41.復讐はとても楽しい
感情が無い子じゃない。ただ、表現するのが苦手なだけ。
そんなユーファの体を抱きしめて、頭を撫でてあげた。
ふと横を見ると、レオンが気まずそうな顔をしている。
なによ。言いたいことがあるなら言えばいいじゃない。
「なあユーファ。お前も俺やルイと一緒に森に入らないか? セライナを殺せるかはわからないけど、殺す計画に参加させてやる」
やっぱり何も言わないで。ユーファは今、村の大人たちの優しさに触れて、復讐なんて血なまぐさい行為から身を引こうと決意し始めたところなんだから。この涙は、そういう種類の感動からくるものだ。
もう遅いけど。
「うん。やる」
「やるのかー」
ユーファは、思いのほか積極的だった。背中に手を伸ばして、弓をぎゅっと握った。
「わたしも戦える」
「で、でも。復讐なんて」
「ルイも機会があればやりたいって言ってただろ、復讐。嫌いな王子様とかアシェリーとやらに自分で手を下せるなら、やりたいだろ?」
「た、たしかに!」
言った。あとやりたい。
「それに、俺とルイだけで森に入るのは危険だ。森に詳しい人間がほしい。あと、多少なりとも戦える奴」
「戦えるって……」
「弓は得意」
「ユーファちゃんそうじゃなくてね! こんな小さな女の子に、人を傷つけさせる気なの!?」
「復讐っていうのは、そういうものだ」
「やる」
ああ。この子が一番やる気だ。
気持ちはわかるけど。両親の仇は討ちたいものよね。でも、安易に暴力に走るなんて。
ここは大人が止めないと。でも私には無理だ。
「俺ひとりではルイを守れないかもしれない。だから、もうひとり人手が欲しいんだ」
「……私のためって言いたいの?」
「それもある」
「だったらこの子じゃなくても、他の大人の狩人に護衛をお願いしても。というか、ひとりじゃなくて何人かの狩人の班に入れてもらうとか」
「少人数で身軽に動きたいんだよな。それに、ルイの顔をまともに見る人間は少ない方がいい」
「あー」
森に入る以上は、顔を伏せながら動きにくい喪服を着るのはまずい。もっと動きやすい服装をしないと。
そもそも悲しみに暮れて教会に引きこもってる未亡人が外に出ること自体がおかしい。私とレオンが動くのは、極秘でなければいけない。
なるほど、同行する狩人は少ない方がいい。無口なユーファなら適任だろう。
私が森に入ること自体、まだ賛同しかねるのも事実だけど。でも私の能力が索敵に向いているのも事実。
村人たちの安全と私の安全、それぞれを考慮してくれてる。私の安全を最優先して欲しい気持ちはあるけど、事件が解決しない限りは森を通れず目的地に行けないからな。
「けどなユーファ。他の大人に任せてもいいことなんだ。本当は復讐なんかやるべきじゃないって、ルイの考えも正しい」
レオンは私をちらりと見てから、一見すると直前までの意見と反することを言う。
わかってる。私が一方的に間違ってる風にしたくないんだ。私を庇ってくれてるんだ。
「どんな理由があろうと、人を傷つけたり殺したりすれば、死後に煉獄へ連れて行かれて身を焼かれる。それを避けるためには、これからの人生でそれを打ち消すだけの善行を積まないといけない」
十二歳の子供が語る人生を、同い年の少女がどれだけ深刻に受け止めるかなんて、私には推し測れない。
けど、ユーファの決心は変わらない。
「それでもユーファは、復讐を望むんだな?」
「うん」
頷くだけでない。彼女はしっかりと返事をした。
「うー。そっか。わかった。ユーファちゃん、本当にいいのね?」
頷き。
そっかー。だったらやるしかないかー。
ユーファはその日、教会に泊まった。
両親がいない彼女の引き取り手が誰になるかは、まだ決まってないという。普通なら親を失った子供は、近くの教会に引き取られるものだけど、その引き取り主も亡くなったから。
たぶん村長か、子供のできない家庭になると思われる。
でもユーファは、私たちといることを選んだ。
気持ちを理解してくれたからだろうな。それが復讐なんてものであっても、ユーファには必要だった。
「明日はよろしくお願いします、ユーファさん!」
「!?」
夕食がまだだったらしいユーファに、リリアがシチューをよそいながら言う。
その大声に、ピクリとユーファが肩を震わせた。
「リリア、少し声量を落としなさい。驚いてるでしょ」
「あ! 失礼しましたユーファさん!」
「だからそれよ」
わざとやってるの?
「人の性質は簡単に変えられないものなのですよ。レオンさんの目や、ルイさんの体質と同じ。リリアさんも、こういう話し方をするのが楽なのでしょう。あるがままのそれを尊重するのは、友好を結ぶ第一歩ですよ」
エドガーが聖職者みたいなことを言う。
とても感動的な話だけど。
「お前も、そうやって自分が力仕事しないことを正当化してるだけだろ」
「ふふふ。レオンさんは厳しいですね」
「笑ってごまかそうとするな。聖職者なら、もっと人の役に立つ努力をしろ」
そうだ。もっと言ってやれ。
「…………おもしろい」
え? 今ユーファ、笑った? この醜い人間どもの言い争いを見て?
なんだろう。ユーファにとっては、この空間が楽しいものなんだろうか。
でも、楽しくないよりずっといいか。
表情があまり変わらない少女が確かに笑っているのを見て、私も少し顔をほころばせた。