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《僕》の我が儘

あれから二年経ち、七歳の誕生日を迎えた。周りの様子を見ながら学んだ所作と言葉は、今の自分の立場に自然な物になったと思う。目覚めてすぐの頃、何度か「俺」と言って周りを驚かせた事も、今は昔話になっている。


今は両親と兄上が僕の誕生日を祝ってくれている晩餐の席。

誕生日ならば多少の我儘を聞いてもらえる筈と、これまで叶えられなかったお願い事の相談を切り出す事にした。


「父上、母上。私も数年後には、大人の貴族達と正式に顔を合わせる事になります」


「えぇ、そうですね。しっかりとお勉強をして、子供と侮られない振る舞いを身に付けなければなりませんね」


母上が僕と似た顔で微笑みながら応えてくれる。僕と似た顔立ちなのに、母上の微笑には優しさが見える。一生懸命に練習している僕の笑顔は、未だに生意気そうにしか見えないのに。


「はい。ですが、お城の中での勉強だけでは足りていない気がするのです」


「ふむ。城の外に出たいと?それで何を学べると考えている?」


表情を整えて母上に答えつつ希望を言えば、兄上と同じ顔の父上は楽しそうに笑い始めた。父上に威厳が足りないのは優しそうな顔立ちだけでなく、何でも面白がる所が問題なんじゃないかと思う。今も僕の真意を訊ねる言葉の筈なのに既に許可された雰囲気がある。


「国の現実です。私たちが守るべき民の様子を知りたいのです。貴族の言い分が利己的でないかを判断するには、民の暮らしを知っている必要があると思うのですが、父上はいかがお考えですか?」


「なるほど。では城の外に出る計画を書類にして提出しなさい。一人で書類は作れないだろうから、マーディンとメントラータ伯爵にも手伝って貰うと良い」


晩餐を終えた僕は部屋には戻らず勉強部屋として使っている書斎に、兄上と伯爵とニーナと入った。

居間としてより勉強部屋として使う事が多くなって、テーブルは二つの執務机に入れ換えられた。部屋の右側にある机の引き出しから、兄上が書類を取り出して見せてくれた。


「父上が言っていた書類はこれだよ。公務計画書。普通は大臣や側近が作った物を私たちが確認して実行するのだけど」


困ったように笑う兄上は先日十歳になり、いくつかの公務をこなす様になった。兄上の隣に立つ伯爵は無表情に僕の顔を見つめている。兄上の真似をしたがっているのか、王位を目指すための行動なのかを見極めているのだろう。


「ユージーン様、まずは何故城外に出ようと思ったのか、畏まらずに思うように話して頂けますか?それによって行き先が決まりますから」


兄上の机の前に立って書類を覗き込む僕に、メントラータ伯爵は静かに問いかけた。ニーナが僕の椅子を兄上の机の前に移動させてくれたので、そこに座ってから伯爵を見上げる。


「伯爵、先に言っておくけど、僕は兄上が王位に就く方が良いと思っている。僕は影から兄上を支えつつ、それなりに自由に過ごしたい」


伯爵の表情は変わらないけれど、兄上は物凄く驚いた顔をしている。場合によっては平民になる事も考えてる、とは今は言わずにおこう。僕の返答に伯爵が頷いてくれたので、計画の建前を話す。


「行き先は孤児院。法律の授業で伯爵は『犯罪が少なく、平和な国』と私に教えたが、孤児院に割かれている予算は王都内だけでゆうに五百人は養える程だ他の領地に分配されている分と会わせると二千人分くらいになるのではないか?」


「どういうこと?」


父上に似て穏やかで素直と評される兄上は、混乱したように少し幼い口調で尋ねてきた。


「兄上、孤児になるのは何故だと思いますか?」


「親が居ない子供が孤児だよね?」


「そうです。それで、なんで親が居なくなるのかが問題だと思うんです。飢饉なら子供の方が先に弱る、流行り病も体力のない子供の方が先に罹る。ではなぜ親が居なくなるのか。僕はそこに取り締まりきれていない犯罪があるのではないかと思ったんです。メントラータ伯爵、僕の考えは突飛かな?」


