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5杯目.その気持ちを教えてあげる

私の名前はルル。私には他の人にはない能力がある。それは感情を相手に与える能力だ。喜びを与えれば相手の心は明るくなり喜ぶし、怒りを与えればたちまちに怒り出す。そんな風に他人の感情をある程度操作ができるのだ。まぁ、デメリットがないわけではない。与えれば与えるほど、その感情は私から少しずつ減っていく。楽しいものをみても楽しいと感じないし、悲しいものを見ても涙が流れなかったりする。別に0になっても分け与えることはできるので、能力の使用には困ることがないのだけれど、周りから見ると何が起こっても無感情なサイコのように映ってしまう。無くした感情を取り戻す方法はいたってシンプルだ。楽しい感情を取り戻したければ楽しいと思えるものを、悲しい感情を取り戻したければ悲しいものを見れば良い。だから、分け与える分では不足しないように定期的に映画やらなんやらを見て感情を補給して、社会生活に溶け込もうとしていた。の、だが。

「ルルちゃん!ちょっと今日元気ないから楽しくして!」

「ルル!社長のスピーチで泣いてるフリしたいから感動させて!」

と、みんな都合よく感情のATMのように使ってくるのでバカらしくなってやめた。別に無理にない感情を出さなくてはいいし、冷たい人やサイコな人だなんて思われたって別にどうでもいい。

私は今カウンセラーの仕事をしている。あんなつまらない使われ方をするくらいなら力をせめて世の役に立てようと考えたからだ。落ち込んでいたり、悩んでいる人は意外と無機質な私のような人の方が話しやすかったりするようだ。それに、喜びを与えれば解決をして元気になる人もいる。私も、幸か不幸か病んだりすることは基本的にはないのでこの仕事は性に合っているようだ。仕事の方も上手くいっている。一つを除いては…。

「おはよう、ルルさん。」

目下の悩みの権化リオンだ。同じ医院で働いている一人だ。医院の中では人気もあり、彼のファンもいるほどだ。私にとっては軽い性格で、気安く話しかけてくるやつ、苦手な人だ。私の能力のことも知っている。

