5.赤い指輪が見つかりました
強盗に殺されるなら、そんな終わり方でも構わない。そんな心情なのだろうか。あくまで私の想像にすぎないけど。
「ルイーザ。こっちに来い」
「え?」
「いいから」
お祈りをするでもなく、レオンは私の手を引いて家の中を歩き回る。いや、なにをしているの?
「ちょっと! 引っ張らないでよ」
「じゃあ自分で歩け。そこの壁紙伝いに」
「だからなんでよ」
「いいから。死んだ女の子の未練を晴らせるかも」
「意味がわからないわ。未練ってなに?」
「それは俺もわからない」
「何よそれ!」
「それを調べるから、お前を歩かせてるんだよ」
「なんで私が歩けば女の子の未練がわかるのよ!?」
なんて言い争いをしている私たちを、夫婦は呆気にとられた顔で見つめていた。何が起こっているのかわからないって顔だ。
私もわかってないから同じね。
「次は、あっち」
「ああもう。歩けばいいのですね歩けぎゃーっ!?」
不意にバランスを崩して床に倒れ込んだ。ちなみに頭から。
「このチェストか?」
レオンが駆け寄って来たかと思うと、そのまま私を通り過ぎて壁際のチェストの前で立ち止まった。ええ、わかっていますとも。こいつはそういう奴だ。
私は自力で起き上がって、同じくチェストを見る。
部屋の隅に置かれている重そうなもので、中身は衣類などだった。なんで中身がわかるのかといえば、レオンが家主の許可も得ずに開けたから。
「ルイーザ、手伝え」
「なにを?」
「中身に不審な所はない。少なくとも、子供が未練を残すようなものは。たぶん裏側だ」
「裏側って。ああもう! 申し訳ございません、後で好きなだけ叱っていいので!」
レオンは私の手を借りるまでもなく、一人で引きずるようにチェストを移動させていた。
「ひとりでやれるじゃない」
「子供に力仕事を押し付けるな」
「自慢じゃないけど、私は公爵令嬢なの。力仕事などとは無縁な生き方してたのよ」
「生意気な女だな」
「こっちのセリフよクソガキ」
だんだん、お互いに遠慮がなくなってきた。
結局レオンはひとりでチェストを引きずり、壁との間にある隙間を僅かに広げた。
それで十分だったらしい。彼は隙間に手を入れて、なにかを取り出した。
赤い宝石がついた指輪。見たところ、そんなに高い品ではなさそうだ。宝石も等級の低いものだし。
公爵家にとっては安物。けれど庶民には少し値が張るものだとは、なんとなくわかった。
レオンが持っているそれは、僅かに埃に覆われていた。
「この指輪に心当たりは」
「わ、わたしのものです。夫が、去年の結婚記念日に買ってくれて。けれどいつの間にか無くしてしまって……」
「無くしたのは、娘さんが亡くなったよりも前ですか?」
「え、ええ。前です。ひと月とか、それくらいだったかしら……ファラが亡くなったのは、三日前なので」
「なるほど。娘さんですが、葬儀が終わった後もあの世、冥界に行くことを拒んでこの世に留まり続けています。未練があるからです。それが、これです」
レオンが妻の方に指輪を手渡した。彼女は戸惑いながら受け取って、レオンに説明の続きを促した。
「娘さん、ファラちゃんもこの指輪が欲しいと思ったのでしょう。ある日、お母さんの目を盗んで手に取った。すぐに返すつもりだったのが、落としてしまった。指輪は転がって、チェストの隙間に入ってしまった」
子供の力ではチェストを動かすことはできず、指輪を取り戻すのは不可能。
両親に正直に打ち開ければ、すぐに解決すること。けど、黙って持ち出してしまったことを叱られるのを恐れて、彼女は何も言えなかった。
「ファラちゃんが水路に落ちて亡くなったのは、指輪とは関係ない事故です。けど彼女は、両親が指輪を無くしたままなのが気がかりで、霊になったままこの世を彷徨っていました」
「そうだったの……ですね……」
妻は指輪を大事そうに握った。夫はそんな妻の身を抱き寄せて。
「では、ファラは今も、ここにいるということですか?」
「ええ。お見せします」
さっきと同じ、ピンク色の粉が入った瓶を開けて、空中に撒いたそれを息で拡散させる。
部屋中に広がった粉がどういう影響を及ぼしているのかは知らないけれど、とにかく屋内が闇に包まれた。
「ファラちゃん。いるんでしょ? 出てきて」
レオンが言うと同時に、闇が晴れていく。正確には、霊の一体を残して、他が一斉に部屋の隅に固まるように集まっていった。
部屋の中央に、ごく薄い靄がひとつだけ漂っている。正直、これが小さな女の子の霊なのかは私にはわからない。どうやら、レオンにも自信はない様子だった。
けど両親は確信しているらしい。
「ファラ! ファラなんだね!?」
「ああ……ファラ……会いたかった……」
ふたりで霊に抱きつこうとしたけれど、残念ながらそれはできない。
「霊と人間は干渉し合うことはできません。霊の言葉を人間が聞くこともできません。けど、人間の言葉は霊には聞こえているそうです」
それを聞いた夫婦は、ファラちゃんの霊に語りかけていた。不注意で目を離した隙に水路に落ちてしまったことや、指輪のことを気づいてあげられなかったことを謝っていた。