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『学園』の天曜日

波乱から始まった学園生活は、週八日のうち六日は午前と午後に三つずつの授業がある。尤も、朝一と夕方最終は希望者のみが受ける授業で、授業を受けない人は、社交や自主研究にその時間を使って良いというルールだ。


残り二日のうち闇曜日は一日休みで、天曜日は半日休み。その天曜日の午前は教養、芸術の授業で、学年関係なく選択制になっている。

コレリックとジェリは絵画を選んで、僕はミュティヒェンと音楽を選んだ。


ミュティヒェンが知らせたのか、カーラとジャック、それからフィルデンテ伯爵令息のカルロも一緒だった。それにソフィーも。

だからと言って僕は相変わらずソフィーには近付けず、ただ同じ空間に居るというだけの状態だ。関わらない方が彼女の為だなんて、前世と何も変わらない。


今日は魔導弦楽器、前世で言う所エレキギターの様な楽器が用意されていた。手に取って、試しに弾いた音で、ふとあの人とドライブに行った日の事を思い出した。

カーラジオから流れていたのはこんな音だった気がする。


すっかり遠くなった記憶を手繰り寄せて、湘南の海を思わせるけれど少し寂しげなあの曲を辿る様に指を動かしていくと、不思議と印象的な前奏のメロディーが奏でられた。口からは日本語であの歌が自然にこぼれる。


「殿下は海をご覧になった事があるのですか?」


カルロが不思議そうに首を傾げて尋ねる。いや、こっちの方が不思議なんだけど。何で海の曲って思ったんだろう?僕は同じように首を傾げて、視線で問い返す。


「イザベラとジェリーヌ様が使ってる暗号の言語で、『波』という単語が聞こえたのですが、違いましたか?」


イザベラとジェリが使う暗号?あの二人が日本語を暗号に使うのか?と思った所で孤児院に居たコレリックの姿が浮かんだ。そう言えば、あの時の偽契約書に書かれていた文字……。僕はカルロに向かって微笑み、ひとさし指を口に当てた。暗号の話を迂闊にするのは宜しくない。

それから頭を回転させて、こちらの言葉であの歌を歌った。


ふと、遠くからの視線を感じて、そちらを見ればソフィーと目が合った。他の生徒の様な不思議そうな視線ではない、懐かし気な視線。少しだけ口許が微笑んだように見えた瞬間、ソフィーに黒髪の男子生徒が話しかけた。

穏やかそうな男子生徒で、僕なんかよりソフィーを幸せにできるかもしれない。


授業が終わってから、僕はこっそりとミュティヒェンに頼んだ。あの男子生徒が何者なのか探ってと。優秀なミュティヒェンは、その日のうちに彼の情報を報告してくれた。


彼はジェラルドという名前の、隣国の商人の息子で、リベリー侯爵の推薦で入学したらしい。リベリー領に隣接している国は、敵対もしていないが同盟国でもないので留学生が来るのは珍しい。リベリー侯爵は一体何を思って推薦したのだろう。


ソフィーは私に話しかけられたせいで、彼は出身国のせいでクラス内で孤立していた為に、自然と親しくなったらしい。食堂で二人で食事をしている様子を度々見かけるとは兄上の弁だ。



入学してから一月が過ぎた。相変わらず、女子生徒はギスギスした空気を作っている。その影響が有るのか何なのか。僕の友達はほとんどいない。


今は文学の授業で、教室の中には、まったりとした空気が流れて何人かは眠気と戦っているようだ。窓から射す日光の温かさも眠くなりそうな空気に拍車をかけている。


皆が解読に悩む小難しい文章も、僕にとっては七歳の頃に学んだものだ。しかも内容が例のジェリーヌの大叔母の話だし。一体誰がこの話を古語に訳して教材にしたんだか。


教師がゆったりと読み上げる古語を聞きながら、窓の外に目を向けると屋外運動場を走るソフィーの姿を見つけた。『俺』がマンションの四階から見ていたあの人の姿と重なる。


ソフィーはきっちりとまとめたおだんご頭をさほど揺らす事もなく、ランニングしている。走るフォームがキレイというか、まるで風みたいだ。他の生徒の走る姿とは明らかに異質で、だからと言って騎士や兵士の身のこなしとも違う。


「では次の所を訳して……ユージーン、ユージーン・ヴィモルーティス?」


授業中の教員は身分に関係なく生徒を扱うという宣言通りに、教師からフルネームで呼びかけられた。兄上の授業も担当したというこの女性教師の態度を僕は好ましく思っている。

