47.マーガレットとの対面
争いを望むのはもうひとり。ユーファが、背中に手を回して弓をぎゅっと握っていた。両親が死んだ本当の理由と仇を探りたいのは彼女も同じだ。
レオンはユーファのそんな様子を見て、微笑みを見せた。お前の希望は果たしてやると言いたげだ。
歳の近い友人として、力になりたいのだろう。
私たちがラングドルフに向かう理由は、魔道具とは無関係だ。けどいずれも伯爵家にまつわる出来事。もしかしたら関係するかもしれないし、可能なら真実を突き止めよう。
「どうやら、皆さんの心はひとつのようですね。では早速、明日の朝に街へ向かいましょう」
「なんでエドガーが仕切ってるんだよ。お前は何もしてないし、たぶん街でも何もしないだろ」
「なにをおっしゃいますか。私は皆さんの行いを神が容赦するよう、祈るのが仕事です」
「それしかできないもんな」
「はい」
レオンの皮肉にもエドガーは笑顔で返した。これで仲違いしないんだから、お互い遠慮のない関係だと思う。
私は、誰かとこんな関係を築けるのだろうか。死んだマーガレット以外で、こんなやり取りができる誰かができるかな。
寂しさで、ちょっとだけ胸が痛んだ。
翌朝。セライナの形だけの葬儀も行い、村に別れを告げて馬車を出す。
ユーファを連れていきたい旨も、村長に話して許しをもらった。身寄りのない子を教会で引き取ることは珍しくない。
新しい神父様がいつ赴任するかわからないし、王都の神父がやってくれるなら助かる。村長はそんな様子だった。
あと、事件の原因となった剣も私たちが持っていくことになった。これは正直、関わりたくないけど仕方ない。
村に置いても手に余るだろうし、元は街にあった可能性が高い。元あった場所に戻すなら、私たちがやるべきだ。
残りの道のりは、驚くほど平穏なものだった。
ユーファは生まれてこの方、街や他の村に行ったことはない。村と森だけが世界の全部の人生を送るところを、私たちに連れ出されることになる。
それはそうとして、途中までは森はユーファにとっては庭のようなもの。
道はできているものの、迷う心配はないし野生動物の気配も、なにかあればすぐに察知しようと周囲を警戒していた。
そういえば出発時、レオンは森では狩人を雇うかもと言ってたな。その方が不安が払拭できるとか。
雇うとは少し違ったけど、これで私たちは安心してラングドルフの街までたどり着くことができた。
王都や、私の故郷の街ほどではないけど、立派な街。行き交う人々の表情も明るく、活気がある。
領主である伯爵が善政を敷いているのだろうな。なるほど、リリアが必死に庇うわけだ。
今日の宿も、これまでと同じく教会。村の簡素な教会ではなく、街の中心部にある立派なものだ。
そこの神父はエドガーと懇意であり、先日送ってくれた手紙が届いてくれたこともあり、快く迎え入れてくれた。
ここに来てようやく、私は未亡人の装いを解くことができたわけだ。
「では早速、夜にマーガレットさんの遺体を掘り出しましょう」
いよいよか。
この街にも教会や墓地はいくつかある。領主の一族であるマーガレットの墓は、街の中心部の近くにあった。
伯爵の下で働く貴族や、有力商人といったラングドルフ領の財政界のお金持ちの屋敷が立ち並ぶ地区の一角。教会の裏手ではないけれど、管理は教会がしているために掘り返す許可は既に取っている。
実際に掘り返すのは私たちの仕事だ。特にレオンの。
「神よ。安らかに眠る死者を起こすことをお許しください」
相変わらずエドガーは祈るだけで手を動かさない。それを見上げるユーファの視線が冷たい気がする。
「私も手伝います! 力仕事も少しはしていたので! うおおおお!」
教会から持ってきたスコップは人数分ある。エドガーは何があっても使わないから一本は無駄になるけど、リリアは自発的に協力を買って出た。気合いは十分だ。ちょっとうるさいけど。
私だって同じだ。マーガレットは親友で、私が会いたいと言ってここまで来たんだ。手伝わなくてどうする。
「……」
ユーファも無言で小さめのスコップを手に取り、地面に突き刺した。
四人がかりでやれば、すぐに棺が見えてきた。この前のような薄い木製のものではなく、石で出来た重いもの。
「持ち上げるぞ。せーの!」
レオンがナイフで棺本体と蓋の隙間をこじ開け、指が入るスペースを作る。
そして合図と共に、重い蓋を持ち上げた。
果たして中には、亡き友の遺体が安らかに眠っていた。
頭から地面に落ちたために、衝撃で死体の頭部はほぼ真っ二つに割れていた。私はその様子をはっきり見た。
貴人がそのような姿で埋葬されることを良しとしない家族の意向で、遺体は修復されていた。割れた頭をくっつけて糸で縫って元に近い形にする。
だからマーガレットの顔には、痛ましい縫合跡が残っていた。死んだ今では、永遠に治らない傷。
顔も血の気が完全に失われ、青白くなっていた。
胸のあたりで両手で花を持っていた。もちろんその花は既に朽ちている。
彼女が死んだとき、両手はお腹に当てていたはず。腕の位置が変わっているのは、送られるにふさわしい格好へと変えられたのだろう。