表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/27

「僕」の入学式

僕はお披露目以降の春から秋をオタータ領地で過ごし、この春に十三歳となった。十三歳から十六歳の四年間は僕も学園に通う事になる。学園は兄上の尽力もあって、貴族と平民が半々くらいの人数になったらしい。

それだけ多くの同年代が集うならと期待して、僕は学園の入学式に臨んだ。


大人の背丈くらいの塀に囲まれた門の前で馬車を降りれば、正面に小さめの社交棟の様な建物が見える。門番に軽く挨拶をして、まっすぐ延びるプラタナスの並木道を歩いていく。大きな緑の葉が作る木陰に涼しい風が吹いて、サヤサヤと葉の擦れる音が響く。

石畳の道を歩きながら周りの生徒達の様子を見ると、同じ制服の筈なのに身分が透けて見える。制服の差は何だろうと思って、自分の制服と隣を歩くコレリックの制服を見比べた。コレリックは僕の従者だからか、質の良い制服を着ている様に見える。


「ねぇ、コレリック?」 


「ダメです。王子が麻の服なんて誰も許しません」


「あっ、素材の問題なの?」


布の艶が高級そうに見えるのだから、艶を抑えれたらと思ったけどそう言う訳ではないらしい。僕は別に艶のない服を着たいなんて思ってもなかったんだけど、コレリックは僕の考えの三つくらい先を読んだみたいだ。


学園の敷地をゆっくりと歩きながら周りの様子を観察すれば、木立の合間からいくつかの建物が見えた。右側は女子寮だから近寄るなと言われていたけど、女子寮なら、あの人が居るかもしれないと思えばついそちらに眼が向く。


木立が途絶えて正面に小さな広場、左右に道が伸びた所で見つけた。ピンクの髪を頭の上で丸めた、小柄な女性。金色の瞳は優しげに目尻が下がっているけど、真っ直ぐに整えられた眉が凛とした雰囲気をつくっている。


コレリックと出会った時の様な、魂が呼ばれる感覚もある。

録でもない人生で会った時と外見は違うけれど、間違いなくあの人だ。ピンと伸びた背筋と意志が強そうだけれども寛容さも持ち合わせている輝く瞳と、少し低めの小さな鼻にあの人の面影を感じる。


身に付けている物から推測する限りでは、富豪の令嬢だろうか。痩せぎすでもないし、肌艶も良いから家での扱いも悪くないと思う。これまで出会わなかったのは、箱入り娘だったからに違いない。


逸る気持ちが抑えられなくて、周囲の目など気にもせず、速足で一直線にその人の前に向かった。


正面に立つと、ご令嬢はうつ向いてしまった。その金の瞳を見たいのに、顔を上げてという言葉は出てこなかった。


「名前は?」


「わ、わたくしですか?」


はじかれた様に顔を上げた表情は困惑と驚き、それから少しの怯えが見てとれた。前世より僕の顔つきは穏やかになっている筈なのに、怯えられて少し悲しい気持ちになる。前世ではもっと悪人顔でも笑いかけてくれたのに。

後ろからペチリという音が二つ聞こえた気がするが気にすまい。


「そう、名前を教えて欲しい。あぁ、聞く前に名乗るのが礼儀か、私は、ユージーン。ユージーン・ヴィモルーティス」


「はっ、はい。わ、わたくしはソフィーでございます。家名はございません」


名乗るとすぐにまた頭を下げられてしまった。会話を繋げたくて録でもない人生であの人と話した事を思い出す。前世は名前に不満があると話してくれていた。それと、喜んでもらえそうな誉め言葉は……。


「ソフィーという名前は、賢そうで貴方に似合っている様に思う」


「ありがとうございます」


小さな声で返事は貰えたが、相変わらず顔は見えないし、会話も続かない。どうしたものかと思っていると、後ろから肩を叩かれた。


「ユージーン様、行きますよ。ご令嬢も早く講堂に入られると良い。せっかくの入学式に遅刻してはつまらないでしょう」


せっかく、あの人と会えたのに、なぜかコレリックに引っ張られ引き離されてしまった。

入学式に一緒に出席したかったのに。


コレリックに促されて全校生徒が集まる講堂に入った。最上級生の席の先頭に兄上とカリーナ嬢の姿が見える。それから、上級生の席にイザベラ嬢やミュティヒェン、フィルデンテ伯爵令息の姿も見える。あそこに居るのはカーラとマリ?マリはもっと年上だった筈なんだけど。


そう言えば、学習進度で入学年齢を遅らせられる様にしたって兄上から聞いた気もする。他にも艶のない制服を着ている上級生に年長の顔見知りがいるのは、きっとそういう事だろう。確かに身分差なく通える仕組みにはなっているのだろうけれど……あの人も姓がないと言っていたし……。


白髪頭の学園長の挨拶と在校生代表で兄上の挨拶があって、それから僕が新入生代表として挨拶をする。壇上に上って色とりどりの頭を見下ろす。


「私たちは本日より学園の一員として、学び舎に集う仲間たちと協力、切磋琢磨しながら勉学に励み、技術の研鑽を積んでいきます。それぞれに目標もあるでしょう。私の目標は皆と親交を深めて知見を広げる事です。学園にいる間は、身分など関係なく交流を持てる事を望んでいます。先輩方もどうか宜しくお願いします」


