我が儘王子と侍従 2
子爵邸でメントラータ伯爵に叱られつつも、兄上の口添えによってなんとか農村へ向かう事に了承を得られた。それでもコレリックとの二人旅は脚下され、せめて護衛を付ける様に言われて、子爵の領兵から二人を借り、コレリックと四人で農村へ向けて出発した。
イピノスの領都から南へと向かう街道を揺られていく。王都で乗った馬車と比べるとよく揺れて、ガタゴトという車輪の音も大きく響いている。揺れと音の原因は馬車か、道か、と考えたけれど、きっと両方だろう。窓から少し顔を出して見たら、道にひび割れがあった。
車窓から見える街道沿いの街並みは特に南も北も変わらない様に見える。子爵邸と駅を繋ぐ道よりは建物が密集しているけれど、建物の壁や看板もくすんでいるし、人々の顔つきにも覇気がない。
「ユージーン王子は、本当に、農村、に泊ま、られる?のですか?」
街並みに気を取られていたら、馭者席に座る兵士が窺うような声でコレリックに話しかけた。イピノス子爵から借りた兵士二人はどうやらコレリックの遠戚だったらしく、顔を合わせた時にすごく驚いていた。顔を合わせたのが三才前後に数回だけだったらしくて、コレリックの方は覚えてなくてポカンとしていたけれど。
一応僕の前ではコレリックを王子の従者として扱い、丁寧に話してくれているけれどなんだかぎこちなくて話しにくそう。これじゃイザという時の意思疎通にも困るんじゃないかな。それに、このままじゃ、コレリックと気兼ねなく喋るのも憚られそうだ。
「ユージーン様、宜しいですか?」
馬車の中で窓にもたれる僕を呆れた顔で見ながらコレリックは尋ねた。コレリックも同じように感じているらしい。何がと言わずに尋ねたのは、一応僕が許可を出す前だからだろう。
「うん良いよ。せっかく人の目のない所だし」
「二人とも、王子の許しが出たから、そんなにかしこまらなくて良いよ。……それと王子は言い出したら聞かないし、予定通りに行く事もないから、覚惜しておいてね」
「そこまでじゃないと思うんだけどなぁ」
僕の了承を受けて、窓の外に向けてコレリックが叫んだ。
突然口調が崩れたコレリックに御者席から振り向いて、目を白黒させているのは、青い髪で小柄な体系のビート。魔法が使える人だと聞いた。兵士としての攻撃もだけど、家事全般を日常的に魔法でこなしているらしい。長旅に便利な人材だと子爵が推薦してくれた人だ。
馬車の横を、槍を持ちながら馬に乗って並走しているのがオーリス。馬上で赤い長髪を靡かせつつ、ニコニコとこちらを向いた。大柄で厳つい見た目なんだけど、喋るとすごくのんびりしている。槍術、体術、投擲に長けている上に、見かけによらず繊細な所があるらしい。快適な遠出に必須の人材だと推薦された。
「僕に対しても農村に居るうちはそんな畏まらなないで。堅苦しいのは嫌いなんだ」
僕が窓から顔を出して叫ぶと流石にオーリスも目を白黒させた。
街から出るとすぐイモ畑が広がっている。畑一面に青々とした葉が繁って見えるけれど、土の中の芋が大きく育っているかは遠くからでは判断しきれない。本当にこの芋しか育たないのか、実は芋と地質が合ってないのか確認してみたいけど、今回の旅程では時間が足りない。
街道の右手に広がる草原には僕と同じくらいの背丈の植物が生えてるのが見える。空気が乾燥して風が吹く度に砂が舞う様子を見ていると、睨み通りあれはタバコじゃないだろうかと思えてくる。しかも、前世で高級とされた方の品種だと思う。
「ねぇ、草原の土ってもしかしてサラサラ?あの沢山生えてる植物は領地で活用してる?」
