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  .銀(しろがね)色のルームメイト。

「ええと、……あった!」


 ――“220”、扉の横にある表札代わりのネームプレート上、どの扉の横にも書かれているその数字を頼りに、俺はこれからの住まいとなるその部屋番号に辿り着いた。三ヶ所に高々と連なる九階建ての寮、その中の西寮二階一番端、それが俺の部屋、正確には――俺達の部屋だけど。


 魅剣学園の寮は二人で一部屋、よって俺にも例外はなく、この“220”号室の相部屋で、俺の知らない誰かと共同生活を強いられることになるのだ。強いられるといっても、今までのこと考えれば辛くも何ともないんだけどさ。

 ――共同生活……事前の説明書類にはその人の名前しか書いていなくて、実際に会うのは今日が初めてだ。怖い人とかじゃなければ何だって良いけど、確かひとつ先輩だって書いてあったな……。先輩……一体どんな人なんだろうか。


 俺はちらりと、今度は部屋番号ではなくてネームプレートを見遣る。


「……あ」





“有哉木 稜”





 同居人の名前――読み方がイマイチ分からないんだけど――、その下のスペースに見付けた、もうひとつの名前。



“梁瀬 静流”



 上と同じ文字、下手という訳では無いけれど、上手いというには余りにも投げやりに書かれたその文字。書いてくれたんだな、これ。達筆なんかじゃ全然ない、だけれど俺はこのネームプレートを見ただけで嬉しくなって、これから会うことになるその先輩と早く仲良くなれたら、そう思った。

 自然に笑みが零れてしまうのは――止められそうにない。




 ぴんぽーん――


 乾いた音が室内に響いている。寮なだけあってシンプルイズベスト、ただ誰かが来たことを知らせるだけの、そんな呼び鈴。間が空いたもんだから少々――否、かなり焦ったけれど直ぐにどたどたと此方に近付く足音がした。ゆうやぎ、ゆやき、……畜生読めない。読めないまま、これから住む部屋の鍵が、かちゃり、と開く音がした。


「あーい」

「あ、あの! 初めまし……て……」


 キィ、という弱々しい音と共に出て来たのは、つい言葉に詰まってしまう程綺麗な銀糸の髪を持つ青年だった。ワックスを使って髪を立て、瞳の色は灰、身長はざっと百七十前後――俺よかちょっとばかし高いみたいだ。随分と整った顔立ちの方だけれど、服装は変なロゴ入りの伸びきった真白いTシャツに地味に廃れたジーンズ、……正直適当にも程がある。


「……あえ? うえ、……あ?」


 ――しかも寝起きっぽい。というか寝起きだからそんな格好なのか、……あれ、もう正午過ぎてんだけど。しかし何やら部屋の一点をじっと見て、何かに気付いたらしく先輩と思わしき彼は、その灰の瞳を擦りながら俺を指差した。何も発されずに開いた口は数回開いたり閉じたりを繰り返したけど、恐らく俺という新入生に気付いたのだろうと察すれば一度同意を込めて頷いた。そうすることで彼の表情は明るめられ、扉が全開に開け放たれた訳だ。眠気眼だった瞳も表情と共に覇気を取り戻している。



「ハジメマシテ、梁瀬静流クン。……だよな?」

「はい! これから宜しくお願いします!」


 挨拶は肝心。こればかりは両親から学んだ習慣だから少しばかり小憎たらしい。状況に寄ってはニヒルとも取れる笑み――口角を吊り上げるだけであって、どんな感情にでも使用出来る笑み――を浮かべながら入れよ、と促してくれる彼に精一杯の誠意を込めてそう言えば、少しばかりきょとん、としていたけれど。


「おう、コチラこそ、だよ」


 呆れ顔でそう返してくれる彼を見れば、何だか楽しくなりそうだ、と夢にまで見た普通の学生ライフに光が差した気がした。








「じゃ、あ、……ええと、――悪ィ、ちょっと共有ルーム片付けるわ」


 部屋の広さは2LK。リビングキッチンが共有ルームとなるらしく、他二部屋の内片方が俺個人で使用して良い部屋になるらしい。2LKといってもリビングは呆れるくらい普通の広さだし、風呂とトイレも別、風呂の大きさは一軒家宛らの大きさだ。ダイニングはリビングと兼用、ってところか。

 彼――そろそろ読み方を聞き出さねば――はそんなようなことをリビングにて俺に説明すれば、部屋の至る箇所に散乱する私物に視線を走らせて苦笑した。暫く一人暮らし同然だったらしい先輩は、どうやら余り掃除が得意ではないらしい。キッチンの様子からも見て取れるが、料理もそんなにしないみたいだし――よし、此処は俺の出番だな。


