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閑話 ワタクシのお友達と婚約者様(ジェリーヌ視点)

「ジェリーヌ様、わたくしのお茶会にお誘いしても宜しいですか?」


ユージーン王子のお茶会が終了し、帰ろうとしているところにカージェス伯爵の分家筋のイザベラ様から声をかけられました。婚約者の方にエスコートされていた筈ですが、今はお一人で私の前に立たれています。


「あら?イザベラ様、ごきげんよう。私と仲良くして下さるのですか?」


先程ユージーン王子との婚約を宣言した所ですから、思惑ありきの伺いでしょう。他の子達が様子見をしている中、わざわざ声を掛けてくる程の思惑があるのでしょうか?

何を考えているのかとイザベラ様を見ていたら、イザベラ様はわたくしの隣に目を向けました。


「イピノスの、カーラ様でしたかしら?貴女もご一緒にいらっしゃいませんか?」


急に名を呼ばれたカーラがオドオドとした雰囲気で私を見つめます。身分的に断れず、かといって行くこともできませんものね。

ユージーン王子の友人だと言われた子を、身分差を理由に粗雑に扱う事はできません。ですが彼女だけに招待を受けさせて何も無いとは言い切れないでしょう。

先程は私の作戦にも協力してもらいましたし、ここは私が庇護するしかありません。


「カーラと私を、友人として、イザベラ様のお茶会にでも招いて下さるの?」


「えぇ!ぜひ!お二人に紹介したい子が居るのです」


パァっと表情を明るくしたイザベラ様は、私の方へと一歩近寄り、ポンと手を打ちました。

とても思惑がある様には見えない表情ですが、カージェスの血縁者ですから、腹芸もしっかりできる事でしょう。


「わかりました。ですが、わたくしもカーラも領地が恋しいのです。 あまり先の日ですと、もう王都に居ないかもしれません」


「では、三日後でいかがでしょう?我が家にお越して頂けますか?」


なんて事でしょう。日が合わずにお茶会に参加できない、という呈を作りたかったのですが、まるで私の予定を把握しているかの様に日付を仰いました。

これはここで断っても、何度でもお誘いをされるのでしょう。カーラを一人にしない為にもお受けするしかありません。私は思感の読めないイザベラ様に微笑み、再会の約束をしました。


イザベラ様を見送ってから、 カーラの滞在先を尋ねれば、この後帰る予定だったのだと眉を下げられました。ユージーン王子に呼ばれて一日で帰れると思っていた辺りに買族思考のなさが見えます。この先の事が心配になる程に。


三日後のお友会の準間の事も考えて、私はカーラを客人として連れ帰る事にしました。



「ジェリ!!一体どういう事だ?!」


帰宅すると屋敷の玄関にお父様が仁王立ちで持っていて、帰宅のご挨拶より先に怒鳴られました。いつもキッチリとオールバックに整えられている前髪が乱れている様子から察するに、怒っているというより焦っているのでしょう。

私の後ろでは、お父様の大声と迫力のお顔で、馬車から降りたカーラが驚きに固まっています。


「まぁ、お父様。髪を乱してどうなさいましたの?私のお友達が怯えてしまいますね」


「お友達?」


「イピノス領のカーラちゃんと仲良くなったのです。三日後に二人でカージェス領のイザベラ様のお茶会に招かれましたの」


カーラに目を留めて冷静さを取り帰したお父様は、私の呼び方とアクセントで、考えを読み取ってくれた様です。


「そうか、今日の催しで友達もできたのか。良かった良かった。カーラちゃんはゆったり寛いで。ジェリは、このままここで待ってなさい!私と出掛けるよ」


お父様は使用人達にカーラをもてなす様に指示をしながら、去って行きました。そしてすぐに盛装をして玄関に現れたのです。盛装で行く場所はそうそう有りませんが、そこへ行く用事も思い当たりません。


馬車の中ではピリピリとした雰囲気のお父様に訊ねる事もできずに、ただただ窓の外の景色を眺めていました。気付けば雨も上がって虹が見えます。


お父様に連れていかれたのは王宮本館でした。

ユージーン王子に案内してもらった庭園が廊下から見えます。コーヒーの葉に雨粒が煌めく様子を見ながら、お茶会で頂いたコーヒーの味を思い出すと、不思議な気持ちになりました。確かに、植物を育てるのも面白いかもしれません。


王宮メイドの案内に従って回廊を進み、本館三階の談話室に辿り着きました。お部屋に入ると、国王陛下と王妃様、それから背中を丸めたユージーン王子がソファーに座っておられました。


「参じるのが遅くなり申し訳ありません」


「うちのバカ息子も今帰ってきた所だよ。それからこの場は非公式なものだから、昔のように話そうじゃないか、パトリック」


厳しいお顔をされていると思っていた国王陛下は、柔らかな声でお父様を名前で呼びました。あの表情は……笑いを堪えてる?


