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大人の階段

イピノス領以外に出る事ができないまま、十歳になった。と言っても、王都内ならば孤児院の視察を名目にして二週に一回くらいのペースで出掛けてはいたけれど。あまりに僕が出歩くから八歳の誕生日からは専属の護衛が付いた。

騎士の訓練場でいつも僕に付き合って筋トレや基礎訓練を一緒にしてくれていたランティスとサイノスの二人。気心の知れた二人が専属護衛になってくれて喜んでいたら、二人は僕の専属という大出世を狙って一緒に訓練をしていたのだと言われた。


年齢にしては広い活動範囲で過ごした甲斐もあって、前世の意識と混乱した日からこの五年間のうちにきちんと馴染んで、言葉も所作もすっかり『僕』の物になった。

そして十歳は王子として正式に御披露目をされ、貴族の子息令嬢と交流をしなければならない年齢だ。十歳を迎えた年の建国記念パーティーで、国中の貴族にお披露目をされ、そこからは言葉遣いや所作も少し大人の物に変えていかなければならない。


冬の始まり建国記念日の今日は、早朝のうちから王宮の本館に移動して、パーティーに出る為の身仕度を整えている。初めて入る王宮本館は、普段生活をしていた離宮とは比べ物にならない程大きな建物で、内装も煌びやかな家具で整えられていた。


「まさかこちらにも部屋が有るなんて思ってなかったよ」


「本来はこちらが王族の住まいなんですよ。今住まわれてる離宮は御結婚の折り

に王妃様が建てられた物です。あちらは、王族が住むには随分と質素でございましょう?」


今日でお役御免となるニーナがコレリックに正装の着付けを指導しながら答えてくれた。コレリックはすっかりと従者の仕事が板について、この頃は身の回りの手伝いの殆どを任せている。


生活空間や調度品を前世の感覚で見ていたせいか、王族としては感覚がズレていたらしい。普段過ごしていた離宮もシャンデリアが有ったり、窓枠に綺麗な装飾がされているから、随分と豪華な場所だと思っていたけれど、質素だなんて。この立派な王宮本館は住むには落ち着かない場所だと思う。


「お披露目のパーティーは、さっき通ったホールでするの?何も無かったけど準備は大丈夫?」


「ユージーン王子?何を仰っているのです?大勢の貴族を招く催しを王宮本館でするわけないでしょう?パーティーなどの催しは、社交棟でするものですよ」


ニーナの呆れた顔を鏡越しに見る。正面で着付けを確認していたコレリックにまで呆れた顔を向けられた。そう言えば、執務棟の散歩をしてるときにそんな説明を聞いた様な気もする。


身仕度を整えたら、本館五階の私室から出て移動をする。ランティスが先導して、隣にはコレリック、後ろを護るのがサイノスだ。社交棟に渡る三階の回廊の窓から下を眺めると、普段は広場の様になっている厩舎の前に、沢山の馬車と忙しなく働く馬丁達が犇めいていた。


社交棟の三階に入ると、どことなく空気がざわざわとしているのを感じる。前世の街中の喧騒の様な空気に懐かしさを感じた。控え室に入って扉を閉めるとざわめきと隔絶される。


「このあと合図が有りましたら、二階のテラスに移動します。陛下と共に開会の挨拶をなさってください。その後は一階に降りて貴族達と交流をします」


コレリックが式典の次第を説明してくれるけれど、昨日からもう十回目の説明になる。僕の記憶力はそんなに悪くないけどな、なんて聞き流していたら、聞いてない事を見破られて叱られた。前世の親友にはこんなに強く言われる事はなかったなと、意識を飛ばしていたら、ため息を吐いたコレリックが黙った。


父上付きの騎士に誘導され二階に移動して、父上の隣に立ちテラスから貴族が集まっているホールを見渡す。大勢の人を見下ろす状況が、前世の景色と重なった。マンションのベランダからあの人を見つけた様に、この場でもあの人を見つけられたら良いのに。


ぐるりと見回すと、端の方にフワフワと揺れるくせ毛を見つけた。イピノス子爵は今日も額に汗を掻いて、小さくなっている。財政を立て直して、今はかなりの税金を納める優良領地になったのだから、もっと堂々とすれば良いのに。


私と同じくらいの歳の娘を連れた貴族達に囲まれて居る紳士は誰だろう。どこかで会ったことのある様な気もするけれど、僕と交流がある貴族は、イピノス子爵以外は王宮務めの文官達ばかりで、あんな立派な身形の貴族は記憶にない。


それから他のご令嬢より一段と強い視線で見上げている赤い髪のご令嬢も気になる。害意がある様には見えないけれど、注意はしておこう。


二階から見渡して、一人ずつに意識を向けてみるけれど、コレリックと出会った

時の様な呼び掛けられる感覚がない。この場にあの人はいないのか。


父上が開会を宣言され、御披露目の口上を述べた後一階に降りた。ホールに入ると真っ先に、兄上がおっとりした雰囲気のご令嬢を連れてやってきた。兄上は普段よりさらに優し気な顔でご令嬢とピッタリと寄り添っている。


