フィルデンテという土地
「ユージーン王子は、国中を驚かせる特産と仰いましたがなにか、案がおありなのですか?」
夕食を頂いた後でフィルデンテ伯爵の執務室に集まり話し合いの場を持った。執務室のローテーブルを囲むソファに座り、僕の向かいには伯爵、斜め向かいにはカルロが居る。
伯爵の強い希望で、コレリックは僕の参謀として隣に座り、僕の侍従役としてはランティスが斜め後ろに立っている。
伯爵は、きっと具体的な商品案を聞きたいのだろうけれど、僕一人の意見で売れない商品を産み出してしまったら申し訳ないと思う。
「なくはないけど、ここは僕だけじゃなくて、皆も知恵を絞ろう?僕とコレリックとカルロで各々、愛しい人に贈る特別な品を職人に注文しに行くんだ。素晴らしい贈り物ならば、便りになる彼女達が流行らせてくれると思うよ」
前世であの人には贈り物すらできなかった。今の状況でも難しいと思っていたけれど、馬車の中でのコレリックの口ぶりだとソフィーも僕に接触する気はあるのだろう。ならば、その時には喜んでもらえる、特別な何かを、できればアクセサリーを贈りたい。
「ユージーン王子は、既に何を贈るか求めてるの?」
カルロが身を乗り出して聞いてくる。何にしようかな、最初の贈り物が高級すぎると警戒されるって言うし……
「僕は、自分の欲しい物もあるから、ガラス職人の所に相談に行きたいな。コレリックはどう?」
「私は、道中で見かけた繊維街が気になります。水を弾く布が今どんな状況なのか、話を詳しく聞いてから考えたいです」
「ふーん。ねぇ、そわそわしてるけど、ランティスも何かあるの?」
僕が振り返るとランティスは、零れ落ちそうな程に目を見開いて、顔を赤くした。僕に気配の探り方を教えたのはランティスなのに、気配が変わった事に気付かれないとでも思ってたのかな?
「私が贈り物をするのは、流行を作るような高貴な方ではないのですが、差し支えなければ、木材加工の職人と話をしてみたいです」
「私は金属加工を発展させたいのだけれど……」
「皆で別々の職人に依頼をした方が良いからちょうど良いんじゃない?」
「ふうむ。では私は石材加工の職人に依頼をしたら良いのですか」
「伯爵が、石材加工の職人を訪ねるのなら、道路整備への働力を依頼したらどうかな?」
「道路整備ですか?」
「うん。ここまでの道中でね、モルガンやジェウェニーと比べて、馬車旅に負担の大きい道だと思ったんだよ。人が歩きやすい道とか、馬里が揺れにくい道とかの発明は必須じゃないかな?素敵な特産品を買いに色々な人がくるだろうし。あとね、僕から父上に南部にも汽車を通すように伝えるからさ、準備しといてくれる?僕は愛しい人と、海辺を旅したいんだ」
「伯爵、早急に、真剣に職人と相談された方が良いですよ。愛しい人との旅行がかかったユージーン王子は誰にも止められませんから」
フィルデンテ伯爵家は外門から屋敷までも不思議な造りだったけれど、屋敷の中も迷路みたいだった。
夜になってはしゃぎ出したカルロが、応接室の飾り鎧に隠された通路に僕達を通してくれた。僕の光魔法の玉を浮かべながら暗くて埃っぽい通路を進んで、扉を開くとなぜか屋根の上に出た。特に坂や階段を上った記憶はないのだけれど。
木製の屋根の上に腰を下ろして、池に写る月を見下ろした。
「一体、この屋敷はどうなってるの?」
「時々生まれる発明家の当主が、発明するのに必要な設備とか、発明した物を活用するための場所として、どんどん増築しちゃうんだよ。この通路はお爺様が作ったんだって」
「貴族って、普通な人はいないの?オタータとか、こことか特殊すぎるでしょ」
カルロの説明にコレリックは呆れた声音で問い返した。扉を開けた時に僕の光魔法は消したから、今は月明かりだけが僕らを照らしている。薄暗くてよく見えないけれど、きっとコレリックは半目でカルロを見ているだろう。
「イザベラも驚いていたし、うちは確かに変なのかもね」
カルロだって、コレリックの呆れ顔が予想できるだろうに、軽やかに笑いながら答えた。
頭の上には黄色い満月が浮かんで、時折、僕らの右手から生暖かい風が吹いてくる。虫達がBGMを奏でる中で僕らはお喋りを楽しんだ。
カルロは情報通で、二年生の子爵令嬢が三年生の元孤児に惚れてるとか、同級生の商家の息子が態と算術の成績を落として、家を出ようとしているとか教えてくれた。ほとんどが他人の恋愛話で、『親友』だった頃から恋愛話が嫌いだったコレリックは、遂に無言になった。
そう言えば、他人の恋愛話をする人は自分の恋愛話をしたがらない、なんて薄れた記憶の中の知識があるけど、カルロはどっちだろう?