「少々一足飛びな考えにも感じられますが、その視点は大切にされた方が良い物です。えぇ、えぇ。御協力致しますよ。マーディン様もご一緒に視察に向かう様に調整しても宜しいですかな?」


伯爵が満足げに頷く様子を見るに、何か面倒な柵が絡んだ状況があるのだろう。兄上と一緒に行くのは僕としても望むところ。建前の行動を兄上に任せられる。僕はただ、あの人を探したいだけだから。


貴族に生まれていてくれればいつかは会える。平民だとしても、普通の家庭で穏やかに過ごしていてくれれば問題ない。だけど、もしも、あの人が不幸な身の上になっているとしたら、一刻も早く助けたい。そしてそこから助けるのは僕でなければ。

本心は一言も話さず、建前から外れずに本当の目的を達成できる様に計画を立てた。僕は王都にある孤児院をできるだけ廻りたいと言ったんだけど、一先ずは王宮から一番近くの教会が運営する孤児院に行く事になった。


兄上とメントラータ伯爵を伴って街に出れば、王都の平民街は活気に溢れた所だった。乗り物こそ馬車だが、生活水準も低くはなさそうだ。

道がしっかり整備されているのか、案外技術が発達しているのか馬車はさほど揺れもせず快適だ。窓から外を眺めれば町を歩く人々は身綺麗だし、服装もなかなかに凝っている。

建物の壁は茶色い物も多いけれど、時々空色やオレンジ色なんかに塗られた物もあって屋根は瓦の様に見える。全体的に庶民の町並みにも頑丈な建物が並んでいる様に思えた。


「伯爵、あの建物はなに?」


「あちらは、雑貨店ですな。魔力の必要ない道具を扱う店です」


進行方向少し先にあるラベンダー色の壁の建物を指差して訊ねれば、予想と違う答えが返ってきた。壁の色もだし、看板にも花の絵が描いてあったから、てっきり生花店とか園芸店かと思ったのに。少しガッカリしつつ他の建物や歩いてる人達を観察する。


「平民の服装にも流行はあるの?あっ、あそこは食事処?」


「平民の流行は把握しておりませんが、あそこは酒場です。少々気性の荒い者が利用する店ですね」


酒場と言われた建物を、開きっぱなしの入り口から覗き見ると、暗い室内にいくつかの樽が点在していて、立呑屋の様相だった。他の飲食店らしき物も伯爵に説明をしてもらったが、カフェと呼べるものは無さそうだ。前世であの人がパフェを食べていた姿がまた見たいと思ったけれどそれは現状難しいのか。


乗り物についても尋ねると、魔導機関車が国全体に走っていて、遠くの領地にも安全に異動できるそうだ。でも、庶民には高い運賃と。

車窓から見える景色や庶民の暮らしついて、あれこれと伯爵に質問をしていたら兄上が笑いだした。


「ユーが楽しそうで何よりだよ」


「兄上、何て呑気な事言っているのです?平民を蔑ろにすると足元を掬われますよ。貴族達に僕らのご先祖様と同じ行動を唆す平民を産み出さない様に、平民の生活を把握する事は重要でしょう」


僕が真面目な顔で建前を述べれば、兄上もメントラータ伯爵も目を丸めてポカンとした表情を浮かべた。何百年も平和に王家が続いたせいで建国史は伝承としか思ってないみたいだ。歴史は繰り返される物だというのに。


「隣の大国で不満を貯めた平民を率いて独立を宣言したのが、私たちの先祖の初代王でしょう?様々な小民族や領地が少しずつ合流して今に至ったのでしょう?同じようにどこかの領主が平民を集めて独立を宣言する事が無いなんて言えないでしょう?」


「ユージーン様はお勉強が嫌いなのかと思っていましたが……そのお考えも夢の影響ですか?」


植物の世話をしたいと我が儘を言ったときに、言い訳に『夢で知った』なんて軽率に言ったけど、ちょっと失敗だったっぽい。過去に何人かの王様達が、夢で見たとか、夢でお告げを聞いた、なんて言って改革や発明をしたらしい。だから、王族が『夢で見た』と言えば無条件に実行するのだと、少し前にゼフが教えてくれた。


