59.一方その頃(ユナ&フェリシアside)
フェリシアside
アテナ討伐の任を受け、故郷の町で知り合った冒険者三人組と王都を出発しました。ですが、旅の途中同行していたアランさんが急な腹痛で倒れてしまいました。
アランさんたちには大変お世話になった恩があります。放って私一人で行くのはあまりに恩知らずというもの、北の山脈に近い町で療養を余儀なくされてしまいました。
聖女となり力を得た私ならば、回復魔法ですぐに治せると思っていたのですが……。
「私の回復魔法で治らないなんて……。ごめんなさい、聖女などと呼ばれていても、私はまだまだ未熟です……」
聖女となり力を得たと思いましたが無力を感じてしまいます。腹痛で冷や汗を流して苦しむアランさん一人癒す事すらできないのですから……。
「すまねぇフェリシアさん……俺のせいで時間を使わせちまって……」
「謝らないでください。皆さんは命を懸けて私の町を救ってくれようとしてくれました。そんな貴方たちを助けるのは当たり前の事なのですから」
「そう言ってもらえると俺らも体張った甲斐があるってもんだぜ――いてててッ! 腹が痛くて死にそうだ!」
「大丈夫ですかアランさん! 〖癒しの水〗!」
苦しそうにお腹を押さえるアランさんに回復魔法をかけます。ですが、多少痛みを抑えるほどしか効果はなく、この町にきてから何度繰り返しても、アランさんの腹痛は一向に治りませんでした。
私の回復魔法で治らないとなると、何か大きな病にかかっているのかもしれません。そうだとすれば私は専門外です。優秀な医者に見せた方がいいのかも……、
「……へっへっへっ、ちょろいぜフェリシアさん」
「……もう、いくら仮病だからって、アランのためにやってくれてるんだからそんな事言っちゃだめだよ。でも、変わっちゃったかもって思ったけど、やっぱりフェリシアさんは優しいな」
「……うむ、人の本質はそう簡単には変わらぬものだぞマイ」
「……うん、そうだねダンカン。アテナ姉さんのためにも、私たちでフェリシアさんを足止めしなきゃね」
三人の冒険者たちはとても仲が良く、時折こうして集まっては小声で話し合っています。声が小さくて聞き取れませんが、楽しそうにしていて微笑ましいですね。
こうして数日間アランさんの治療に専念していました。ですが、私一人ではこれ以上手の施しようがなく町医者に相談に行ったところ、近くの町にソーマと言う優秀な薬師がいるという情報を得ました。
そこは近くにドラゴンが巣を作ったと噂になっているのと同じ町で、私がアテナの居所と目星をつけていた場所です。
それは都合がいいですね。そこへ行けばアランさん腹痛も治せるかもしれないし、アテナ追跡もできて一石二鳥です。
ここに長く滞在しすぎせいで、聖国から私を手伝いに増援部隊が派遣されたとの知らせも受けました。
合流すれば正式に私は聖国の所属になります。そうなれば自由に行動できないかもしれません。急がなければ……!
ですが、急ぎ宿に戻った私が手に入れた薬師の情報を三人に話したところ、あまりいい顔をされませんでした。
「でも、今年は冬が長引いてるし、無理に移動するのは危ないよ」
「冬の移動は命懸けになる。危険だ」
「俺は腹が痛くて動けねえぜ――いててててッ!」
こんな感じで出発に後ろ向きです。
今は一刻を争うと言うのに、なぜそんな考えなんですか……ッ!
「私なら皆さんを台に乗せて〖飛行〗できます。こうしてはいられません。行きますよ!」
「ちょっ……待ってフェリシアさん! キャアアアッ!」
「むうッ!」
「うぉおおおッ!」
私は三人を強引に外へ連れ出し、持ち出したテーブルに乗せて〖飛行〗する。
三人の叫びが聞こえますが無視します。このまま目的地までひとっ飛びです。天気も昨日までとは打って変わっての快晴。天も私の味方をしてくれています。首を洗って待っていなさいアテナ!
(ユナside)
アテナ師匠がユナたちのために山の神様とお話ししにいってくれた。自分のためじゃなくて、ユナたちのために危険な山まで神様とお話しに行ってくれるなんて、アテナ師匠はホントに凄いドラゴンだよ。アテナ師匠ならきっと何とかしてくれる。そんな気にさせてくれるドラゴンさんなんだ。
アテナ師匠が出かけて暫くすると、外から大きな声が聞こえてくる。大勢の人たちが言い争っているような声だった。
「何やら外が騒がしいな。少し外を見てくる」
「待ってお爺ちゃん、行っちゃだめ……」
そう言って外に出て行こうとするお爺ちゃんの袖を掴んで止めた。
何か嫌な感じがする……。おかしいな、この町は平和なはずなのに……。
「急に甘えん坊になってどうしたのだユナ? 大方地元に帰れない冒険者が騒いでいるのだろう。荒くれ者の多い冒険者だが、町に滞在しているのはその中でも高位の人たちだ。事情を話せばわかってくれるさ」
「うん……わかった。気を付けてねお爺ちゃん」
そう言って出て行くお爺ちゃんを見送り一人帰りを待つ。でも、いつまで待ってもお爺ちゃんは帰ってこない。それどころか外の喧騒は勢いを増し、ユナの不安を煽ってくる。
ちょっとは強くなったと思ったきど、一人は怖いよお爺ちゃん……早く帰ってきてアテナ師匠……!