「ねえ、カルロは十歳の時には既にイザベラ嬢と婚約してたよね?政略的なもの?」
「あぁ……ええっと。その……僕の一目惚れなんだ!五歳のイザベラは本当に可愛いくて、いや今も可愛いんだけど、そうじゃなくて。天使というか妖精というか、花の国のお姫様というか、もう見た瞬間に、「イザベラ嬢と結婚したい!」って叫んだら、 イザベラが、「わたしも!」って答えてくれてさ。いやホント僕って幸せ者だよね。まぁ、それから交流を重ねるうちにどんどん好きになったんだよね。優しくて、おおらかで、時々豪胆な所も好きだなぁ」
僕はカルロの話を右から左に流しつつ、前世の記憶ってあてにならないなぁと、星空を見上げた。濃藍色の空に金や銀や赤や青の星がいくつも瞬いている。あの日の星空を思い出しながら、星々を線でつなぐイメージをしてみるけれど、何かを形造る星座には見えて来ない。
あっ、流れ星!ソフィーと穏やかに暮らせます様に。ソフィーと穏やかに暮らせます様に。ソフィーと……落ちるまでに三回願い事を言うとか無理過ぎないか?
「ユージーン王子はソフィー嬢のどこが好きなんですか?」
「ピンと伸びた背筋が凛とした雰囲気で美しいでしょう。けれど、笑うと幼く見えて可愛らしい。いつも控えめな慎ましい所も温かくて柔らかい印象を作る一部だし、努力家なんだけどそんな素振りも見せない強さがカッコイイじゃん?」
「ユージーン王子……」
心に浮かぶあの人の事をツラツラと喋っていると、コレリックの声が聞こえた。
「やっぱり、ユージーン王子の愛しい人ってソフィー嬢なんだ」
「えっ?あっ!」
表情は見えないけれど、明らかに笑っているカルロの声に驚いた。あの人の事を思っていたけれど、それがソフィーの事に聞こえたとは。ソフィーの事なんて一つも言ったつもりはなかったけれど、確かにソフィーも姿勢は美しいし、慎ましやかで、努力家だな。
「安心して下さい。大人には言いませんよ。と言うか、バレてないと思ってたんですか?あれだけ、芸術の授業中ソフィー嬢の反応ばかり気にしているのに」
「カルロ、その話を詳しく教えて。ユージーン王子から離れる隙を作った私が悪かったと思うけれど、そこまであからさまな態度だったの?」
僕はその晩、コレリックから厳しめのお説教を食らうはめになった。
何回か日本語で歌を口ずさんでいたいたらしく、それが無意識のうちの事だったのを、ぼんやりし過ぎだと叱られた。今のカルロとの問答もそうだけど、あの人の事を考え出した時の僕はかなり、隙だらけで危険らしい。
次の日、僕は寝不足の状態でサイノスとガラス職人の街へ向かった。煉瓦造りの工房が立ち並ぶ街の中心。ガラス職人協会へ、伯爵が書いてくれた紹介状を持って向かった。
事前に伯爵が手配してくれていたらしく、協会の会議室には職人達が集まっていた。
不満げな表情の人も、期待をする様な視線を向ける人も居る。
「この中に、熱に強いガラス、色の濃いガラス、割れにくいガラスを作るのが特意で、僕の注文を受けてくれる人はいる?」
集まった職人達に向けて僕が問いかけると、一人の男性が立ち上がった。
「おう、うちは色ガラスの専門だ。どんな色だって作ってやるよ」
挑戦的な表情で腕を組んで僕を見る、のだけど小柄な体格でさほどの威圧感はない。顔は強面に分類されるのだろうけれど、父上や、悩み込んだゼフの方が怖い顔だ。
「色は何色でも…まぁ黒が良いんだけどね」
「一体何に使うんだ?」
普段通りのままと思われる口調で問い返す親方に他の職人が、ギョッとした目を向けた。僕にとってはいつも通りの光景だ。僕は平民の言葉や態度は気にしないけれど、肩書きはそういう事を咎める人物だと語っている。
今日の僕は「個人」の立場で居ようと思うから、何事もないように、ニコニコと小柄な職人に向き合った。
「うん。太陽が眩しい時に使ったり、顔を見られたくない時に目を隠す道具が欲しいんだ。こう、ここはガラスで、周りは金属で作って両耳に引っかけて使うの…」
