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協力者達

オタータ辺境伯と会談をして三日経った。僕は今日もコレリックから無意味に詰られつつ、オタータ辺境伯から会談のお礼にと届けられた、大量のドライフルーツやジャムを並べて吟味している。


贈り物に添えられた礼状は辺境伯からのもので、ゼフを見つけた事を先代の辺境伯も喜んでいると綴られている。三枚に渡る手紙は辺境伯の筆跡ばかりで、ジェリーヌ嬢からの返事はまだ貰えていない。まぁ、三日じゃ決断できないか。夏の社交期間はあと一月半だ。


「聞いてます?ユージーン王子?」


「聞いてるよ。コレリックもジェリーヌ嬢の事が好きだって分かってホッとしてる」


「そんな話はしていません!」


ランティスとサイノスは部屋の外で扉を守っていて、コレリックと二人きりの室内で、ダラリと寛いでいる。コレリックの声を聞き流しつつ、届いたドライフルーツでコーヒーと相性の良い物がどれなのかを探っていたら、肩を落としたミュティヒェンが部屋に戻って来た。


「あれ?申請だめだった?」


「いいえ。申請は通ったのですが検討事項ができました」


ミュティヒュンは、カージェス伯との会談の場所を決める為に執務棟へ会談室使用申請をしに行っていた。部屋が確保できたのなら、何も検討する事なんてないと思うけど、何があったんだろう。

疲れた様子のミュティヒェンに、目の前の白いドライフルーツを差し出す。疲れには甘い物が良いらしいから、一番甘いやつを勧めた。僕は甘すぎて苦手だけど、疲れた人や女性は好きかもしれない。


「お心遣いありがとうございます」


パクリと口に入れて一瞬顔を顰めてから、素早くコーヒーを手に取った。疲れた人にも流石に甘過ぎだったか。


「うん、それで検討事項って何?」


僕は黄色いコロコロとしたドライフルーツを二粒口に運んだ。カシューナッツくらいの大きさで、名前はボーヤと書かれていた。甘くありませんように。


「マーディン王子がカリーナ嬢同伴の上で、カージェス伯との会談に参加したいと仰られまして」


「うん?……なんで?兄上とカリーナ娘は別日程で調整してなかった?」


ボーヤが酸っぱかったのと、ミュティヒェンの返答が想定外だった事で言葉が詰まった。さっきから、どれもこれも味が個性的すぎてコーヒーとの相性が宜しくない。


「えぇ、そうなんですけど、マーディン王子直々に仰られまして、少々断りにくい状況です」


ウーンとドライフルーツに悩んでいたら、ミュティヒェンが執務棟での出来事を話し出した。兄上が態々ミュティヒェンの兄を連れて執務棟を散策していて、施設管理の部署の部屋の前で会ったと。ふーん。

僕としてはまとめて済むなら、それはそれで良いけど、態々持ち構えるように声をかけて来たらしい、兄上の企みが気になる。今更、僕が貴族を取り込んで王位を狙うだなんて思うわけもないだろうし。一体何だろう?


晩餐の時、素直に兄上に尋ねてみたら、母上の指示による見張りだと笑われた。先日のオタータ辺境伯との会談が色々と噂になって、貴族たちが騒がしいそうだ。


「ユーが僕と仲良くしたくても、対立させたい人っていっぱいいるからね。仲良くしている所を周りに見せておく事も必要なんだよ」


思えば『俺』は自分に直接向かってくる悪意と対峙した事は多いけれど、そういう回りくどい悪意にはあまり触れてこなかった。関わる人間が多くなると、悪意って見えにくくなるって言ってたのは誰だったか。


「わかりました。兄上、頼りにしますね」


僕と兄上の会話を聞いていた母上が、頭を抱えてしまった。どうやら指示した時の意図と違う解釈を僕らはしてしまったらしい。父上は今日もクツクツ笑いながら頷くばかりだ。



そうして、お披露目の日から十五日経って、ようやくカージェス伯爵との会談が実現した。執務棟一階の、イピノス子爵と会談したあの部屋で、僕たちは丸テーブルを囲んでいる。


「早めに招待すると言ったのに、遅くなってしまって申し訳ありません。それにこの様な形で……」


「いやいや、ユージーン王子との会談を希望しても叶わないと言われてますから、こうしてお招き頂けるだけでも有難い事です」


皆が席について早々に僕はカージェス伯爵にお詫びを述べた。個別に話したかったのに、他の人もいる席になってしまった事も含めて、申し訳ない。

この場では、大きめの丸テーブルを五人で囲んでいる。兄上とカリーナ嬢の前にはお茶が、僕とカージェス伯爵、イピノス子爵の前にはコーヒーが出されている。テーブルの中央に自由に取る様に何種類かのお菓子も置いてある。