「何か御用ですか?業務以外では話しかけないでください。訴えますよ。」

「ははっ。怖いことは言わないでくれよ。」

私はそこそこ本気でいったが、リオンにはあまり応えなかったようだ。

「ま、その様子なら問題ないな。」

「なんですか?」

「実は、医院長に頼まれてね。君を少し元気づけてくれってね。」

「余計なことを。」

医院長は前々から私のことを心配していた。もちろん、医院長は私の能力は知っている。それでも、無感情で働きづめの私に、たまにはどこかで羽を伸ばせといつも言ってくる。

「君が私にだけはおしゃべりになるらしいんでね。」

イタズラっぽくウインクしてくる。この人はなんだか苦手だ。

「ってなわけで、今日は一緒に街で一日過ごそうか。」

「……いやと言ったらどうしますか?」

「まぁ、君が嫌と言うのなら僕は無理強いはしないよ。」

リオンは両手を広げて首を傾げている。

「……わかりました。行きましょうか。」

「いいのかい。わかったよそれじゃあ、行こうか。どこかいきたい場所は?」

「別にありません。」

私は服を私服に着替え直して、リオンと街へと繰り出していった。

ーーーーーーー

「さて、まずは少し早いがお昼にしようか。」

「わかりました。」

私達はリオンがおすすめのカフェに入った。

「ルルさんは好きな食べ物とかはある?」

「特にはありません。」

「そうかい、じゃあおすすめでいいかな?」

「はい。いいですよ。」

おすすめのパスタが届いて食べる。少し辛いトマトのソースのパスタだ。それなりには美味しかった。

「本当に表情ひとつ変えないな、君は。」

「別にいいじゃないですか。」

「美味しいものを食べる時くらいは笑ったらどうだ。」

「そういう時もありますよ。」

「そうなのか?そういう感情は最初に枯渇してそうなもんだけど。」

「与えているのは喜びなので。楽しいという感情は微妙に違います。」

「感情っていうのは難しいんだね。」

リオンはいつものようにヘラヘラと笑いながら料理を運んでいた。今日はなんだか、いつもより優しい気がする。


私たちは料理を食べ終えると外へ出た。

「演劇でも見に行こうか?」

外へ出て少ししてリオンが口を開いた。

「はい。いいですね。」

医院長もリオンも私のためにやっていることだ。多少付き合わなくてはならないだろう。それに、なんだか気まずい思いにさせてしまった。

「これにしようか。」

私たちは戦争によって引き裂かれたが街で再会する感動的な物語だ。

「わかりました。」

私たちはチケットを買って劇場に入って観劇した。

ーーーーーーー

「いや〜いい舞台だったね。」

「そうですね。」

「でも、以外だったよ。君がそんな風に涙を長さなんてね。」

「……」

私は実はベタベタな感動ドラマは苦手で涙を流してしまう。

「君にも感情があるんだね。」

「私をサイボーグか何かと勘違いしてます?」

「いやいや、気に障ったのならすまない。でも、感動の感情は分け与えたりしないのかい?」

「あまり職務で悲しみや感動を使うことはないので。」

相談にくる人たちが求めてくるのは喜びや楽しさ。悲しみや怒り、寂しさは私の中からは消えない。

「そうか…それは、少し辛いな。」

リオンはなんだか悲しそうな顔をしている。軽薄なリオンからはあまり想像できない表情だ。

「それは、どういう……。」

その時、私の視線の先に赤信号で飛び出している男の子がいた。後ろにはトラックが走ってきている

「ルルさん!!」

私は飛びこんで男の子を抱えて向こうの歩道まで運んでいった。

「前を見ていかないと危ないよ。」

「……うん。」

男の子は少しぐずっていた。私は少しでも笑ってもらおうと楽しい感情を分け与えようとした。

「あっ、ママ!!」

母親を見つけて笑顔で走っていった。母親の方は涙を流しながら男の子の頭を撫でていた。

「あの、本当にありがとうございました。」

「怪我がなさそうで何よりです。」

母親は男の子の手を握ってどこかへ歩いていった。

「ルルさん!大丈夫、怪我は?」

「はい。大丈夫です。」

「全く、こっちの方がヒヤヒヤしたよ」

「別にこれくらい。」

「怖くはないのか?」

「はい。別に。」

「全く、恐怖の感情もないのか…。」

リオンは半ば呆れたような顔でこっちを見ていた。

「ちょっと向こうのカフェで座ろう。私の方が落ち着かないよ。」

「いいですよ。」

私たちはカフェにいき、コーヒーを飲んだ。一口口につけたあと、リオンは口を開いた。

「なぁ、一つ聞いていいか?」

「はい。」

「もしかして、弟がいるのかい?」

「……どうしてですか?」

「いや、さっき男の子を見る目が優しかったっていうかその、なんていうか…。」

リオンが頭を掻きながら自信なさげに聞いてきた。私はどう答えるべきかと少し迷って答えた。

「…いました。」

「いま…した?というのは…。」

リオンが不思議そうに聞き返す。

「…殺されました。私が幼い頃に。」

リオンは驚きと共に申し訳ない顔をしていた。私はこのことを医院長以外には話したことがなかった。

「…そうか。すまない、嫌なことを聞いてしまって。」

「別に大丈夫ですよ。」

私は何事もないようにコーヒーを飲む。

「……やはり、悲しい…よな。」

リオンはポツリとつぶやいた。

「あ、いやすまない。その。」

「……悲しいですよ。思い出す度に悲しいですし、何度も何度も恨みましたし、憎しんだりしました。」

「……悲しみや憎しみを少しずつでも誰かに渡すことは考えなかのか?」

リオンが私を心配するように言った。

「……私の中の悲しみや憎しみはどうやっても消えることはないです。消しても消しても何度だって思い出すたびに湧き上がります。それに……。」

「それに……?」

「それに、憎しみなんて抱える人を増やしたくなんかありませんから。」

私は真っ直ぐにリオンを見つめて言った。これが私の本音だ。憎しみや悲しみはきっと連鎖して、私のような人を増やしてしまう。何の罪もない人に自分の憎しみや悲しみを分け与えてまで自分のひとときの安心などいらない。リオンは何も言わずにしばらく私を見つめていた。

