7杯目.ベストセラー作家
「さて、今日も書きますか!」
リクは小説を書くのが趣味だった。いつかは、自分が書いた小説がドラマ化され映画化されるのが目標だ。
「ふぅ、できたできた!」
自分の書いた物語を読み直し、内容の確認をする。再来週、小説コンテストに応募する作品なのでチェックに余念がない。
「……うん、面白い。大丈夫だ!」
リクは好きなクッキーを食べながら自分の作品の映るパソコンの画面を見てにやにやしていた。今回のはかなりの自信作だ。今まで何度も応募したが1次選考すら通らなかった。今度は絶対に通過してみせると意気込んでいた。
「よし、応募するか!」
リクは応募規約を指で画面をなぞりつつ、慎重に見ていた。ぶつぶつと応募条件や文字数を読み上げる。チェックに余念がない。
「……大丈夫、完璧だ 」
コーヒーを一口飲み、リクはエンターキーを強く押した。
ーーーーーー
次の日。
リクは昼間は普通に会社に勤めている。新卒で入った会社も今年で3年目。毎日営業の仕事で外周りをして少しずつ業績も伸ばしている。順風満帆、部下や上司からの信頼も厚い。
「ふぅ…… 」
13時。営業先の近くの蕎麦屋に入り、昼食をとることにした。
「天ぷらそば一つ!」
席に着き、水を運んできた時にすぐに頼んだ。1秒でも時間を無駄にしないためあらかじめ決めていた。
(そうだ…待ってる間少し読んでみるか。)
リクはスマホを取り出し、昨日応募した自分の小説を開いた。何度読んでも面白い。これは確実に通るな。
と、確信で一人で頷いている。が、その確信はすぐに崩れ去った。
「あっ!」
思わず一人で大きな声を出してしまった。周りのお客が一斉にリクを見る。リクは小さな声ですみません、といいながら軽く頭を下げていた。その後頭に手を置いて呟いた。
「脱字がある… 」
今読み直せばすぐにわかるほどの脱字。前もやってしまったが、今回は読み直して大丈夫だと思っていた。またやってしまった。
「……これはダメかもな 」
ため息のようにつぶやいた。
「お待たせしました、天ぷらそばです 」
リクはなんだか天ぷらそばが喉を通らなかった。
ーーーーー
「ただいま戻りました 」
外回りから職場に戻ってきた。午後はなんとなく落ち込んだ気分で回ってはいたが、しっかりと成果を上げて帰ってきていた。
「お帰りなさい。先輩なんかくらいっすね 」
後輩のヒロがニヤついた顔で話しかけてきた。
「まぁな 」
「営業先でなんかあったんすか?」
「いや、そうじゃないんだ 」
リクは徐ろに胸ポケットからスマホを取り出して、自分の小説を見せる。
「あー小説のことっすか 」
またですね、というような顔でヒロはリクを見る。ヒロは小説を書くことがリクの趣味だと知ってる数少ない一人だった。
「で、ダメだったんすか 」
「まだわかんないけど、ここ 」
リクはスワイプしてある一部分を見せる。
「あーめっちゃ字、抜けてますね 」
笑いが堪えきれずヒロは吹き出した。
「おい、笑うなよ 」
「すみません、先輩 」
リクにこずかれて、ヒロが謝る。
「面白いんすけどねー。いつも 」
ヒロはスワイプでめくりながらつぶやいた。
「ありがとなー。でも、合格しなきゃ意味ないだろ……?」
「でも、好きだから書いてるんすよね?」
スマホを返しながらヒロがリクに聞く。
「まぁ、そうなんだけどさ。どうせならどーんとヒットさせたいじゃん 」
リクはため息混じりに答えながらスマホを胸ポケットに仕舞った。小説を書くことはリクの中学生の頃の趣味だった。最初は友達に見せて褒められることが嬉しくて、いつのまにかドラマ化なんて大きな夢を見るようになっていた。
「ま、そうっすよね…。あっ、ならこれ使ったらどうっすか?」
ヒロがカタカタとパソコンを動かして画面を表示させる。
「これって…… 」
画面にはチャットのような画面に右には疑問文、左には解答が映っていた。
「AIっす。最近自分も挨拶文とか企画書とか叩き台として書いてもらってます 」
ヒロは得意げな笑顔で言う。
「いやいや、小説は自分でかいてこそだろ?AIなんか使ったって意味ないって 」
