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悪意と善意

ビートが僕の希望を上手く村人達に伝えてくれたおかげで、翌日は村に居た十人の子供達と山裾の平原に出かける事ができた。道案内をしてくれているのは十才の男の子で、村の人には珍しい赤い髪をしている。コレリックと体格の良い八歳の男の子と三人で、道を作りながら先頭を歩いてくれている。

馬車の中から見ていた時は思ってもなかったけれど、タバコは背が高いし葉が大きいから、僕みたいな子供は森の中を歩いている様な視界になる。先頭の三人が踏み分けて作ってくれた道をちゃんと付いて行かないと、すぐに逸れて迷子になりそうだ。


僕の周りにはオーリスと五才前後の子が七人、それから子供たちの世話係みたいな九才の女の子が居る。世話係の子も含めて女の子が四人だけど、どの子からもあの特別な不思議な感じはしない。

あの人を探しに来たのだけれど、昨夜のコレリックの言葉もあって、見つからない事にホッとしている自分もいる。もちろんあの人を見つけて一緒に幸せになりたいって気持ちもあるんだけれど。


生えている草の種類が変わって、足元の土が湿り気を帯びてくると、虫の羽音や鳴き声や、カエルの声みたいな音も聞こえ始めた。チラホラと気になる草も有るけれど、先頭の三人が止まる事無く進んで、ずんずん道を作ってくれるから、僕も付いていくしかない。


「ねえ、本当に王子様なの?」


気になる草があちこちにあるからキョロキョロしながら歩いていたら、僕より少し小さい女の子が僕の袖を引っ張りながら話しかけてきた。二つに分けて耳の上で結んだ茶色い髪が揺れて、少しあざとい感じがする。あの人とは真逆の雰囲気の、容姿とか性別を武器にするタイプの女の子って印象で、『俺』が苦手だった雰囲気だ。


「うん。一応ね。王様にはならない子だけどね」


僕は、この女の子が村にやってきた王子に変な幻想を抱かないように、素っ気なく答えた。


「じゃあ、何になるの?」


僕たちの会話を聞いていた別の女の子に尋ねられて、悩んだ。僕が将来何になるのか、実はあんまり考えた事はなかった。なりたくない物なら色々あるけれど。

あの人と平穏に暮らせるなら職業なんて何でも良い。今の計画が順調に行けば、カフェオーナーになるんだろうけど、この子達には説明が難しい。


「何になろうかなぁ。君は?」


「私達は農家に生まれたんだから農家にしかなれないよ」


うーんと悩みながら聞き返した問いには、僕らの様子を見ていた九才の女の子から鋭い声が返ってきた。その鋭い声に諦めと羨望が含まれているように感じた。同じような言葉をどこかで聞いた事があった気がしたけれど、いつの事だったか。


「僕の侍従のあの子もこの村の出身なんだけど、農家じゃない仕事をしてるよ。農家も大切な仕事だから、頑張って欲しいとも思うけど、生まれだけで将来が決まるなんて事はないと思う。君も僕も何にでもなれるんじゃないかな」


僕は先頭を歩くコレリックを指しながら答えると、周りにいた全員が同じ表情で驚きを現した。最初に僕に話しかけた子も、口をポカンと開けていて、可愛いく見せる事を忘れている。そういう自然な表情の方が可愛いと思うよ、とは言わないけれど。



歩き進めると、草が低くなるに従って周りが騒がしくなっていく。ようやく先頭の三人が止まったのは、ゲコゲコ、ゴォゴォ、フガフガとカエルの鳴き声の様な騒音が響く場所で、僕の瞳と同じ色をした沼だった。


「ユージン王子、なかなか良い場所に連れてきて貰いましたね。これは今夜の夕食も期待していただいて良いですよ」


オーリスと男の子達が沼でカエル狩りをしているのを横目に、コレリックと僕と女の子達は沼に浮く不思議な植物を何種類か採集した。僕が図鑑で見ていた食べれるっぽい物や、『俺』の知識として知っている値打ちを付けれそうな物、それから村の皆が知っている傷薬になる物。結構な収穫を手に農村に戻ったのは日が落ちる直前で、ビートを筆頭とした大人達に皆で叱られた。


一緒に叱られたお陰で僕は皆と仲良くなった。次の日からは遠くに行くことを禁止されたので、皆から村に伝わる伝説を聞いたり、近くに生えている役に立たないと思われている草の採取をしたり、木登りをして落ちてまた叱られたりしながら、子供らしく楽しく過ごした。

僕はすごく楽しかったんだけど、僕が笑うとみんなが「何か嫌なことあった?」「この話つまらなかった?」なんて聞いてきて、僕の笑顔の歪さを再認識させられた。


ビートは村人と相当上手くやったらしく、三日間で試作品のタバコを完成させた。僕は発酵の期間を変える事や他の植物を混ぜる事で香りを更に変えられる事を伝えて、改善したタバコは子爵に売るようにお願いをした。子供たちを運ぶ人には今までの物を渡すようにとも言い添えて、僕らは帰路に付いた。



