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決着の天曜日

学園のプラタナスの葉もほとんど散ったころ、僕は多くの人に囲まれて過ごすようになっていた。全てはカーラのせいだと思う。

音楽の授業での話を聞きつけた子たちが、次々に勝負を挑みにくるから、僕は常に挑戦者に囲まれている。収拾がつかなくなって、ミュティヒェンが勝負は一人一回に限ると宣言してくれてからは、大分ましだけど。


ほとんどの勝負には勝てたのだけど、得意分野で挑んできた何人かには負けた。兄上には外国語で、ジェウエニー公爵令嬢には社交作法で負けたほか、マティーヤ先輩には魔術具作成勝負を挑まれて負けた。


目下、このマティーヤ先輩のお願い事が僕の悩みの種でもある。

マティーヤ先輩のお願いは「実はカージェス伯爵を継ぎたくないからその手助けをして欲しい」だった。カージェス伯爵の意向も聞いてから、司教を説得するか別の策を提案するか今のところ保留にしている。この冬の社交期間は、大半をこの問題に使うことになりそうだ。


今現在、僕を取り囲んでいるのは既に勝負をして僕が勝った子たちだ。例えば槍術勝負を挑んだ騎士志望の子とか、薬草鑑定勝負を挑んだ薬師の息子とか。彼らは負けた事に驚きつつも、結果を受け入れて、僕と一緒に学ぶことで己を高めようとしている。

僕としては、槍術も薬草も好きだから、好きなことを語り合える友達ができて嬉しかった。


ランチタイムに彼らと語らっていると、周囲が急に静かになった。見回せば食堂の入り口から真っすぐにジェラルドが僕の所へと向かってきている。


「ユージーン王子、私とも勝負をしていただけますか?」


ジェラルドは硬い表情で僕の前まで来ると、以前とは別人の様な口調と言葉遣いで問いかけた。食堂の入り口で心配そうに見ているリベリー侯爵令嬢を見れば、この態度は彼女がかなり尽力した結果だと理解できた。

僕としても、ジェラルドの保護者との密談も済んで丁度良いタイミングだ。きっとこのタイミングもジェリとリベリー侯爵令嬢が図っていたのだと思うけど。


「勿論。勝負内容はなに?ジェラルドの願いはなに?」


僕が勝負を受けると何人かの子たちがススっと動いた。彼らは勝負を挑みたいけれど勝負内容が思いつかない子たちだ。ミュティヒェンが、勝負を挑みたがっている子たちの情報を集めて教えてくれるからその辺は把握している。

音楽室での事を知っている子たちは少し遠めから聞き耳を立てている様で、かなりの注目を集めている。そんな状況に顔を引き攣らせつつ、ジェラルドは真っ直ぐに僕と向き合った。


「私のお願いは勝負の後でお伝えしても良いですか?勝負内容は、民の暮らしをどちらがより理解しているか、実技も交えて三番勝負はいかがでしょう」


「うん分かった。勝負内容も面白そう。それで、どうやって勝負するの?」


「お互い、平民の知人一名とペアを組みます。出題と判定をその知人にしてもらうのです。自分とペアを組んだ者が出した出題には答えません。あくまで相手のお題に答えるだけです。多くお題を正解したほうが勝ちです。同点の場合は私の負けで構いません」


ジェラルドはいつも一人で過ごしていた様だけど、ペアを組む友達はいるのかな。余計な心配をしつつ、僕は勝負のルールや日時についてジェラルドに確認をしていった。


「じゃあ勝負は、次の天曜日の授業後に多目的室Bだね。それと、これはお願いなんだけど、勝負の場所にギャラリーを入れても構わないかな?」


ギャラリーと言った瞬間、周囲に小さなどよめきが起こった。グルリと周囲を見たジェラルドは、ため息を一つ吐いて僕の要望を了承すると、多目的室Bの使用申請はしておくと言って立ち去って行った。


勝負をする次の天曜日は今年の最終日だ。その次の日は建国記念日で王宮のパーティーがある。勝負の後始末はパーティーですれば良いし、問題は纏めて片付けよう。勝負まで五日かぁと考えた所で、目の前の薬師の息子が席から立ちあがったのが目に入った。