「あぁ、お互い破天荒な子を持つと苦労するね、コンサラーハ。それで、僕はまだ娘の話を聞いてないんだけど……」


お父様も国王陛下を名前で呼びました。そんなに親しい間柄だなんて聞いたことがありません。我が家には一体いくつの秘密があるのでしょうか。


「ジェリーヌ・オタータ辺境伯令嬢。貴女、父親の言葉に驚いている場合ではありませんよ。ここにいる皆が貴女の発言に驚かされたのですから、説明をして下さらないかしら?」


私が父の様子に驚いていると、王妃様から呼び掛けられました。

王妃様のお顔を初めて近くで拝見いたしました。オレンジに近い金髪は私と同じように波打っていて、顔つきも父や先日会った大叔父様の様な厳めしい雰囲気です。まるで我が家の血縁関係……とも思えそうな見た目です。


そんな事を考えている場合ではなく、王妃様の言葉にお答えしなければなりません。私の発言、というのは先程の交流会でのあれの事でしょう。もう皆さんに知れているとは、王家の情報網は凄いです。

私は王妃様の言葉にニッコリと笑顔を返しました。笑顔を作った途端に、ユージーン王子が息を呑んだ気がします。


「ご安心ください、わたくしはユージーン王子の望みを叶えたいだけでございます」


「わたくしは不安でしかありませんよ」


私の返事に王妃様は何故か溜め息を吐かれました。隣で国王陛下はククッと笑って、ユージーン王子の方に向かれました。


「ユージーンは何故、プロポーズしたことを黙っていたんだ?オタータ辺境伯令嬢なら、反対する事もなかったんだよ」


「…… 振られたら情けないし、 権力で無理強いするまねもしたくなかった」


ユージーン王子のお返事は声が震えていました。権力で無理強いしたくない、というのはきっと常に思われてるのでしょう。先程の交流会での振る舞いにも、そのお考えはよく現れていました。だからこそ、私は覚悟を決めたのです。


「権力で無理強いか。パトリックが私の権力に従った事なんてないと思うんだけど……パトリックはこの婚約についてどう思う?」


「ユージーン王子になら、わが娘も預けられます。この度の娘の振る舞いは、誠にお恥ずかしい限りです。やたらと叔母上を慕っていると思ったら、悪い所が、似たようで」


国王陛下は小さく笑われ、お父様は溜め息を吐かれています。確かに、根回しの足りない行いだったかもしれませんが、リベリーへの牽制も含めて必要な事だったと思うのです。他にもあの阿呆で失礼な令嬢や、敵意剥き出しの令息も居て、ユージーン王子に力のある明確な味方が必要な場だと思ったからこその宣言で、私は恥じる行いではなかったと思っています。


「辺境伯の伯母さま?……あの“大河を越えた愛”のモデルの?」


国王陛下とお父様の言葉にどこから訂正しようかと考えていたら、王妃様まで、誤解をされている事が判明しました。


「王妃様、お父様、誤解です。大叔母様は関係ございませんし、これは恋愛ではありません」


「えっ?」

「うん?」

「はっ?」


誤解を解くべくお答えした私に、お父様、国王陛下、王妃様は揃って疑問の声を発して、口を空け、首を傾げ、テーブルに手をついて身を乗り出しました。腰を浮かせた王妃様が心なしかプルプルと震えている様に見えます。


私は、保護者達を安心させる為にもう一度ニッコリと笑ってみせました。


「ユージーン王子の望みを叶えるために、私は婚役者という役割でご協力するだけです」


「エージーンの望みって何かしら?」


「今はまだ……確かにジェリーヌ嬢に協力を求めましたが……」


王妃様の問いかけにユージーン王子は小声でモゴモゴと濁して返事をしています。これくらいの誤魔化しができないとは、本当に王子様らしくない不思議な方です。コレリックが慕うのも理解できます。


「恥ずかしがらずに仰ったら宜しいのです。 我が領地の植物を心おきなく、研究したいのでしょう?」


「ユージーン……王位に興味ないとは 聞いてたけど、オタータに婿入りするつもりかい?」


「王籍を抜けるつもりではいます」


私は立ち上がって、相変わらず下を向いてモゴモゴと答えるユージーン王子の隣に移動します。王子の手を取り、こちらを向いた所で微笑みを作ると、何故か王子は口許をピクリとさせました。


