天曜日の後始末
いつもより大分長いです
今日は建国記念日で、雪が降りそうな雲が広がる生憎の天気ながら王都中が賑わっている。平民たちの暮らす街には市が立ち人だかりができていて、王城近くは貴族の馬車が渋滞している。
平民たちはただ建国記念日の祭りを楽しんでいるだけだが、貴族たちにとっては建国記念日からは冬の社交シーズン、貴族としての勝負が始まる日だ。本日開催される建国記念パーティーは初社交の子も参加するのでまだ日がある時間帯から始まる。
僕は建国記念パーティーが開かれる王城の社交棟の二階テラスの王族席から、集まってきた貴族達を見下ろす。
「ユージーン様、できれば分かりやすく視線を向けてください」
僕が後ろに立つコレリックに注意されて、隣の兄上がクツクツと笑った。つい前世の癖で顔を正面に向けたまま視線だけで観察してしまうが、王家の威厳をもって視線を投げかける必要があると、ここに来る前にもミュティヒェンから滾々と言われていた。控室でのそのやり取りも知っている兄上には可笑しくてたまらないらしい。
ザワザワとした会場では学園に通う年齢の子を持たない大人立ちが、昨日の僕の振る舞いについて情報を得るために、あちこちと歩き回っているようだ。チラチラこちらを見上げる視線をそこかしこから感じる。
もう一人の当事者であるジェリはオタータ辺境伯と一緒に会場入りし、おとなしく席に着いて……いない。頼むから、今日だけは大人しくいてほしいんだけど、僕の細やかな願いは叶わないらしい。
定位置にいないジェリの行方を捜して会場を見回せば、前列右端のテーブルではモルガン侯爵の隣にソフィーが緊張した面持ちで座り、後列中央のテーブルでイピノス子爵が胃を抑えているのが見えた。
そのイピノス子爵の後ろに波打つ赤毛が揺れるのを見つけて目で追えば、カージェス伯爵と同じテーブルに居るイザベラの肩を叩いた。イザベラの隣のマティーヤ先輩の表情が変わらないってことは、おかしなことを言っている訳ではないと思う。そう思いたい。
もう一度会場を見回してリベリー侯爵とシルビア嬢、それからジェラルドの姿も確認した。二人とも普段と変わらない様子に見える。
前列の後方にトゥピディ伯爵、後方の右端にとモルガン侯爵の分家の男爵の姿も確認できる。当然だが、彼らは特に変わった様子もなく、親しい貴族達と挨拶を交わしている様だ。これで会場内に必要な役者は揃った。
僕が確認し終わるのと同時にファンファーレが鳴り響いて、父上と母上が入場され、兄上の隣に並ばれた。建国記念パーティーの始まりだ。
「諸君、今年もまた共に建国記念日を祝う事ができるのを嬉しく思う。私は今年もこの場にて、我らの先祖が国を興した当初の気持ちを忘れず、民への思いやりを持った国政を継続する事を初代王へと改めて宣誓しよう」
父上の挨拶に貴族達がグラスを掲げて、国の安寧と発展を先祖へと誓う言葉を述べて、パーティーは始まった。
「我らの思いを引き継いでくれる子供たちを皆に紹介しよう」
父上の言葉を合図に、兄上と僕は一歩前へと踏み出した。
「マーディン・ヴィモルーティス。すべての座学において常に成績優秀であり、また成績に驕る事無く日々の授業も熱心であったと聞いている。特に外国語においてはほかの生徒の自習を手伝い、学園全体の学力向上に尽力したこと身分に相応しい行いであった」
父上からの賛辞を受けた兄上が一礼し、定型の答辞を述べて一歩下がった。階下の貴族たちがにこやかに拍手を送る。例年と変わりない光景だ。父上が手を挙げて拍手を止める。
「ユージーン・ヴィモルーティス。自由学習の時間を活用し農耕の知識を深め探求し、また実践していたと聞いている。その実践で得られた作物を王都の孤児院に平等に下賜したこと、民への思いやりを体現した身分に相応しい行いであった」