呼び掛けに応じて窓から教室に視線を移すと、僕は注目の的だった。隣のコレリックが呆れた顔をしつつ、教科書の一文を指している。


「はい、『わたくしは、あなた似外何もいりません。残念ながら、お金もありませんが、家を捨てたわたくしと貴方を隔てる壁もなくなりました』と訳します」


「話は聞いていた様ですね。できれば話を聞いている事を態度でも示して下さると良いのですけれど」


「失礼しました。熱烈な恋愛物語は僕には刺激が強すぎるのです」


ガランコローン ガランゴローン


「そうですか。では次の教材は違う物にしましょう。時間ですね。皆様、ごきげんよう」


文学の女性教師は鐘の音が鳴ると同時に教卓の上を片付けて、黒板に洗浄の魔術をかけた。僕以外の、本当に授業を聞いていなかった子達から悲鳴が上がった。


教師が出て行った後、もう一度窓の外に目を向けると、ソフィーがあの黒髪の異国の男子生徒とならんで歩いている姿が目に入った。


「ユージーン様は変わらないですね」


後ろから聞こえた声に振り向くと、コレリックは困ったような悲しそうな顔をして僕を見ていた。


「あの時、焦って家を飛び出した時と同じ顔してますよ」


「ごめん、また「お前」の声を聞き逃してたんだな」


「構いませんよ。あの子に対するお気持ちがよく分かりましたから。さて次は魔術の実枝ですから急いで移動しましょう。私は別の授業ですけれど」


急に雰囲気と話題を変えたコレリックは、まるで「あの人」も知っていそうな雰囲気で、その口振りにイピノスの屋根の上での会話を思い出した。

また聞き返す間も無かった。



「では分かり易く、手の平に魔力を集める練習から始めよう。体の内側に流れる力に気持ちを集中して、その流れを自分で作れるようになる事が、魔術行使の第一歩」


老齢の男性教師に言われるまま、皆は目を閉じて瞑想状態になってるけど、僕はどうしょう。ゼフとは異なる教師の説明に困惑を隠せない。


「ん?あぁ、ユージーン王子は既に魔術が使えるのでしたな。では、第二段階のお手本をお願いしても質しいかな?あららの的に魔力を放ってくれますか?」


「先生、その、僕の師は少々独特だったようで……僕は、体内の魔力を集めて放つという課程をしたことがなくて、今とても戸惑っています」


ゼフに教えられたのは、空気に漂う魔力を欲しい力に変換する方法で、体内の魔力を動かすなんて方法は知らない。

一瞬だけ僕も瞑想して体内に意識を向けてみたけれど、体のあちこちに渦巻きを感じて気持ち悪くなってしまった。


「ユージーン王子の師とは、もしかして…」


「ゼファーソン・オタータ。オタータ辺境伯の伯父上に当たる方です」


「あいつの指導で魔術が使えるようになったのですか?ぐぬぬ。仕方ありません、ユージーン王子は魔術の授業は、三年生と一緒に受けて下さい」


唸り声を上げながら少し考える様子を見せた教師が、指をパチンと鳴らして、空中に円をいくつか描くと、黄色い小鳥が一羽現れた。羽ばたいているのに羽音が聞こえない不思議な小島だ。


「これは私の使い魔です。三年生の教室に案内して、あちらの教師に説明しますから、この小鳥について行って下さい」


僕の目の前に浮遊していた小鳥が扉の方へと向きを変え飛んで行く。流石に扉や壁はすり抜けられないらしくて、扉の前で止まって僕の方を見た。

僕は教師と彼の使い魔に促されるまま扉を開けて、黄色い小島のあとをついていく。

魔術実技室が並ぶ地下の薄暗い廊下をすすんで三つ目の扉の前で小鳥が止まった。


僕が扉の横にあるボタンを押すと、また老齢の男性教師が姿を現した。魔術の教師は高齢な人しか居ないのだろうか。


「ん?ユージーン王子、どうかなさいましたかな?一年生の教室で魔力暴走を起こした生徒が出ましたか?」


随分とおでこが広がっている白髪の男性教師がキョトンとした顔で僕の事を見下ろした。細身だけど背が高いから、ぐっと首を上げて目を合わせる。何て説明しよう?


「魔力暴走を起こさせるような指導などせんわ!ユージーン王子は、ゼファーソンに魔術を習ったらしく、こちらの内容には教える事がないんだわ」


僕が説明に困っていると、黄色い小鳥から先程の教師の声で説明がされた。静かに羽ばたく小鳥を見つめていた目の前の教師はゼフの名前を聞くとゲラゲラと笑い出した。


「アッハッハ。ゼフが弟子を大切にしていると風の噂には聞いていましたが、そうですか。あいつは王子の師匠になったんですね。ははっ。これは愉快。さてでは、ようこそ魔術師専攻クラスへ」


「えっ?僕、魔術師になるつもりないし、それに三年生の教室へって言われたんだけど?」


「今の専攻クラスには三年生しかいないので、間違いではありません。さぁ、中へ入って下さい」


どーんと扉を開け放たれた部屋には三人しかいなくて、しかもそのうち二人は僕の知り合いだった。


「ジャック、カーラ?」


「ああ、二人とは知り合いでしたか、では紹介は彼だけで良いですね。カージェス伯爵家の不遇の四男」


「先生、不遇とはひどいです。はじめまして父と、兄と、従妹がいつもお世話になってます。マティーヤ・カージェスです。共に魔術を学べる事、大変嬉しく思います」


伯爵や司教と同じ紫の瞳を穏やかに細めたマティーヤは、手を空中に翳して聞いたことない呪文を唱えた。空間の魔力がその手に集束していくのを僕も感じる。何をするのかと思うと、白くて小さな花びらが降ってきた。よく見るとその花びらはコーヒーの花の花弁だ。


