彼女たちの夏休み
「ユージーン様、モルガン侯爵、少し早いですけど夕食に致しませんか?」
コレリックにパラソルの下から呼ばれて行けば、金属製の箱の中で火が焚かれて、その上に金属の網が乗っている。どう見てもバーベキューだ。こっちにバーベキュー文化なんて有ったっけ?
僕が首を傾げる隣で、モルガン侯爵は瞬きを繰り返していると、嬉しそうに足取りを弾ませたジェリがやってきた。
「懐かしいですね。とても侯爵邸の様な高貴な場所でやる事ではないと思うけど、親睦を深める手段としては最適ですね」
「侯爵、どうかお許しください。私にとって友交を深める方法はこれなのです」
そう言いながらジェリと二人で、網の上に人数分の二枚貝を並べ始めた。僕はコレリックに聞いて、輪切りの野菜を並べていく。っていうか、事前に相談してくれれば、学園の畑で収穫した茄子やゴーヤが有ったのに。
コレリックは孤児院に居た頃に、新しい子が来るたびにバーベキューで歓迎会をしていたのだと説明してくれた。庭で育てていた野菜を主に焼いていて、芋は大きな葉っぱにくるんで、火に直接入れていたという。そして芋は取り合いだったと。
そんなコレリックの昔話から、皆の子どもの頃の話になった。
「カルロが、幼い頃のイザベラは花の姫に見えたって言ってたけど、僕も幼い頃にソフィーに出会っていたら、同じように言っていたと思うよ」
「まあ、カルロがそんな風に言っていたのですか?」
ソフィーの子供の頃の話が聞きたくて言ったのだけれど、イザベラ嬢が目を輝かせた。カルロは相変わらず石畳に正座させられているけれど、嫌いで嫌がらせをしている訳ではないようだ。
「うん。カルロはイザベラ嬢なしでは生きられないらしいね。そう言えばいつまで、あのままなの?って言うか何で地面に座らされているの?」
僕の疑問に何故かソフィーが俯いて、ジェリはカルロを鋭く睨んだ。
イザベラ嬢が、カルロの名前を呼ぶと、カルロが嬉しそうに立ち上がる。かなり足が痺れていると思うんだけど、真っ直ぐにイザベラ嬢に向かって歩いてくる。
「カルロは何度嫌だと言っても、わたくしの肖像を使って装飾品を作るのです。それでわたくしの怒りを分からせる方法はないか、ソフィーに相談したら、セイザという固い床に座らせて反省を促す姿勢を教えてくれたのです」
まぁ、僕たちが子供の頃は、正座して反省って教育もあったけれど。主に椅子で生活をするこちらの文化でそれは、いや、だからこそ効果的だと思ったのかな?
「ちなみに、カルロのそれって今回でいくつめ?」
「年に五個は確実なので、もう四十個にはなりますね。セイザの罰をさせ始めてからでも三十個は越えますわ」
「それ、もうカルロに正座は効かないんじゃない?正座に慣れてたか、少しの時間耐えれば良いと思ってるよ。もっと他の、カルロにショックな方法を考えないと」
僕の提案に、イザベラ嬢とジェリが目を輝かせた。父親である伯爵のお説教すら堪えていない感じのカルロがショックを受けるのは、イザベラ嬢の気持ちが離れる事だと思う。僕がソフィーにされて、気持ちを引き留めないとって焦る様なこと?
「例えば他の男の人から、もらった物を喜んで自慢するとか、友人の女性が恋人から貰った贈り物とカルロの贈り物を比べてを羨ましがってみるとか?」
僕は言いながら、ソフィーに目配せをしつつ、胸元を触った。僕の行動に気付いたコレリックはどこから出したのかジェリに鮮やかなツバ放ろ広帽を被せて、自分の首元に同じ柄のスカーフを巻いた。
「まぁ!ソフィー、そのネックレスとても素敵ですわね」
カルロが隣に立った瞬間にイザベラ嬢が胸の前で手をパチンと合わせて、ソフィーの首元に顔を近づけた。カルロもイザベラ嬢の視線を辿って、カットガラスのネックレスを見た。
「見て下さいませ。先程ユージーン様から頂いたのですけれど、割れにくいガラスなんですって。宝石じゃないと言われたので、こうして気軽に身に付けられます、それに、わたくしはユージーン様のお色で、ユージーン様が身に付けているのはわたくしの色なんです」
ソフィーから微笑みを向けられて、僕がピンクのガラス玉を持ち上げて揺らす。夕日を浴びたガラス玉がキラキラと輝いてかなり綺麗だと思う。
「お揃いなんですね。さり気なさが素敵ですわ。わたくしがカルロから贈られた物は、恥ずかしくて身に付けられない物ばかりなんです」
イザベラ嬢がポケットから金色のネックレスを取り出して、ソフィーとジェリに見せる。夕日をピカピカと反射する、その光が目に痛い。
