46.魔道具を持ち出したのは誰?
「歴史を知る者にとっては、骨董品としての価値があるものだ。金持ちの間では高値で取り引きされることもあるらしい」
「そうなの? 知らなかった。私もお金持ちなのに」
「公爵様がそういうのに興味がなかったか、ルイ自身が収集家になるとは思ってなかったから伝えなかった」
「……なるほど」
王家に嫁入りしろと命令されてたわけだし、そうじゃなくても私の将来はどこかの金持ちの子息の嫁になるのは決まってたのだろう。
家同士の繋がりを強化するためとかの名目だ。私自身が、骨董品の収集家になる未来を家族は期待されていなかった。
「ですが、おかしくはないですか!? その魔道具? というものが今も魔法がかかった状態であったとして、それが人を殺した……? そんな危険なもの、私なら集めようとは思えません!」
メイドの意見はそういうものなんだろうな。でも。
「そうでもないわよ、リリア。お金持ちにはね、危険なものに興味を持って、欲しがる人もいるの」
「そういうもの、なんでしょうか……」
「別にゲテモノ趣味の金持ちだけじゃない。あの剣みたいな、放っておけば危険すぎる物を封印して、二度と使われないように保管するために集めるのも立派な目的だ」
たしかにそれなら、人の上に立つ金持ちが立派に使命を果たしていると言えそうだ。
けど。
「今回は、なぜか流出してしまったわけね」
「そうだ。質の悪い商人のせいでな」
セライナのせいとは言わなかった。そもそも、盗まれるのが問題だから。
「危険なだけではなく高価なもののはず。好事家が売り買いするにしても、もっと格の高い商人を使わないと。それができるだけの金持ちの取引だろうに……」
ユーファの話では、商人は昼食時に見張りを立てずに全員で食事して、酒まで飲んでたらしい。
「程度の低い商人にしても不用意すぎる。街のチンピラに金と馬車を渡して商人を装わせ、使いっぱしりさせたと言われる方が納得できる」
散々な言いようだ。
「なんでそんなことする必要があるのよ」
「さあ。まともな商人には頼めない仕事だったとか。危険な物を運んでると察せられるから、断られるとか」
実際、扱いを間違えれば人が死ぬようなものを運んでいたわけで。
「運んでいたのが、あの剣だけとは限らないけどな。とにかく、まともじゃない人間がまともじゃない仕事をやって、事故が起こった」
「その、まともじゃない仕事を命じたのは誰?」
「さあ。ユーファ、なにかわかるか?」
「あの人たち、街から来たって食堂で言ってた」
「ラングドルフの街の金持ちか。運ぶ先は、たぶん王都。そこまで距離はないから、チンピラのお使いでもいけると考えた奴がいた」
「……ラングドルフのお屋敷には、魔族戦争時の魔道具が収められた倉庫があると聞いています……」
ラングドルフ領に一番詳しいリリアが、静かに口を開いた。
「初代様が戦争で活躍した折、敵から鹵獲したり戦場から回収した魔道具だそうです」
無名の騎士だった男がラングドルフの姓と伯爵の位、そして王都のすぐ北の領地を賜ることとなった戦争のことだ。
それにふさわしい活躍をしたのだし、その過程で大量の魔道具を得たことは不思議ではない。
英雄や領主という立場をよく理解し、危険な魔道具を封印して人の手に触れられないようにしたのだろう。
他者がわざわざ集めるようなものではない。伯爵もそういう認識だったから、自分で持っておくしかなかった。
「お屋敷の地下の最奥にあるその倉庫は、使用人はもちろん家人ですら入ることを禁じられていました。近づくこともいい顔をされていません」
「なるほどな。人が近づかない場所なら、誰にも見られることなく入るのは簡単だろうな。鍵はかかってるだろうけど……管理してるのは当代の伯爵かな。これを開けて中身を好事家に売ればそれなりの金になるし、持ち出そうとする奴はいるだろうな」
「あの。レオンさん。もしかして伯爵様が、お金に困って魔道具を密かに売ったと考えているのでは……」
「そう仮定すれば、チンピラを商人役に使ったのは理由がつくな。正規の商人を使うのはまずい。他の金持ちの顧客がいる商人だろうし、情報を流されるという弱みを」
「ありえません! 伯爵様は、そのようなことをする方ではありません! それに、お金に困ってなんかもいませんし……」
「鉱山の採掘委託の件、公爵家に取られたんだろ? 王子の嫁取りの話も。工作にかけた費用が無駄になった。どこかで補填を考えないと」
「だからって! 道徳に反することをする方ではありません!」
「ふたりとも。そこまでよ」
ふたりの間に割って入る。仲間割れしてる場合じゃない。
「レオン、まだ何もわかってないのに、会ったことのない人を憶測で悪く言うものじゃないわ」
「……わかったよ。確かに、ラングドルフ領から魔道具が来たとしか判明してない。伯爵のことを一番知ってるのはリリアだ。リリアが伯爵を信じるっていうなら、俺も信じる。悪く言ってごめん」
「よろしい。リリアも」
「あ、はい。レオンさん、声を荒げて申し訳ございませんでした! 私も真実を突き止めたい気持ちは一緒です!」
お互い頭を下げて解決。そうだな。これができれば、世の中の諍いは大抵丸く収まる。
まあ私も、あのクソ王子とかに頭を下げるのは御免と考えてるから、争いごとはなくならないのも真実だけど。
レオンとリリアは、お互いに一定の敬意を払っているのだろうな。