「ユー、私の婚約者を紹介するよ」


「お初にお目にかかります、カリーナ・ジェウエニーでございます。この度はおめでとうございます」


兄上は二年前にジェウエニー公爵のご令嬢と婚約を結んだそうだ。兄上と似たような色彩の金髪に青い目のご令嬢。瞳の色は兄上より少し濃いかな。政略婚約と聞いていたけれど、すごくお似合いだし、兄上が嬉しそうで何よりだと思う。


「はじめまして、未来の姉上様。どうか私の事はユージーンと気軽に呼んでください。本日は少々騒がしい場ですので、後日兄上と一緒にご招待しても宜しいでしょうか?」


僕が精一杯の笑顔で伝えると、カリーナ嬢は二度瞬きをして頷いてくれた。兄上に挨拶したい貴族は多いだろうから、軽い挨拶だけで済ませた。


兄上達が離れるとすぐに、水色ストレートヘアの令嬢を連れた壮年の紳士がやって来た。


「ユージーン王子、お初にお目にかかります。東の領地を任されておりますリベリーでございます。娘はユージーン王子と同じ歳ですから、学園でもお会いする事もございましょう」


「本日はおめでとうございます。シルビア・リベリーでございます。どうぞお見知りおきを」


リベリーは友好国と隣接する東の領地だ。確か隣国との交易都市として発展している領地だった。確かにシルビア嬢の装いは、他のご令嬢とは趣が違って見える。けれど、派手すぎる衣装がシルビア嬢の雰囲気に合っていない気がする。


「リベリー侯爵の領地は商業が発展していて、街の整備が行き届いていると聞いています。隣国の品が並ぶ商店も多いそうですね」


「えぇ、えぇ。隣国との貿易拠点でございますから、珍しい物がお好きなユージーン王子のお気に召す物もきっとございましょう。娘は貿易品の目利きが得意で、隣国の商人との交流もございますから、話し相手にお召し頂ければ楽しんで頂けると自負しております」


リベリー侯爵は楽しげに話しているけれど、隣のご令嬢は愛想程度の微笑みを浮かべているだけで、全く僕の話し相手なんかに興味はなさそうだ。

水色の真っ直ぐな髪の毛には、大振りの真っ赤な薔薇の様な髪飾りを付けているけれど、何となくこれも似合ってない。ピンクの紫陽花の方が似合いそう。いや、切れ長の涼しげな瞳には月桂樹の冠みたいな物の方が似合うかもしれない。


「……やはり女性は花がない植物は好まれないのか」


「えっ?」


「オッホン!」


後ろからコレリックに咳払いをされた。どうやら考え事が口から溢れていたらしい。あまり長話をするのは得策とは思えない。それに、できるだけ多くの貴族と挨拶をしてあの人の手掛かりを掴みたい。一人に時間をかけている場合ではなかった。


「今日は皆に顔を見せて回らなければいけないので、また機会が有れば話しましょう」


サラリと挨拶を済ませ、初めて会う人を優先的に接触していく。それからも何人か婚約者にどうかと売り込んでくる令嬢とその親達と何度か顔を合わせたが、あの人はいなかった。

あの人は、本当はこちらの世界には居ないのかな、なんて考えていたら、茶色いふわふわの毛玉が近付いてくるのが見えた。


「ユージーン王子、私の友人をご紹介しても宜しいでしょうか?」


上位の貴族との挨拶が一通り済んだ頃、イピノス子爵はどこかで会った様な気がする紳士を連れてやってきた。柔和な顔立ちに紫の瞳が涼しげな紳士だ。父上より少々年上くらいか。


「ユージーン王子、南西の領地を預かっておりますカージェスでございます。イピノス領へ知恵を授けて下さった事私からも感謝申し上げます」


ニコリと口元だけ微笑んだカージェス伯爵の顔を僕は見上げた。キッチリ固めた白髪交じりの藍色の髪は知り合いにはいない。紫の瞳はイピノス領の子にも居たけど、あの子と似ている訳でもない。もし僕が覚えていないだけなら失礼だけど、聞くしかない。


「イピノスの事は兄上が成した事です。ところでカージェス伯爵、どこかで出会った事が有りましたか?」


「似た面差しの者を見たと仰るなら、おそらく愚息の事でしょう。王都の教会で司教をしております」


「あぁ!司教のお父上か。ご子息にはとても世話になりました。かの司教の父上ならさぞ知恵者でしょうね。伯爵にもきっと知恵を借りる事があると思いますが、その時は宜しくお願いします」


あの司教の父上で、イピノス子爵の友人だと言うなら信用しても良いだろう。カージェスは南西の海に面した領地で、熱帯性の気候だと学んだ。僕の温室で育てている植物もカージェス領から取り寄せた物だから、是非とも親しくなっておきたい。


