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8杯目.偶像

「わぁ……。」

6年生のハルナは口を開けてテレビを見ていた。その様子を後ろから両親が笑ってみていた。


次の日、帰り道。

「ねぇ、昨日の音楽ステーション見た?」

「見た見た、ホイップエアライン可愛かった〜。」

ホイップエアラインとは最近人気がじわじわ出始めているアイドルグループだ。メンバーは30人前後、飛行機とお菓子がモチーフのアイドルグループだ。

「私、昨日初めて見たんだ。」

「えーそーなの?びっくり。」

ハルナのお友達のナナミが大袈裟に驚いて言った。

「うん。私ね、音楽番組はあんまり好きじゃなくて見てなかったんだ、今まで。昨日たまたま見てすごくテンションあがっちゃった。」

「私も好きなんだ、あの曲。」

ナナミが曲を口ずさんでいた。

「私も覚えたいな〜。」

「CD持ってるんだ!今日聴きにくる?」

「うん。お家帰ってから遊びに行くね。」

ハルナは家へ急いで帰って、ナナミのお家へと遊びに行った。


「わー。この曲。」

ハルナはリズムに合わせて体を横に揺らす。歌詞は覚えていないので、印象的な歌詞のサビだけを口ずさんでいた。

「あと、これ見てみて!」

ナナミは雑誌を持ってきてハルナにみせる。

「ホイップエアラインのメンバーがみーんななってるんだよ。」

「ほんとだ!すごい。」

ずらっと顔写真と一緒にニックネームや誕生日、一言コメントが乗った特集ページだった。

「私は、このイチカちゃんが好きなんだ!」

ナナミが1人を指差していた。

「ハルナちゃんは?」

「私はね……。」

ハルナはページを上から順に見ていき、黒髪のショートヘアーの子を指差した。

「この子!ルミちゃん。昨日テレビで見たんだ。」

「あーるみみが好きなんだね。」

「るみみってニックネーム?」

「そうだよ。るみみは結構人気メンバーなんだよ!」

ナナミがうんうんと頷いていた。

「そっか、やっぱ可愛いもんね。」

「でも、いっちゃんも、負けてないよ!」

その日からハルナはナナミとホイップエアラインの話をよくするようになり、ハルナはどんどん詳しくなっていった。


ーーーーー

ハルナは中学2年生になった。ナナミとテニス部に入り、毎日練習を頑張っていた。

「ハルナ、ホイエアの新曲やばいね。」

「うん。やばい。言葉なくなっちゃうよね。

朝練終わりの部室でそんな話をしていた。同級生の間で、ハルナ=ホイップエアラインというくらいにハルナのホイップエアライン好きは浸透していた。カラオケに行けばホイップエアラインの曲を歌い、下敷きやカバンにもルミちゃんのキーホルダーをつけていた。

「ハルナ!大変、聞いて!」

部室の扉を勢いよく開けてナナミが入ってきた。

「どうしたの?ナナミ。」

「うっ、うっ。イチカがグループを卒業するんだってーー。」

ナナミが目をこすりながら叫ぶように言った。

「卒業?グループをやめるってこと!?」

「そう、私…朝のニュースで見てショックだったんだ。」

ナナミは泣いているようにも見えた。ハルナはアイドルのそういう仕組みをよく知らなかった。ずっと、同じメンバーで同じように続いていくものだと思っていた。イチカのことはそこまでなんとも思っていなかったけど、なんだか不思議な感情になった。心に穴が空いたような、そんな感じだった。

「私、もうオタ卒視野だわ……。」

「えーそんなに?」

「だって、推しがやめちゃうんだよ?もう応援する気が………。」

ナナミの言葉にハルナは驚いた。いつか、自分の好きなルミも卒業をする。そうなったら、私もグループを応援することをやめてしまうのか。ハルナは今はよくわからなかった。


それをきっかけに、ホイップエアラインは続けて3人がグループを卒業した。ハルナはその度に胸がきゅっとなった。大事なものが少しずつかけていくような感じがして仕方がなかった。