ソフィーとジェリが僕とコレリックの贈り物を誉め、イザベラ嬢が羨ましがる。という茶番にモルガン侯爵まで乗ってきた。
「相手が喜ばない贈り物なんて、嫌がらせだねぇ」と言いながら、亡くなった夫人に贈ったものや贈られた物の話をしだした。侯爵が夫人の話をする様子を見た使用人達が涙ぐんで、「侯爵様はいつも奥さまの欲しいものを内緒で贈っておられた」なんてヒソヒソ話をしている。
極めつけにメイドのアンが「ソフィーお嬢様の恋人はセンスの有る方で良かったです」と微笑めばカルロも遂に項垂れた。
コレリックとジェリの出会いの話や、モルガン侯爵が若い頃夫人とどこでデートしてたのかなんて、話を聞きながら、和やかな時間を過ごした。
夕日は海に沈み、半月が反対側から昇り始める。満腹になった所で、焚き火の薪をランティスが注文したあれに変えた。コレリックの予想通り、焚き火から立ち上る香りは、その場の香りとしては良くても、纏う香りとしては好ましくないと女性たちから評価された。
「それでさ、僕らはこうして贈り物を作っていたのだけれど、三人はこの夏の間、どこで何をしてたの?」
僕の疑問に三人が目配せで会話を始めた。
「わたくしはリベリー領の国境近くに有るお屋敷でメイド見習いをしておりました」
「メイド見習い?」
ニッコリ笑って隣のソフィーが答えてくれたけれど、意味が分からない。えっと、モルガン侯爵家の事故の真相を調べに行くって言ってたけど、怪しい家にメイド見習いとして潜入してたってこと?それってすごく危険じゃない?思わず顔に力が入ってしまう。
「ええ、屋敷の女主人とその娘が気位が高くて、癇癪持ちなやっかいなお屋敷で、使用人が皆、一月持たずにやめてしまうそうです。お嬢様は、わたくしと同じ歳のアメリア様という方です」
「アメリア嬢がなんでリベリー領にいるの?」
僕の疑問に答えたのは、揺らぐオレンジ色の炎の向こう側に居たジェリだ。
「王子のお茶会での振る舞いが噂になったのです。敵に回してはいけない人に喧嘩を売っていましたでしょう?それで、アメリア様は勘当され、教育を取り仕切っていたご夫人も離縁されて追い出されたのです。離縁された夫人はがアメリアを連れてご実家を頼られたので、リベリーに居るのですよ」
「領地の端で軟禁状態という話でしたが、屋敷の中では女王様状態でしたが、わたくしはジェリーヌ様が手配して下さった装飾品のお陰で、だいぶ楽をさせてもらいました」
ジェリの説明をソフィーが補足したけれど、ソフィーの笑顔がなんだか意味ありげに見える。パチパチはぜる炎に照らされてちょっとホラーっぽい雰囲気もあって、背筋が震えた。
「ジェリが手配した装飾品?」
炎の向こう側に疑問を投げれば、あちらからも笑顔が返ってくる。こういう悪巧みの時にはいつもニコニコしてるコレリックが少し心配そうな表情でジェリを見つめている。
「私はシェラナ商会の本店で見習い仕事をしてきましたの。あの商会は隠し通路がたくさん有って、本当に働くのが楽しいお店でした」
「シェラナ商会って、ジェラルドの居るあの商会?シェラナ商会は宝飾店なの?」
「我が顔にも支店が有ります。十年程前にリベリー侯爵の紹介で開店の許可を出しました。装飾品以外にも、タバコや香水などの嗜好品も扱う店ですね」
僕の質問に答えたのは、ソフィーの向こう側のモルガン侯爵だ。モルガン候爵は声を震わせながら、スカーフ留めを外して見つめた。金属の台座に嵌まっているのは、白くてツルリとした、陶器の様に見える。
見やすい様にと、焚き火に翳して見せてくれた。スカーフ止めの周りに魔力が集まる様な靄の動きが見えた。
「あの日、妻と子が私への誕生日プレゼントとしてシェラナ商会で買い求めたのが、このスカーフ留めです」
僕は侯爵に頼んで、スカーフ止めを手にとって見せてもらった。金属でできた台座部分の模様をよく見ると風魔術の呪文が書かれている。それにこの白い石に見えるのはやっぱり焼き物だ。できれば、台座から外して裏も見てみたい。
「ソフィーが言う、ジェリが手配した装飾品て、もしかして魔術具だった?」
「シェラナ商会の装飾品は購入者が簡単に魔法付与できるようになっているので、 わたくし、熱魔法を付与して、色々なオイルを塗っておいたんです。熱せられたオイルの香りで、わたくしが当番の時は眠られる事が多かったのですよ。おかげで、沢山の呪いの手紙を読むことができましたわ」
ソフィーが笑顔で肯定し、ついでに恐ろしい事を言った。このスカーフ留めが事故とどんな風に関係したのかは分からないけれど、調べる余地はあると思う。