窓を開けて馬上のオーリスに話しかけると、赤い髪を靡かせて爽やかに笑った。えっ、待って、オーリス僕より厳ついのに笑うと爽やかってどういうこと。オーリスに倣ったら僕も爽やかな笑顔を修得できるのかな。
「王子はあの雑草が気になるのですか? いくつか摘んで来ましょうか?」
僕がよそ事を考えているなんて思いもしない様子でオーリスが植物の採取を提案してくれた。お言葉に甘える事にして、荷物からスコップと麻袋を何枚か取り出してオーリスに差し出す。
「うん、ありがとう。根から掘って土も一緒にこの袋に入れて持って来てくれると嬉しいな」
オーリスは丁寧な仕事で採取をしてきてくれて、苗といえるサイズの物を選んで、後でどこかに植えれる状態にして五つ持ってきてくれた。本当に気が利く人だ。
僕はそれを木箱に並べて膝の上に抱えて観察する。葉を一枚千切ってもんで、鼻に近付けてみた。青臭いだけじゃない土っぽい、香ばしさのある匂いがする。発酵させてみないと分からないけど、これをタバコにしたら前世で吸ってたのと似た香りになると思う。
執務棟の休憩室で官僚達が吸ってるタバコは、どうしてあんな臭いのだろう?違う植物を材料にしてるのかな。
「ユージーン様、本当に植物の研究をしに来たんですか?」
葉の匂いを嗅ぎながら首を捻っていたら、コレリックが微妙な顔でこちらを見ていた。わざとらしい丁寧な言葉に、内緒ごとはないだろうな?という脅しを感じる。コレリックにはあの人を探すのが本当の目的だって言ったし、この葉っぱの正体も知らないだろうから不思議に思っているのかもしれない。
「コレリックは、前世を懐しいとは思わない?」
「前世?コーヒーを求めた話は聞いたけど、この植物はなに?ゴーヤでも探してるの?」
「これ、タバコの葉だと思うんだ。前世でさ、あの人が俺にはタバコが似合うって言ってくれたから、やっぱタバコは手元に欲しいんだよね」
僕は少しだけ声を落として、コレリックに本音を話す。もしこの植物がタバコだとしたら、子爵にはタバコ税を唆してたばこ産業が発展するような建前を話すつもりでいる。
「タバコが似合う……さすがにまだタバコは早いと思うけど」
「この国は十五歳で成人でしょ?あと八年弱だよ?今から探しておかないと。まぁ建前として植物の研究って言って出てきているし、儲けれる植物を見つけるって言って招待してもらったんだから、その約束も果たさないとね」
山岳地帯の裾野に広がる草原には他にも見た事のない植物がいくつも有って、僕は気になる植物を見つける度に、進行を止めてオーリスに採取して貰っていた。気が付くと木箱が四つ埋まってしまっていた。
予定通りに進まなかった僕らがイピノス領最南端の農村に着いた時には、既に夕刻で畑にも集落にも人の気配はほとんどなかった。芋畑の中にある集落の一番大きな屋敷を訪ねて、村の代表者に滞在のお願いをして領主の書状を渡した。
出てきた村の代表者は二十代にしか見えない青年で、僕を睨むように見ながら挨拶をした。その様子は王族、貴族に含むところが在りそうに見える。平和な国だなんて嘘じゃないか。
持って来た肉と穀物等を渡して、二~三日この村に滞在させてほしいとお願いをすると、コロリと態度を変えて、滞在できる屋敷へと案内してくれた。食料の力は偉大だな。
案内された空き家に四人で入り中の設備を確認する。室内に台所が有って、そのすぐ横には食事をできるくらいのスペースがある。火は釜戸で、水瓶が隣に備えられている。ここに来る途中で共同の井戸の場所も教えられたから、村には水道は通っていないのだろう。
ダイニングキッチンの様なスペースの他に部屋が二つ有ったけれど、四人とも同じ部屋で寝る事になった。僕は夜中にコレリックと内緒話がしたくて、部屋を分けたいと主張したけれど、安全上の理由とオーリスに説得され、もう一部屋で植物の実験等をしたら良いとビートに言われて決着した。