「いや、AIに小説を書かせろってことじゃなくて、誤字とか脱字とか確認してもらうのに使うんすよ 」
ヒロは自分で書いた文章をコピーし貼り付けて質問を投げかける。すると、すぐに左に文章の問題点を回答してきた。
「ま、流石に見たことはあるとは思うっすけど便利っすよ 」
「確かになぁ。検討はしておくよ 」
「なんすか、それ 」
リクはヒロのアドバイスを話半分に仕事に戻った。そもそもリクはなんとなくAIというものを信じてはいなかった。
ーーーーー
仕事を終え、家へと帰ってきたリクはお風呂と食事を終えて、コーヒーを片手にノートパソコンの前へ座った。リクはコーヒーが好きでわざわざコーヒーショップで豆を選んで買うほどだった。
「はぁ、いい作品だと思ったんだけどな…… 」
昨日応募した自分の作品を眺めながらため息をついた。
「なんで間違うかな〜 」
実は、今まで書いた作品も必ず誤字や脱字があった。それが必ずしも原因とは言えないかもしれないが、リクは原因だと考えていた。だからこそ、今回もより念入りにチェックしたつもりだった。が、結局同じ結末を迎えていた。
「ま、切り替えてまた頑張るか 」
リクはコーヒーを一口飲んで作品の執筆を始めようとした。
「……」
リクは昼にヒロに言われたことを思い出した。
「AI…か。まぁ、ものは試しだ 」
リクはヒロに言われた文章生成AIを検索した。ニュースなどでみたことはあるので存在自体は知っていた。しかし、信用できないと思っていたため触れたことはなかった。
「へぇ、大手でも使ったりしているのか…….」
検索して出てきた情報を見ながらリクはつぶやいた。始めにニュースでみた時よりも精度は格段に上がって、文の不自然さはほとんどなくなっているようだった。
「……ものは、試しだ 」
リクは文章生成AIに無料登録し、昨日応募した作品をコピーして、貼り付けた。
「えーっと、この作品の誤字・脱字やおかしい部分を修正してくれ、と。」
質問を投げかけると1秒程度で返事が返ってきた。
「うぉ!すげぇなこれ。全部修正されてるよ……」
リクの作品の誤字脱字や文の捩れは全て綺麗に体裁が整えられていた。
「こりゃあ、便利だな 」
リクはもう一度コーヒーを飲みながら、AIの便利さを噛み締めていた。
ーーーーー
それから少ししたある日
「ただいま戻りました 」
リクは明るい表情で職場へと戻ってきた。
「先輩、なんかいいことあったんすか?」
「まぁな 」
リクはスマホを取り出してサイトを見せた。
「えーっと…何々。1次審査突破…ってすごいじゃないっすか先輩 」
ヒロは目を丸くして小さく拍手をした。
「いや〜今日は朝からこれをみてウキウキでさ。」
「すごいっすよ。今までは1次すら通ってなかったのに…!」
「まぁ、な 」
「何かあったんすか?」
ヒロが興味津々なのでリクも得意げに答える。
「実はな、お前に言われたAIを使ったんだ 」
「AI?まさか、これAIが書いた文章っすか?」
ヒロは画面に目を映して不安げな顔で画面をスワイプしている。
「それ、不味くないっすか?」
「いやいや、違う違う。文は俺が書いて、誤字とかの確認に使ったんだよ 」
「あーそういうことっすね 」
ヒロはちょっと安心した顔でスマホをこちらに返してきた。
「そのおかげで、1次突破ってわけ 」
「成る程……。ん?ってことは実質俺のおかげってことじゃないすか?」
「……?」
リクは首を傾げた。
「いやいや、だって俺が先輩にこれ勧めたじゃないっすか!」
「あー……そうだっけ?」
リクはわざと戯けてみせた。
「ひどいっすよ!」
「ははっ冗談冗談。感謝してるって 」
リクがそういうと満足げに腕を組みながらうんうんとヒロは頷いた。
「ま、いいっすよ。その代わり今度なんか奢ってくださいね!」
「あいよ 」
リクは再びデスクワークへと戻った。
ーーーーー
それから数週間後
「はぁ……」
あれからリクは色んな小説を書いては応募していたが、どれも1次選考止まりだった。
「なんか、こうぱっとしないよな……」
ノートパソコンの前でコーヒーを飲みながら考えた。視線の先の画面には文章生成AIが映っていた。
「……試しだ試し」