帰りの馬車でも僕は車窓にへばりつく。農村がどういう物か分かると、車窓から見える景色の印象が変わった。いくつかの農村を通過した頃、集落の周りに畑が無い場所を見つけた。僕は窓から顔を出してオーリスに呼び掛ける。


「あそこは、なーに?」


「えっ?あぁ、あそこは開拓村ですね。開拓し始めたばかりで畑がないんでしょう」


「村の人は食べていけてるの?しかも草原の真ん中で、畑なんか作れるのかな?」


「立ち寄りますか?」


「何か渡せるものあったっけ?」


立ち寄って話を聞くだけなら、肉などを渡す必要もないだろうという意見で、コレリックとビートが一致した。僕らが話を聞くべく立ち寄ると、はだ艶の良い若者が十五人程居るだけの小さな集落だった。若者というか少年少女というくらいの年齢の者ばかりだ。


「あっ?」


コレリックが馬車から降りながら、不意な声をあげた。コレリックの背中越しに見える村人もポカンとした表情になっている。青年がいち早く立ち直って、コレリックへと歩み寄り、コレリックのほほをつねった。


「あれっ、本物?コレリックどうしたの?まだ孤児院に居られる年齢でしょう?」


「俺、色々有ってユージーン王子の侍従になったんだ。今はユージーン王子が農村の視察を希望されたから随行してるんだよ」


コレリックは頬をつねった青年の手を振り払ってから、僕が居る馬車の方に視線を向けて事情を話したけれど、信じて貰えなかった。けれど馭者席のビートが降りて、短剣を見せながら話したら、皆が一気に信じた。水戸黄門みたいだ。


集落に居たのは二年前から昨年の間に孤児院を出た子達だった。元居た村で嫌な事があったから、気心の知れた仲間だけで村を作ってしまったらしい。


「ここは、先生のアイデアで牧畜村にしたんだ」


「そうそう。人は食べれないけど、ヤギやニワトリならこの草で育てれる事が分かったからさ」


「代官のお貴族様も誉めてくれたんだ」


開拓村で不便はないかと尋ねれば、明るい表情で返事が返ってきた。イピノス領に来て初めて明るい領民を見た気がする。



開拓村で寄り道をしたせいも有って、街に入る前に日が暮れた為、僕らは街に程近い村に泊まらせてもらう事にした。村に入る直前、街に程近いところなので翌日は昼過ぎの出発でも大丈夫とオーリスが僕に囁いた。

僕は村長に挨拶をする時に、翌日の午前中に村の子供達と交流がしたいとお願いをして、受け入れてもらう事ができた。


翌日、村の子供達十二人に囲まれながら、すぐ近くの草原に向かうと驚くほど魔植物が映えていた。そりゃ普通の植物は育たないわけだと納得した。


「ねぇ、本当にこんな雑草集めるだけで、今夜もお肉食べられるの?」


オーリスと大きい男の子は近くで魔動物や食用になる小動物の狩りをしている。僕は今日も小さい子達と植物採集。火属性の魔植物は時々くる商人が買っていくと言うのでそれ以外の属性の植物を指示して集めてもらっている。

村では美味しくない草と言われていた物ばかりらしく、皆が不思議そうにしている。


「うん、よく見て。色んな形や臭いの雑草があるでしょう?珍しくて使い道のある草を見つけられたら、これからもすっとお肉が食べられるようになるかもしれないよ」


この村の子ども達の中にもあの人は居なかったけれど、珍しい植物には何種類も出会う事ができた。



子爵邸に戻った僕は大きな窓から子爵領の山並みが見える部屋で、疲れ切った顔の兄上と、今日も額から汗を流す子爵とテーブルを囲んでいる。

子爵とは不釣り合いなくらいに顔の整った水色の髪の夫人が、手ずからお茶を淹れて出してくれた。一口飲んでから、感謝を込めてニッコリ笑ってみせたんだけど、夫人はサァっと顔色を変えて子爵を振り向いた。

夫人の表情を見た兄上は、僕を一睨みしてから、夫人に笑顔を向けた。メントラータ伯爵とコレリックは、僕が笑うのが下手だとはっきり言いながら夫人を励ましだした。その言いようにちょっと傷つく。農村にいる間はオーリスに笑顔を習っていたんだけど、まだ修業が足りないらしい。


「ユーはご機嫌そうに帰って来たけど、農村はそんなに楽しかったの?お目当ての珍しい植物は見つけれた?」


皆の言葉にちょっと落ち込みそうな僕を見た兄上が、いつもの優しい顔で話題を変えてくれた。僕は振り向いてコレリックから一つ目のお土産を受け取って、テーブルの上で子爵に差し出しながら、兄上に笑いかける。


「うん。僕の将来の夢がひとつ叶いそうだよ」


「夢?」


行動と会話が噛み合っていない様にも見えるからか、兄上が怪訝そうな視線を向けてくる。僕は子爵に箱を開けてみてと、言いつつ兄上との会話を進める。


「うん。僕、タバコの似合う渋い大人になりたいんだよね。 だけどタバコって臭くてモテないってニーナが言うから悩んでたんだ。でも、僕が大人になる頃には良い匂いのタバコができそうだよ」