「わわっ!成功した!」


魔術を行使した本人のマティーヤが驚きを口にしてから、ハッとした表情で口を押さえてこっちを見た。いや、しっかり聞こえたんだけど、ここは聞こえなかった振りをしておこう。

「コーヒーの花弁ですね。私も出来るようになったら、母が喜びそうです」


「うん、そういう目的で研究してましたから。花の美しさから、コーヒーに興味を持って貰うための魔術です」


ニッコリ笑うマティーヤの後ろでジャックとカーラも笑顔で頷いている。魔術を領地の収入に繋げる研究をするクラスだと改めて先生が教えてくれた。僕の学園生活はまた一つ楽しみが増えた。



僕の学園での楽しみの一つは園芸活動。入学してすぐに、ミュティヒェンが用務係に取り次いでくれたおかげで、僕は学園に畑を確保できた。講堂裏のあまり日が当たらない、人気の少ない場所だ。


用務係は、校舎の中庭や 社交用を園の一角を薦めてくれたけど、僕は花じゃなくて、野菜を育てたかったから、人目につきにくい場所を選んだ。


練習も兼ねて、ここではほとんどの世話を魔術で行っている。日光の代わりに、僕の魔術の光を与えるから、日当たりが悪くても問題ない。


目の前には葉の繁った蔓が支柱に巻きつきながら高く伸びている。葉の間には小ぶりの花が咲いていて、順調な成長を見せていた。


朝一と夕方最終の授業時間僕はここで心穏やかに過ごす筈だった。植物の成長は順調でも、僕の計画は順調には行かない。今日も背後からズボッ、ズボッという音が聞こえてくる。


「ユージーン王子、ごきげんよう。お花達もご機嫌麗しゅう」


光の魔術を浮かべて、シャワー状の水を降り注がせて、そよ風を当てて、植物にソフィーの事を話そうとした所にやって来たのはリベリー侯爵令嬢だった。

一体何をどうしているのか、コレリックもミュティヒェンも、やむにやまれぬ用事で席を外したタイミングで毎回やってくる。


始めてリベリー侯爵令嬢がここに来た時には、植物に興味があるのか、それともリベリー領に売り込みたい何かがあるのかと思って話をしてみた。けれど彼女は植物の話には全く興味を示さなかった。


ただ、ジェリやソフィーの様子をやたらと喋る。言葉尻はソフィーを可哀想と言い、ジェリを意地悪と罵っているが、私は前世で散々「可哀想」に含まれる悪意を受けてきた。悪意の篭った可哀想に沸き起こる苛立ちを、植物に触れる事で抑えつつ、彼女達の現状を把握する事に努めてた。


「リベリー侯爵令嬢、その靴はここに来るには不向きなのでは?その靴しかないのなら、ここに来るのは止めてはどうだろうか?」


ズボッという足音は、日陰の湿気を含んだ土に靴のヒールが埋まる音で、当然ながら靴が土まみれになっている。僕は園芸用のブーツでここに来て、日向に出たところの東屋で履き替えている。


「そんな冷たい事を仰らないで下さいませ。わたくしの望む将来の為に助力して下さると仰ったではありませんか。真の望みなら、王子妃の立場を得るためにも助けて下さるのでしょう?」


振り返りもせずに告げたのに、何故かフフフっと楽しそうに笑いながら返事が返ってきた。しかも例の交流会の話まで持ち出して。ここに来て王子妃など、望まれても叶えてやることなどできる訳がない。


「ソフィーは相変わらずお友達が出来ずに居るようですね。わたくしも仲良くしたいのですけれど、仲良くするには少々複雑な気持ちを抱いてしまいますから、難しいですわ」


リベリー侯爵令嬢は、僕が返事をしようがしまいが、手を止めようが止めまいが、一人で喋っていく。だから、僕はほぼ聞き流しながら、蔓の延び具合を確認して支柱を調整していく。リベリー侯爵令嬢の方なんて見もせずに。


「ユージーン王子、わたくし達、良い協力関係が結べると思いますの。わたくし、ジェラルド殿下をお慕いしていますの。ですから、ソフィーと彼が一緒に居るのは、腹立たしいというか、この気持ちは何と言うのでしょうねぇ?ねぇ、ユージーン王子もジェラルド殿下にこの気持ちを抱えていらっしゃるでしょう?」

「はっ?」


あの異国の生徒を『殿下』と呼ぶリベリー侯爵令嬢の言葉に驚いて振り向いた。リベリー侯爵令嬢は、いつも通りの少し冷たくも見える表情で、空を見上げてた。


「彼は、商家の子息じゃないの?リベリー侯爵は身分を偽った物の入学を推薦したの?」


「ユージーン王子。父の罪を全て明らかにするお手伝いをしますから、わたくしとジェラルド殿下を助けて下さいませ。……とジェリーヌ様にも宜しくお伝え下さい」


明日の投稿ですが、少し時間帯が遅くなるかもしれません。

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