僕が指で丸を作って目の周りに当てて説明をしてたら、サイノスが、横から紙を差し出した。すごく上手に眼鏡の絵が描いてあって驚ろいた。
「王子が言いたい事、これで合ってます?」
「そう、合ってる。この目の前に色ガラスがきて、周りから僕の目は見えないけれど、僕は景色が見えるような物がほしい」
「黒ってのはなんでだ?王子の目の色みたいなガラスも有るぞ」
「うーん。太陽の眩しさも防ぎたいから、黒だと思ったんだ。よかったら親方の目で、良いと思った色何色かと黒と両方作ってみて。十個までなら全部買うから。ほら、ここの部分の形で印象も変わるし」
「分かった、任せとけ。三日くらいは時間を貰っても良いか?」
「夏の間は領主邸でお世話になる予定だから急がなくても大丈夫。時間がかかるのを許す代わりに時々工房の見学に行くの許可してくれる?」
「ん?そりゃ構わないけど、来る時はあんま綺麗な格好はやめとけよ」
「ありがとう、じゃあ、これ手付け金」
サイノスが、親方に革袋をひとつ渡して、その場にジャリっと重たい音がひびいた。
瞬間、その場の空気がピリリと変わった。あと二つの仕事を誰が取るのか、無言で牽制し合っている。
「あー、熱に強いガラスはアイツ。あのデカイの奴所が専門で、割れにくいガラスならあの若夫婦だな」
僕は強面の親方が教えてくれた人達に、初めから作って欲しかった物を依頼した。不満気な顔をしている他の職人達には、食器類を注文してその日は街から引き上げた。
「おう、本当にまたんだな」
あの会合から十日。僕は、色ガラス専門だと言ったあの親方の工房を訪ねている。まだ入り口なのに、ムワっとした熱気が立ち込めている。
挨拶を交わした後親方が工房の中を案内しながら、ガラスの製造工程と、色ガラスの色になる材料なんかを説明してくれた。
石をすりつぶして混ぜ合わせている所では、白とか黒の粉なのに、熱っして赤く溶けた後冷やすと、何色もの色に変わるのが不思議。
倉庫の様な所には壁際に沢山の棚があって、板状や棒状に成形されて積まれている。僕はその部屋の真ん中に置かれたテーブルを挟んで親方と向い合わせで座った。
「あれ?もしかして、ここから他の土屋に材料として売ったりしてる?」
「おうよ。この街のうちより東、つまり入り口近くの工房は加工専門だからな」
もしやと思って確かめると、会説の場で親力が推薦した工為以外は加工専門だったらしい。
ガラスそのものの技術を発展させる為に、僕の仕事を受ける工房を指名したのだと言う。
親方は話しながら四枚のガラスを僕の前に並べた。見せられた。茶色、濃緑、黒、と何故かピンク。
「黒で向こう側が見えるってのは、やぱりちょっと難しくてよ」
渡された黒いガラス目の前に翳すまでもなく、不透明で全く向こう側が見えなかった。 茶色は前世で使ってたサングラスより色が薄い思じで濃緑が案外に黒に近い良い感じの色だった。
「で、俺のおすすめはこの色だな」
自信満々にピンクのガラスを差し出されて困惑する。前世の意識ではピンクのサングラスなんて僕の柄じゃない。
ビンクのサングラスは、もっと陽気なチャラ男……そうカルロみたいな奴に似合う物だ!
「僕には似合わないと思うんだけど?」
「ここ領主様の所の坊っちゃんに聞いたんだよ。王子様の思い人はピンクの髪としているって」
カルロ、大人には言わないって言ってなかったか?戻ったらしっかり話聞かないと。
「僕が身に付けるのに、ピンクは似合わないでしょう?僕はこの色が気に入ったよ」
「そうかぁ?俺は王子様にピンクが似合わないって事はないと思うんだがなあ」
僕が濃緑のガラス板を渡すと、親方は首を捻った。フレームの部分も 親が作ってくれると言うので僕はお任せすることにした。
その後行った工房で、耐熱ガラスも、強化ガラスモピンクに色付いた物を見せられた。 強化ガラスだけは、ソフィーへのプレゼントなので、ピンクで商品を作ってもらう事にした。
次回更新は、九月三十日(土)の昼頃です。




