63.あなたと会いたい
彼らが今後、私の人生と関わることはない。もしアーキンが復讐を志したとしても、私を見つけることはできないだろう。
彼が知っている私は、今も公爵令嬢ルイーザ・ジルベット。けれど私は公爵家と縁を切ることに決めた。公爵家の方はそうじゃないだろうけど。
王家とドライセンが私の捜索をやめて、ドライセンの悪事が周辺領土の貴族たちに伝わった結果、今度は公爵家が私を探し始めたらしい。
家族は私の体質を知らず、パーティーの場で粗相をして無礼を働いたのは変わりない。けど、それを打ち消すような出来事が起こって、相手である王子も消えた。もう王家の顔色を伺う必要もないわけだ。
家族が公の場から逃げ出してずっと行方不明なのも体面が悪い。というわけで、私は探されている。
王都のどこかの家に匿われているかもと推測されていて、怒らないから戻ってほしいとか各家庭に探りを入れているそうだ。無駄な努力なのに。
「戻らなくていいのか? 公爵家じゃ贅沢に暮らせるんだろ? それに隠れなくてすむ」
リリアから噂話を聞いたレオンに尋ねられた。彼の言う通りではあるけれど。
「贅沢に暮らせるのは、庶民からむしり取った税金のおかげだしね」
「それで領民が幸せに暮らせるならいいだろ。お前はそういう政治ができる」
レオンは金持ちが嫌いだけど、いい金持ちはとりあえず見逃す方針だ。
「政治なんてさせてくれないわよ。世間体を整えるために私をしばらく家において、その間に結婚相手を探すつもりよ。家も、早く厄介払いしたいの。多少家格が下の家でも、貰ってくれるなら大喜びでしょうね」
私にとっては嬉しくもなんともないこと。もう婚約はこりごりだ。
「だから隠れるわ。それに……レオンと一緒に仕事をするの、楽しいし」
「……そっか」
レオンの頬が、少しだけ緩んだ気がした。
そういうわけだから、ラングドルフの街が落ち着くのを見計らって、私は王都に戻らなければいけない。
よその街の教会に、ずっと厄介になるわけにはいかない。ちゃんとニナの店の手伝いをしつつ、レオンの本来の仕事に同行しないと。
帰りも行きと同じ、レオンの動かす馬車に他の四人が乗って王都まで向かう。
「……いやいや。なんでリリアまでついてこようとしてるのよ。伯爵様の屋敷で仕事あるでしょ?」
「いえ! 王都で仕事をすることになりましたので!」
メイド服ではなく私服姿のリリアが、当然のように私の隣に座りながら言う。
「王都にある伯爵家の別邸の管理の仕事を仰せつかりました! 正確には、すでにいる管理人の手伝いですけど!」
別邸か。伯爵様は王都に滞在する機会も多く、その度に家族や多くの使用人を連れて宿に泊まるよりは、屋敷を持った方が安上がり。本邸よりは小ぶりだし。
私の実家も、そんな理由で王都に別邸を持っている。
使ってない時も管理人は必要だけど、そんなのはひとりで十分だ。リリアが新しく行く必要は薄いだろう。
そんなことをする理由は。
「ドライセンはどうやら、相当数の魔道具を売り払ったようで。売却先の中には王都の貴族も多く含まれていました」
なるほど。伯爵家よりも王室に近く、権力が上な家も多くあることだろう。それに、魔道具のことを問いただしても素直に頷くとは思えない。けれど情報を集めて対処しなければならない。放っておくと、また異常な現象が起こるかも。
娘の件を見事突き止めたリリアに、王都の情勢を探ってほしいと命令したのだろう。伯爵様が使用人の繋がりを把握しているわけではないけど、リリアの有用性は理解した。
「というわけでルイーザ様! またご一緒できますね! 一緒に住むわけではないですけど!」
「ええ、そうね」
王都暮らしはまだまだ慣れたわけじゃない。知り合いがいるのは、私としても大歓迎。
「ユーファさんは、これからどうするんですか!?」
「……?」
リリアに尋ねられたユーファが無言で首をかしげた。
私たちで引き取ると言った以上、一緒に王都に連れて行くのは当然。けどその後を考えてなかった。
「普通の流れなら、エドガーの教会で育てることになるけどな。そして将来的にはシスターになる」
レオンがそう言ったけど。
「ないわね」
「ないですね」
私と引き取る本人が同時に否定した。
エドガーの方はもう少し遠慮してほしい気持ちもあったけど、仕方ない。こいつはこういう奴だ。
教会で孤児を引き取ることはあれど、エドガーのところではやってない。それ自体は正しい判断だ。
彼の力で子供を世話することはできない。むしろ彼が、子供に世話される立場になると思う。
だったら他の教会に預けるか。エドガーはこれでも同業者からの信頼はあるし、お願いすれば深い事情を聞くことなく受け入れてくれるだろうけど。
「ヘラジカ亭で働けばいい」
レオンに言われて、私は頷いた。
ニナ……というか店長のサマンサ次第ではあるけど、きっと受け入れてくれるだろう。
ユーファも私と同じ皿洗いとかから始めればいい。私よりは、転んだりする危険もないし立派に働ける。
そう説明したところ。
「わかった。やつてみる」
ちょっと、期待が含まれた表情で返事をした。
ほんのちょっとだけだったけど。
あとはニナたちが許してくれるかだけど。
「うんうん! いいよいいよ! よろしくねユーファちゃん! わたしの権限で雇ってあげる!」
「いやいや。そこは店長の許可を取りなさいよ!」
「いいよねお母さん! 兄貴! ほらふたりとも良いって言ってる!」
確かにサマンサもニールも頷いたけど。
こうして、ユーファはヘラジカ亭の従業員となった。あっさりしすぎていた。
「ちゃんと、無事に帰ってきてくれたね。ありがとう、ルイ」
「……どうしてお礼を?」
「友達が無事だと嬉しいじゃない? そうであるように祈ったし、わたしの望む通りにルイは帰ってきた。そのお礼」
「そう……ありがとう、ニナ」
「どういたしまして!」
友達か。いいものだな。
こうして旅は終わり、私は部屋に戻ってようやく落ち着くことができた。
ベッドに倒れ込み、天井を見つめた。
静かだ。そして落ち着かない。
旅の間は、こうやってひとりで過ごすことなんかなかったから。どこを宿にするにしても、リリアやユーファと同じ部屋。旅とはそういうもの。
孤独には慣れていたと思ってたけど、そうじゃないらしい。
誰かに会いたいと思って、部屋の戸を開けて。
「…………」
開いた戸をノックしようとしてたらしいレオンと、ばったり鉢合わせした。
「どうしたのよ」
「なんか落ち着かなくて。部屋が静かだし、あと霊が周りにいないから。だから誰かに会いたくて」
「ふふっ」
「なんで笑うんだよ」
「だって。誰か、じゃないでしょ?」
大量の霊が周りを飛んでないと落ち着かないって感覚はレオン独特のものだけど、それを満たすには私が必要。
まあ私も、誰かに会いたいと言いつつも心に浮かんでたのはレオンだけだったわけで。お互い様だな。
「来て」
「うわっ!?」
彼の手を引いて部屋に入れる。私よりも小さい体は、あっさりと引っ張られた。
会ってどうするかは考えてなかった。まあいいか。一緒にいられたら、それだけで幸せなのだから。
<おしまい>
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。皆さんに、少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。
ルイとレオンの人生はこれから先も続きますし、今後続編等も書いていきたいと思います。よかったら、お付き合いのほどよろしくお願いします。