「侯爵、このスカーフ留め、しばらく預からせて貰えない?僕の魔術の授業の研究テーマにさせて欲しいんだ」
僕の言葉にジェリとコレリックが頷きながら、僕が魔術専攻クラスだと説明してくれたおかげで、侯爵はスカーフ留めを僕に預ける事を了承してくれた。但し、週に一度はレポートを送るようにという条件付きで。
「それで、ジェリはシェラナ商会で何をしていたの?」
ソフィーがアメリア母娘を眠らせて読んだ手紙は後で見せてくれると言うので、僕は他の二人の行動も尋ねる事にした。すっかり暗くなった空には星の煌めきが増えている。
「ユージーン王子は、リステュード伯爵令息の事を覚えておいでですか?」
全く関係のない様な質問を返されて首を捻る。もちろん彼の事を忘れるわけがない。十歳の頃に開いたお茶会で突っかかってきた、一つ上の令息。そう言えば入学式で挨拶をした時、あの場に並んでいなかった気もする。
「そりゃ覚えてるよ。僕の事をすごく嫌ってた彼だね。学園でも嫌がらせとかしてくるかと 思ってたけど、忘れかけるくらい接触がないや」
僕の返答に、ジェリとコレリックがため息をついて項垂れた。うん、今日も二人は息ぴったりだね。コレリックが先に呆れた表情を持ち上げて僕を見た。
「彼はあの時、場の空気と王家の内情を読み違えました。彼の言動はリステュード伯爵も予想外なまでの失態でした。マーディン様と王妃様の怒りの書状を受け取った伯爵により、彼は勘当されて家を追い出されています。一応温情でリベリー領の商会に住み込みで就職させられて、衣食住には困っていないようですけどね」
「商会って、彼仕事してるの?あんなに平民を見下してたのに働けるの?」
「その辺りも確認したくて、シェラナ商会に潜入していたのです。全てはシルビア様の手引きと手助け有っての事ですけれど」
シルビアの手引きと言われて僕も驚いたけれど、僕以上に侯爵はビックリしている。ジェリに手のひらを向けてその発言を止めた。
「リベリー侯爵令嬢とも協力関係だったのかい?リベリー家は敵なのではないのかい?」
「十歳の頃、ユージーン王子が私たちに仰ったのです。『生まれで将来が決まることはない、行動すれば、望んだ未来を得られる世にする』と。彼女は彼女の望みを叶える為に、家ではなくユージーン王子を選んだのです。あと家から出たことで、かの令息も考えが変わったらしく、私たちに協力してくれるそうです」
侯爵は驚き顔のまま僕らを見回す。僕の言葉はなんだか大袈裟に改編されている気がして恥ずかしいけれど、コレリックの満足げな表情を見ると、訂正もできない。みんなに見つめられる恥ずかしさで、僕は視線を逸らした。
生け垣の向こう側に篝火を焚いた船が横切るのが見える。
「ちなみにユージーン様、全てマーディーン王子が処理をしていたので、ご存知ないかもしれませんが、イピノスの子供を王都の孤児院に運ぶ私兵を出していたのもシェラナ商会でした。イピノスの子供達ももちろんこの件に協力してくれてますよ」
イピノスの件をコレリックが侯爵に一通り説明した所で、ジェリがお願いがあると言い出した。いつもの自信満々な雰囲気じゃなくて、しおらしい雰囲気に嫌な予感が膨らむ。
「実は私、シェラナ商会の潜入中に、ひとつ失敗に終わった事がありますの。秋からの学園生活、わたくしの失敗の挽回に協力して下さいませ」
「ジェリの失敗って何?」
「ジェラルド様の気をシルビア様に向けれなかったんです。彼、想像以上にソフィーに執着していますわ」
ジェリ曰く、ジェリとリベリー侯爵令嬢がソフィーから気を逸らすように色々と働きかけたけれど、それが全て逆効果だったらしい。まぁ、何となくジェリ達が男心を分かってないとは思ってたけど、一体何をしたんだろう。
僕としては、ソフィーと離れる気なんてないから、ジェラルドがソフィーにちょっかい出すなら排除するのみなんだけどね。
やっと話が一段落ついて、海から吹く風も冷たくなって、そろそろ終わるかと思ったときに、一つも話を聞いてない人がいる事に気がついた。
「ちなみにイザベラは何をしていたの?」
「わたくしは大伯母様のお手伝いを。成果は、きっとすぐにお見せできると思いますわ」
「イザベラの大伯母様は職業夫人なの?」
「職業夫人というのかあれは趣味なのかしら。『大河を越えた愛』とか『ジェナクの冒険』の作者ですわ。次作は、『偽りの愛・真実の恋』というお話が出ますの」
今日一番恐ろしい話はイザベラだった。お願いだから僕とソフィーを小説の題材になんてしないでほしい。
次回木曜日は夜の更新になります。




