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《僕》のお勉強

兄上と勉強をするのは書斎兼リビングと言った風の部屋。

東向きの大きな窓と、窓の左側に窓から入る陽射しが当たらない様に配置されたいくつかの本棚。窓の右側には簡易キッチンが有って、そちらの棚には何種類ものお茶の葉の入った瓶が並べられている。


部屋の中央にはテーブルと椅子が配置され、滑らかな天板に繊細な装飾の脚のテーブルは実用性と美しさを兼ねている。椅子の方はゆったりとした柔らかな座面にひじ掛けまでついた座り心地の良い物だ。


窓に背を向け兄上と並んで、メントラータ伯爵から国の歴史を聞く。前世で録に学校にも行かなかったから、机の上の本を見ながら話を聞くというのが新鮮で楽しい。その内容も本当に初めて聞く事だから尚更楽しい。


楽しいのだけど、午前中の東向きの窓から入る陽射しはなかなかに鋭くて、だんだんと背中が暑くなって集中できなくなってくる。歴史という名のご先祖様の武勇伝は本当に面白いのに。


「少し休憩になさいますか?」


メントラータ伯爵の言葉を合図にスルリと椅子を降りて、簡易キッチンでお茶の支度をしているニーナの所に向かう。簡易キッチンは日が当たらない位置だから、背中を冷やすのにちょうど良い。

ニーナの手元には二つのポットが有って、種類の違うお茶が準備されている。確かに兄上と自分がそれぞれに好んでいたお茶なんだけど、微妙に前世の意識が影響してるお陰で、休憩に飲むはお茶じゃない。


「ねぇ、ニーナ。コーヒーはないの?」


「ユージーン様にはまだ早いのでは?」


確か父上はいつも食後にコーヒーを飲んでいたから有るとは思ったんだけど、確かに今の子どもの体にコーヒーは良くないのか。前世では……確かに子供のうちは飲んでなかった。


「じゃあ、何歳になったらコーヒーを飲んでも良いの?」


「何歳?その様な決まりはございませんが、コーヒーは大人の味でございますから……」


「ふーん、体に悪いって訳ではないんだね」


ニーナは困ったと言わんばかりの表情で僕を見下ろしていて、ニーナのこんな表情は始めて見る気がする。困らせたい訳じゃないし、結構真面目に話してたつもりなんだけどな。


「一度味わって頂けばよいではありませんか。マーディン様もご一緒に召し上がりますか?」


ニーナとの会話にメントラータ伯爵が割って入ってきた。不思議な形のポットとコーヒー豆を両手に持っている。どっから出てきたんだろう?そう言えばメントラータ伯爵は国で一番多様な魔法が使える人って聞いた気がする。


「僕はいつも通りのお茶で良いよ」


兄上の返事を聞いた伯爵が、豆の分量を計ってポットに入れる。あのポットはコーヒーメーカーみたいな魔道具の一種なんだろう。少し経つと香ばしい香りがふわりと漂い始めた。


「コーヒー豆は国内で採れるの?」


黒い液体が注がれたカップを差し出す伯爵を見上げて問いかける。兄上も興味深そうに隣からカップの中を覗き込んでいる。前世で好んでいた缶コーヒーと似た香りに表情が緩む。


「えぇ、南西の地域で採れる物です。限られた地域でしか採れないので高級品なんですよ」


「貴族しか飲めない?」


一口カップから口に含めば、苦味の刺激に目が開く。子供の味覚では美味しいと感じられないかと心配だったけれど杞憂だったみたいだ。苦味と酸味の味覚刺激は心地よくて、ブラックのままで十分に美味しい。


「そうですね。豆も高級ですが、コーヒー用の魔法ポットは平民には買えないでしょうね。それでユージーン様、コーヒーの味はいかがですか?」


「うん、美味しい。お茶より頭がスッキリする感じで、お勉強の休憩は今後もコーヒーが飲みたいんだけど、どうかな?」


お茶請けに添えられたクッキーを摘まみつつ、笑顔で返せばメントラータ伯爵もその後ろに居るニーナも目を見開いた。夫婦って似るもんだな。僕も数十年後にはあの人と同じ表情で驚いたり笑ったりするようになれるだろうか。


「承知致しました。ユージーン様用のコーヒーポットを用意しておきましょう」


メントラータ伯爵が請け負ってくれて、明日からもお勉強中の休憩にはコーヒーを出してもらえる事になった。苦くないの?なんて尋ねる兄上にはミルクを入れた飲み方をお勧めして味見してもらったけれど、兄上はお茶の方が好みだと顔を顰めた。


コーヒーを確保できたのは嬉しいけれど、窓から射し込む陽射しの対策は必要だ。太陽の熱を背中に受けながらホットコーヒーを飲んだら、かなり汗をかいた。

アイスコーヒーにしてもらおうかと思ったけど、ユージーンとしての記憶のなかでは、誰もお茶やコーヒーを冷やして飲んでいない。エアコンの様な魔道具はあった気がするけれど。


勉強を終えて日射し対策を考えながら部屋に帰ってきたら、今度は自室の窓からの陽射しがとんでもなく暑い。僕と兄上の部屋は南向きだったのか。普通は南向きの部屋って家主の父上達が使う物なんじゃないの?!明るい部屋は有難いけど、有難いけど暑すぎる!