自分の書きかけの小説をコピーして貼り付ける。
「この小説の続きをお願い、と 」
すると1秒にも満たない時間で物語が書き記されていく。
「ほぉほぉ、こういう風にやるのか 」
現れた物語をどんどんと自分の物語に書き加えていく。
ーーーーー
「先輩、すごいじゃないですか!」
「ははっ。やるもんだろ?」
リクは得意げにメールを見せる。そこには最終選考4位と書かれていた。
「これ、書籍化もいけるんじゃないですか?」
「だといいけどな 」
2人はにやつきが止まらなかった。
「今もAIは使ってるんすか?」
「……あ、あぁ。まあ 」
歯切れ悪くリクは答える。
「いや〜やっぱり俺のおかげっすね。リク大先生の影に俺あり!みたいな。なんならどこかに俺の名前書いてくれてもいいんすよ!」
なぜか自分の手柄のようにヒロは大声で笑っていた。
「………」
「どうしたんすか?先輩。」
「いや、なんでもない 」
リクはさっきの笑顔が嘘のように顔が曇っていた。
ーーーーー
家でパソコンを最終選考の結果を見つめながらため息をはいた。
「これって、誰がとった賞なんだろうな 」
この物語の大半は自分が書いたものではなかった。というより、リクは結局どんどんとドツボにハマってタイトル以外はすべてAIに書かせていた。受け取った賞は自分の名前が書かれている。だが、そこにある物語は自分のものではない。
「………」
リクは黙ってノートパソコンを閉じた。あれ以来何を書いても途中で自然にAIに意見を求めてしまう。今は、小説を書くことが楽しくなくなってしまった。
机の中から中学校の時に書き、自分で紙を止めただけの小説を取り出してページをめくっていく。
「この頃は、楽しかったよな 」
今見ると笑ってしまうほど拙い文章で誤字も脱字もひどい。それに内容も書き込みも浅く、心情も読み取りづらい部分も多かった。それでも何故だか賞をとった小説よりもワクワクして心が踊った。
「……そっか 」
リクはページを閉じてノートに閉まった。
ーーーーー
「先輩、最近小説書くのやめたんすか?」
「あぁ、まぁな 」
リクはデスクワークをしながらヒロの質問に答える。
「もったいない。せっかく波に乗ってそうな感じだったのに 」
「いいんだよ。もう、しばらくは 」
リクはしみじみと答えた。なんとなく今は小説から距離をおきたくなっていた。あの時みたいに自分が書きたいと思えるようになるまでは。
「そっすか。まぁ、いいんじゃないんすか 」
ヒロは頭の後ろに腕を回しながら投げやりに言った。
「じゃあ、先輩!今日飲みにいきましょう!俺の奢りで 」
「どういう風の吹き回しだ〜?」
「最終選考のお祝いしてなかったっすからね 」
「…ありがとな 」
「いいっすよ。全然 」
2人はデスクに向かって仕事を終え、日付が変わるまで飲み明かした。
「今日はありがとな〜。ヒロ 」
「いや〜いいっすよ先輩楽しかったっす 」
上機嫌な2人の声が深夜の路地に響いていた。
「じゃあ、俺はここで 」
「大丈夫っすか?ふらふらっすよ先輩 」
「へぇきへぇき。じゃあ、また〜 」
回らない呂律とふらつく足でリクは別れて帰っていった。
「大丈夫っすかね〜 」
ヒロは遠ざかるリクを角を曲がるまで見送り自分も帰っていった。
ーーーーー
家に帰り、ヒロは酔い覚ましに水をいっぱい飲み干した。
「ぷはぁ!」
部屋着に着替えてベッドに入ろうとする時、ノートパソコンが目に入った。
「俺も小説書いてみよっかな 」
ヒロはノートパソコンを開きAIにタイトルと物語の設定だけ投げ入れる。
「ほほぉ、めっちゃてでくるでてくる 」
ヒロはニヤニヤしながら画面を見ている。自分が天才小説家になったと錯覚をしてしまっていた。
「これ、応募すれば……いや、投稿サイトがいいかな。へへっ 」
ヒロはにやにやしながら、勢いのまま投稿サイトにとりあえず投稿した。ヒロは小さな頃から人気者になりたくてしょうがなかった。リクが小説の賞をとった時祝福以上に嫉妬の方が強かった。
「これで、俺は人気者に……あはははは 」
この後ヒロはネットで話題の小説家になって、あちらこちらのメディアで取り上げられることになったのだった。