「愚息がお役に立てたのならなによりです。私のような田舎貴族が王子の役に立つことが有るとも思えませんが、何か有りましたらいつでもお声がけください」


「では早速ですが、南西の領地と言うならコーヒーの産地でしょう?コーヒーの事で相談したい事があるのです」


「確かにコーヒーの産地でございます。ユージーン王子がコーヒーを好まれると聞いて、森に入る領民も張り切っておりますが、相談とはどの様な事でしょう?」


カージェス伯爵は目尻の皺を一段と深くして頷きながら問いかけた。相当無茶を言わない限りは協力してくれそう、というかイピノスの様に新たな特産を期待している感じかな。


「ここで話すには時間が足りないと思いますし、落ち着いたところでしっかりと話したいのです。王都にはいつまで滞在する予定ですか?」


「四週程はこちらで過ごそうかと思っております」


「では、近いうちに再会しましょう」


カージェス伯爵との有意義な時間を終えると、メントラータ伯爵が私より少し年上くらいの少年を連れてやってきた。いつも見ている伯爵とは違う盛装姿に目を瞠った。時々ニーナが言っていた、一目惚れした姿はこれだったのかと納得する。


「ユージーン王子、この度はおめでとうございます」


「いつもありがとう。今後とも宜しくね」


「本日で妻が乳母役を終えると言うことで、従者を推薦に参りました」


「従者には困ってないよ」


「そう仰らず。書類仕事のできる人材を探しておいででしょう?我が家の四男ミュティヒェンでございます」


「ユージーン王子、お初にお目にかかります。母の代わりではなく、そうですね、辞書と筆記具代わりにでも使って頂けたら」


ニコニコとした表情には特に野望等も無さそうだけど、何を考えているのか読めない胡散臭さはある。でもメントラータ伯爵とニーナの息子というのは信用に値するのか?いや、普通なら乳兄弟としてもっと幼い頃から交流が有った筈では?そもそもなんで、兄上じゃなくて僕の従者?謎すぎて、立ち話ではいけない気がする。


「近いうちに、一度離宮に招くよ。お互いの事知らないとね?」


試しに少年に笑いかけてみたら、嬉しそうな笑顔で頷き返された。一瞬も固まらずに笑顔を返されたのは初めてで驚いた。ニーナや伯爵から僕の歪な笑顔の事を聞いてたにしても、もっと作った様な笑顔が返ってくるのが関の山だと思うんだけど。よく分からない不思議な少年だ。


メントラータ伯爵親子と入れ替わりで、二階から挨拶をしていた時に強い視線で見上げていた赤い髪の令嬢と、よく似た風貌の紳士が連れ立ってやってきた。令嬢の鋭い視線と対照的に柔和な表情で挨拶をしたのはオタータ辺境伯だった。

初めて会うはずだが、どこかで会った事がある気がするのは、自分に似た鋭い目元のせいだろうか。まじまじと顔を見ていると、知り会いの中に似ている風貌の人物に思い当だった。


「辺境伯には勝手ながら親しみを感じます。領地の方も変わった植物があると聞いているし、いつか私も辺境領を訪ねてみたいのですが、招いて貰えませんか?」


「噂には聞いておりましたが、我が領でも植物の研究をしたいと仰られるなら、歓迎いたしましょう。それにしても、私の顔を見るとだいたい恐ろしいと言われるのですが、親しみを感じるとは珍しい事を仰られる」


僕のお願いに辺境伯は目元を緩めてくれた。笑うとどことなく母上に似てるけど……後で家系図でも見直してみよう。でも、辺境伯を見て思い浮かんだのは母上の顔じゃなかったんだよな。


「僕の師匠に似ているんです。ねぇコレリック、辺境伯の風貌ゼフに似ていない?」


「はい。今は白髪ですが赤い髪だったと言いますし、ゼフが若ければ辺境伯そっくりな追力のある風貌だったでしょうね」


コレリックに振り向いて尋ねた時、ご令嬢の姿勢が僅かに前のめりになった気がする。あの鋭い視線は僕じゃなくてコレリックに向いていたのか?辺境伯はご令嬢の様子を気にしている様子もないけれど。


「ゼフですか?その王子の師匠というのは何者ですか?」


「辺境伯に対し失礼なのは承知の上ですが、王宮庭師で僕の園芸と魔法の師匠です」


「園芸と魔法……。王子、私にその者を紹介して頂く事はできますか?」


少し考え込むような素振りの後、結構真剣な表情で頼まれた。僕としても辺境伯から聞きたい事はあるし、特に庭師という職業に思うことも無さそうな様子だ。庭師を紹介するに相応しい場所で会談したい。イピノス子爵を招こうとした時は急だから駄目だっただけなはず。


「コレリック?事前に申請したら庭に招待しても構わないよね」


「ええ。その様に手配致しましょう」


「あの、わたくしも一緒に伺っても宜しいでしょうか?」


思わず、と言った風に一歩踏み出したご令嬢に辺境伯はものすごく驚いた顔をした。目を丸くする辺境伯の表情を見れば、普段はこんな無作法な事をしないご令嬢だとわかる。普段しない無作法をしてまで言うからには何か僕に用事が有るんだろう。


「うん。じゃあ、近いうちに二人を僕の庭にご招待しますよ」


笑って答えた僕に辺境伯は恐縮た様子になったので、辺境伯の威厳の為にその場を切り上げた。


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