「オバット、聞いてたよね?僕のパートナー頼める?」


「えっ?!王子、仲の良い平民は他にもいますよね?カーラさんとかコレリックさんとか!!」


逃げようとするオバットをコレリックが捕まえて物凄くイイ笑顔で、頼られて羨ましいと言えば、反対側からミュティヒェンも同調して逃げ道を塞いだ。それから、肩をぐいっと押してもう一度椅子に座らせた。


「コレリックは王宮暮らしが長くてほぼ貴族だし、カーラは最近アルバイトが上手く行きすぎて、貴族みたいな暮らしをしてるからダメ。僕の友達の中でまともな平民はオバットしかいないよ」


僕はオバットに言い訳を重ねる。この場では言わないけど、決してタダで協力させようなんて僕も思ってない。協力してくれる分、専用薬草園が欲しいという願いは叶えるつもりでいるのだから、そんなに嫌そうな顔をしないでほしい。


ジェラルドから挑戦を受けた翌日の座学の教室で、商人になりたくなくて算術をサボっている彼から話しかけられた。彼がジェラルドのパートナーらしい。

材料の必要な実技問題を出したいが、その材料はどうするかと相談された。結果、最初にジェラルドが指定した日に出題し、回答者が自分たちで材料も用意するという事になった。


勝負に関する決め事を確認した日のランチタイム、僕たちは食堂の隅のテーブルで頭を寄せ合って作戦会議をしている。僕とオバット、それからコレリックとミュティヒェンにカーラという顔ぶれだ。ソフィーとジェリには別の用事をお願いしてある。


「オバットは何か出題内容についてのアイデアはある?」


「民の暮らしって一言に言っても幅が広いですよね。なので、そこを突いて不正解とする問題を作るとかどうです?僕が正否判定して良いのなら、僕の匙加減ですよね?」


パートナーになるのを渋ってたのに、何故か突然やる気を出したオバットに不穏な空気を感じる。僕の周りはやる気を出すと影響の大きな行動をしがちだから、ニコニコと不正スレスレの提案をするオバットが怖い。


「オバット、僕は正々堂々とやるつもりだよ。そんな不正ギリギリみたいな問題を用意しないで」


「じゃあ、三問それぞれに違う暮しぶりを想定した問題を作りましょう。都市の商家、田舎の農村、肉体労働者の家庭という前提を付けた問題にするんです」


言いながらオバットはサラサラと問題を書き始めた。淀みなく書く様子に、昨日のうちに考えていてくれた様だ。


様々な人々の暮らしぶりの知識は、かなり特殊なものだと思う。薬師の両親の手伝いで色んな家庭に行くからって言うけど、金持ちしか相手にしない薬師も、金持ちに無視される薬師もいる。どんな人の依頼も断らず、それぞれに適切な質の薬を出せるのは、かなり優秀な薬師だろう。


オバットが作った問題を見て、ミュティヒェンは間違いを自信満々にと答え、正解を聞いたあと信じられないという顔をした。僕が正解できたのはひとつ。コレリックは二つ。カーラは僕もコレリックも答えられなかった問題を正解した。この問題なら、ジェラルドが全問正解をするのは難しいだろう。


リベリー侯爵令嬢の願いを叶えるのは、ジェラルドが勝ってくれれば簡単に済むけれど、僕に負けるつもりはない。僕が勝つ前提でリベリー侯爵令嬢のお願いも叶える後処理を考える事に勝負の日までの時間を使うことになりそうだ。


約束の出題日、僕とジェラルドは食堂で問題用紙を交換して、お互いの目の前で問題を確認した。 出題された三題は今日の授業後から街に出れば調べられる。引っ掛けでなければ充分に勝機が見込める問題だ。

僕が渡した問題を見たジェラルドが、一瞬だけ眉間にムッと皺を寄せたが、あれはどういう意味だろう。難しいと思ったのか、僕のように引っ掛けを疑っているのか。


「一題目の材料の準備は、モントーヤの実家も協力してくれるそうですが、どうしますか?」


問題を確認し終えたジェラルドが顔を上げて、後ろにいる算術を手抜きしていた彼を指した。先日も材料の用意を提案していたし、そこが罠のつもりなのか?敵に手を借りるなんて、罠にはまりに行くような事するわけないのに、何故そんな提案を何度もするのだろう?


