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婚約者の企み

ギリギリ日曜日中に間に合った( ;´・ω・`)


ジェリ無双回

夏は、王都貴族が郊外の領地を訪ねて社交を行う季節。よって、学園も夏の社交休暇に入る。

僕はジェリーヌに誘われて南のモルガン侯爵領へと向かっている。領地の南側に広がる海岸線の景色が見られたら、と期待はしている。


モルガン侯爵は、何度か冬の社交で顔をを合わせた筈だけれど、印象が薄い。何故ジェリが行こうとしているのかも、実は分からない。僕は海がある領地に興味が有ったから、何も聞かずに誘いに乗ったけれど、ジェリがそんな観光するためだけの旅を計画する訳がない。


僕は進行方向に背を向けて、ジェリは僕のななめ向かいに、コレリックはジェリの隣に座っている。ミュティヒェンはこの夏の間、イピノスに行っているから、この旅には同行していない。ジャックとカーラがかなり強引に誘っていたけれど、何かあるのかな。


列車を発明したのは南部の領地なのに、何故か国の南部には線路が作られていない。だから、今回は馬車の旅になった。

王都を出て西へ向かい、ジェウエニー領を南下していく。王都と同じくらいに整えられた街道を、カラカラと車輪の音を響かせて進む馬車は、快適な乗り心地だ。整備された道が理由なのか、それともこの馬車が特別なのか。何となく馬車に特別な仕掛けが有るような気がする。


二日かけてジェウエニー領を抜けると、なだらかな山道に入った。僕は、イピノスともオタータとも違う植生の山に興奮して、ひたすらに周辺の木を観察した。

オタータのような大きくて頑丈そうな木はほとんどない。僕が抱きついたら腕が十分に届きそうな太さの幹ばかりだ。工芸には使えても建築や家具みたいな大きな物を作るには不向きそうな木が多い。花や実に特別美味しい物はないかな、なんて考えながら丸一日を過ごした。


「ユージーン様はモルガン家についてどれくらい把握されていますか?」


山を抜けて白い壁の建物が並ぶ街に入った所で、ジェリはようやくこの訪問の目的を教えてくれる気になったらしい。コレリックとの距離を少し開けて、真面目な顔になったジェリの発言に、僕も背筋を伸ばした。


「モルガン家?領地ではなく一族の話?」


「ええ。本来であれば、モルガン家には、私達と同い年のご令嬢と、そのお兄様が居ました。けれどもう、本家に当たるのは侯爵様お一人です」


それは僕も知っている。十年前、僕らがまだ三歳だった頃に、夫人と幼子二人で出かけて、馬車事故に遭い一緒に居た者が全て亡くなった、とニーナから教えてもらった事がある。

僕はひとつ頷いて知っている事を示した。


「あの事故が事故ではなかった可能性がある事を、ソフィーが掴みました。私は、その話を使ってソフィーに候爵令嬢の身分を与えられないかと思っています。ですからユージーン王子!侯爵様の前では私の話を邪魔しないように静かにしていて下さいね」


婚約を宣言した時と同じ表情のジェリーヌに逆う気なんて、あるはずもない。しかも隣ではコレリックが母上直伝の笑顔を浮かべてるんだから、僕が逆らえる筈ない。

僕はコクコクと頷き、頭を整理する為に窓の外に目を向けた。


モルガン領都の街並みは、見た事がない程に美しかった。王都よりも優れた景観に思える。白い壁に色とりどりの瓦が乗った建物の小さな窓には、ハイビスカスやプルメリア、クルクマ等の鉢植えが飾られていて華やかだ。

華やかな街並みと、ジェリーヌに聞かされた話の不穏さが、アンバランス過ぎる。もっと明るく気楽な時にこの景色を見たかった。仕方ないから、この美しい景観を堪能するのはソフィーといつか来た時の楽しみにしよう。


窓から入ってくる風に潮の香りが混ざりはじめた所で、侯爵邸に着いたらしい。馬車が一旦止まり、門番と馭者の話し声が聞こえた後、再びゆっくりと動き出した。

通りがけに見えた門扉は銀色で精緻な模様が施されていた。思わずその細やかな美しさにため息が漏れそうになる。モルガン領は景観を大切にする土地柄なのだろうか。

門を抜けると前庭で、一般的な貴族邸はそこで自身の審美眼や財力を見せる。だけどここの前庭は確かに整えられてはいるけれど、何だか寂しい印象を受ける。なんだろう?植えられている花の……色合い?


