白鳥の残滓 【月夜譚No.226】
真っ白な白鳥が夜を飛んでいく。暗い空気を突っ切るように、星々を目指して羽を上下させる。
それはまるで、夢のような光景だった。彼女はそれをぼんやりと見送って、白鳥の白い影がすっかり消えてしまってから、膝の力が抜けたようにすとんとその場に座り込んだ。
空を仰ぐと星達だけがそこに残って、旅立った白鳥の余韻を映すように瞬いている。
きっと、彼女はこの夜のことを忘れないだろう。幻のような一時は、しかし現実に起こったことで、それは幸せな時間だった。
白鳥がどう思っていたのかは分からない。けれど、決して悪いようには感じていなかったはずだ。だって、あれほど優雅に、綺麗に、それこそ諺のように後を濁すことなく飛んでいったのだから。
彼女は立ち上がり、スカートの裾を手で払った。
白鳥からは、大切なことを教わった気がする。白鳥にそんな気がなかったとしても、彼女にはそう感じられた。
自分は自分にできることをしよう――白鳥が飛んでいった空を見上げて、彼女は息を大きく吸い込んだ。