「僕と会談したい貴族なんて居るの?」


「ユージーン王子は、まだ婚約者を決めていらっしゃらないから、同年代のご令嬢を持つ者は必死らしいですよ」


「オタータ辺境伯令嬢のジェリーヌ様だけは、ユージーン王子の庭園に招かれたのですよね?他のご令嬢と交流するまでもなく、お決めになったのは何が理由なんですの?」


カージェス伯爵の返事に付け足す様にカリーナ嬢がおっとりと尋ねてきた。所で、『噂』の意味を理解した。そう言えば離宮は気軽に人を招く所じゃないんだった。


「「あっー!」」


失敗したなぁと思って僕が上げた声と、何かに思い当たったらしいイピノス子爵の声が重なった。二人で顔を見合わせて苦笑が漏れた。


「オタータ辺境伯にはご自慢の庭園に招く建前を作れたのですか?」


「イピノス子爵、どうか気を悪くしないでください。本当はカージェス伯爵とイ

ピノス子爵にも庭園を見て欲しいと、招きたいと思っているのですよ」


イピノス子爵が初めて僕と会った日の事を、僕が隙あらば植物談義をしたがって庭園に人を招きたがるのだと話した。僕も今回離宮の庭園を使ったのは、辺境伯と庭師のゼフを会わせるのが目的だったと言えば、カージェス伯は噂を消す尽力をしてくれると言った。


僕と兄上は知らなかったけれど、先日離宮の庭園に招いた事でオタータ辺境伯令嬢との婚約が有力視されているらしい。しかも、僕がジェリーヌ嬢を温室に案内する姿を、執務棟で仕事をしていた建築部門のご婦人に見られていて、噂があっという間に広がっているのだと、カージェス伯爵が教えてくれた。

さらには噂の尾鰭の腹鰭の付き方がすごくて、僕が孤児院の視察に行っていたのは、ジェリーヌ嬢との逢瀬の為だった等と言う人も居るらしい。僕は身分も年齢も関係なく、どこかに居るはずのあの人としか結婚する気はないけど、噂は当たらずも遠からずな所を突いている。



「それでは、ジェリーヌ様に決められた訳ではないのですね?どなたか気になるご令嬢は居られますの?わたくしのお友達からの人気も凄いものですよ」


「それは、皆、王子の身分に惹かれているだけでしょう?」


カリーナ嬢の問いに僕が素っ気なく答えると、兄上が笑い出した。兄上は平気な顔で、あの白いドライフルーツを食べているけど。お茶との相性は良いのかな。


「まぁ、一度同年代の子達を集めてお茶会くらいは開きなよ。知り合わなければ縁も繋がらないでしょう?」


「兄上はそこでジェウエニー公爵令嬢を見初めたのですか」


「婚約者だけじゃなくて、側近探しの場でもあるよ。ほらコイツは、お茶会で話が面白かったから側近にしたんだ」


兄上が振り向いた視線の先には、いつもニコニコしている赤い髪に大きな口が特徴のワーグロが居た。確かに彼が居るだけで場の空気は和むけれど、月に一度は食器を割る侍従ってどうなんだろう。

ワーグロを見ながら僕は、現実問題として交流会の開催を考えてみる。正直に言えば面倒だけれども、そこをきっかけにあの人を探しに出歩く機会を作れるかもしれない。カージェス伯爵は噂を消すにも必要な機会だと意見を言ってくれた。


「兄上はもっとまともな基準で侍従を選んで下さい……うーん、でもそうか。せめて一度は交流しておかないといけないよね」


「ユー、あまりおかしな事は企まないでよ」


僕が前向きに計画を考え始めた所で、兄上が良い勘を働かせた。今は無意識に考えてることを言ったりしなかったと思うけど、イピノス子爵の額から汗が吹き出しはじめて、カージェス伯爵すら不安そうな顔になった。僕は皆を安心させるためにニッコリと笑ってみせたけど、皆の不安そうな表情は変わらなかった。