ビートが魔法で調理を担ってくれて、オーリスが家の中を過ごしやすい様に整えてくれると言う。僕とコレリックも手伝いたかったけど、子供は座ってなさいと言われたから、二人で台所の横のスペースに座って作戦会議を始めた。
「僕、なにもしてないのに、なかなか嫌われているね」
「うーん。嫌われてるってより警戒されてるんだ」
「警戒?」
「まぁ、その、この村には特殊な産業があるから。その……来る時にユージーンが採った植物。この村は加工できるんだよ」
「えっ?だって領地の資料にそんな情報なかったし、そんな産業があれば、あんなに困窮しないでしょう?」
「俺達を王都まで連れていってくれた人が、無償で運んでくれたと思う?まぁ、僕らは雑草で運んで貰ってると思ってたけど、運んでた方は違ってたって事だよね」
コレリックの言葉に頭を抱えそうになった所で、ビートが湯気立ち昇るスープ壺を持ってやってきた。後ろからはオーリスが大きな皿と平たいパンが入ったバスケットを持って姿を現した。いくらか食料を持ってきてはいたけれど、思ったより豪華な食事に驚いた。
「ユージーン王子が気になる植物が有るって言った辺りには、案外食べれる植物が生えていたり、食用にできる動物が居たりしたんですよ」
オーリスがのんびりとした口調で、夕飯の材料は道中に採ったり狩ったりしたものだと教えてくれる。ビートが取り分けてくれたスープを飲むと、爽やかな香りと辛みが口に広がった。あの草原には香辛料があったのか。大人は匙で掬ってスープを味わっているけど、僕とコレリックには少し刺激の強い味で、スープだけで飲むのはちょっと辛い。
一度焼いた肉を口に運びピリピリとした感覚を治めつつ、話の続きを切り出した。
「うーん、どうしようかな。地形的に、ここにタバコがあると思って来たんだけど、タバコを領地で発展させるのは難しいのかな。他にも価値の高い植物もあるしなぁ」
「発展させる?」
「コレリックは、タバコの匂い嗅いだ事ある?臭くて女性に嫌われる香りなんだよ。僕が嗅いでも臭いと思った。僕はタバコの似合う渋い大人になりたいけど、匂いで好きな女の人に嫌われたくはないからさ、僕が大人になる迄に、匂いを改善したいんだ」
酸味と辛みの強いトクヤムクンみたいなスープにパンを浸して食べながら考えていたら、ビートが匙を置いて僕を見つめた。何か意見があるのならと、首を傾げて話を促してみた。
「あの…。ユージーン王子はタバコの香りを変える方法に心当たりがあるのですか?」
「今の加工の仕方を見ないと言い切れないけど、案はあるよ」
「だったら、俺が話をつけてきますよ。俺達もここの村で世話になった人間ですから、村や領地の為になるなら協力しますし、皆が協力したくなる話し方も分かります」
「うんうん、口の上手いビートに任せれば大丈夫です。まぁ話し手がビートじゃなくても、あれの加工の改善とそれで儲ける方法があるなら、この村の人間は話に乗ってきますよ。」
物は試しとばかりに、食後は道中で採ってきたタバコの葉を魔法を使って加工してみた。水・火・風の複合魔法を、普段とは違う出力で使うのはくたびれたけれど、葉っぱは、みるみると思う様に変質していった。できあがった葉を巻いて二人に渡し吸ってもらうと、僅かだが煙の匂いに爽やかさが加わった感じがした。吸った二人も特に不快な味はしないと言う。
村にあるのと比べてもらう為に、いくつか試作品を作りながら、魔法でしたことを、村人の人力でする為の方法を説明する。人力で発酵させるには最低三日はかかる筈だから、僕の滞在中に村人たちで貰うようにお願いをして、その間に、村の子達と交流をしたいという希望も伝えてもらう。
