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44.魔道具ってなによ

 ユーファは走るセライナの背中に向けて、三本の矢を立て続けに射る。遠ざかっていく標的に対しても狙いは正確で、膝に二本と首に一本命中させた。

 それで、セライナの動きはかなり遅くなったように見える。レオンが追いつかれてしまうことはないだろう。


 普通は後頭部を射られれば死ぬものだけど、なぜかセライナは走り続けていた。どうなってるんだ。


 他の狩人たちの多くは、まだ森の中にいるわけで。私はユーファに誘導されるまま、道のない森を歩いて外へ向かっていった。

 建物の陰に隠れて落とし穴に目を向ければ、レオンはそれを飛び越えて、一方のセライナはしっかり踏んで嵌ってしまった。


 バランスを崩し、前につんのめるセライナの動きが止まった瞬間、待ち構えていた狩人たちが矢を射る。

 何本も刺さって、さっきユーファが当てた矢もそれに紛れてしまう。森の中でユーファが遭遇した証拠が隠された。


 それから、斧を持った木こりがふたりほど駆け寄って、セライナにそれを振り下ろす。遠慮なく、何回も繰り返していた。

 さすがのセライナも、体中を斧でズタズタにされ、四肢がかろうじて繋がってる状態では人を殺せない。


 なおもピクピクと体を痙攣させていたけれど、斧で首を切断されて完全に動きを止めた。


「……残酷ね」

「別に。狩りなら、いつもやってる」

「そう。人を射たことは?」

「……ない」


 目の前で起こった惨状は、セライナのやったことを考えれば当然の報いかもしれない。けど、あまりにも凄惨な光景に私は目を背けたかった。

 ユーファも同じだろう。狩りには慣れていても、人を狙うなどありえない。もちろん、セライナを殺した彼らも同じ。


 ましてや殺されたのは、あまり褒められた性格とは言えずとも、村の一員なのだから。知り合いも多かったことだろう。


 現場には、なんともいえない陰鬱な雰囲気が漂っていた。みんな表情は暗く、目の前の死体をどうするべきか決めあぐねているようだった。

 ちらりと、ユーファを見る。両親の仇を討てた彼女の表情は、沈んでいた。


「神父様に頼んで、お祈りしてもらいましょう。人を傷つけたことも、必要だったと神様はわかってくれるわ」


 ユーファは返事をせず、ただ頷いた。


「触るな!」


 不意にレオンの声。そちらを見ると、村人のひとりがセライナの握っていた剣に不用意に触ろうとして、制止されているところだった。


「彼女がおかしくなったのは、たぶんこの剣に触れたからだ。だから誰も触るな」


 神父に従っている御者の子供が、なんでこの場を仕切れるのかという疑問はみんな抱いただろう。そもそも、なんで彼が森から出てきたのかも謎だ。

 ただセライナの握っている剣が、誰も知らない怪しい物なのはわかっている。だから村人たちは警戒するように後退った。


「ご苦労です、レオン。彼女の祈りは私が行いましょう。遺体に触れることに問題は?」

「ないはず……です、神父様」


 ちょうどいいタイミングでエドガーがやってきた。なんとしても暴力の場に出ようとしない精神は別として、神父様としてこの場を収めてくれるのはありがたい。

 他人の前だからと、神父様の使用人を演じさせられてるレオンが、内心かなり苛ついてるのが表情からわかる。


 普段から良い子にしてれば、こんな時にわざわざお芝居なんかしなくていいのよ、クソガキ。


「問題は剣だけです。それに直接触れなければ、死体自体に触れるのは問題ない……です」

「なるほど。では彼女の手首を切り落とし、埋葬しましょう。罪人といえど死者。弔いは必要です」

「あの。神父様この剣は」

「それについては、レオンの方が詳しいでしょう。彼は教会の書物であらゆることを学んでいますから」


 エドガーの言葉に、こいつはただの御者ではないと、村人たちの尊敬にも似た視線が一斉にレオンへ向く。


「別に、そんなに詳しくは」

「何を言いますか。村人の証言を聞いて、剣が原因だと見当をつけた上で、レオンは単身森に飛び込んで彼女をここまで誘い出した。他の村人が戦えば何かの拍子に剣に触れる危険が高いと知って、自分で対処の危険を引き受けた」


 レオンが森から出てきた言い訳を、実に説明的な言葉でやった。不自然極まりないけど、村人たちは彼の功績の方に注目しているようだった。

 彼はうんざりした様子でため息をついた。


「わかるのは、この剣は魔道具の一種かもしれないってことだけです。剣の刃に呪詛が刻まれています。それを解読すれば詳細が判明するでしょうけど、街に住んでる専門家が必要。今は、厳重に封印してください。女の体から切り離して、布で何重にも巻いて箱に入れれば持ち運ぶこともできる。……女の手ごと、だけど」


 一気に説明して村人たちを感嘆させた。

 魔道具ってなんだ。訊きたいけど、今出ていくわけにはいかない。


 村人の何人かが、腰が引けながらもセライナの手首に斧を振り落として切断していた。誰かが布を持ってきて、雑ながら厳重にくるみ、同じく誰かが持ってきた木箱に入れる。

 セライナの遺体は、数人の男が墓地まで運んでいった。幸いにして、誰も狂気の叫びをあげて人に襲いかかることはなかった。


「ルイーザ様」

「ひゃい!? ……なんだ、リリアね」

「そろそろ教会に戻りましょう。皆様、普段の生活に戻る頃ですから。誰かに見つからない内に早く」

「え、ええ」


 危機は去り、家に避難を命じられていた女性や子供も出てくる頃合い。私もユーファも教会に隠れてるって設定だから、見つかるのはまずい。

 レオンたちも、じきに教会に戻るだろうし。

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