一方で、オタ卒を宣言していたナナミは。

「ねぇ、この子めっちゃ良くない?」

「まぁ、可愛いよね。」

「わかる?私はこの子絶対推しだわ。」

ナナミはオーディションで入ってきた新しいメンバーが推しになっていた。


ーーーーー

ハルナは高校2年生になった。。部活は高校ではやらずに、勉強に集中することにした。ナナミも同じだった。

「ハルナ、昨日出た新曲聞いた?」

「あーまだ聞いてない。」

ハルナは最近、ホイップエアラインの曲を聴くことが減っていた。別に新しいアイドルが好きになったわけではなくて、なんとなく。

「……ハルナ、さては熱が冷めてるな?」

「えっ、いや別に。嫌いになったとかではないよ?」

ハルナは最近、ハルナをはじめとした友達と放課後遊んだりすることの方が楽しかった。なかなか、興味がそっちに向かなくなっていった。あんなに、何よりも大好きだったのに。

「ふぅーん。まぁ、いいや。なんか帰ろう!」

「うん。帰ろっ。」


3年生。受験が近くなってきて放課後遊びに行くことは減った。勉強の休憩中にふいにネットニュースを見た。

「えっ。」

ルミが卒業を発表。もうあんまり追っていなかったはずなのに、その文字は胸をしめつけた。すぐにナナミに連絡をする。時間が少し経ってから返信がきた。

「ついに、ハルナも推しの卒業を体験するのか…受験期に……ドンマイ!」

ちょっと励ますような茶化すようなメッセージが届いた。今追っていない自分がこれくらいならあの時のナナミはもっと嫌な気持ちだったんだろうな、とハルナは思った。


ーーーーー

無事にハルナは大学へ入学した。ナナミとは違う大学になった。ハルナは最近また、ホイップエアラインにハマり始めていた。知っていたメンバーの数は減って、今では3期生が入ってきていたが、ハルナはその子たちが出ているドラマを見始め、ドラマを見ているうちに名前を覚えていた。ルミが卒業して以降は特に推しのメンバーは作らず、いわゆる箱推しのような状態だった。

「……はぁ、この曲もわりといいな。」

ハルナは1人で図書館で勉強をしていた。ハルナはあまり大学には馴染めておらず、1人でいることも多かった。ナナミとはたまに連絡は取るが、最近忙しいのかなかなか会えていない。そんな中で、ホイップエアラインはハルナの心の支えになっていった。


ーーーーー

ハルナは大学を卒業していた。

「すみません。すぐにやります!」

ハルナは営業職についていた。慣れない仕事に毎日追われる日々だった。残業も続き、ストレスもどんどんとたまっていった。

「ただいま。」

ハルナは無気力に部屋へ帰ってきてお風呂に入りご飯を食べて寝る。それを繰り返すだけの日々になっていた。最初の頃はナナミがたまに家に遊びに来てたりしたが、友達と休みの日に連絡を取ることもなくなり音楽を聴いたりドラマを見ることさえなくなっていった。

「未読60件……。」

数が多く、もう見る気力もなかった。


ーーーーー

ハルナは惰性だけで社会人3年目になっていた。ハルナ自身もなぜ続けているのかわからないが、今も続けている。相変わらず残業続きの日々で友達とあったり音楽を聴くこともなくなっていた。部屋もどんどんと汚れてきていた。片付ける時間なんてなかった。

「未読5件……。」

最初の頃はみんなもハルナのことを誘っていたが、あまりにも来ないのでいつの間にか連絡も来ることは減っていた。それでもそれだけのメッセージを読むほどの気力もなかった。