兄上と同じように一礼して定型の答辞を述べると、貴族たちの拍手は起きたが、その表情は様々だった。僕をよく知っている一部の人は自然な笑顔だが、大半は困惑の表情を浮かべ、ている。
例年、この場では王族の子供達の成績について述べられる。学業が優秀な王子、武術が優秀な王子、芸術に秀でた王女、というのが通常発表されるのだ。農耕の知識を深めたが王族としての賛辞に相応しいか悩ましい気持ちはわかる。けれど、僕の四代前のご先祖様が王子だった時には、発明の成果について述べられていたのだから、農耕の知識という成果でも問題ない筈だ。
再び手を挙げて、拍手と騒めきを静めた父上は、一拍の静寂の後再び口を開く。
「ユージーンは学友の学習意欲の向上や新たな才能を見つけるために、様々な勝負を受けたと聞いている。その勝負でユージーンが発見した優秀な学生についても紹介したい」
それから父上は、社交の巧みさでジェウエニー公爵令嬢を、新しい魔道具の発明でマティーヤ先輩を、剣術の巧みさで兄上の側近を誉めていった。
「この会場には、食事のほかにタバコも用意した。そのタバコはイピノス領のカーラが新しい複合魔術で加工の過程を行った物だ。是非試して既存のタバコと比較してほしい」
父上の賛辞が平民であるカーラに及んだ事で再び貴族達が騒めきだした。その後も食堂に新しい料理のアイデアを提供した生徒、馬の世話が上手な先輩の名前が上がる。平民を称賛する時は領地と名前が言われるので、彼らの所属する領地の領主達は誇らしげな顔をしている。どうかその調子で優秀な平民を育ててほしい。
「さて、ユージーンは学生との勝負の際に『勝てば将来の望みを叶える手伝いをする』と言っていたが、自分自身も同じように勝負を挑み、そして将来の希望としてオタータ辺境伯令嬢との婚約解消を望んだ。皆もその話が気になっているであろう?さぁ、種明かしをしよう。ユージーン、モルガン侯爵、オタータ辺境伯家ジェリーヌ嬢、モルガン侯爵家ソフィー嬢、リベリー侯爵家シルビア嬢、カージェス伯爵家マティーヤ殿、リベリー侯爵家預かりジェラルド殿」
僕が王族の並ぶテラスから降りて行くと同時に、名前を呼ばれた順に立ち上がり前へと進み出てくる。テーブルの並ぶフロアにある舞台にズラリと並んだ。見渡せば殆どの貴族が困惑と好奇心を滲ませた顔で注目している。リベリー侯爵は微妙な表情で、トゥピディ伯爵は零れ落ちそうなくらいに目を見開いている。
「まずは、私とオタータ辺境伯令嬢の婚約についての話をしよう。私が十歳の時に開いたお茶会で、常識では考えられない振る舞いをした令嬢が居た。その様子を見たオタータ辺境伯令嬢が私の身を守る為にその場で婚約の宣言をしてくれた」
僕はゆっくりと全体を見回しつつ、トゥピディ伯爵の所で少し長めに視線を止めた。周囲の貴族たちもその視線に気付いて、小さく頷いている。僕が言葉を止めた所でジェリが一歩前に出て、優雅な礼で視線を集めた。僕は一歩下がってジェリに発言を委ねる。
「わたくしがユージーン王子の婚約者に名乗りを上げたのには下心がありました。皆さま、わたくしの大叔母様の事はご存じでしょうか?血筋は争えない物で、わたくし幼い頃に平民の子に一目惚れをしていたのです。その相手が、ユージーン王子の後ろに立っているコレリックでした。十歳のわたくしは、ユージーン王子の婚約者になればコレリックに会う機会も増えると考えたのです。そんな打算で婚約者に名乗りを上げたわたくしに対して、カージェス伯爵の姪に当たるイザベラ様がソフィー嬢を紹介してくれました」
チラリとコレリックの方を向いて恥ずかしげに微笑んだジェリに、貴婦人達が目を輝かせた。ご婦人方の心をしっかり掴んだ所で、ジェリがソフィーを手招きした。昨日の話を子供達から聞いているであろう貴族達が好奇の視線をソフィーに向ける。