「僕にも食品を用意する伝手くらいあるよ」


僕が軽い口調で断ると、ジェラルドは表情を変える事もなくあっさりと引いて、「また明日」去って行った。ジェラルドを見送っていると僕の前に回り込んできたオバットがニッコリと笑った。


「ユージーン王子、僕にも問題見せて下さい。僕はパートナーなので、協力したって不正にはなりませんよね?」


オバットに問題用紙を渡すと、「簡単すぎる」と何度も首をひねりながら、答えを教えてくれた。僕は授業後にオバットの教えてくれた答えが本当なのか、街に見に行き実技の材料は明日の朝に準備する事にした。


翌日、一年間全ての授業が終わった天曜日の午後、僕とジェラルドは多目的で向かい合っている。周囲には多くの生徒が集まってきている。ミュティヒェンが勝負開始の宣言をすると集まったギャラリーが静まった。


「簡単に済む問題からにしよう。こちらの一問目からで良い?」


僕の問いかけにジェラルドが了承し、オバットが一歩前に出て問題を読み上げる。


「では、第一問。今、王都で流行している物語はご存じですか?」


「演劇なら“夢見の王第四幕”、書物なら“秘密の薬草園”、酒場で語られる唄なら“漫遊魔術師”」


ちなみに、“夢見の王第四幕”は僕から見た曾祖父でリベリー侯爵の大叔父に当たる人物がモデルになっている物語。王都の劇場では定番の演目で、何年も満員の客席で上演されている。

僕とジェリをモデルにしているらしき“秘密の薬草園”という架空の物語が流行っているのは恥ずかしいけれど、旅人時代のゼフをモデルにした“漫遊魔術師”という冒険譚は僕も気に入っている。


「正解以上の正解です」


無表情にジェラルドが答えて、オバットは悔しそうに正解を宣言した。どれか一つでも答えられたら正解にしようと言っておいたから、正解するとは思っていたけど、全部を言われるとは思ってなくて、オバットとしては悔しかったのかな。

僕の後ろに下がったオバットと入れ替わりで、モントーヤが前に出た。僕にニッコリ笑いかける彼にはこの場の誰よりも余裕があるように見える。 


「ではこちらからも第一問。王都南側の街で流行しているものをご存じですか?」


「防水布を使った上着と帽子」


「正解です。王子が流行させたのですから、当然ご存知ですよね」


モントーヤは問題を読むのもゆったりとした口調で落ち着いていたし、正解の宣言にも余裕を見せた。この態度はオバットにも見習って欲しい。僕はそんな気持ちも込めて、前に出るジェネの背中をそっと叩いた。


「第二問。大工の家の子が熱を出した時、母親は何を用意しますか」


「大量の布と水。それから、野菜をクタフタに煮込んだスープ。スープの中には必ずすりおろした生姜が入る」


「完璧な正解です」


問題を聞いて即座に答えたジェラルドは、今日顔を合わせてからずっと無表情で何を考えているのか全く読めない。知っていて当然と思って無表情なのか、それとも何かほかの思いを隠した表情なのか。僕がジェラルドを観察しているうちに出題者が入れ替わった。


「ではこちらの第二問。平民の家庭で行われる婚姻の申し込み作法を説明してください」


「本人に自分の髪と同じ色の花を渡して愛を告げ、その後女性の親御さんの所へ仕事の成果を持って挨拶にいく」


「うーん。まぁ良いです正解とします」


オバットに教えて貰った通りに答えたのだけれど、モントーヤは困ったように笑って正解を宣言した。妥協したような口ぶりは、彼が想定していた正解と違ったのだろう。けれど正解にするって事は、婚姻の申し込みの作法も、職業や地域によって違うとかなのだろうか。


正解の宣言を受けて、ミュティヒェンが前へと進み出てくる。


「では、最終問題は実技です。双方作業台へどうぞ」


僕とジェラルドはそれぞれ別の作業台に向かう。

僕の作業台には今朝收穫した野菜とソーセージ、あとは調理器具が置いてある。オバットの助言に従って塩以外の調味料はなしだ。

ジェラルドの作業台には、植物の蔓がかなりの量置いてある。よく、一日であれだけの量を準備できたなと感心するけど、扱いされるのかな?