前世で暮らしてた薄暗い部屋の事を思い出して考える。一年中薄暗くてヒンヤリとしていたマンションの部屋は、光や外からの視線を遮るためにグリーンカーテンを置いていた。グリーンカーテンとして役割を果たす様に、植物の世話をするのも良いひと時だった。


『美味しそうなゴーヤを育てれる人は良い人に違いないんですよ』


前世で女神の様なあの人に言われた言葉が脳内で響いた。


色々と縛りは有るけれど、部屋の中の事くらいは少し自由にできないかな。


「ニーナ、部屋で植物を育てたいんだけど」


「お部屋で?でございますか?」


「うん。えっとね……蔓植物で大きな葉の物があると一番良いんだけど、そういう植物に心当たりある?」


「鉢植えの花等ではなく、蔓植物でございますか?しかもお庭ではなく部屋の中で?」


前世のベランダで育てていたゴーヤや朝顔の事を考えながら、ニーナにグリーンカーテンを説明する。それと植物に触れると心が落ち着く感じがあるから世話も自分でしたいと付け加えた。


「ユージーン様は随分と植物にお詳しい様ですが、いつ、その様なお勉強をされたのです?」


「夢を見たんだ。三日間も寝ていたから色々な夢を見たんだよ。でも、そうだね。夢で見ただけだから、ちゃんとした育て方は庭師に習わないといけないよね?庭の世話をしている誰か、手が空いたときに教えてくれそうな人いる?」


「夢で、ございますか……分かりました。庭師と植物は手配致しましょう」


それから僕は少しずつ好奇心を装った小さな我が儘を言って、日課を増やしていった。毎日午前中に兄上と勉強をするのは変わらないけれど、午後の時間は自分のしたいことをする。庭師に植物の事を学んだり、騎士の訓練場で基礎体力の訓練に参加させてもらったり。


兄上は午後もお勉強をしている事が多い。そういう風に過ごしていると、周りの大人達も自由気儘な僕より兄上が跡継ぎに相応しいという風潮になっていった。良い傾向だ。


『俺』の意識が目覚めて曜日が四巡りした。

今は城の中の見学という散歩の時間だ。騎士の訓練場を抜けた向こう側の執務棟を散策していて、執務棟三階の領地整備や土木に関係する部署が集まっている区画の廊下を歩いている。

陳情に来ている領主でも居たら捕まえて兄上の功績作りに役立てようと思ったけど、そんなに都合よく来ている筈もない。ただただ文官達が書類に向かう姿を眺めながら歩いていた。


サボって噂話に興じてる人でも居ればそれはそれで面白いのに、なんて思いつつひとつの小部屋を覗くと、何人かの文官が無言で葉巻をくわえていた。葉巻の香りは、正直あんまり良い香りではなくて顔を顰める。


子どもの嗅覚故か、それとも葉巻の品質の問題か。前世で吸っていたマルボロの香りが懐かしい。もう少し成長したらタバコも吸いたいけれど、あの葉巻の香りは嫌だなぁ。


「ニーナ、タバコは大人のたしなみ?」


小部屋から少し離れた所で振り向いて尋ねると、ニーナも顔を顰めていた。


「ユージーン様?突然どうなさったのです?」


ニーナの右頬がピクリとひきつる。この数週間でニーナは僕が何か言いだすのを察知する様になった。僕が何かに興味を持つたびに仕事が増えているのは申し訳ないと思っている。けれど、今回は急ぐつもりはないから、そんなに警戒しないでほしい。


「……カッコイイな、と思って。タバコ吸ってたらモテそうじゃない?」


「そう感じるのは男性だけです。あんな臭い煙のどこに好意を抱くと言うのです?」


「やっぱりそうか。じゃぁ、どんな香りだったら好意を抱くの?やっぱり薔薇の花みたいな香り?」


前世で好奇心のままに、雑草タバコなんて物に手を出した事を思い出しつつ、ニーナとタバコの香りの話をしながら、部屋に帰った。ニーナは爽やかな香りが好きで、メントラータ伯爵はタバコを吸わないという事は理解した。