いくつかの試作品が出来上がった時、まだ月が高くは上がっていなかった。ビートが今日のうちに話しておこうと言い出して、オーリスを連れて出かけて行った。
ビートとオーリスが村の人たちに話をしに出掛けた後、僕はコレリックに屋敷の屋根に誘われた。どこからかコレリックが梯子を持ってきて、先に登り、屋根から手招きされて僕も登った。見上げると無数の星が瞬き、鎌のような細い月が浮かんでいる。
「お前さ、初恋っていつの話なの?」
並んで座り夜空を眺めてそう経たないうちに、コレリックが前世の口調で話を切り出した。そんなに『俺』が恋愛相談をしなかった事が気に入らなかったのか?今更だけど、あの人の事ならいくらでも話すぞ。
「あのマンションに住み始めて二年くらい経った頃だったと思う。初めて人に笑いかけられたんだ。凛とした雰囲気で他人になんか興味ないって感じなのに、たまたま目が合った俺なんかに笑いかけてくれたんだ。意思の強そうな目元がニコって形を変えると可愛らしい雰囲気になってさ……女神に見えたよ」
「ふーん。その人とその前に会った事はなかったの?」
『俺』にしては饒舌にあの人の事を語ってやったって言うのに、自分から聞き始めた癖に素っ気ない返事を返される。一瞬だけ隣を睨んでみたけれど、何の反応もないから、もう一度夜空を見上げた。思えばあの人と初めて話したのも、こんな風なジットリ暑い夜空の下だった。初めて会話をしたあの日の事を思い出して少し苦い気持ちになった。
「ないよ。俺なんかとは住む世界の違う、まともな人だもん」
「うわぁ……」
星空を見ながら答えていたら、すぐに会話が途切れてしまった。わざわざ屋根に登ってまで話し出して、たったそれだけかとコレリックの方を見ると何故か呆れた目を向けられていた。視線の理由が分からずコレリックの顔を見ていたら、俺も気になっていた事を思い出した。
「なぁ、お前はいつ死んで、いつからこっちに居たんだ?」
「ん?今更だな。まぁ、お前を撃った直後に俺も後ろから撃たれたんだよ。死んだと思ったのに子供の姿になってて驚いたよ。しかも気付いた時にはあの孤児院に居たんだ」
カラリと笑いながら言うけれど、親友は死んでしまって無念は無かったんだろうか?聞きたいことを口に出せないまま、月を眺める顔を見つめていたら、パッとこちらに振り向いた。
眉間に皺を寄せていて、前世で何回か見た不機嫌な親友の顔と重なった。
「お前さ、俺がここに居るのは死んだからだと思ってるんだな?じゃあ、お前が居るはずだって探してる、初恋の人も死んだと思ってんの?」
「えっ?」
コレリックに言われて驚いた。僕として目覚めた瞬間から、あの人を探さないと、と思っていたけれど、あの人が元の世界でどうだかなんて事は一度も考えなかった。コレリックに会った時には、親友も死んでしまったのかと考えたのに。
あの人がいるのは、あちらで死んだからだとすると、『俺』はあの人の死を願っていた事になるのか?『どんなに遠くに居ても、誰も味方がいなくても俺だけは応援してます』って海岸を歩きながら励ましたのに。あの人の夢を応援せずに、死を願ってしまっていたのか。
「あっ、時間切れだ。……降りましょうユージーン王子」
不意に問われた事に混乱していたら、コレリックに肩を揺らされた。問いかけた癖に、話を終わらせようとするコレリックが指差した先では、二つの篝火が揺れながら近付いてきている。態とらしく侍従の態度で促すコレリックに問い返す間も、反論する隙もなく僕は屋根を降りた。