「僕の計画は、僕と相性の良い子を探した結果、貴族達の支持が兄上に集まって、兄上が王位が近付くだけですから、ご安心下さい」


「ユージーン様、その宣言は全く安心できません。今考えてることすべて口に出して下さい!」


ポンと肩に手を乗せられて、振り向くとコレリックが口だけ笑顔の怖い顔で僕に迫ってくる。ここで言うことかなと見回すと全員に頷かれた。イピノス子爵なんてものすごい速さで頷いている。


「うーん。ほら、僕の価値観と合わない人が婚約者や側近になられても困るからさ。僕の行動範囲に準じた雰囲気の催しをしたら良いかなって。この約三年?の成果も見たいし」


僕の身近にコレリックを元孤児だと蔑むような人は置きたくない。僕が侍従や事務官を専属任命しない理由の一番はそれだ。でも、どうしても貴族の従者が必要なら、そういう篩を用意したら良い。


「三年の成果ってまさか……」


僕の考えてる計画を、兄上とコレリック、と何故かワーグロは読み取ったっぽい。兄上とワーグロは二人で笑い出して、コレリックは確認しようとした言葉を出し切れずに、頭を抱えてしゃがみこんだ。


「うん。お茶会をあの店で開こうかな。そうだなぁ、カージェス伯爵に頼みたかった事にもちょうど良い機会かもしれないし、イピノス子爵も協力してくれる?」


「交流会の開催が、私への頼み事にちょうど良い?のですか?」


「僕は子息令嬢との交流会を、僕のお店で隣と思うんだ。元々そのお店でコーヒーを出せるようにしたくてカージェス伯に相談しょうと思ってたんだよね」


話が分からず困惑した表情のカージェス伯爵に、本来今日お願いしたかった事を切り出していく。どうにか立ち直ったコレリックが部屋の隅にあるミニキッチンへと移動して、事前に頼んでいた準備をしだした。

『俺の親友』だった時も切り替えの早さは凄い奴だと思っていたけど、相変わらず凄い。兄上とワーグロはまだ笑いを抑えきれていないのに。


「王子のお店ですか?それはどういう所なのでしょう?」


カージェス伯爵も顔つきを変えたし、カリーナ嬢も真剣な顔で話を聞く姿勢になってくれた。コレリックが皆の前に新しいコーヒーを配っていって、僕はそれを勧めながら話を続ける。


「孤児院を出る子の働き口として作った、喫茶・甘味・軽食処だよ。従業員は皆孤児院出身だけど、しっかり教育されているから洗練された雰囲気のお店になっている。結構人気のお店になってるけど、【ブドゥチ・メナチ】って聞いたことない?」


お店の名前を告げれば、カリーナ嬢とカージェス伯爵がとても驚いてくれた。カリーナ嬢のご友人が何人か気に入ってくれているらしい。

僕は似たようなお店を増やしていって、庶民の女性も気軽に楽しめる飲食店にまで裾野を広げたいという希望を言う。ついでに僕のお店の名物をコーヒーにしたい事も話した所で、カージェス伯爵に止められた。


「王子のお願いというのは。庶民の利用する店でコーヒーを提供する為に、価格を下げてほしいと、そういう事ですか?」


「そんなに焦らないで。庶民の利用するお店でコーヒーを出すには、豆の価格だけじゃない問題もあるでしょう?ちなみに、今飲んでるコーヒーの味はどう?正直に教えて」


「……正直に申し上げますと、少々苦味が強く感じます」


流石カージェス伯爵は違いが分かる大人だった。売られているコーヒー豆が一種類しかないから、味が違うコーヒーに困惑している様子もある。


「うん、そうだよね。カージェス領のコーヒーに比べたら品質が劣る。これを庶民向けのお店で出そうとしてるんだ。これは、僕が育てた豆を、魔導ポットを使わずに淹れた物なんだ」


「王子が育てた?」


「カージェス伯爵も庭園に招きたいって言ったのは、僕が育てているコーヒーの木を見てもらいたかったんだよね。カージェス領の森でもコーヒー豆の生えている所に行くのはなかなか大変だって聞いた。だから高級品なんだとも聞いた。けれど領地で豆を育ててしまえば、品質も流通量もある程度制御できるでしょ?何より領民の安全が確保できるよ」


「領民の安全……」


イピノス子爵が友人だと紹介してくれたから、そんな気はしていたけれど、カージェス伯爵も領民思いの領主の様だ。きっと農園を作ったとしても搾取するよな真似はしないだろう。