「将来の事はともかくとして、婚約者の立場で有ればわが領地に長期滞在してもおかしくありません。この社交期間が終わったらゼフと一緒にオタータ領にいらして下さい。私もユージーン王子と一緒に畑を作ってみたいです」


「いいの?オタータに僕の畑を作って?」


この部屋に入って初めて見たユージーン王子の笑顔が決め手になったのか、私達の婚約は正式なものとなり、ついでに、この冬の終わりから一年、ユージーン王子が我が領地に滞在する事が決まりました。


領地にはコレリックも当然連れてきてくれると、私は信じています。




お茶会から三日経ち、私は王都の南西にカーラと一緒にやってきました。


「ジェリーヌ様、カーラ様、ようこそお越し下さいました」


「イザベラ様、お招きありがとうございます」


伯爵の分家に当たるイザベラ様の邸宅は、王都の南西方向、細い川の近くにありました。玄関で歓迎してくれたイザベラ様は、華美ではない、品の良い雰囲気に整えられたサロンに私達を案内してくれました。 飾り棚には先日の花瓶が置かれています。


「カーラ様はコーヒーが苦手と仰っていましたね。我が領はコーヒーの産地ですから、普段からコーヒーばかり飲んでますの。なので、あまり良いお茶はないのですけれど許して下さるかしら?」


「イザベラ様、わたくしなどにお気違いは不要でございます」


「カーラ様、お気を付け下さい。あの場でユージーン王子が表情を崩したのはカーラ様とお話されていた時、その後も婚約を宣言したジェリーヌ様が、親しげに話しかけられました。王子の弱点かと見られて狙われる事もありますよ」


私にはコーヒーを、カーラには赤いお茶を出したイザベラ様が真剣な顔を向けられます。イザベラ様の言集にカーラが息をのみました。イザベラ様の言葉は脅しというより忠告の様です。


「お二人はトゥピディ伯爵令嬢を覚えておいでですか?」


「ええ、あんな変わったご令嬢を忘れる方が難しいですから」


突然変わった話題に困惑しつつ、カーラも頷きます。


「彼女、何をするか分からないから気を付けて下さいませ。ソフィー」


イザベラ様がドアに向かって呼びかけると、薄桃色の髪の少女が入って来ました。言われずとも、顔立ちがどことなく、例の彼女に似ている気がします。


「彼女はソフィー、訳有って身を隠しているのですけれど、とても優秀なんです。ジェリーヌ様の侍女に、いずれ推薦したいのですけれど…」


「イザベラ様、ごめんなさい、話が見えませんわ」


コロコロと転がる様に変わる話題についていけません。


「ジェリーヌ様、ソフィーはトゥピディ伯爵の子なのです。 トッピティ伯爵とメイドの子で、二歳までは伯爵家に暮らしていたそうですが、あのご令嬢と伯爵夫人の嫌がらせが有って、母娘で市井に出たそうです」


イザベラ様のお話を聞きながら、ソフィーと呼ばれた少女を見ます。笑みを湛えた口元、小さな鼻、少し下がった目尻、 顔立ちはトゥピディ家の面影を持っています。

だけど、瞳の中にある力というか、表情の作り方、その雰囲気がどことなく、あの王子やコレリックに似ているようにも見えます。少し大人びた、落着きすぎな雰囲気が。


「ソフィーは、戻ることを望んでいるの?」


トゥピディ伯爵家に戻したい様な雰囲気で話すイザベラ様の言葉を止めて、私はソフィー本人に問いかけます。イザベラ様の後ろに佇む姿は、決して伯爵令嬢という身分を求めている物ではないのです。


「いえ。わたくしは、仕事に生きるのが向いているので、 このまま待女として働き続けられたうと…」


「ソフィーは侍女でと言うけれど、我が家では物体ないの。計算も、気遣いも、代筆も、目利きも、それから暗号の扱いもできるのですよ。だから王子妃になるジェリーヌ様の侍女でこそ能力を発揮できると思うの」


「暗号?」


促してソフィーに暗号の手紙を書いて貰うと、幼い日にコレリックに教えてもらったものと一致しました。きっとユージーン王子の想い人はソフィーでしょう。


今引き合わせれば、間違いなく先日の宣言は無かった事にされて、私が阿呆な子にされます。それに、この立場のソフィーを引き合わせれば、ユージーン王子は予想もつかない無茶を言いそうです。


私は聡明な友人達と、ソフィーを守りつつ、身分を取り戻す手伝いをする事に決めました。ユージーン王子にはしかるべき時まで内緒です。


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