ーーーーー

ハルナは会社をやめた。ついに限界だった。汚れた部屋で静かに過ごす日々。時間があったのでSNSを開いてみた。

「……なんなの。」

開くと同級生の充実した生活の様子が嫌がらせのように流れてくる。

「なんで、私だけこんな。」

ハルナは腹立たしくなってフォローを片っ端から外していった。視界から消したかった。

全てを外し終えた後残ったのは、ホイップエアラインのSNSだった。メンバー同士が2ショット写真を撮っていたり、新曲の紹介をしていた。私の知っているメンバーはもう1人も残ってはいなかった。


ハルナは静かにSNSをスマホの中から削除した。


ーーーーー

ハルナは時々バイトに行き、帰ってくるだけの生活をしていた。何もかもがどうでもいい。そんな感情になっていた。


ある日、ハルナは夜に部屋に帰ってきた。

「あれ?」

電気のリモコンを押すと電気がつかなかった。電池が切れているのかはたまた違う理由か。

「電池変えてみよう。」

ハルナは明かりを確保するために、テレビをつけた。すると、ホイップエアラインが手を振っていた。バラエティ番組でひな壇にひょこりと座って笑っていた。

「………なんなの?」

ハルナは表情が凍りつきリモコンを強く握った。

「アイドルなんてただ笑って歌って踊ってキャーキャー言われるだけでお金もらえて承認欲求も満たせて!!!!」

ハルナはリモコンの電源ボタンを強く押して地面に投げつけた。


"うざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざい"


吐き出すような勢いで言葉をずっと繰り出していた。暗い部屋にハルナの絶望の塊が流れ続けていた。


ーーーーー

ハルナはついにバイトに行くことすら減っていた。もうどうだって良かった。世界からも孤立している気分で誰も私のことなんか知らないし、わかっても欲しくなかった。

「トイレ行こ…。」

ハルナはのっそりと立ち上がり、足の踏み場もない部屋を歩いてトイレへと向かっていた。

「痛っ。」

ハルナは何か硬いものを踏んだ。するとテレビの画面がつき始める。

「そっか、リモコンか。」

ハルナは何も見たくないので拾い上げてテレビを消そうとする。

「なんで消えないの。」

カチカチなせが何度か押しても消えない。いらいらして、主電源を抜きにテレビに近づいていった。

「……あれこの曲。」

テレビから流れてきたのはホイップエアラインの曲。ハルナが小さな頃に聞いて1番大好きな曲だった。

「懐かしいな……。」

ハルナの知っているメンバーなんて1人ももういなかった。それでもホイップエアラインな歌って踊っている映像からはなぜが目が離せなかった。

「ふふふっ。」

久しぶりにハルナは温度のある笑いが出た。大っ嫌いになったはずのもので自分でも以外だった。


"ドンドン"


その時、部屋を叩く音が聞こえる。人が尋ねて来るなんてないはずなのに。

恐る恐る部屋から外を覗いてみると、そこにはナナミが立っていた。

「えっ?ナナミ?」

「ハルナ!よかった、引っ越してなくて。」

ハルナは思わず開けた。ナナミはハルナに抱きついてくる。

「急にきてごめんね!様子変だったし、連絡先消したから心配でさ。」

「なんで?私なんかのために。」

ナナミは少し目に涙を浮かべている。

「当たり前でしょ?友達だしさ!」

ナナミは笑顔だった。ハルナは訳がわからないが涙が止まらなくなった。


「うわー。片付けてないじゃん!」

散らかりに散らかった部屋を見てナナミが言う。

「……ごめん。」

「いいよ。一緒に片付けよう。」

ハルナとナナミは一緒に部屋を片付け始めていた。

「あれ?ハルナまだ好きなんだ、ホイップエアライン。」

「えっ?」

テレビではホイップエアラインが歌っていた。消すのを忘れていた。

「誰が好きなの?私もたまに聞いてるんだよ!」

ハルナは少し黙って口を開いた。

「……わかんない。わかんないけど、なんだか好きなんだと思う。」

ハルナは少し笑った。ナナミもその笑顔を見て安心した。

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