「これは夢の影響なんかじゃなくて、何のために歴史を勉強するのか僕なりに考

えた事。それに、僕は勉強嫌いなんじゃなくて、僕は気になる事が沢山あってそれをできればすべて知りたいから、午後は違う勉強をしてるんだって。庭師も兵士も執務棟の文官も僕の先生。まぁ、一番好きなのは庭師のゼフの授業だから、国の事は兄上や伯爵に任せて、植物の研究でもして過ごしたいとは思ってるけどね」



そんな会話をしているうちに、城の近くの教会に併設された孤児院に着いた。全く子供の声も聞こえず、静まり返った教会。入口に複数の神官やシスターが並んで、その中央の立派な装いの男性が挨拶をしてくれるが、堅苦しい空気なのは緊張か隠し事か。


「マーディン王子、ユージーン王子、この様な所にようこそおいで下さりました」


「司教、どうか畏まらないで。僕は真実を知りたくてここに来たんだ。どうか、孤児院の真実を私に見せてほしい。不敬だなどと咎めないから、子供達の素直な声を聞かせて欲しいんだ」


本当は兄上が前に立つ方が良いのだろうけれど、僕には目的もあるし先に司教に話しかけた。建前の目的も果たさなければいけないから、少々面倒な言い回しになる。ただただ、孤児の中にあの人が居ないか探したかっただけなのに。


「ユージーン王子の仰る真実とは?」


「孤児が孤児になる事情を知りたい。ここは何歳から何歳の子供が暮らしていて、何歳くらいで来る事が多いの?ここを出るときはきちんと職に就ける?それから、ここの孤児院の収支報告書も見て運営が適切かも確認したい」


「ユージーン王子は、孤児をどうするおつもりなのです?」


「僕は親のせいで苦しむ子供は少ない方が良いと思ってる。親のせいで子供が一生幸せを掴めない様な国に、明るい未来はないと思わない?大人の言い分ではなく、僕と同じ未来を歩く子の言葉に耳を傾けて必要な事を考えたいんだ」


司教はしばらくジィっと僕の目を見つめていた。ほんの一分にも満たなかったかもしれないけど、真剣に見つめる瞳には迫力を感じた。嘘や誤魔化しが通じない、全てを見通すような真剣な視線に身が引き締まる。


「なるほど。では、まず子供達と会ってみますか?」


ふっと表情を緩めた司教が後ろに並ぶシスターの一人を手招きして呼んだ。僕と同じ水苔みたいな色の瞳のその人が、きっと孤児達を直接に世話をしているのだろう。


「子供達と話して良いの?」


「不敬だなどと咎めないのでしょう?王子方が子供達と遊んで下さっている間に、私は資料を準備してきます。こちらは孤児院の世話役の一人です。彼女もここで育ったのですよ。王子が求める案内役には最適でしょう?」


シスターに案内されて教会の奥に進み裏口から庭に出て、奥の塀に付いた扉の向こうに子供達は走り回っていた。教会の入口に声が聞こえなかったのは裏庭との間を隔てる分厚い壁の効果らしい。祈りに来て子供が騒がしいと文句を言う住民も居ると言われればそうなのだろうけれど、隔絶されて閉じ込められている様な環境はどうしたものか。


走り回っている子や、日陰で本当に小さい子と手遊びをしている年長の子、ざっと見たところ全部で三十人くらい。歩き始めたくらいから、兄上より大きい子も居る。シスターが呼び掛けるとワッと集まってきた。明るい表情でシスターを慕っている様子から悪い扱いは受けていないだろうと推測できる。


僕は歳の近そうな少年達に近付き自己紹介をしてから、一緒に遊びたいと告げた。はじめはおっかなビックリだったけれど、近くにあった草を使って蝶を集めたらすぐに尊敬の眼差しに囲まれた。虫集めの草を教えてくれたゼフに感謝だな。


兄上は年長の子供が勉強している所に混ざるらしく、建物に入っていった。虫を集めて、追いかけ回して、体力が危うくなってきた頃に司教が呼びに来た。司教に案内されて、子供達が過ごす建物の一室に移動した。


