49.マーガレットの手紙
「痛くはないだろ? 後で、できるだけ綺麗に縫合してあげるからな」
物言わぬ死体に優しく語りかけるレオンは、手早く皮膚を切り裂いてマーガレットの体の中を暴く。
「これが胃だ。胃液はもう腐ってるとは思うけど、触れたらすぐに布で拭うこと」
ユーファに言いながら、ナイフで胃袋にも切れ目を入れていく。
拭わないといけないのは、気持ち悪いからかな。
「指が徐々に溶けていくんですよ。ずっと放置でもしない限りは大事にはなりませんけど」
「あ、なるほど」
胃は食べ物を溶かす場所。知ってるとも。学校で習った。
「何か見つけた。マーガレット、必要なのはこれか?」
胃の中で何かを掴んだレオンの問いに、マーガレットはしっかり頷いた。
「これ以外に、なにかあるか?」
首を横に振る否定の仕草。
「わかった。じゃあ縫合してやる。ルイ。これはお前が持ってろ」
「ええ。……どうすればいいの?」
「親友がルイに渡したかったものだよ。ルイが調べろ。まずは水で洗い流せ。周りを蝋で覆ってるみたいだから、削って中を見るんだ」
手を拭いながらのレオンに言われた。そうよね、これは私の仕事だ。
「ええっと……水は……」
「あちらに水場がありましたよ、ルイーザ様!」
「よし、行きましょう。あとは蝋を削るのは何が必要かしら……」
「使う?」
「あ、ありがとうユーファちゃん」
さっきマーガレットの体をザクザク切り裂いたナイフを手渡されて、少し戸惑いながらも受け取る。
ちゃんとナイフも水で洗い流してから、蝋を削ぎ落としていく。
中から出てきたのは小さな木箱だった。手のひらに乗るようなサイズで、角を削ってなめらかにしている。
さらに蝋で包んで滑りを良くすれば、無理矢理飲み込むのは可能だろう。蝋で守られているから、胃液が木箱の中に染み込むことはない。
「これは……なにかしら……」
小さな木箱を眺めるけど、私には見覚えがなかった。重要なのは中身なのだろう。
けど、リリアにとっては違ったようで。
「これはマーガレット様の宝物です!」
「え?」
「もちろん、その中身がですけれど! いつも身に着けていらしたネックレスを入れた小箱です!」
「あ……もしかして、真っ赤なルビーの?」
「はい! 六歳のお誕生日にお母様から贈られた、大切なネックレスです!」
興奮した様子でまくしたてるリリアの言葉で、私は思い出した。
いつもマーガレットの胸元に輝いていたそれは、彼女が亡くなった時は身に着けていなかった。
入れ物ごと飲み込んでいたからだ。
思い出の品だったんだ。そういえばレオンが私の前で初めて冥界へ送った霊、ファラちゃんもそれくらいの歳だった。
その年齢の女の子にとっては、綺麗な宝石は何にも増しての憧れ。幼い頃の私もそうだった。マーガレットは、ルビーを貰った喜びを忘れられず、ずっと身に着けていた。
なぜ、これを飲み込んだのか。誰かに奪われたくなかったからだ。
背後から足音が聞こえた。レオンと、体が元に戻ったマーガレットの遺体がこっちに歩いてきている。あとユーファとエドガーも。
「彼女は冥界へ行くのを、まだ拒否しています。ことの顛末を見届けるまでは去れないと考えているのでしょう」
「それで、マーガレットの大事なルビーがどうしたって?」
リリアの声が、作業中のレオンまで届いてたのかな。
それは今から確かめること。
木箱を開ければ、見慣れたペンダントが入っていた。それから、丸められた小さな羊皮紙がニ枚。
広げると、マーガレットの筆跡で書かれた文章だった。最初の行から、それぞれ私とマーガレットの父に宛てられているのがわかった。
ふと彼女の方を見る。虚ろな目を向けていたマーガレットは私と向き合う形になると、しっかり頷いた。
「読み上げるわね」
全員が耳をすませる中、私の声が朗々と響く。
――――
親愛なるルイーザ。
あなたがこの手紙が読まず、アーキン王子の妻として幸せな人生を送ることを願っています。
できれば、私も何事もなく日々を過ごし、時々あなたと再会するような人生を送りたいものです。
だけどこの手紙を読んでいるということは、私の死を意味しています。ルイーザがヒントの意味を理解してしまい、私のお腹を捌いて血にまみれながら、この手紙を見つけたことになるのだから、相当に嫌な思いをさせたことになります。
本当にごめんなさい。
ここから先の文章は読まなくても構いません。同封されたネックレスと一緒に、私のお父さん、ラングドルフ伯爵へ届けてください。
父に会うのが難しいなら、街の大通りにあるカフェに、使用人のリリアがよく訪れます。声と胸の大きな、私たちと同い年の女です。彼女に接触して、取次を願ってください。
ルイーザのこれからの人生が、幸せであることを願います。
親愛なる父上。
先立つ不幸をお許しください。
単刀直入に申し上げます。ドライセン家の背信行為が発覚しました。
どうやら地下に封印されている魔道具の一部を密かに持ち出し、周辺領土の家へ売り払うつもりのようです。
ドライセンの当主が直接顧客を探すのは表の立場上難しいらしく、密かに娘のアシェリーに依頼をしていました。学校に通う子息の親に、そういうのに興味がある好事家はいないかと探りを入れさせていました。
彼女が級友たちに、親がそのようなものを欲しがってはいないか。良かったら売ると話していたのを偶然耳にしました。
恥ずかしながら私は、アシェリーとはあまり気が合わず、学校では疎遠な関係でした。なので彼女と彼女の家の企みに気づくのに遅れてしまいました。
顧客が見つからず、魔道具が売り払われないのならばそれでよし。けど、念の為に倉庫を確認してください。
私はこれから、アシェリーに確認を取りに行きます。他に人が滅多に来ない、時計塔の屋上に呼び出して。周りに人目がある場所では、彼女は罪を認めようとしないでしょうから。
もし本当に危険な魔道具を金儲けのために流出させるつもりなら、すぐに考えを改めろと説得します。取引を持ちかけていた級友にも、後で確認を取ると言うつもりです。
何事もなければ、私は無事に学校を卒業することでしょう。けどアシェリーとその家が本当に悪事を働き引き返せない所まで行っていたなら、私は死ぬことになります。
そして死んだから、この手紙を父上が読んでいることでしょう。
父上、どうかドライセンに適切な処罰をお与えください。魔道具とやらが危険なものであれば、流出を止めてください。
あなたの愛する娘、マーガレットより。