「皆様お初にお目にかかります、この夏にモルガン侯爵家の養女となりましたソフィーでございます。わたくしはとある伯爵様のお手付きとなったメイドの娘でございました。五歳までは伯爵家に居ましたが、奥様とお嬢様の苛烈な性格に命の危機を感じ母と逃げ出しました」
ソフィーが優雅に礼をして微笑みながら話し出し、そしてソフィーもトゥピディ伯爵に視線を向けた。察しの良い貴族からざわめきが広がるなか、ソフィーは伯爵家を出てからジェリに出会うまでの事を淡々と話した。そしてジェリに微笑みかけ、再びジェリに発言権を戻した。
「イザベラ様からソフィーを保護して欲しいと紹介されたわたくしは困りました。その時点でのわたくしは大叔母様の様に平民と駆け落ちをするつもりでいましたから。ですが会って話をしたソフィーの控えめな様子に庇護欲を刺激されたわたくしは、いっそソフィー自身が身分を得るべきだと思い、後継ぎがいないモルガン侯爵に紹介する事にしました」
「我がモルガン家は建国当時から王の家臣の家でした。王の信頼により南部の開発を任されたのだと、我が家の先祖代々の手記には書かれています。ところが数代前から我が家は王家と疎遠になりました。街道や鉄道の整備、災害時の支援などを陳情しても梨の礫です。今まで何の支援もしてくれなかった王家の縁者となるオタータ辺境伯令嬢からお願いをされて、なんて虫の良い話をするのだと呆れ、断りました」
「諦めきれなかったわたくしは、大叔母様の伝手を使って匿い、そして時に一緒に勉強をしました。その時ソフィーが歴史の勉強に熱心だったので理由を尋ねると、生家の旦那様が『本来は王族だった』と何度も言っていたのを聞いたから、貴族家の成り立ちに興味を持ったのだと言いました。驚いたわたくしは、お友達であるシルビア様にも話を聞いてみました。するとシルビア様は自分の家でも同じセリフを聞いた事があると言うのです。わたくしは、シルビア様に正しき歴史を学ぶように助言をしました。図書館の歴史書と自宅の歴史書を書き写してよく読み比べる様にと」
ジェリがシルビア嬢に微笑みかけると、彼女はドレスの飾り布から紙束を取り出し、「勉強の成果です」と近くに居た騎士に渡した。受け取った騎士はペラペラと紙を捲って確認したあと、父上の所へと向かった。
「シルビア様とお話をした後わたくしは、冷静に話を聞いてくれそうな大人としてモルガン侯爵に相談しました」
「王家の支援が受けられない我が家にいつも支援を持ち掛けてくれていたのはリベリー侯爵でした。そんな侯爵が家の中で王族を騙っていると聞いて、信じられませんでした。オタータ辺境伯令嬢は驚く私に取引を持ち掛けたのです。リベリー侯爵や王族を騙る貴族の正体を暴き、王家との仲を修復するから、成功したらソフィーを養女にして欲しいと。幼い彼女の能力と行動力を見くびった私はその提案を了承しました」
「わたくしは、その取引でソフィーの力も見せるべきだと思い、危険を承知でソフィーに、とある家へメイドとして潜入する様にお願いしました」
「ジェリーヌ様のご紹介でメイド見習いとして働きだした男爵家は、とても裕福で魔道具が沢山ある家でした。そこに御用商会の見習いとしてやってきたのが、ジェラルドさんでした」
話の水を向けられたジェラルドはあちこちのポケットから、装飾品に見える魔道具を取り出して「主に取り扱っていた商品です」と、近くに控えていた王宮魔術師の持つお盆に乗せていく。王宮魔術師はお盆の上に魔道具が増える度に顔をひきつらせている。
「わたくしは、ジェラルドさんに取り入っていくつかの魔道具を融通して貰いました。随分と時間はかかりましたが、それらで得られた情報を持って、わたくしはジェリーヌ様の所へと伺ったのです。先ほどジェラルドさんから王宮魔術師様に渡された物は、情報を得るために使った魔道具です」
ソフィーがニッコリ微笑みかけると、王宮魔術師は慌ててパーティー会場を出ていった。別室で魔術を発動させて情報の確認をしてくれるはずだ。