「随分、子供たちと仲良くなられた様ですね。こちらが、この教会で運営している孤児院の収支報告書です」


「国からの予算はたったこれだけなの?」


司教と対面で座るこの部屋は孤児院の面談室だそうだ。普段は喧嘩した子達の仲裁や、孤児院を出る子の話を聞くために使われているという。

ぐるりと室内を見渡しても、華やかさのない壁に、実用一辺倒の家具が設置されているだけだ。座っている椅子も申し訳程度の布が張ってある固い座面で上質とは言えない。

司教の服もよく見れば古びたもので、示された書類の予算との相違はない様に思える。けれど、執務棟で覗き見た予算書との相違はかなりの金額になる。


「王子は国が出している全体の予算をご覧になったのですね?あれは国中にいくつもある孤児院全ての金額です。この王都で七ヶ所、国全体なら三十箇所ほどございます」


「全てここくらいの規模?そうなると予算が足りていないのでは?」


「他の孤児院がどの様に運営しているのか……その真実もお知りになりたいと?この王都にある残り六ヶ所は全て民間です。商人、富豪が運営しています」


「司教?」


表情を変えた司教に話の続きを促すと、運営費と支援金の話を聞かせてくれた。支援金は孤児の人数によって割り振られている。名簿の提出を求められるし、時々役人が人数の確認には来るから、水増しで申請するのはほぼ困難。少ない支援金で私腹を肥やす運営者が居ない訳もなく、また支援金を増やすために不適切な程の大人数を引き受けている孤児院もあると。


「できる限りうちで引き受けたいのですが、うちに辿り着けない子供が居るのも事実ですし、本当は孤児ではない子供が居る施設もあります」


「えっ?」


驚きの声をあげたのは兄上だ。僕らは普段離宮から出る事もなく、両親が選んだ使用人達が僕らに悪意を持つ筈もないから、兄上は悪意に慣れいていないというか疎い。


僕は「俺」だった頃に散々悪意に晒されたから、立場も力も弱い子供を利用する大人という存在もある程度想定してここに来ていた。この孤児院だけなら、僕の想定が考えすぎだったと言えたかもしれないけれど、そうではないらしい。どんな世界にも録でなしは居るということだ。


「南西と北東の孤児院は高利貸しが、中央と南と北西はここ数年で急に大きくなった商会が南東は貴族の後ろ楯を持った田舎商人が運営しています。北東と中央、南東の孤児院はどこからか子供を連れてきて成人するとすぐに姿が見えなくなるという噂です。孤児は成人してもだいたいが孤児院のある街で働くのが普通だとおもうのですが、その三ヶ所には違う事情があるのでしょう」


司教は僕と兄上の顔を交互に見ながら淡々と説明してくれた。

街の中には孤児院という名で子供を確保する奴隷商人もあると言う事か。それどころか支援金目当てに子供を拐ってきている所もあるかもしれないと。想像していた以上に最悪な話にげんなりしてしまう。


兄は司教の話に驚いていたが、静かに握りしめた拳の中身は為政者としての決意の様だ。はっと顔を上げてメントラータ伯爵に振り向いた。


「メントラータ伯爵、私達の予定を変える事は可能かな?ユージーンも最初はいくつか見たいと希望していたし、時間があるなら、いくつか廻りたい」


兄上の問いかけに、メントラータ伯爵は予定を変更する算段をつけ始めた。ならばもっと効果的な視察をしないといけない。


「司教、孤児院の裏の商売の客になるにはどうしたら良いと思う?その成人した子達が消えるという噂の所は、子供を売ってる可能性があるのでしょう?私の従者や護衛の候補を孤児から買い取れば、怪しい噂の孤児院に睨みを効かせる事は可能かな?」


もしも、万が一にも、あの人がそんな場所に居るかもしれないと思うと居ても立ってもいられなかった。あの人でなかったとしても、未来を選べない子供は一人でも助けたいと思うのは傲慢だろうか。


「では、私から紹介状を書きましょう。孤児を引き取るのに寄付金が必要だと説明をしたと書いておけば、あちらの体面も保つことができます」


ふっと笑った司教が、今日回りやすい順路を考えながら、四通の紹介状を用意してくれた。


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