「最後の問題です。農村に住む民が日常的に使う籠を作成してください」


ジェラルドの作業台の前へと行ったオバットが問題を告げる。ジェラルドは椅子に座り、二本の蔓を持って手を動かし始めた。


「ユージーン王子へも最後の問題です。一般的な平民の昼食を作ってください」


僕の作業台の前に立ったモントーヤは相変わらずニコニコと問題を述べる。僕は一つ頷いて、野菜を洗う所から調理を始めていく。チラリとジェラルドを窺うとものすごい速さで手を動かしていて、のんびりと調理する余裕はなさそうだ。

手早く芋の皮を剥いて、一口サイズに切って鍋に放り込んでいく。固い野菜、ソーセージ、それから葉物と入れてしばらく煮込めばスープはできる。スープが煮えるのを待っている間に小麦粉を捏ねて、簡単なパンも作る。


作業中周囲が騒がしくなったけど、気にしている余裕はなかった。三十分程でどうにか作り上げると、ジェラルドは作業を終えていた。ジェラルドの作業台の蔓は綺麗に使い切られて、平たくて大きな籠が作られている。遠目だけど、材料、編み方、形状どれも文句なしに正解だなと思う。

ミュティヒェンが判定を促すと、オバットは小さな声で正解を宣言した。

僕はスープと平焼きパンをお皿に盛りつけてモントーヤの前に出した。モントーヤは食事のお祈りをしてから、パンを千切りスープに付けて口に運んだ。


「ユージーン王子、残念ながら不正解です。一般的な家庭の昼食にしては、野菜もソーセージも小麦も高級すぎます。もし僕の判定が信用できないなら、ギャラリーの中の平民の子にも食べてもらってください」


僕は改めて自分が作った料理を見て、不正解を受け入れた。そう言えば、孤児院やイピノスの農村で見かけたパンはこんなに白くなかったし、スープにもあくが浮いていた。

僕が負けを宣言するとギャラリーは静まり返った。僕はゆっくりとジェラルドに歩み寄り、正面から向き合った。どうかリベリー侯爵令嬢から聞いていた内容の願いを言ってくれますように。


「それで、ジェラルドのお願いってなに?」


「この国に私の商会を作らせて欲しいのです」


「それなら、手助けできるかな。具体的な事の話し合いは後日でも構わない?」


ジェラルドの了承を得た僕は、ギャラリーの方へと向き直る。


「これで、僕とジェラルドの勝負は終わった。だけど実はこの場でもう一つ勝負の決着をつけようと思う。ここにいる皆に審判になって欲しい」


ザワザワとささやき声が広がる中、ミュティヒェンが二枚の絵を見せる。どちらも庭園を描いた風景画だ。


「皆には、単純に絵の上手さで評価して欲しいから、誰との勝負で、どちらが僕の描いたものかは教えない。各々が上手いと思った方に挙手をしてくれ」


ミュティヒェンとコレリックが一枚ずつ持って皆に見える様に高く掲げた。暫く見比べる時間を取った後、挙手での投票を促すとコレリックが持っている方に多くの票が集まった。まぁ、これは八百長独り相撲だからどっちに票が集まっても同じことなんだけど。


「ジェリーヌ、この勝負は僕の勝ちだ。約束通り僕の要望を聞いてもらおう」


僕の呼びかけによって、ジェリがギャラリーの中から進み出てきた。いつも通り波打つ赤毛を揺らし、しかし表情はいつもの勝気な物でなく少し視線を下げた弱弱しく見える雰囲気を作っている。


「僕は、この学園でソフィーという真に愛せる人を見つけた。今までのジェリーヌ嬢の献身には感謝しているが、僕の心を偽る事はできない。婚約を解消して欲しい」


「これも勝負の結果ですもの仕方ありませんわ。ですが詳しい話は後日にしてくださいませ」


水を打った様な静けさが落ちるなか、ジェリが俯いたまま教室を出ていくと、集まっていた生徒たちも蜘蛛の子を散らすように帰って行った。

人気が減った多目的室Bで、僕はジェラルドに明日王宮で行われるパーティーの招待状を渡した。

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