ソフィーが一歩下がると、今度はモルガン侯爵が前に立ち、この夏に僕が訪問した時の話をはじめた。僕もモルガン侯爵と視線を交わしながら、王家と南部領主の間にあった不自然な溝について語った。
「私は夏季休暇を、南部と王家の溝を埋める為に使った。その成果は新しい流行の品として皆様の所にも届いているかと思います。そして夏の終わりに再びモルガン侯爵と面会し、オタータ辺境伯令嬢とソフィーが集めた不敬な貴族家の話を聞いた。トゥピディ伯爵、不敬なのはアメリア嬢だけではなかったのですね?」
僕の言葉と同時に騎士たちがトゥピディ伯爵を取り囲みパーティー会場から連れ出して行った。連れて行かれるトゥピディ伯爵が笑っている様に見えたのが気になるけど、リベリー侯爵みたいな妙な権力との繋がりは無かった筈だ。
トゥピディ伯爵が連行されるのを見送り、扉が閉まるとニッコリ笑ったジェリが前へ出た。
「モルガン侯爵家での報告会の場でユージーン王子の表情を見たわたくしは、ソフィーに特別な感情を持った事に気付き、その場で婚約解消を提案しました。幼い頃からのコレリックへの思いを語り、派手に婚約破棄をして身分を捨て愛する人と駆け落ちをしようとユージーン王子に持ち掛けました」
「その話を聞かされた私は、この若く優秀な子達を失う様な事になってはいけないと思い、ソフィーとコレリックを娘、息子として迎える事にした。二人が身分を捨てずに愛する人と結ばれる様に協力をすると説得したのです。いずれは家族になるのだからと、四人に妻の思い出を語り、遺品の一つを見せた所、ユージーン王子がその遺品に込められた魔術を解析したいと仰った」
僕はモルガン侯爵の言葉に一つ頷いてから、魔術研究の協力者としてマティーヤ先輩を紹介した。マティーヤ先輩の作る魔道具は広く知られている物なので、その場の殆どの人が納得の表情をしている。
マティーヤ先輩が遺品のブローチの特殊性について細々と説明をしたが、この場のどのくらいの人が理解したかは微妙だ。だんだんとマティーヤ先輩の口調に熱が入り、大人たちがポカンとしだした所で、僕はマティーヤ先輩の肩を叩いて、下がってもらった。
「マティーヤ先輩が解析し再現したブローチを持って、僕は侯爵の遺品を販売した商会の本店に話を聞きに行き、商会長とジェラルドから恐ろしい話を聞いた。ジェラルド、本来の身分を皆に教えてくれるかい?」
僕が呼びかけると、ジェラルドは背筋を伸ばし、別人のような雰囲気を纏って舞台の中央へと進み出てきて、実に優雅な一礼を披露した。リベリー侯爵の視線が険しくなる。
「私は、ジェラルド・ヤンバートル。隣国ヤンバートルの第八王子だった。何度か暗殺に遭い、こちらの国に逃げ込み、リベリー侯爵に匿われていた」
それからジェラルドはこの国へやってきた理由として、五歳の時の馬車事故の話をした。事故当時に遭った時ジェラルドは、異国の珍しい品として兄から贈られたブローチを身に付けていたそうだ。僕が持って行ったブローチはそれにそっくりだったと語る。ただ、異国の品とは聞かされたが、どこの国とは聞けなかったと言った。
「台座に使われている鉱石が採れるのはフィルデンテ領だし、嵌められた魔石はイピノスの山間部の植物性の物だった。鉱石は分からないけど、魔石の基になる植物はかなり限られた気候条件下でしか育たない。おそらく我が国で作られた物だろうね。時期的に言えば侯爵家の事故の一年後にジェラルド様の事故が起きている。恐らくモルガン家の事故は実験だったのではないかと思う」
マティーヤ先輩がブローチの特殊性から推理を述べている時、広間の隅の法で人が動くのが見えた。ここに来て逃げようとするなんて愚かにも程がある。
「モルガン侯爵、そのブローチが手元にやってきた経緯を教えてくれる?」