けれど一応、コーヒー農園の貧困対策についても考えないといけない。


「少量の高級品と、安価だけど少し香りや味にもの足りなさを感じる庶民向けの品を分けて売れば、今より儲けられると思うんだ。今の価格を基準にして、領民の収入が維持できるように品質と価格の設定を考えてくれる?僕が研究した栽培のノウハウをカージェス伯爵に引き渡すから、コーヒーを庶民も楽しめるようにしてほしい、と言うのが僕のお願い事」


「なるほど交流会の場でコーヒーを提供して、流行の足掛かりにするおつもりですか?この度の交流会で提供するのはどちらをお考えで?」


悩む伯爵に畳み掛けるように計画を語っていたら、途中から、伯爵の顔つきが変わった。現実的な直近の計画として考え出してくれたようだ。


僕はコレリックに合図をして、皆のコーヒーを元の飲み慣れた物に交換してもらう。兄上だけが僕の試作コーヒーに一口も口をつけていなかった。


「うーん。両方かな。試飲会の形を取ることも考えていたんだけど、そもそもコーヒーを飲まない人も居ることも考えないといけないね」


兄上の様子を見ながら言えば、カリーナ嬢がお子様舌への配慮ですねと笑いながら言った。兄上の味覚は婚約者さえも笑うほどのお子様舌らしい。


「うちの姪とその婚約者もご結頂けますか?」


兄上の様な味覚の子が多いのか、そもそも誰を招待するべきかなんて事をカリーナ嬢と相談していたら、カージェス伯爵が窺うように聞いてきた。カージェス伯爵の縁者なら、断る理由などない。僕は笑顔で頷く。


「もちろん。他にも招待客について助言をもらえる?」


「そうですね。敵の見極めも早い方が良いとお考えなら、リベリー侯爵令嬢とリステュード伯爵子息を、あと、申し上げにくいのですが、ウトピディ伯爵家のご令嬢がユージーン王子の同年代の要注意人物ですね」


カージェス伯爵はいつ気付いたのか、敵は徹底排除という僕の考えに合う助言をくれた。最後の一人の名前を挙げる時だけ、カリーナ嬢を気遣うようにして。

カージェス伯爵の様子から視線を集めたカリーナ嬢は、平時と変わりないおっとりした微笑みを浮かべてカージェス伯爵と僕を見た。


「アメリアの事ですね。アメリアを招く事はユージーン王子のご負担になりましょうが、……出会うなら早い方が宜しいのではないかと」


「どういう事?兄上はそのアメリア嬢の事はご存じなのですか?」


歯切れの悪いカリーナ嬢の言葉と意味ありげなカージェス伯爵の表情に、不穏な噂の人物なのかと推測する。僕は全く名前を聞いた事もないけど、どんな噂なのだろう?


「噂には聞いた事があるよ。アメリア嬢の事は一度母上に相談してから決めようか。その催しの日、臨時従業員としてミュゲとイスカを雇ってもらう事はできる?」


母上の判断が必要とは、余程ややこしい人物らしい。兄上がさらに別の提案をしてきて、僕は目を瞬かせた。ミュゲとイスカは兄上の号令で王都に五ヶ所作られた、初等教育施設の責任者になって忙しくしている筈だ。僕の交流会を手伝う時間なんかあるのだろうか。


「僕としては心強いご提案ですが、良いのですか?」


「うん。僕の安心材料にもなるからね。あとは、他にユージーンが招きたい人はいる?」


兄上に問われて、僕の知っている限りの同年代の子を思い浮かべる。孤児達しか思い浮かばず悩んでいたら、ふと茶色いツインテールの事を思い出した。あの子は招けないけれど、近況を聞くくらいはできないかな?


「イピノス子爵の所は、分家に僕と同い年の子いなかったっけ?オーリスの妹も僕と同い年だったよね?」


「オーリスの妹は、平民ですが?!それに、その分家はあの分家です!」


「きっとオーリスに似て肝が据わってるだろうから、大丈夫じゃないかな?僕の価値観に合う子を探す手伝いをしてほしいんだ。流石に、サラやマリは呼べないでしょ?」


驚くイピノス子爵への返事としてあの子達の名前を挙げた所で、子爵が項垂れた。子爵の様子を見たカージェス伯爵とアメリア嬢は不思議そうな顔をして、兄上はクツクツと笑いだした。


「ユー、サラやマリって誰?」


「サラは南の農村で僕に色仕掛けをしようとした子で、マリは南の農村の、僕が一番心配してる子」


「それは確かに呼べないね。子爵、諦めて分家の子とオーリスの妹に招待を受けさせて」


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