「ユーは農村でタバコの研究をしてきたの?!」


子爵が箱から一本タバコを取り出して、火を点けない状態で匂いを嗅ぎだしたから、吸ってみてとお願いをした。

火を点けると、先端が赤く点滅して煙が細く立ち上る。息を吸った子爵の表情が変わった。口からタバコを離して、息を吐くとタバコを眺めて、それから兄上に視線を向けた。

子爵と兄上が視線で会話をしている様だけど、僕には意味が分からない。帰って来た時の兄上の草臥れた様子も気になるし、一体何が有ったんだろう。


「兄上、領都の様子はどうでしたか?」


「うん色々あったんだけど、ユーに関りが有りそうな話だと、例の孤児院を運営している商人の所に行った事かな。コレリックは商人とは面識は有った?」


「いえ、僕らは、雇われた人に王都へ連れて行かれただけなので」


「その人に王都まで連れて行ってもらうの、お金のかわりにタバコ渡していたんだよね?村の人達はタバコの価値を知ってたのかな?」


兄上の疑問は僕も農村で過った物で、いつも通りの表情でコレリックと会話をしているけれど、声に少しの固さがある。否定しても信じて貰えないんじゃないかと不安になって、思わず身を乗り出す。


「知らなかったよ。僕が加工方法の変更をお願いして、王都での扱いを教えたら驚いていたもん。ただの雑草で、口減らしの助けをしてくれると思ってたって。でも、僕達が価値を教えて理解してくれたし、今回教えた加工が上手くできたら子爵の所に持って行くように言っておいたから、これからは品質の良い儲かるタバコが子爵の所に来るよ。兄上はその商人の所で何を見たの?」


「商人は三十年くらい、子爵の分家にだまされて、タバコ密売の片棒をつかされていたみたいだね。孤児院の教師の件を依頼した時に辺境伯が、不思議がっていたから怪しいとは思っていたんだけど、まさか子爵の分家が辺境伯の代理を騙っていたなんて驚いたよ」


兄上は、はぁとため息をついて背凭れに体を預けた。天井を見ながらブツブツと言っている言葉に耳を澄ますと、商人と繋がっていた分家にどれだけの追徴課税ができるか計算しているみたいだ。


「ところで、ユージーン王子は日程が変わった様ですが最南端の農村だけを見てきたのですか?」


世界に入り込んでいる兄上に変わって、子爵が僕との会話を再開してくれた。魔植物の話もしなきゃいけないし、ちょうど良い。


「うん、滞在したのは一番南の所だけど、帰り道で孤児院から戻った子達が開拓した村に立ち寄って、昨日は町を出てすぐの農村に泊めてもらったよ」


「ユー?その開拓村の話を聞かせてくれる?子爵は孤児院の事も、開拓村の事もご存知なかったんだよ」


子爵に答えたのに突然兄上が椅子から身を起こしたと思ったら、予想外の事を言い出した。だって、開拓村の子は代官の貴族に誉められたって言ってたんだから、子爵まで報告されてるのが普通じゃないの?

僕は開拓村で畜産を始めている事、彼らが生き生きとしていた事を話した。一通りの報告を済ませたら、今度は兄上だけじゃなく子爵も揃って背凭れに体を預けて天井を仰いだ。


「子爵が善良だとしても、親族皆がそうとは限らないって事だね」


「流石兄上ですね。開拓村に関係した悪人も見つけたんですね?僕には絶対見つけられません。そう言えば子爵にはもう一つお土産があるんだ」


兄上の呟きに返事をしつつ、僕の言いたいことも伝える為に子爵への二つ目のお土産を差し出した。子爵は魔動物から取り出した魔石を手にとって首を傾げる。


「ん?雑草と、この石ころは何ですか?」


「どちらも魔道具の燃料になるものだよ。エキスの注出や加工の技術は子爵が知ってるでしょう?」


僕の返事に兄上は三度ガバリと起き上がった。あれ、これもまた兄上の疲れを増やす話になるのかな?


「ユーちなみに、その雑草はどこの農村に生えてたの?」


「領都のすぐ南、街道の西側の村だよ。火属性の魔植物は買い手が有るって言ってたから、活用しているものだと思ったけど、違うの?」


今度は二人揃って、テーブルに肘をついて頭を抱えだした。イピノス領は思ったのとは違う問題が多かったみたいだ。


「子爵あちらの分家は、きっとこれを財源にしていたのではないかな?」


「ええ、おそらく。あの家は領都近くの農村を三つ程任せていますから。いや、誠に情けない」


兄上は子爵と協力して三つの分家に収支の適正報告をさせた。兄上が分家の対処をする間、もう一度農村に行こうとしたけれど全員に止められた。子爵から、農村に行けない分、庭を好きにして良いと言われたので、採集してきたいくつかの魔植物を庭に植えてみた。

オーリスに笑顔を習いながら世話をしていたらたった数日でかなり育ってしまった。話しかけたり笑いかけながら育てるとよく育つって前世でも聞いた事はあるけど、まさかね。


「植物にはユージーン王子の笑顔がわかるんですねぇ」


オーリスの言葉がむなしく耳を通過して、僕の七歳の夏は終わった。


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