挨拶を終えて一歩下がるとまばらな拍手が起きた。特に変な事を言ったつもりはないんだけど、戸惑ったような顔の子が多い。

学園外の来賓などない入学式はあっという間に終わった。今日はクラス分けを確認したら帰って良いと言われて講堂を出た所で、両肩に重みを感じた。



「薄々思っていましたけれど、殿下は阿呆ですか?」


入学式が終わった後、コレリックに連行された講堂裏でジェリーヌからいきなり罵られた。


講堂の裏には庭園が有って、東屋と木立で静かに交流する空間が作られている。東屋から見える所には花壇が整えられている。僕も世話をしたいなぁ。できれば王宮で育てれない野菜とか、野花なんか育てたい。


「阿呆ではないと思うんですけど、まぁ、ユージーン様らしいです」


誰に話を通して、学園内に僕の畑を作ろうかと考えている間もコレリック達の会話が続いている。今日もジェリーヌとコレリックは仲が良さそうだ。私もソフィーとこんな風に会話をしたい。


「ユージーン様、聞いてますか?」


「うん。二人は今日も仲良さそうで何よりだね」


「やっぱり、ユージーン王子は阿呆ですね」


二人揃って溜息を吐いて肩を竦めた。やっぱり仲が良さそうで何よりと思って笑っていたら、ジェリーヌがぐいっと僕に顔を寄せてきた。


「殿下、今日の行動が彼女に不利益をもたらす事を認識してらっしゃいますか?」


「えっ?私はそんなに疎まれる存在なのか?」


「なぜ、そうなるのです?そうではなく、表向きはわたくしが婚約者であり、あなた様が王子殿下であるという事実をきちんと認識してくださいませ。殿下はしばらく彼女には近寄らない事!それが彼女を守る方法です。宜しいですね?」


ジェリーヌ嬢とコレリックの圧のある笑顔で、僕はソフィーへの接触禁止を厳命された。僕は王子で権力を持っている筈なのに、この二人には叶わない。


渋々了承したけれど、内心では不服に思っていた。やっと巡り合えたあの人に話しかける事もできないなんて。クラスも違っていて、接点を持つことすらできない。


学園の校舎は王宮の執務棟と同じ様な造りになっていて、ロの字型をしている。東側にエントランスホール、その正面には中庭が有って、中庭の向こうに広い食堂がある。北側が実技系の教室で南側が座学を受ける教室が並んでいる。


登校二日目は少し早く来て、校舎を見て回る事にした。一年先輩のミュティヒェンを案内役にして、僕とコレリックが並んで、エントランスから右回りに歩いていく。職員室・医務室・図書室は実技棟の一階に配置されているのか。図書室が学生の人数に対して小さいんじゃないかな。


角を曲がって食堂に入ると、食堂は広くてかなり明るかった。


「食堂で注文して、中庭のベンチで食べても良いんですよ。ユージーン様は人に囲まれるより、植物に囲まれる方が落ち着くでしょう?」


ミュティヒェンの言葉を受けて、中庭に出れる大きなガラス扉へと近づくと、木立の影で何人かの貴族令嬢にソフィーが険悪な雰囲気で囲まれているのを見つけた。


思わず彼女の所へ行こうとした時、強めに肩を捕まれて、振り返るとコレリックが目付きを鋭くさせている。


「昨日のお約束はお忘れですか?それに今、ユージーン様が助けに行けば、貴族令嬢達の嫌がらせは悪化しますよ。とりあえず今は様子を見てください。今も観察眼は衰えてないのでしょう?」


コレリックに言われて、黙って影に隠れながら見ているしかできなかった。


「ユージーン王子に話しかけられたからっていい気にならない事ね」

「ユージーン王子にはジェリーヌ様という運命で結ばれたお相手がいらっしゃるのよ」

「貴方みたいな平凡な庶民がジェリーヌ様から王子を奪うなんてできるわけないでしょうけど!」


貴族令嬢達の罵り言葉にソフィーは何も言い返さず、じっと過ぎ去るのを待っている様だ。昨日僕が話しかけた時と同じように。同じように?僕が話しかけたのもソフィーにとっては迷惑だったのか?


「ジェリが動いてますから、二、三日のうちには解決しますよ。まぁユージーン様にはその後もしばらく接触しないでいて欲しいんですけどね。」


そう言っていたのに、学園の女子はややこしく険悪な雰囲気になってしまった。

辺境伯令嬢の為という建前でソフィーに嫌がらせをする一派。ソフィーへの嫌がらせに反発する平民の富豪を中心とした一派。嫌がらせをする様な令嬢は私の婚約者に不適切だと辺境伯令嬢の悪評を振り撒くリベリー侯爵令嬢の一派。常に、誰かが誰かに嫌がらせをしている最悪な雰囲気だ。おかげで、僕も新しい友人を作りにくい。


入学から一週間経って、僕は学園の食堂のテーブルで兄上とカリーナ嬢と昼食中だ。ジェリはイザベラ嬢と約束があると言っていたし、コレリックは孤児院出身の子達との交流だと言っていた。


「ユー、派手にやってるね」


兄上はいつも通りクククッと笑いながら話し出した。兄上の隣でカリーナ嬢も、困ったと言いつつニコニコしている。


「ソフィーの事は助けたいのですけれど、ジェリにも、ソフィーにも手出し無用と言われましたから、わたくしは巻き込まれたくない下位のご令嬢達の保護だけしておりますの」


「ユーには悪いけど、もう少し黙って見てようね。女性の揉め事は女性が解決する方が良いからね」


カリーナ嬢までもがソフィーと交流を持っている事に驚いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