやりたいことをやって死にたいらしい。だから、ほとんどの財産を使って恋人と趣味の食べ歩きをしたかったんだとか。私には1mmも理解できない思考回路だけどそこそこギャラもいい仕事なのでしょうがない。
「でも……。最後になんだか懐かしくて楽しかった。心がなんだかドキドキしたよ…。」
「そうですか。お仕事冥利につきます。」
数秒間の沈黙が流れる。私は時計を確認してこの沈黙を切ることにした。
「では、契約終了時刻ですので。」
「終わり、ですね。わかりました。」
会計を済まして外に出るとまだ雨が降っていた。
「雨、ですね。」
「そうですね。傘はお持ちですか?」
「いえ、今日は晴れの予報でしたので。」
「では、これを使ってください。」
この人はカバンからいつか見た折り畳み傘を取り出して私に手渡した。
「次会うことはないんですよ?」
「いいんですよ。私にはもう必要ないですから。使った後捨ててくれても構いません。」
「……。」
「もしも気が向いたら返してください。」
「わかりました。それでは、ご契約ありがとうございました。」
私は傘を受け取り一礼をして雨の中に消えていった。
最後に私がみたあの人の顔はいつも通りの笑顔だけれど、なんだか寂しそうだった。
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「まったく。もう死んじまうなんてな。」
「本当ね。」
葬儀場で2人の男女が話している。一応形上はこの男が喪主を務めている。
「最後の最後に私たちじゃなくて、どこの誰だかわからない女にお金を使っていたなんてさ。」
「お陰で俺らに残るお金は雀の涙よりも少ないぜ。本当いい歳こいてなんなんだよ、ったくもう。」
「仕方がないんじゃない?私たちあの人をATMくらいにしか思っていなかったわけだし。」
「はぁー。にしてもちゃっかりしてるよな。ちゃっかりと自分の葬儀代だけは残してるんだから。」
「それもそうね。まぁ、いいんじゃない?散々お金を借りてうちらの会社も軌道に乗ったわけだし。最後の餞くらいはしてあげても。」
「ちげぇねぇな。」
2人は缶コーヒーを飲みながらそんな会話をしていた。
「なぁ、あのやけに泣いてる女がもしかしてじじぃが最後に貢いでた女か?」
2人の視線の先には高級そうなハンドバッグを持った女が顔を抑えながら少し大袈裟にも見えるように泣いていた。
「あー。そうかもね。見覚えないし。」
「いかにもって感じだな。」
そんな会話をしていると2人の方にその女は歩いてきた。
「あの、2人がダイキさんのご家族の方ですか?」
「えっ、あぁ。まあ。」
「私はダイキさんのレンタル彼女をしていたものです。」
「話はなんとなく聞いたわ。」
2人は見え見えの敵意で話しを聞いていた。
「2人が私に対してよくない印象を持つのは仕方がありません。2人からすれば私はダイキさんを騙していた悪い女に見えますもんね。」
自分を卑下するように女は話していた。
「正直そう思っているよ。」
「そう、ですよね。ですが私はあの人の最後の幸せの時間に立ち会えたこととっても光栄だと思っているんです。ダイキさんは最後の幸せを噛み締めるように私と毎日を探していたんですよ。」
そうすると女はスマホを取り出しデートの時の写真を見せていた。
「ほら、全部楽しそうに笑っているでしょ?」
「ほんとだな。」
「こんなに笑ってるのって、いつ以来かしら。」
息子たちは久しぶりに見る父の笑顔に驚きと懐かしさを覚えていた。
「初めて、本当の意味で誰かの幸せのお手伝いをできたような気がします。改めてありがとうございました。」
「……。」
「私たちなんかより、この人の方があの人のこと思っていたのかもね。」
ダイキの娘は少し遠くをみながらつぶやいた。
「そうだな。お礼を言うべきは、俺らの方だな。」
「そうね。あなた、最後に父を笑顔にしてくれてありがとうございます。」
「ありがとう。」
「いえ、私はただ依頼を受けていただけなので。それでは、そろそろ。」
その女は深々と一礼し向こうへ歩いて行った。
「あの人、本当に寂しかったのね。」
「俺らは、最低だな。」
「でも、よかったんじゃない?最後にいい人に出会えたんだから。」
「そうだな。」
2人はしみじみと父親のことを思い出して感傷にふけていた。
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「あの……。」
「ん?」
式が終わり、外に出て帰ろうとすると女がこちら歩いてきていた。
「あなたまだいたの?」
「どうかしたんですか?」
「えっと、大事なものを渡すのを忘れていたので。」
女は涙を少し浮かべながらがさごそとカバンを探っている。
「大事なもの?」
「えぇ、約束していたので。ダイキさんと。」
女はあっ、と声をあげてそれを取り出して2人の方に渡してきた。
「これ、は?」
それは請求書のようなものだった。
「今日の葬儀への参列代です。」
「えっ?どういうこと。」
「生前約束していたので。この会場を出るまではいい彼女のフリをして参列して欲しいって。」
2人はあっけにとられていた。。
「は?待って、意味が全然。」
「じゃあさっきまでの態度は…。」
「はい。演技です。当たり前でしょ?」
見ると女はさっきまでの涙がいつのまにか乾きけろっとした表情で2人を見ていた。
「そして、その後請求はお二人からと。ここに契約書のサインもいただいていますよ。」
見ると、2人の印鑑とサインが書かれていた。
「いつ?私こんなの書いた記憶…。」
「さぁ、私に言われましても。鑑定していただいても構いませんよ?おそらく本物なので!」
「あの、じじい。」
「大した額面ではないでしょ?それではこれにて本当に失礼致しますので。」
2人の苛立ちをよそに女はニヤリと笑い真っ直ぐ歩いて帰って行った。