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54.ラングドルフ邸とドライセン邸

 ラングドルフ伯爵の屋敷は街のほぼ中心に建っている。

 ここの主が街の施政の中心であり、周囲にたち並ぶ有力貴族や商人といった街の政財人たちをまとめ上げるための施設だから、当然と言える。


 ただし屋敷自体は、周りの貴族の屋敷と比べて、際立って大きく立派なものではなかった。

 為政者として最低限の威厳さえ保てれば、虚勢のために財を浪費すべきではない。二百年前に爵位を授かった初代ラングドルフ当主の方針が、今も受け継がれていた。


 その夜、屋敷にひとりの訪問者がいた。正確には帰還したと言うべきだ。


 リリアはこの屋敷の使用人であり、使用人用の裏口から同僚に迎えられて堂々と入ることができた。

 彼女の帰還はすぐに当主である伯爵本人の耳にも入ることとなり、娘の死について情報を掴んだことを期待されて、彼の書斎に通されることとなった。


「結論から申し上げますと、マーガレット様は自死を装い、悪意ある者に殺されたことが判明いたしました」

「殺された?」

「はい。マーガレット様の遺言を入手しております。生前、ご自身の身が危ういことを察したマーガレット様は、親しい友人にこれを預けました。その友人については、本人の希望で匿名ということにさせてください」


 死体を掘り返して彼女の意思に従って腹を切り裂いたとは、さすがに言えない。だから嘘の経緯を話した。

 伯爵に渡す手紙も、一枚目のルイーザへ宛てられた箇所は隠した。親友からの最後の手紙として、ルイーザに残してあげたかったと皆考えていたし。


「その友人は、恐ろしい事実が書かれた手紙をどうするか迷っていたようですが、私に渡してくれました。まずは、これを」


 マーガレットの宝物のネックレスを伯爵に手渡した。常につけているのに、遺体からは消えていたそれが、マーガレットが手紙を本人のものだと証明するために友人に託したものだと伯爵は即座に理解した。


「そして遺言です。しかし伯爵様、お渡しする前に、ひとつだけ約束してください」

「……なんだ?」

「遺言の内容によって、伯爵家に仕える家がひとつ、お取り潰しになると思われます。その際、雇用されている使用人たちが路頭に迷わないよう、新しい働き先の手配をしてもらえますか?」

「使用人か。お前自身が生活に困るわけではないのに、助けようと言うのか?」

「はい! 使用人同士の繋がりというのがあるので! ……こほん。失礼しました。他家に雇われている者とはいえ、同じ使用人として、放ってはおけませんので」

「わかった。約束しよう」

「ではこれを。それからもうひとつ。流出した魔道具の中に、触れた者を狂気に陥らせて人斬りへ変えてしまう剣があるはずです」


 手紙を読み始めていた伯爵の眉がぴくりと動いた。


 手紙の内容を知っていたとしても、魔道具の詳細などリリアは知らないはず。


 リリアもまた、伯爵が魔道具の紛失を既に把握していると理解した。


「伯爵領の南端、王家直轄領に近い位置にある村で、その剣によって合計七人が命を落とす事件がありました。村の神父様も犠牲に」

「村の神父が亡くなったことは聞いている。対応は教会に一任しているが、まさか魔道具絡みの事件なのか?」


 手紙に目を通しながら、会話も滞りなく行っていた。


「はい。その剣は村の狩人たちによって回収され、王都から移動途中だった別の神父様が引き取りました。私は彼と偶然、行動を共にすることとなり、伯爵家と関わりがあるかもと教会で保管してもらっています」

「わかった。触れなければ、見ても害はないのだな?」

「はい。絶対に触れないでください」

「人をやって回収させる。それにしても、ドライセンめ……」


 手紙を読み終えた伯爵は、深くため息をつきながら椅子の背もたれに身を預けた。その表情には深い失望の色。


「すぐにドライセンの親子を招集させる。使用人の件含めて、あとは私に任せてくれ。ご苦労だった」

「急いだ方がよろしいかと」

「……魔道具に関連した噂が流れていることは知っている。ドライセンも、なんらかの対策をするだろうな」

「いえ。それもありますけど……お嬢様のことです」

「マーガレットの遺体が消えた件か。あれも魔道具の影響だと?」

「はい。神父様はそう仰っています。他にも流出した魔道具が、ドライセン家になんらかの災いをもたらすかも、と。あの親子に恐ろしいことが起こるでしょう、とのことです」


 だから、早く保護をしなければ。リリアはそう言外に含ませた。


 もっとも、もう遅いのだけど。




――――




 リリアから、ドライセン家の使用人には話しを通しているから、敵に見つからないようにだけ気をつけて屋敷に入ってと言われた。

 というわけで私とレオンとマーガレットは、メイドの手引によって裏口からあっさり侵入できてしまった。


 今から仕えている家の者に危害を加えに来たことは、かのメイドも知っていること。なのに入れてくれたのは、既にリリアから家の背信行為について聞いているから。

 家のお取り潰しはほぼ決定。リリアが手を回して使用人たちの再雇用先の手配はされるそうだから、彼らにとってドライセン家は用済みって扱いらしい。


 仕えた情はあるけれど、悪事を働いたのも事実。悪人を庇って世話役の伯爵の不興を買うのもバカバカしい。さっさと見切りをつけないと。

 もし私が公爵令嬢の立場で使用人に横柄な態度を取っていれば、私も見限られていたかもしれないわけで。日頃の行いは大事だと強く実感させられた。


 当のリリアはラングドルフ邸にて伯爵様に事情の説明を行っているところだ。今のうちに復讐を果たしてしまおう。

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