やがて再び馬車が止まって、僕はジェリをエスコートして降りた。コレリックの視線が鬱陶しいけれど、そこは諦めて欲しい。表向き、今は僕がジェリの婚約者なのだから。

降り立った目の前のモルガン邸の外観もかなり美しかった。左右対称の白く広がる建物。両翼には高い尖塔が立っている。白い壁の上に乗る瓦は深い青で、所々にキラキラと煌めく様子も見える。


あんな鮮やかな瓦は、イピノスやオタータは当然だか王都でも見たことがない。この地の特産にして売り出せばもっと領地も栄えるだろうに。


玄関前まで迎えに来てくれたモルガン侯爵と当たり障りのない挨拶を交わす。何度か顔を合わせた事のあるモルガン侯爵は、淡いピンクの髪に若葉色の瞳で穏やかそうな面立ちに、貴族らしい微笑みを湛えた、父上よりも少し若そうな人物だ。落ちついて向き合うと、どことなくソフィーに似て見える。

僕の挨拶に続いて、ジェリが一歩前に出て淑女の礼を取った。


「私達の来訪を受け入れて下さりありがとうございます。この度のご縁が善きものになることを願っておりますわ」


「この様な田舎へようこそ。オタータ領とはだいぶ気候が違うので、ジェリーヌ嬢には過ごし辛い事もあるかと思いますが、どうぞ寛いで行って下さい」


「そうですね、風の香りも、陽射しのの明かるさも違っていて、私もユージーン王子も興味深く思っております」


挨拶を済ませて案内された屋数の応接室は、モノトーンでまとめられた落ち着いた部屋だった。小さめの窓が高い位置にあるから、明かるくはあっても景色が見えない。一般的な窓がある位置には絵画が飾られている。

僕はそのうちの一枚、凪いだ海に夕日が沈む風景画に目を奪われた。あの人と歩いた海岸で見た夕日の景色にそっくりに見えた。この海岸がモルガン領にあるならば、尚更侯爵と誼を結びたい。


「ユージーン王子は海に興味がお有りで、我が領地へ来られたのですか?」


部屋に入ってからすぐにその風景画を見つめてしまったせいだろうか、侯爵はお茶の用意が整うとすぐに、僕に問いかけた。


「いえ、この絵画が美しいなと。このような景色が見れる場所が有るのなら、行ってみたいと思いました」


「そうですか。これは妻が若い頃に描いた物で、当事は目を留めて下さる方も居ませんでしたが……そうですか、ユージーン王子には美しいと言って頂けるのですね」


侯爵が泣き笑いのような顔で僕を見つめた。寂しそうな、悔しそうな、そんな感情が浮かんで見える。


「モルガン侯爵はご家族の死の真相を知りたいと思いませんか?ご無念を晴らしたいとは思いませんか?」


ジェリの唐突な言葉に、侯爵は一瞬で表情を無くし、それからおでこに皺を寄せてもう一度僕を見た。僕に聞かれても分からない。僕だって急な発言に驚いているのに。僕はジェリに視線を向けて、ジェリが話すのに任せた。


「モルガン侯爵家に向けられている悪意、王家に向けられている悪意、それらの発生源をユージーン王子の運命の人は知っています」


「じぇり?」


更に訳の分からない発言をされて、僕の口から思わず大きな声が出た。そう言えば、ジェリは思いきりは良いけど、貴族的な会話の段取りはできないんだった。チラリと後ろのコレリックを見れば、コレリックも目を丸くしてる。そうか、コレリックにも相談してなかったんだな。これからはジェリの手綱も考えないと。


「ジェリーヌ嬢が、ユージーン王子の運命の人だと思っていましたが、その言い様だと別にユージーン王子の運命の人が居るように聞こえますね。一つずつ私にも解るように話してくれますか?」


誰よりいち早く持ち直したモルガン侯爵は、穏やかな声音でジェリに問いかけた。いや、子供を諭すような声音というのか。


「モルガン侯爵も私の大伯母様の逸話をご存じでしょう?血筋というのは恐ろしい物なのです。ユージーン王子の遠いご先祖にもオタータの血筋がございます。私達はそれぞれ、平民に運命を感じているのです。その血筋による情熱的な思いには逆らえませんが、私達は大伯母やご先祖の様な騒動にしない様に立ち回っているのです」


ジェリは自信に満ちた笑顔を侯爵に向けてるけど、その内容は普通、言うのを憚る事だと思う。なんで、急にそんな暴露をしちゃうかなぁ。

僕はジェリの発言に困惑したけれど、侯爵は貴族らしい穏やかな微笑みに表情を戻して、ジェリと対話する姿勢を保っている。


「と言うことは、我が家の無念を晴らす代わりに、その立ち回りを助けて欲しいというお願いに来たという理解で違いないのかな?」


「えぇ、その通りです。私とユージーン王子の運命の人があの事故、いいえ事件を解明したら、彼女を養女として迎えてくださいませんか?そして、王子をを入り婿の跡取りにして欲しいのです」


子供を見守る顔だった侯爵がジェリのお願いに表情を険しくして、僕の方をヒタリと見つめた。幼い頃に司教と始めて会った時に向けられた、本心を見抜く様な視線で。


「ユージーン王子はこの領地を欲しいとおっしゃるのでしょうか?」


「いえ、運命の人と過ごす穏やかな時間が得られれば何も要りません。ですが、私の生まれ ではそれを言うことも許されません。せめて兄を支え国のために働くという義務は果たしたいと思っていますが」


