42.お葬式をやる意味は
翌日。森の入り口に落とし穴はしっかり掘られていた。膝くらいの深さの穴に、地面と似た色の布を被せて軽く土を振ってカモフラージュする。
入り口とは、森を抜けるための通路の付け根だ。つまり事件が解決すれば、私たちはその上を通ることになる。
もちろん用がなくなればちゃんと埋められるし、村人全員に注意喚起がなされていたから、間違えて誰かが落ちることはない。
朝から六人分の葬儀がまとめて行われ、残された者たちは別れを惜しんだ。セライナは必ず止めるから、安心して眠ってくれ。村人たちは口々に言っている。
その中にはユーファもいた。悲しそうな顔で、穴に収められた木製の棺に土をかける。
「レオン。霊はちゃんと冥界に行ったのかしら」
「正確に数を数えられるわけじゃないけど、行ってないっぽいな」
「そう。やっぱり、セライナを倒すしかないのね」
「ああ。その後に、お祈りを言って塩を撒いて、改めて冥界への道を作らないと」
「この葬儀は無意味なのね」
「そうでもない。葬儀は残された人のためにもあるから。簡単な祈りでも冥界へ行かせられる。大げさな儀式をするのは、生者のためだ」
「きちんとしたお別れの場を作るため、とか?」
「そうだな。残された人の気持ちの整理のためにやってるんだ。どっちかと言えば生者の都合。それでいいんだけどな。死者の都合なんか、普通の人は知らない」
「知ってるのはレオンだけ?」
「そうだ。だから俺くらいは、死者の事情に寄り添ってやらないとな」
そう語るレオンの口調は、どこか優しかった。
自分にしかできない仕事を誇らしく感じているようだった。
その仕事のせいで、私はもうすぐ危険に身を晒す。
レオンも同じだけど。
「ねえ。そもそもあなた、どうして死者に寄り添おうとするのよ」
「……俺しかできないから?」
「それは理由じゃないでしょ?」
できるのとやるのでは、意味が違う。
「確かにな。善行を積みたいから、かな」
「積んで、何をするのよ?」
単なる善意で行動する人間ではない。そこには理由があるはずだ。
「多少の悪事でも、死後に神が見逃してくれるように」
「悪事って、何するつもりよ。まさか犯罪とか」
「そう簡単にやるつもりはないって」
それっきり、レオンは口をつぐんでしまった。
葬儀はつつがなく終わり、やる気に満ちた狩人や男性たちは早速森に入ろうとしていた。
女性や子供たちは、家に閉じこもり外に出てはいけないと厳命されていた。男性から声をかけられるまではじっとしていろと。
つまり外を見られる心配がない。男性もみんな、森に入っている。
ユーファは、私たちと一緒にいると村人たちには言っておいた。セライナ探しからは遠ざけてくれると、信頼して預けてくれた彼らを裏切るようで申し訳ないけど、彼らを助けるためでもあるのだ。
私は喪服を脱いで、ユーファが家から持ってきてくれた服に着替えた。彼女のお母さんのものらしい。
狩人である夫についていって森へ入ることも多かった活動的な女性で、その際に着る動きやすい服を用意してもらった。
ユーファに弓術を教えているあたり、父親は女性にも技術を身に付けて欲しいと思ってた人なのだろう。それが、生きるのに役に立つのだから。
「じゃあ、行ってくる」
「お気をつけて!」
「皆様に神の御加護があらんことを」
レオンが教会から出ながら、留守番組に声をかけた。
元気に送り出してくれるリリアと、祈るエドガーのことだ。戦いになっても役に立たないから仕方ない。
そんなレオンは、狭い森の中では邪魔になるだろうからとローブは脱いで行く判断をした。ナイフだけ携行している。
「ふたりとも、俺の指示をちゃんと聞くんだぞ」
「なんであんたが仕切ってるのよ。私が最年長よ」
「ルイにリーダーなんて任せられるわけがないだろ」
「なによ……」
失礼な。私は公爵令嬢で、本来なら人に指示を与えるべき立場。まあ、今回はレオンの方が適任っぽいから立場を譲ってあげるけど、もう少し敬意を持ちなさいクソガキ。
「恐怖と自尊心のどっちを取るかで迷ってるって顔だな」
「な、なんのことかしら!? 私は何も恐れたりなんか」
「ユーファ。目立たずに森に入りたい」
「こっち」
「待って。せめて話しを聞いて」
さっさと森へ向かってしまうふたりを、私は慌てて追いかけた。
森と村の敷地の境目には長さがあるけど、村の狩人が森に入る箇所は決まっている。ここから森を抜けて街に続く道から、だんだん中に入っていく。
セライナを捜索する狩人たちは、全員がそっちに行っている。だから道から離れた箇所から森に入っても、誰も気づかない。
「それはいいんだけど、道から外れてるってことよね? 周りに木ばっかりあるんだけど」
「森なんだから当たり前だろ」
「そうじゃなくて! 獣道でもいいから、木生えてなくて視界がまだ開けてるところがないのよ」
「そういう所から入ってもらったからな」
「ええ! あのね、森の中にも道みたいなのはあるのよね!? 狩人さんは普段、そこを頼りに歩いてるのよね!? もしそこから外れて、迷って延々森の中を歩いたりなんてことには」
「大丈夫」
ユーファが微かにこっちを振り返り、短く言う。そして道なき道を迷いなく進んでいく。
「迷わない」
「だそうだ」
「昨日会った人間への信頼が厚すぎるわよ!」
「でも本職の狩人だし」
「経験の浅い女の子なのよ! もっとこう、用心した方がいいというか! なんか帰り道を示す印を木につけるとか」
「木に傷をつけるのは駄目」
「ううっ。ごもっとも……ごめんなさい駄目なことを言ってしまにぎゃー!?」
不意に体勢が崩れて、私は森の中で盛大に転んだ。
ちょっと待って。これってつまり。