本格的な夏が来る頃には、僕の部屋の窓に立派なグリーンカーテンが育った。ニーナは朝顔みたいな花を育てるのを薦めてくれたけど、僕は違う植物を選んだ。

窓の光を遮る蔓の合間には黄色い小さな花が揺れている。このまま育てばゴツゴツとした細長い実がなるらしい。その実をもいで調理して食べたいけれど、それはさすがに難しいかな。


「ユージーン様は来年もこの植物を育てられるのですか?」


萎れた花の下にある膨らみ始めた実を見ていたら、庭師のゼフに問いかけられた。

ゼフは中肉中背だけど腕だけ太いお爺さんだ。元は赤い髪だったというけれど、今は髪も眉も真っ白になっている。どことなく僕と似てなくもない強面に目力の強い紫の瞳。その瞳が僕と未成熟な実を見比べている。


「そのつもりだけど?」


「では、来年は種から育ててみますか?」


一気に表情を緩めたゼフが、実を大きく育て収穫し種を採る方法を教えてくれる。発芽させやすくするための保管方法や種まきの時期なんかも。顔に似合わずウキウキとした声で話しかけるゼフに次のお願いをしてみたくなった。


「ねぇゼフ、庭にも僕の畑を作りたいんだけど、また手伝ってくれる?」


「ユージーン様は植物がお好きなんですね。この蔓植物を見ているとユージーン様の心根の優しさがよく判ります。私もユージーン様と植物の世話をすると幸せな気持ちになれるので、庭の畑もご一緒したいです」


「ありがとうゼフ。伯爵や父上の許可は取っておくから、場所と植物の準備をお願いできる?」


「庭でならば育てられる植物の種類も多くなりますし、温室でも作れば更に様々な物が育てられますな。どの様な植物をご希望ですか?」


僕はニーナと話していた香りをイメージしながら育てたい植物を話した。ゼフは知識も豊富で勘が良いから、僕が何をしたいか察したらしい。まぁ、この前の散歩の話をニーナからも聞いていたみたいだから、言い出すのを予想してたかもしれないけど。


「王妃様のご機嫌取りに使える花も何種類か植えましょう。仰っている植物だけでは、少々王族の庭としての華やかさが足りませんから」


「うん、その辺の加減はゼフに任せるよ。僕が知らない植物も紹介してくれれば、僕の知識も増えそうだ」


いずれは温室も作って、専用のコーヒー豆とかタバコとか自分の嗜好品を作れる様になったら良いんだけど、そうそう上手くいくはずもないか。


ゼフはなかなかに博学で、国内各領地の特産品や植生は勿論、植物のうち魔道具のエネルギー源になる物や、その抽出方法なんかも教えてくれる。なんと温室を建てるに当たって、地理のお勉強の一環だという建前と、その計画書も立派に仕上げてくれた。ゼフって一体何者なんだろう。


僕専用の庭園と温室が完成すると、そこはあっという間に花だらけになった。母上が時々やって来ては花をねだって行くので、鉢に移して差し上げている。お陰で新しい植物を植える場所が無くなる事もない。


今は庭の畑を作るに当たって、植物の世話に使える魔法をゼフから実践で教えて貰っている。水を出したり、土を動かしたり、光を当てたり、そんな魔法を使えば、多少広い畑でも植物の世話楽にできる。魔法は確かに便利だけど、植物の世話はもっと手をかける方が楽しいかな。


「流石は王子殿下。器用にどの魔法も使いこなせますな。知ってますか?植物ってのは風に揺らされるのも気持ち良いらしく、適度にそよ風に吹かれた植物は美味しい実を付けるらしいですぞ。私は風魔法が使えないので道具を使いますが、王子でしたらそよ風も魔法で起こせるのではないですか?」


僕が魔法で水やりをしている様子を見ていたゼフはまた違う魔法の使い方を言い出した。植物が風に揺られるのを好むなんて、前世も含めて初めて聞いた。


「ゼフが使えない魔法を僕が使える訳無いよ」


「適正という物がありますから。使い方は水を出すときと同じ感覚で呪文を変えるだけです。さぁさぁ、やってみて下さい」


まさかと思いつつ、ゼフに言われた通りに呪文を唱えれば僕は風魔法も使えた。

さっき考えていた、お世話の楽しさの事をゼフに話して、風で揺らす世話だけは魔法で、他は前世と同じようにスコップやじょうろを使って世話をすることにした。



ゼフに植物の事や魔法を習い、メントラータ伯爵に歴史や法律を習い、時々執務棟の散歩中に財務帳票を覗き見しながら、僕はゆったりと子供らしく過ごした。

あの人も、どこかで穏やかに過ごしていてくれるといいなぁ。

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