プロローグ
7月1日の夜。
僕と君は海水浴場の監視塔のコンクリート基礎に座って、暗闇の向こう側を眺めている。段々と目は慣れてきたけれど、未だに海は見えず、ただ波音が響くのみである。夏であっても、日付が変わる頃には随分と冷え込むもので、風が吹くと少し寒い。足元は砂でざらざらとしていて、裸足の僕には少し痛かった。
長い沈黙の末に、「答えは出た?」と僕は聞く。君はまだ泣いていたけれど、少し頷いて僕の目を見た。
「やっぱりしゅー君と別れる」
「どうして」
「どうしてって……。しゅー君はずっと周りに女の子がいるから、不安で。しゅー君はいつも大丈夫大丈夫、かなが一番だからっていうけど。それでもしゅー君のことを考えると辛いし、束縛したくもなかったからできるだけ考えないようにしてたの。そしたら好きか分からなくなっちゃった」
「そっか」
再び、波音が砂浜を支配する。少しだけ目も慣れてきて、黒い海と、頭上でちかちかと瞬く星が見えてきた。
「……そっか、の一言なんだね」
「そうだよ、だって結論は出たんでしょ」
「そうだけど!そうだけどさ……ううん。それがしゅー君だよね」
「うん、僕はこんな人だ」
「よく知ってるよ、ずっと見てたから」
ぽたり、ぽたりと雫がこぼれて、いつもより暗い砂浜をもっと黒に変えていく。
「本当に好きだったよ」
「私も」
彼女の涙はやがて全てを黒く塗りつぶして、僕は何も見えなくなってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「懐かしい夢を見たなぁ……」
寝るには広すぎるベッドの中で、男は呟く。不自然にまでに窓が塞がれた部屋は、すっかり朝だと言うのに薄暗いままだ。
「やっぱホテルで寝ると風邪ひくわ……エアコンマジできつすぎ。ってもう十時じゃん、やっば」
男は乱暴にシーツを捲って、そのまま眠る女の裸体を露わにする。そして耳元から顎先までそっと指でなぞってから、囁いた。
「おはよう、みる」
「……んん。何、先輩?」
「いや、普通に朝。みるは何限から授業?」
「今日は三限からだよ」
「じゃあまだ大丈夫か、僕は今日授業無いし」
一度上げた上体をもう一度ベッドに投げ出して、男は天井を見る。
「なあ」
「……何?」
「好きだよ、みる」
「ほんと?」
みるはごろんと体を横にして、じっと男を見る。
「まじ」
「……ならいいけど」
男はみるをぎゅっと抱きしめて、唇を重ねて、舌を絡める。みるはとろんとした目で男を受け入れて、抱きしめ返した。けれど男はみるの視界から自分の顔が外れた途端、急に表情を冷めさせる。彼は感情抜きで愛を囁くのに慣れていた。
「だいすき!しゅー先輩!」
「……僕もだよ」
久しぶりに小説を書くモチベが生まれました。
実話ベースでちょこちょこ書いていきます。