止まない喧騒に一人震えながら耐えていると、徐々に外の音が聞こえなくなっていった。
……静かになった。お爺ちゃんが冒険者さんを仲裁してくれたのかな? でも、嫌な感じが消えてない。怖いけど、ちょっと様子を見にいこう。
意を決して外に出ると、そこには肌が紫色に変色し、とても正気には見えない生気を失った目をした町の住民や冒険者が町を徘徊していた。
みんなどうしちゃったの? あれじゃまるでアンデッドだよ……。あっ! まだ変わってない人がいる! あれは……ソーマさん?
「ユナくんじゃないか、無事でよかった」
「――ソーマさん……ッ!」
ゆっくりと歩いてくるソーマさんを見て、なぜか不安な気持ちが押し寄せる。じりじりと後退りし、やがて壁に当たって下がれなくなった
なんでだろう……よく知ってる人のはずなのに、まるで初めて出会った怖い人みたいだ……。
「どうしたんだユナくん。なぜそんな怯えた目をするんだい? 私は君を助けにきたんだよ」
「嘘だ……」
アテナ師匠がなんであんなに警戒していたのか今ならわかる。疑ってごめんアテナ師匠、この人はヤバい人だよ……ッ!
「君はアテナさんの弟子だったね。見ただけで危険を察するとはよく鍛えられている。せっかくだ。師匠が到着するまで少し遊んであげよう」
ソーマさんが嫌らしい笑みを浮かべて述べる。
仲間を呼んだ? まさか……みんなでユナを嬲って遊ぶつもりなの……ッ!
悍ましい想像が頭をよぎり、身震いしながら両手で自分の体を掻き抱く。
「何を想像したのか考えたくもないが、そんな訳ないだろう。きなさいテルメン」
「テルメンって……お爺ちゃん!!」
ソーマさんが後ろを向いて手招きすると、さっきまでの面影を僅かに残すお爺ちゃんが呻き声を上げ、おぼつかない足取りでフラフラと歩いてきた。
「そんなっ、嘘でしょお爺ちゃん……さっきまで平気だったのに……」
「フフフッ、残念ながら事実です。たった一人の家族がアンデッドに変わってしまうのはどんな気持ちですか? 私に教えてくださいよユナくん」
「今日の朝まで町は平和だったのに……何をしたんだお前!」
薄ら笑いを浮かべて煽ってくるソーマに問いかける。それにソーマは気持ち悪い笑みを崩すことなく口を開いた。
「何をしたか? なぁに、私の開発した人をアンデッドに変える薬を町の食べ物に混ぜ続けただけだよ。私が町にやってきた時から長期間に渡ってね。診察で住民の様子をよく見れるし、非常にいい実験材料でしたよ」
「……よくも町のみんなを、お爺ちゃんを……許さないぞソーマ!」
「許さない? ガキがあまり調子にのるなよ……ッ!」
「うぅ……」
怒りに燃える私に急な不快感が襲う。
これは……以前アテナ師匠に〖鑑定〗してもらった時と同じ感覚だ。ソーマが〖鑑定〗を使ってきた? ただの薬師じゃなかったの……?
「はっ、たかだかLV10の雑魚じゃないか。だが、他の町民よりLVが高いから効きが悪いようだな。追加で飲ませておくか、素質はあるようだし、いい素材になってくれるだろう」
「や、やめろ……うぁあああっ!」
ソーマは見下した目でツカツカと歩みより、ユナの頭を掴んで持ち上げ、無理やり口をこじ開け、手に持った瓶の中身を飲ませてきた。
おえぇ……ッ! 生臭くて気持ち悪い……何を飲まされたの……!?
「孫に……手を……出すな……」
苦しむユナを見たお爺ちゃんが止めに入る。
お爺ちゃん、まだ意識があるの!
「おっとまだ意識がありましたか、しぶとい爺ですねぇ。フフフッ、丁度いい。孫の苦しむ姿を特等席で見せてあげましょう」
ソーマは悪趣味にもお爺ちゃんに見せつけるようにユナを持ち上げる。
「ユナ……ァ……」
「大丈夫だよ……お爺ちゃん。きっと、アテナ師匠が……助けにきてくれるよ」
「フフフッ、残念ながらアテナさんは帰ってきませんよ。彼女の相手には神の眷属を用意しましたからね。いくら彼女が強いと言っても到底勝てないでしょう」
お爺ちゃんに聞いた事がある。北の山脈には山の神様がいて、神の眷属を従え山を護っているって……。
「自慢の師匠がこれなくて残念でしたねユナくん」
「アテナ師匠は……必ずくる。そしたら……お前なんて……ぶっ飛ばしてくれるんだ!」
「無駄な期待ですよ。神の眷属は強い、今頃は殺されているでしょう」
アテナ師匠がくると信じるユナが面白いのか、ソーマは笑みを深める。
そんな事ない……死んだりしない……そうだよねアテナ師匠!