「このお願いは私の独断です。身分を捨てて平民になることも厭わないと殿下は仰っていました。ですが、それは国にとって大きな損失だと思ったのです。侯爵だって、跡継ぎの事は頭の痛い問題ですよね?」


僕は侯爵の視線と真剣に向き合い落ち着いて答えたけれど、ジェリは焦ったような表情で言い募った。ジェリが早口で喋る間も侯爵は僕から目を離さなかった。それはまるで王家を信頼していない様に見える。絵画を誉めたときの表情も含めて、侯爵の思いを聞かなければいけない気がする。


「モルガン侯爵は、王家にも何か疑念を感じている?僕個人と私設探偵ジェリーヌとして侯爵の話を聞かせてもらう事はできない?」


わざと幼い口調で尋ねると、ジェリがハッとした様に僕の顔を見た。


「侯爵、先程の絵画の話ですけれど、ユージーン様が美しいと言う物に、目を留める王族が居なかったというのは不自然です」


「「えっ?」」


ジェリの発言に、僕と侯爵の驚きの声が重なった。二人でジェリを見つめて話を聞く態度をとれば、ジェリは用意されたお茶を一口飲んでニコリと笑った。どうやら、さっきの焦りは落ち着いたらしい。


「ユージーン様の好みは、王妃様にとてもよく似ています。王妃様が嫁いだ後に王家に見せる機会が有ったのなら、間違いなく王妃様からお褒めの言葉を賜れていたはずです。一体いつあちらの絵画を王家のお目にかけたのですか?」


ジェリが絵画を指した手に釣られて、僕と侯爵の視線が部屋の奥の壁へと動く。言われて見れば、夕日のオレンジ色のグラデーションの繊細さも、よく見ると細かく描かれている砂浜に立つ人のシルエットも、母上は好まれるだろう。それに描かれた雲の形がよく見ると国の形をしているという仕掛けに父上は喜ばれると思う。

ジェリの言葉に納得して頷くと、侯爵はまたおでこに皺を寄せた。


「王妃様の婚礼のお祝いに贈ったのだけれど」


「どの様にして届けられたのです?」


「私が持っていって、取り次ぎの女官に預けたんだ。謁見の挨拶の時に贈り物についてのお言葉がなくて……「お気に召されなかった」と帰りに返されたんだよ」


「その女官は、リベリーかリステュードの者ではありませんでしたか?」


「えっ!……なぜ?」


「侯爵の抱く王家への不信感は、かの者達の謀略だと思います。他にも、訴状の返事が届かないとか、王都で商売をしようとして許可が降りないとか、そんな事はありませんでしたか?その度にどこかの貴族家が手助けをするような素振りで近付いてきませんでしたか?」


ジェリの質問攻めに、侯爵は絶句し項垂れた。たぶん、その真相を知ったら父上も同じリアクションをするんじゃないかと思う。


「もし、ジェリーヌ嬢が全てを詳らかにできたら、その時はお二人の共犯者となりましょう」


「モルガン家に対する悪意と起きた不幸の真相は私と彼女が必ず解明します。私は近日中にリベリーに向かいますけれど、その前に侯爵様の身に何があったのか、詳しくお話を伺っても宜しいですか?」


ジェリはソフィーと二人でなんていうけれど、そんな危険に晒す訳にはいかない。ジェリはともかく、ソフィーに危険が及ぶ様な事、許せる筈もない。


「ジェリ、そういう危険な事は僕の権力とか大人の力を借りる方が良いんじゃない?ソフィーを巻き込むなんて、」


「ユージーン様。一目惚れの君は、どんな方でしたか?ただ守られて喜ぶ様なか弱い女性に現を抜かしていたのですか?」


僕の反論をコレリックに遮られて唖然とする。僕の名前で呼び掛けたけれど、語った内容は『俺』に対する言葉だと思う。『親友』はあの人を知っていたのだろうか。


「ユージーン王子が動くのは目立ちすぎますから、こういう事には向かないのですよ。私達の伝を信用してください。ユージーン王子は私たちが捜査をしている間、フィルデンテにでも行って協力者の接待をしてきてくださいな。モルガン侯爵だってフィルデンテの事は悩みの種でしょう?」


「あぁ、フィルデンテの経済の停滞まで解決してくれると言うなら、ジェリーヌ嬢の運命の人の身分も手助けしよう」


僕がコレリックの言葉に驚いている間に、ジェリと侯爵はフィルデンテ領への視察と夏の間の滞在が決めてしまった。夏の間あの人に会えないうちに、僕の事を忘れられたら、あの隣国の生徒や他の男子とソフィーが親密になっていたらどうしようかと、だんだん不安になってきた。


「殿下の運命とはその程度のものでしたの?私たちも夏の間は顔を合わせられませんけど、そんな心配まったくしていませんよ」


弱気になった僕にジェリとコレリックが発破をかけてくる。今日も二人が仲良くて何よりだ。けれど、僕もそろそろソフィーと交流したい。


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