「……強いな、ルルさんは。」

リオンは少し下を向いて呟いた。

「えっ?」

「私がもしもそんな力を持っていれば、少しずつでも憎しみを放出しただろうな。その選択をせずに一人で抱えていたなんて、すごく強くて優しい。」

「……。」

予想外の言葉に私は戸惑った。そして、リオンは優しく微笑みながら続けた。

「…ルルさん。今日は、楽しかったかい?」

「えっ……あぁ。いい気分転換にはなりました。」

「ならよかった。私も楽しかった。また、時々遊びにいきましょう。」

「……別にいいですけど。どうしたんですか、急に?」

どうして突然そんな話をするのか私には理解できなかった。

「……ルルさん、私が笑顔にします。もしも喜びの感情が消えてしまっても、その気持ちを私が何度でも教えてあげるよ。」

「へっ?」

「ルルさんは今、悲しみや憎しみだなんて苦しい感情を一人で抱えている。少しでも、あなたの気持ちの中に明るい気持ちを渡してあげたいからさ。」

リオンは少しだけ照れているようだった。でも、その言葉は真っ直ぐで優しくて…。

「…ありがとう、ございます。リオンさん。」

「ようやく笑ってくれたね。」

「えっ。」

私は驚いた。私は気づかないうちに笑っていたらしい。慌てて顔を元に戻した。

「無理に取り繕わなくていい。」

またいつもの軽い口調でリオンが話しかける。少しだけ腹が立った。

「……やっぱり遊びに行くのは今日限りです。」

「ははっ。厳しいことをいわないでくれ。」

私は楽しい気持ちを必死に隠してコーヒーを飲み干した。



ーーーーー


その後、ルルはリオンと別れて家へと帰った。

「今日は楽しかったな。」

"ジリリリリリ"

家の電話が鳴り響いた。

「はい……はい………わかりました。」

電話を切った。ルルはにやりと笑っていた。


ーーーーー



「おい、反省はないのか?」

「私は別に死ぬことは怖くなんかないぜ。むしろ殺して欲しいくらいだ。だから、たくさん人をやってやった。処刑されるようにな。」

椅子に括り付けられた罪人に今、処刑が行われようとしている。

「まったく、愉快犯か。罪の意識が全くない。」

「あっ。きました。」

こつんこつんと足音を立ててフードを被った一人の女がやってきた。

「いつもありがとうございます。わざわざ電話をいただいて。」

「いえ、色々とお世話になっていますので。」

「そうですか。すぐに始めていいですか?」

「はい!大丈夫ですよ。」

執行官たちと会話を交わした後、罪人の前に近づく。

「なんだ?お前。」

「……。」

女は何も言わずに冷たい目で見つめている。

「おい、なんだよ黙ってないでなんとか……」

罪人は言葉が止まりブルブルと震え始めた。

「あなた、死ぬことが怖くないとか言ってましたよね。」

「はぁあ。あわ、」

「じゃあ、その気持ち、()()()()()()()()

「ああああああーあーーーあーーー。」

罪人は恐怖に溢れて言葉にならない声を上げ続けている。

「……罪のないものの命を奪っておきながら…せめて恐れて消えなさい。」

ついに男は音さえも発することもなくなった。

「お疲れ様です。」

「では、私はこれで。」

女は執行官と会話をして離れていく。女はその能力を活かして、被害者の心のケアや容疑者の取り調べなどを手伝う代わりに執行前に立ち合わせてもらう許可をもらっていた。

「……あー。本当に楽しかった。」

部屋に帰ったルルは快楽に満たされて誰もみたことのないほどの高笑いをしていた。

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