70.去り行く魂に永遠の安息を
ユナを実験台にしようとするソーマを倒したと思ったら空から美少女……じゃなかった。いや、美少女で間違いはないんだが、なぜか冒険者三人組をテーブルに乗せたフェリシアが現れた。そんで父の仇ーって襲われたんだけど、なんと昔助けた冒険者三人組が仲裁に入ってくれた。
過去の善行が助けになるとは思わなんだ。人助けはしとくもんだね。
「それでアテナ、先程薬師がやったと言いましたが証拠はあるのですか? その薬師はどこにいるのです?」
「うッ! 証拠はない。薬師ならそこに……」
薬師の所在を聞かれた私は首を落とされたソーマに爪を向ける。
「もう死んでるじゃないですか! 話になりません有罪です!」
ですよねー。犯人が死んでる今、私には身の潔白を証明する術がない。困ったぞ。
「待っておくんなんし。薬師が町を壊滅させたと言うのは正しゅうござりんす。奴はアンデッドを取り込み合体し、巨人となってわちきらを襲ってきたでありんす」
「姫様のおっしゃる通りでありんす。アテナにはあちきも助けられんした。彼女と敵対するならば、主さんはあちきの敵という事になりんす」
ずいっとフェリシアが迫ってくるが、私を護るようにコノハナサクヤヒメとツララが立ち塞がる。
貴方たち私を護ってくれるの? ちょっと前まで敵対してたツララまで一緒に庇ってくれるなんて……。
「一般人と女性型の魔物? 誰ですか貴方たちは……いえ、僅かですが神聖な気配を感じます。土着の神とその眷属ですね。神である貴方までアテナを庇うのですか……」
おっ、さすが聖女シスター。力を失ってるコノハナサクヤヒメの正体を一発で見抜いたようね。信仰する神と別とはいえ、神が出てきて少しフェリシアの勢いが弱まったわ。
「ユナの敵でもあるよ」
「ワシの敵でもありますぞ」
「くッ、これでは私が悪者みたいじゃないですか……」
二人に続き、ユナとギン爺も私を庇うように立ち塞がった。
ユナとギン爺もありがとう。みんなのおかげでフェリシアが押されているわ。
「おい! 美人の姉ちゃん二人に嬢ちゃんと大亀がアテナ姉さんを護ってるぞ!」
「うむ。新しい土地でも仲間を増やすとは、さすがアテナ姉さんである」
「ほらフェリシアさん。アテナ姉さんは悪くないでしょ? もう少し話しを聞いてみましょうよ」
「どちらの味方なんですか貴方たちは? ……わかりました。状況を説明してくださいアテナ」
『ありがとうフェリシア! 貴方に大事なお願いがあるの……』
冒険者三人組も説得に加わり、ついにフェリシアが話し合いに応じる意向を示してくれた。
不承不承って感じだけど、フェリシアが受け入れてくれたのはでかいぞ。私や原因を作ったソーマには無理でも、聖女であるフェリシアなら、みんなを元に戻す方法を知ってるかもしれないからね。
そう考えた私は事情を説明し、住民のアンデッド化を治せないか聞いてみる。だが、それを聞いたフェリシアの顔に影が差した。
「ごめんなさい。それは私にもできません。聖女などと言っても、未熟な私にできる事など限られているのです……」
あちゃー、フェリシアでも無理だったか、もしかしたらって思ったけど無理言って責任感じさせちゃったみたい。悪い事しちゃったな。フォローしなきゃ!
『いやいや、フェリシアは悪くないんだから、そんな暗い顔しないでよ。貴方には笑顔でいてほしいわ』
「そうですか? 父の仇を討てたら少しは気が晴れ、私も笑顔になれるかもしれませんね」
『……あはは。またまたー、冗談きついよフェリシアさぁん』
やべー! すっげー恨まれてーら!
でもさ、カルロスの件はあいつが騙してたんだから私は悪くないんだよ。フェリシアだってあいつの策で殺されそうだったんだから。
なんて言っても、今のフェリシアは聞いてくれないだろうし、参ったなぁ……。
「ですが、このままではアンデッドになった人間は魂を囚われ、新しい命に転生もできず永遠に苦しみ続けます。残念ながら、私にできるのは皆さんを苦しみから解放する事くらいです……」
『それは殺すって事?』
「……そうなります」
やっぱそうだよね。私はそれで全然いいけど、ユナは許容できるかな?
