8.レオンと組むことになりました
月明かりに照らされている拗ねた顔は、年相応の子供の表情だ。
とはいえ、非礼を働いたのは私の方。レオンの背中を撫でてあげた。
「ふんっ。……それより知りたいのは、転んだことだろ? あれは霊の仕業だ」
レオンは私が、これまでの人生で何度も転んできたことを知らない。さっきアーキン王子にワインをぶっかけたことも。
それでも、私が気にしていることを察していた。彼の前だけで三度も転んでるわけだし。
「水路横の道でお前は二回、完全に同じ位置で転んだ。さっきの家の前だ。その時、霊たちが一斉にお前を押した。一回だけなら偶然そうなったともとれるけど、二回連続なら意図的だ」
「私は霊に転ばされた?」
「そう。人間に干渉できない霊に押されても、その人間はそれをちゃんと知覚できない。だから突然バランスを崩したって感じるんだろう」
何もないところで転んでしまう嫌な特性に、こんな裏があったなんて。
「問題は目的だけど、明らかに霊の未練にまつわる場所で転ばせてるんだよな」
「ファラちゃんの家の前でしたものね。その後家の中で、彼女の無くしてしまった指輪の前でまた転んだ。……けど、他の霊はファラちゃんの未練とは無関係でしょう?」
「お前にヒントを与えて、一体の霊の未練が思いがけず解決できたなら、他の霊の未練もいずれは解決するかもしれない」
「つまり、霊たちが協力体制をとったということですのぎゃー!?」
私はレオンと話しているわけで、別に霊たちに尋ねたわけではない。けど霊はまた私を押したらしい。
道に思いっきり倒れてしまった。
「ははっ! すごいな。こんなのは初めて見た。たぶん記録にも残ってない。歴史上唯一の、霊と意思疎通できる人間だ」
「こんな意思疎通があってたまるものですか! ちょっと! やるならもっと穏当な手段にしなさい!」
起き上がって虚空に向かって叫ぶけど、霊からの返事は当然のようになにもなかった。
「お前は霊の未練にまつわる場所でばかり転んでいた。たぶん昔からな。心当たりはあるか?」
「そうは言っても……ずっと、何もないところで転び続けてきましたから」
「何もないってのは、躓く原因だろ? そうじゃなくて、転んだ時の周りだよ」
屋敷にあった、古い曰く付きの壺を割ってしまった。
転んで庭の池に落ちたのも、もしかすると昔その池で死者が出たことがあったのかも。
転んだ拍子に素敵な殿方に抱き止められたことがあったけれど、彼はたしか騎士だった。戦争はとおの昔の出来事とはいえ、暴力にまつわる仕事だ。人の死に向き合ったことがあったかも。
「あ……」
「心当たりがあるか。お前は何もないところで転ぶんじゃない。何かある所で転ぶんだよ」
「今まで痛い思いをしていたことにも、意味があったの?」
「さあな。霊の成仏に繋がらないなら、意味はないさ。けど、こうやって気づけた。これからは死者を救えるかも」
レオンは私を見ながら笑顔になった。ほんと、態度はムカつくけれど可愛い顔だ。
「霊の存在は世界の理で言えば正しくないし、霊自身も苦しんでいる。冥界に送り返す善行は神にも評価されるだろうし、死後速やかに天国へ行けるぞ。やったな。俺と組めば死後の安寧は確実だ」
「なんで今から、死んだ後のことを心配しなきゃいけないのですか……」
宗教は尊ばないといけないのは、よく理解しているけれど。
「というか、なんで私がこの体質を使って、あなたの手伝いをすることが決まってるのですか」
「嫌なのか?」
「それは……」
さっきの夫婦は、ファラが無事に冥界に行ったと知って生き生きとした表情を取り戻していた。
私としても、善行を積んだと思うし誇らしくもあった。
でも。
「私は公爵令嬢。あなたのような庶民の子供と一緒に行動したり、庶民の霊の未練を晴らすような仕事をする立場ではありません」
もっと高い場所から民を見守る。そんな仕事をこなすために育てられてきた。
「でもお前、訳ありだろ? お嬢様が夜にひとりで、こんな所にいるなんて」
「え、ええ。ちょっと、公の場に戻れない事情ができまして」
「だから、俺がどこへ向かってるのかわかってないのに、ついていってる」
「たしかに……というか、どこへ行くのです!?」
私の肩書を知りつつ事情は聞かないでくれるのは、彼の優しさなのかもしれない。それはそうと、どこへ連れて行かれるのやら。
「俺の家」
「なるほど。ご家族がいらっしゃるのですね」
「家族とはちょっと違うかな。家の手伝いをする代わりに居候させてもらってる」
「あなたも事情があるのですね」
「お互いにな。それで公爵令嬢様。俺と組む気はないか? 事情とやらが一段落するまで、霊たちの晴らせぬ未練を晴らす手伝いをしないか?」
「それは……」
今は家に帰れない。というか、将来的にもまともな形で家に戻れるとは思えない。
今頃、家は必死に私を探していることだろう。たぶん王家もおなじく。
公衆の面前で第二王子に恥をかかせた罰を与えるためにだ。
おとなしく捕まる気はない。けど私には味方がいない。ドレスのまま、手ぶらで逃げたわけで。
こんなクソ生意気なガキでも、味方はいた方がいい。
それに私の周りに霊がいるなら、あの子もひょっとしたらいるかも。そんな淡い期待もあった。
あの子の死について、なにかわかるかも。
「わかりましたわ。あなたの手伝い、させていただきます」
「じゃあ、これはお前の取り分ってことで」
レオンは、さっき夫婦から貰った袋の中身のちょうど半分くらいを私に差し出した。
中に入っていたのは十数枚の銅貨。正直、大した額ではない。娘を亡くした夫婦に出せる、精一杯の金額。
「あなたが持っておきなさい」
「でも。お前のおかげでできた仕事だし。公爵令嬢には端金すぎた?」
「いいえ。受け取らないわけではありません。このドレス、ポケットがないので。持ち運ぶのに不便ですの」
「なるほどなー。じゃあ、帰ったら分けるってことで。これで俺たち、対等な関係だよな!」
いたずらっぽく笑う彼は、公爵令嬢と特殊な関係を築けたことを面白がっているようだった。