「リベリー侯爵から遠戚の男爵に商会への資本参加が持ち掛けられ、男爵が私の所に相談に来たのです。私はその商会が扱う商品を見てから決めてはどうかと返事をしました。すると、その商会はフィルデンテの工房で作った装飾品を扱うから、女性に目利きをして貰いたいと、妻への見本市の招待が返ってきたのです。妻は芸術、美術の造詣に自信が有りましたから、喜んで商会の見本市へ赴き、その時に私の贈り物として購入したのがそのブローチでした。妻には少々幼い所があり、買った物を帰りの馬車の中で眺める癖が有ったのです。恐らくその日も馬車の中でブローチを眺めウッカリと魔術を発動させてしまったのでしょう」
モルガン侯爵が語り終えると同時に、モルガン侯爵遠戚の男爵一家が捕縛された。あの男爵一家の罪に関する証拠はジェラルドが渡した魔道具に記録された映像だ。タイミングを計っていたのか、膨大な証拠映像の確認に時間がかかったのかどちらだろうか。
「さてジェラルド、匿って貰うにはリベリー侯爵にも利がないと難しいと思うのだけど?」
「五歳だった私は連れてこられ、全て大人の言いなりだった。リベリー侯爵と交渉をした当時の側近は、私がこれ以上追われない様にする為に死んだと報告すると言って、国に帰って行った」
「当時、どの様な交渉がされたのかは、わたくしのお勉強の成果の六十枚目から六十三枚目をご覧下さい」
リベリー侯爵令嬢が腰を落としながら、紙束を持つ父上に告げる。父上はパラパラと紙束を捲り、視線を走らせた。相変わらず父上は書類を読むのが早く、一分も経たないうちに顔を上げた。まぁ、事前に読んでいたというのも有るだろうけど。
「ふむ。この記述の真偽を訊ねたい。彼を呼んできてくれ」
父上の呼び掛けにより連れてこられたのは、仕立ての良いジャケットとズボンに煌びやかなマントを羽織った壮年の男性で、深緑色の髪に鳶色の目をしたジェラルドによく似た面立ちをしている。交流の少ない隣国故にその外見から賓客の正体に気付けた人は少なそうだ。舞台に上ったその人に、僕は中央を譲り挨拶を述べる。
「お目にかかれて光栄ですヤンバートル王。私はヴィモルーティルスの第二王子ユージーンにございます。本日は招待を受けて頂き、誠に感謝申し上げます」
「息子と臣下が随分と迷惑をかけたと聞いた。こちらこそ知らせてくれて感謝する」
僕の挨拶に貴族たちは一瞬だけざわついたが、すぐに静まり返った。ヤンバートル王は並んでいるジェラルドを見て僅かに眉を下げた。それから僕に柔らかな眼差しを向けて、テラスに居る父上を見上げた。
視線を受けた父上がジェラルドの身分と、隣国で事故についてどの様に扱われているかを確認していく。ヤンバートル王は淡々とジェラルドの身分について、自分の子だが既に死んだことになっていると語り、事故の顛末と再調査の結果を話した。
ヤンバートルの第五王子の思惑で今回の顛末が起きた事、リベリー侯爵は利用されていた形だが、付け入る隙となった思想に問題がある事が言及された。また、このまま気付かなければ第五王子の独断で戦争に発展していた可能性が有ったらしい。
「愚かしい息子と臣下の所業で迷惑をかけた事、謝罪申し上げる。罪人の引き渡しと帰国の望む補償をする用意があるが如何だろうか?」
「誰を罪人と言っているのか明確にしてから話し合うべきだが、こちらとしてはリベリー公爵を唆し武器開発をさせていた実行犯の貴族はこちらでもいくつか確認したい事があるので引き渡しを願いたい。それから補償だが、貴君の優秀な子息、そこにいるジェラルドを我が国の国民として貰い受けたい」
チラリとジェラルドを振り返ったヤンバートル王は、補償内容が少ないのではないかと問えば、父上は僕を見ながら小さく笑った。父上に頼んだのは僕だけど、本当に望んでいるのは僕じゃなくて、リベリー侯爵令嬢とジェラルドだ。