チラリとユナの様子を窺うと、真剣な表情でフェリシアを見詰めていた。
「そうですか、その子はこの町の方なのですね。確かに死ぬという結果は変わりませんが、魂を迷わぬよう天に返す事ができます。辛い気持ちはわかりますが、皆さんを見送ってあげましょう……」
「わかった……お願いお姉さん。みんなを楽にしてあげて……」
「承知しました。フェリシア・ブルーホワイトが責任を持って務めさせていただきます」
フェリシアはユナの願いを真摯に受け止め、力強く承諾する。
ユナは強い子だ。みんなの死を受け入れ、乗り越えようとしている。
「そちらのアンデッドは貴方の大切な人でしょうか? 私の力で一時ですが意識を戻せます。最後の別れを済ませてください」
「……うん。ありがとうお姉さん」
「いきますよ。〖セイクリッドゾーン〗」
フェリシアが魔法を唱えるとテルメンの周りを柔らかな光が包み、瞳に光が戻っていく。
〖聖魔法〗の結界術で一時的にテルメンの意識を戻したのか。
「……話は聞いていたよ。ユナを一人残していく爺を許してほしい……」
「謝らないでお爺ちゃん。ユナにはお父ちゃんもお母ちゃんもいなかった。でも、お爺ちゃんがいたから幸せだったよ」
意識を取り戻したテルメンは優しい顔で語りかけ、ユナはそれにニカッと笑い答える。返事を聞いたテルメンは真剣な表情で私を見上げてきた。
「アテナ殿、ユナの事をお任せしてよろしいでしょうか?」
『ええ、任されたわ』
これはテルメンの最後の願いだ。ユナは私にとっても大切な存在になってるし、死にゆく男の本気の願いを断るなんて無粋なまねはしないよ。
「ありがとうございますアテナ殿」
「お爺ちゃん!」
私に深々とお礼を述べるテルメンにユナはギュッと抱きついた。
「今まで育ててくれてありがとうお爺ちゃん……大好きだよ……」
「私もだユナ――うぅ……」
最後の別れの途中、急にテルメンが苦しみ出し、瞳から光が消え出した。
「……時間切れです。アンデッドになりし住民たちの魂を解放し、死者に安寧を与えたまえ。〖レストインピース〗」
フェリシアは持っている杖を地面に突き刺し、顔の前で両手を組み目を閉じて魔法を唱える。すると、フェリシアを中心に神聖な光が広がり町全体を包み込む。その光を浴びたアンデッドたちはゆっくりと消滅する。その際、何かが天に向かいスゥっと登って行くのが見えた。
「ユ……ナ……どうか……幸せに……」
「嫌だ……逝っちゃ嫌だよ……お爺ちゃぁあああんッ!」
神聖な光を浴びたテルメンは最後までユナの将来を案じ、ユナの腕の中から消えていった。
〖レストインピース〗……安らかに眠れ、か。安心してテルメン、貴方の大事なユナは私がしっかり育てるから。
「〖神聖魔法〗〖レストインピース〗、見事な浄化魔法でありんす。これで町の皆さんの魂も苦しみから解放されんす。この土地を護る神として感謝いたしんす」
「いえ、聖女として当然の事をしたまでです」
おおっ、初めて出会った時は面白お色気姉さんだと思ったコノハナサクヤヒメが神っぽい対応してるぞ。やればできる神だったんだな。
「ところでアテナ」
私がコノハナサクヤヒメの対応に感心していると、フェリシアが私に話しかけてきた。
何だろ? ちょっと昔みたいに話せたから仲直りの申し出かな? 私は全然いいよ。今までの事は水に流して仲よくしようや。
『うん、私にも悪いところはあったし、仲直りしようフェリシア』
「そんな話ではありません。今この町には聖国の部隊が向かっています。町の後始末は私たちに任せて貴方はこの場から去りなさい」
えっ、そうなの? 思ってたんと違うけどありがたい情報だ。さすがに国ともめたくはないからね。
『情報ありがとうフェリシア。でも貴方は聖国に所属する聖女だよね? 私にそんな話していいの?』
「貴方は父の仇、今回は貴方の働きに免じて見逃しますが、次に会う時はまた敵同士です」
『わかったわ。じゃあねフェリシア、また会いましょう』
「ええ、お元気でアテナ。私が倒すその日まで」
しゃあない。今はそれでいいよ。そんじゃあ行きますか!
『ユナ、ギン爺出発するよ! 私の背中に乗って!』
「うん!」
『はいですじゃ主様!』
呼びかけに従い、ユナとギン爺が私の背中に飛び乗った。
『コノハナサクヤヒメとツララもありがとう! 機会があればまた会いましょう!』
「呪いを解いてくれてありがとうござりんすアテナ!」
「またお会いしんしょうアテナさん。この恩義はいつか必ずお返ししんす!」
コノハナサクヤヒメとツララからも別れの挨拶が返ってくる。
あの二人はとってもいい神様と眷属だったな。二人でずっと仲良く暮らしてほしいわね。
こうして私はユナとギン爺を背中に乗せ、北の山脈麓の町から飛び立った。




