48.伝えたかったこと
「おいたわしや、マーガレット様……」
死者の姿に、リリアが息を呑んだ。
「思ったより腐敗はしてないけど、臭いはやっぱりあるな。ちょっとどいてろ。少しは見てくれを整えてやる」
「それよりも早く蘇らせてよ」
「この人も、蘇るならいい姿の方が気に入るだろ。外見を着飾るのが嫌いな人だったのか?」
「それは……いいえ。マーガレットは誰よりもおしゃれが好きよ。気取らない性格だったけど、服装には気を使っていた。お化粧もね」
「そっか。こいつのこと、よく見てたんだな」
「当前よ。親友なんだから。あなたこそ、マーガレットのこと気遣ってくれたのね」
「死者を満足させるのが仕事だからな」
あ、ちょっと笑った。自分のやってることに誇りを持ってる顔だ。
レオンはナイフをローブにしまって、代わりにいくつかの小瓶を取り出す。こんなのをどれだけ持ち歩いてるんだろう。というか重くないのかな。
中身はどれも粉末だから、重さはそれほどでもないのかも。
ひとつは肌に近い色をした粉末で、それをマーガレットの遺体の顔に塗っていく。多少は血色のいい顔に見えた。血の気の失せた顔に、生前の雰囲気を少し取り戻した。
縫合されてる箇所には念入りに塗って、髪型も整えて多少は目立たないようにする。
別の瓶を開けると、ふわりといい香りがした。
なんだろう、これは。
「レオンのご家族が好きだった花の香りだそうですよ。あの粉末には消臭の効果もあるそうです」
「レオンの家族?」
「あまり詳しくは、私も教えてもらっていません」
「そう……」
こんな子供を遠くへ追いやり、ネクロマンサーなんて仕事をさせている親がどんなものか、少しは気になる。今はそれどころではないけど。
花の香りの粉末を軽く遺体に振りかければ、死臭は気にならない程度に減じられた。
「じゃあ、あそこまで運んでくれ。俺は魔法陣を描くから」
「ええ。リリア、ユーファちゃん、手伝って。マーガレット、もう少しだからね」
金持ちのための墓地だからか、墓同士の間隔は開いている。魔法陣を描く余地は十分にあった。
女三人で、レオンが描いている魔法陣の中央に遺体を置いた。月明かりに照らされた彼女は、死してなお美しかった。
「マーガレット、入ってくれ」
格式ばった祈りの言葉はいらない。魔法めいた不可思議なものは、霊の存在で十分。
これは魔法でなく、霊が遺体を動かす手伝いをしているに過ぎない。
やがてマーガレットの指がピクリと動いた。胸の高さに上げられていた両腕のうち、左手がお腹の位置に戻される。
最初にすべきことはそれなのか。
次にマーガレットはゆっくり起き上がり、レオンの方に首を向けた。なんでレオンなんだ。生前に関わりのあった、私やリリアじゃなくて。
次の瞬間、彼女はレオンへ向けて踏み出し、片手でローブの裾を掴んだ。もう片方の手は、お腹に当てたまま。
「うわっ!? おい! 何しやがるんだ!?」
レオンの焦り混じりの問いかけに、話せない死体は当然返事をしない。ただ、勢いよくローブをめくりあげる。
内部に収納されているいくつかの瓶や道具、もちろんナイフも見えた。
マーガレットの目的もナイフらしく、柄をがっしりと掴む。レオンもまた、抜かせないためにマーガレットの手首を両手で掴んだ。
「待て待て! 危ないから! ナイフがどうしたんだよ!?」
泡を食ってるレオンに、マーガレットは返事ができない。代わりに、空いている左手で自らの腹をバシバシと叩いた。
「マーガレットは時計塔から落ちて死んだ時、両手をお腹に当てていたの……」
また、その時の光景が脳裏に浮かぶ。
マーガレットは私に死の瞬間を見せつけるかのように、時計塔の中腹で窓の外を見てと指示をした。
結果私は、お腹に手を当てながら真っ逆さまに落ちるマーガレットを見ることに。
その瞬間、確かにマーガレットと目が合っていた。
彼女はお腹に手を当てたまま、微笑んでいた。それはなぜ?
私に、何を伝えたかったの? 何を託したかったの?
「もしかして、お腹の中になにかあるの!?」
頷き。
「そうか。ナイフで腹を開けってことだな!?」
再度頷き。
「わかった! マーガレットは横になってくれ。ユーファ、ナイフ持ってるな? 手伝ってくれ」
ユーファは何も言わず、腰に下げていたナイフを抜いた。持ってたんだ。いや、なんでちびっ子たちは当たり前みたいにナイフ持ってるんだ。
「狩人たちは弓の他にナイフも装備するのが普通ですよ。仕留めた獲物を解体するのに使います」
解説ありがとうエドガー。できれば、手も動かしてほしいな。
「ルイ、リリア、手伝ってくれ。服を脱がさないといけないけど……俺にはできない」
「わかりました! 行きましょうルイーザ様!」
「そうね……」
服の上からお腹をザクザク切り裂くわけにはいかない。けど、死体とはいえ女性の服を脱がすのはレオンには抵抗があるか。ちゃんと気を遣ってくれてるのだな。
マーガレットの服をめくりあげて腹部を露出させる。そして隠すべき箇所に布を被せてあげた。
傷一つない引き締まったお腹は、死してなお美しかった。
「胃があるのはこのあたり。ユーファはそっちから切開してくれ」
ユーファが頷き、マーガレットの腹にナイフを突き立ててゆっくり皮膚を切り裂いていく。
目を背けたくなったけど、親友の体だ。何が気持ち悪いか。それに、命を賭して伝えたかったことがわかるのだから。
一瞬たりとも見逃さないよう、真っ直ぐ彼女に目を向けた。