父上はこの件について後程話し合いをと言い、了承を得た。後は我が国の醜聞だからと父上が苦笑混じりに言えば、ヤンバートル王はジェラルドに何かを告げてから退場して行った。
「さて、隣国の王の証言も得られた訳だが、リベリー侯爵は何か言う事があるか?」
「私は、そこのジェラルド様と隣国の貴族に騙されていただけです。ジェラルド様の希望通り、商会で働けるように口利きをし、その商会で優遇されるように、渡された養育費をそちらに回していたに過ぎません。その資金が商会でどのように使われていたか、私には知る由もない事でございます」
「なるほど、それがリベリー侯爵の言い分なのだな。では、シルビア嬢はどのように認識していたかな?」
「わたくしは幼き頃より、いずれは王妃になるのだと言われておりました。その時の王はジェラルド様だと言う言葉も聞きましたが、未成年のわたくしの証言に父の話を覆す力は無い事も承知しております。ですので、こちらを証言の代わりに提出致します」
そう言いながらリベリー侯爵令嬢は、先ほどとは違うドレスの飾り布から掌ほどの大きさの箱を取り出して、近くに居た騎士に渡した。
「ふむ。記録の魔道具だね。確認をしてリベリー侯爵とも後日話し合いをしよう。さて色々な話をしてしまったが、一番肝心なユージーンとオタータ辺境伯令嬢の婚約について、ユージーンがどう考えていたのかを聞いていない。ユージーン、正直に全てを話しなさい」
父上に促された僕は、夢の中で愛した人が居たこと、その人を探していた事を語り、学園の入学日に見かけたソフィーに夢の中の人の面影を感じたと話した。そして夏期休暇の終わりにモルガン侯爵の家で会って、強かなソフィーという人に惹かれたと話した。
「実はお披露目の場でオタータ辺境伯令嬢に出会った時、既に彼女の気持ちがコレリックにある事に気付いていました。ですから、夏にオタータ辺境伯令嬢が婚約破棄の話を出した時に乗ったのです。モルガン侯爵に全力で止められましたが。この秋の間に先ほど話した政治的な問題を片付ける算段が付いたので、この先、僕自身の気持ちを優先して生きても良いかと思って、昨日の宣言に至りました」
「ユージーンの言い分はよく分かった。昨日の宣言の様なやり方はよくなかったが、当事者同士は納得の上だった事。ユージーンが新たな相手にと望んでいる令嬢の家とは王家として縁を結ぶ必要がある事。故にオタータ辺境伯令嬢との婚約解消と、モルガン侯爵令嬢との婚約を認めたい。但し、オタータ辺境伯家には相応の補償が必要であり、その補償は騒動の罰としてユージーンが個人で行う事としたい」
その後のパーティー、僕はソフィーをエスコートして過ごした。一通り貴族達と挨拶を交わした頃にイザベラ嬢が叔母上を連れてやって来て、パーティーが閉会するまで、ご夫人方にソフィーとの事を聞かれ続けた。
オタータ辺境伯家への婚約解消の補填として優秀な人材の紹介で了承を得た。優秀な槍遣いの騎士見習いと、知識豊富な薬師見習いを紹介すると、僕が思っていたより喜ばれたし、紹介した二人も嬉しそうにしていた。ちなみに二人の見習い期間の給金は僕が払う事になっている。
カージェス伯爵家は伯爵自身が司祭を説得して、マティーヤ先輩は街で魔道具屋を開く事になった。
リベリー家は降爵の上当主交代。但し新当主は未成年のシルビア嬢なので、四年間は監視も兼ねた補佐官が王宮から派遣される。シルビア嬢はしっかりジェラルドを口説き落としたらしく、冬の終わりには婚約を発表した。
そんな風に皆の願いを叶えたり見守ったりしているうちに、新しい恋愛小説が流行した。その流行りのおかげか、冬の終わりにはあちこちのお茶会や夜会に呼ばれ、祝福の言葉を貰える様になった。
こうして僕は、堂々と愛する人と歩む人生を手に入れた。僕とソフィーはこれからも穏やかな天曜日を過ごしていく。
これにて、完結です。
最後までお付き合い頂きありがとうございます。