「俺も手伝います! 俺家事得意なんで!」

「マジ? そりゃ助かる。――オマエの荷物は全部部屋に運んどいたから、後で手伝ってやんよ」

「本当ですか? ありがとうございます! ……ええと」

「稜でいーよ。苗字読みにくいし」


 自分でも読みにくいんだ、俺は内心でそんなことを考えた。

 共有ルームを片付けながら世間話がてら話していれば――まあ俺からしてみればこうやって気さくに会話が続くことに感涙モノなんだけど――、稜先輩の苗字は“有哉木ゆかなぎ”と読むことが判明した。有哉木 稜、確かに読みにくい、というか個人的に読めなかった訳だが稜先輩……か。明るい人で良かった、本当に。ていうか稜先輩だってよ、名前だよ名前、柾臣くんもそうだけど名前呼びって良いよね。俺昔名前で呼んだだけで『梁瀬さまに名前で……! あ、あ、ありがとうございますううううううう!!』って言われたことあるんだよね、普通に呼ばれてくれる人って貴重。 共有ルームの簡単な片付けが終わって、稜先輩は一度ソファにて休憩中。俺はこれから迎える寮生活にテンションが上がりっぱなしだからか休む気には慣れず、色々と部屋の散策に入った。

 キッチンも凄く普通だ、冷蔵庫――中身は空に近かったけれど――は天井に届くくらいの大きさだし、水道も使い易そう、というかお湯まで出るのかこいつ。焜炉は二つ付で換気扇まで付いてらぁ。びっくりするくらい一般的な家庭と一緒、寮って全部屋がこんなにも快適空間なのか?


「――ん?」


 こんなものまであるのか、とキッチンの食器乾燥機に驚いた後、食器棚に視線を走らせた俺。食器棚の一部に食器ではない何かがあるのが目に入る。気になって棚に手を伸ばすと、丁度キッチンに稜先輩がやって来た。


「ん、何か取んの?」

「い、いえ、別に」

「――嗚呼、それ俺の薬」


 別に悪いと決まった訳じゃないのに、俺は少し慌てて手を後ろ手に引っ込めた。しかし稜先輩は俺が引っ込めた手の角度を頼りにそれに気付いたらしく、何が楽しいのかははっと小さく笑い飛ばした。薬――? 風邪薬か何かなのだろうか?


「あんま気にすんなって」

「は、はあ」


 後頭部で腕を組んで、稜先輩は再び共有ルーム――次からはリビングと呼ぼう――に戻っていってしまった。んー……深い意味は無いのかな、此処でツッコむ必要は無いだろうから、俺もキッチンの散策を止めてリビングに戻った。ただ薬の場所はちゃんと覚えたぞ、何時取ってくれって言われても大丈夫だ!




「さって、じゃあ行きますか!」


 俺が着いて来ているのに気付いたのか、稜先輩はパンッと手を叩いてくるりと振り返た。え、何処に? 嬉々とした表情を浮かべている稜先輩の意図が分からずに困惑する俺、ええと、どっか出掛けなきゃいけない用事あっただろうか?


「ばあか、お前の歓迎会に決まってんだろ、とっとと買い出し行くぞ。勿論俺の奢りだからよ!」


 俺の、歓迎会……?


「え、嘘、歓迎……してくれるんですか……?」

「勿の論だろ、俺一年間ルームメイト居なかったんだぜ? そりゃやるだろー、センパイの俺が」



 ――うっかり泣きそうになりました。

 い、今迄歓迎とかそういうのされたこと、な、無かったから……う、うああああああああ……!!


「……ちょ、しず、静流!? おま、え? か、歓迎会くれェで泣くなよー……」

「な、泣いてませんもん、な、泣いて……泣いてえええええええ!!!!」

「とりあえず落ち着け静流、俺が着替えてくる間に落ち着いとけ!」

「うわああああああああ!!!!」


 うっかりどころか初日にして俺号泣。人間ってこんなに温かな生き物だったんだなあ……。俺、そういうの忘れてた。


 裕福だけど寂し過ぎる生活に耐え切れなくて此処まで来た俺だから。やっぱり梁瀬静流でなければ味わえない温かみってあるんだよなあ、良いとこのボンボンだった俺では絶対に有り得ない優しさっていうの?


 ――俺、この至福の時を失いたくない。



 着替えを終えた稜先輩は、さっきまでのぐだぐだ感を全く感じさせないおっとこ前な格好で部屋から出て来た。俺は制服のままだけどまあいっか、稜先輩に連れられて、俺は寮を後にしたのだった。







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