.素晴らしき平凡な日常。
「静流、なあにニヤニヤしとるんや?」
――はっ。
ええと――オッス、オラ梁瀬静流。昨日からこの雅-魅剣学園の一年生で、そんな俺の為に同室の先輩がやってくれた歓迎会のお陰か、心暖かく次の日を迎えることが出来たんだ。今日も明日も明後日も、この平和な日々が続くと思うとどうしても顔が綻んじまうぜ、明日のことを考えると、オラわくわくすっぞ!
――色々と間違えた、俺はこんなキャラじゃなかった気がする。
という訳で。
昨日の今日だから、という訳でも無いだろうけど――今のテンションならもう一年はこの話で笑える自信ある――、今の俺はメッチャ良い笑みを浮かべている。今、というのは本日最後の授業である六限目の今であり、教師陣が誰も居ない自習タイムな今を差す。自己紹介やこれからの授業内容を説明して終わる授業を五時間すっ飛ばして、異例にも最初の授業が自習という化学の授業こそがコレだ。
まぁ、化学の担当がクラス担任だからなのかもしれないけど、自習な分には文句を言うまい。それなりにがやがやと騒ぐ我がクラスメイトを横目に、俺はそれすら笑顔の足しにして柾臣くんを見た。
「え? 別に?」
「別に、って顔してへんよそれは。良いことでもあったんちゃうの?」
いやあ、クラスメイトが俺に気を遣わず騒いでるのが嬉しくって、なんて言ったところで柾臣くんにしてみればもはや気持ち悪いの域に達するであろうから、俺は最初に語った方の理由を柾臣くんに話すことにした。
「昨日さ、ルームメイトの先輩が俺の為に歓迎会してくれたんだ」
今の笑顔プラス三割増でそう告げれば、柾臣くんはほお、と感嘆の声を上げた。えへへ、良いでしょ、すんごい自慢したい。歓迎会って言ったって料理作ったのは俺だし、稜先輩はホントお金出してくれただけなんだけど、俺にとってはその気持ちだけで泣ける程嬉しかった(ていうか実際泣いたし)。
「静流、ルームメイト先輩やったんやな。三年間寝食を共にする訳やし……まあ静流の場合は二年か、ええ人やったんなら良かったな?」
「うん、とっても良い先輩だよ。柾臣くんは?」
「俺? 俺は同年の奴なんやけどー……」
寮は即ち家、その家に居るのが自分とは馬の合わない人だった、なんていうのは確かに嫌だ。学年の半数以上は同学年の人がルームメイトになるんだけど、俺は運悪く――今思えばとても良かったけど――も上級生の稜先輩がルームメイトになった。最初は確かに不安だったっけ。
柾臣くんは俺の問いに対して少しの情報を口にすれば、少し考えるように前方の扉に視線を向けた。
「けど……?」
「ごっつい目力強い奴で会ったらびっくりすんで、スポーツ推薦でここ入ったらしいけど」
「へぇ……。楽しくやれそうなの?」
「んー、要努力、やな」
まあ知ってたけどね。ごっつい目力強い奴って称した人と仲良くやれてるとは流石の俺も思わないし。スポーツ推薦っていうとアレか? 全身からアドレナリン常に放出って感じ? 俺は脳裏に柾臣くんのルームメイトを思い描いてみつつ、苦笑する柾臣くんに頑張って、と一言呟いておいた。
魅剣のコース制度は面倒臭くて、かなり多過ぎて俺は把握し切れてない。でもまあ学年じゃあ千を越える大所帯だけれど、俺の居る特進コースってのはたったの三クラスしか無いんだ。その中でも俺が所属するのは全コース総計してもトップクラスのαクラス、後はβクラスとγクラスの二クラスしか無い。競争率は無駄に高いし頭の良いスポーツ推薦も多く取られてると聞いた。一クラス三十人しか居ないんだぜここ、特進コースはまるまるひとつの館を使ってるから他のコースの人に会うことはほぼ無いし……え、学年で九十人? 友達百人出来るかな? 出来ねぇじゃねぇか。
「今度会ってみたいな、その、柾臣くんのルームメイトに」
「ははっ、せやな、今度部屋遊びに来ィや、歓迎すんで?」
「うん!」
畜生超嬉しい……! 友達に誘われるだなんて夢みたいだ!!
俺はそんなことを考えつつ再び妖しくなっているであろう笑みを浮かべた。普通に笑えるように頑張ろう、あ、無理だ、嬉し過ぎるんだもん。
という感じで本日の授業は終業を迎えた。お互いのルームメイトの話なんて、何だからしいじゃないか! 担任が居ないからこのまま帰宅しても構わないという訳で、俺は向いていた方向を後ろから前に戻して横に掛けていた鞄を取り出した。
そういえば、忘れていたけど今日の俺って何とも平凡な一日を送ってない? 朝学校に来て普通に授業を受けて、そしてこれから寮に帰る。――だなんて、生まれて十五年、一度も無かった平凡さだ。……あれ? 本当に無かったのか? ええと……――うおおおっ!! 本当に無ぇ!! 俺の十五年って本当に何だったんだ!? 今日を差し引いて普通だった一日を考えて浮かんで来たのは、そろそろ我慢の限界に達したとある日に、小学校にすら行かずして家出をしたその日だった。
――まあ、夜になっても帰って来ない俺を心配して、両親が会社のヘリを総動員したんでやっぱり平凡とは無縁だったんだけど。あの時誓ったね、二度と門限破りなんてするもんか――って。街の皆様に迷惑掛けてたまるか。
「あれだけ低空飛行するヘリコプターを、俺は一生忘れないね……」
「静流、幸薄ッい顔してるところ悪いんやけど」
教科書類を律儀にも鞄に詰め込んでいれば、荷物をまとめ終わった柾臣くんが苦笑を携えて俺のポケットを指差した。携帯? ……おお、電話か。
「稜先輩だ」
「……リョウ……?」
ポケットから白――正しくはメタリッククリアだったっけ――の携帯を取り出せば、どうやらメールだったらしく青いランプがチカチカと点滅していた。ちなみにこの携帯の番号を知っているのは稜先輩と柾臣くんだけ、両親には教えていない。俺から連絡することはあっても非通知でするからあっちには分からないし、権力を振り翳して調べようものなら二度と家に戻らない、と伝えてある。傲慢で高飛車な両親だけど、たった一人の息子にだけはとことん甘い、……これだと、俺も立場を利用してるみたいだけれどさ。
しかし今、俺が気になるのは柾臣くん。先輩の名前を聞くなりあからさまに表情を歪めたんだけれど、うん? どうしたんだろう?
「なぁ静流、その先輩の名前って、五稜郭の稜っつー漢字ちゃうよな?」
「え? あ、ええと……うん、そうだよ」
少し難しい言い回しに少々時間を食ったが、確か五稜郭もそんな漢字だったと思う。そう在り来たりな漢字では無いと思うんだけど、もしかして知り合いなのかな?
「でもアレか、漢字が一緒やからって決まった訳ちゃうやんな……」
「……柾臣くん?」
「へ? あ、ああ、何でもないわ! そんじゃ俺おッ先~、じゃな!」
「う、うん」
どうせなら苗字までちゃんと教えてあげようかと思ったんだけれど、そんな俺の考えとは裏腹に、柾臣くんは踵を返して教室を後にした。ふむ、一体どうしたというのだろうか。
教室に一人ぽつんと残された俺は自分も帰るか、と鞄を閉じ、そういえば来ていた例の稜先輩からのメールを確認しつつ教室を後にした。
あ、ついでに夕飯何が良いか聞いてみよーっと。