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4.レオンというのですね

 先日亡くなったのは子供とのことで、さすがに私が落ちてしまっても致命的なことには……ああ、重いドレスを着てると危ないかも。この男性がそこまで考えているわけではないでしょうけれど。


「じゃあなー。気をつけろよー」


 彼は酔っ払って間延びした口調で忠告を重ね、そのまま去ろうとして。


「おじさん。その死んだ子って、どこの子かわかる?」


 クソガキに腕を引っ張られて止められた。


「あー? そこの家だよー」


 彼は、すぐそこにある家を指さした。ちょうど私たちのいる真正面に建っていた。その家の窓からも明かりが出ていた。


「そうですか。亡くなったのはどんな子ですか?」

「小さな女の子だ。五歳か六歳だったかなあ」


 彼もご近所さんで、顔くらいは知っていたのだろう。少し寂しそうな表情を見せた。


「そうですか。ありがとうございました」


 さっきまでのクソガキと同じ人物とは思えないような丁寧な言葉遣いで、彼は酔っ払いにお礼を言って頭を下げた。

 いやいや。私にもその態度で接しなさい。

 なぜそんなことを尋ねられたのかわからないと、首をひねりながら酔っ払いは去っていった。そしてクソガキはというと。


「来い」

「ちょっ!? 引っ張らないで!」


 私の手を引き、その家へと向かっていった。


「何するつもりなの!?」

「その霊、祓えるかもしれない」

「本当!? あの数を!?」


 さっきのピンクの粉の効果が切れたのか、いつの間にか霊は見えなくなっていた。さっきの男性にも見えていた様子はないし。


「ううん。一体だけ」

「それじゃ意味ないわよ! 百体とかいるのよ!?」

「そう。大量にいる。けど一体一体に、それぞれの人生があった。それぞれが本来いるべきじゃない現世で苦しんでいる。一人でも救う意味はあるだろ」

「それはそうだけど! ああ待って!」


 この子は漂っていた霊の心配をしている。確かに意味はわかる。

 けど霊だけじゃなくて、取り憑かれている私の心配もしてほしい。


 というか。


「あなた、そもそも何者なんです!? 名を名乗りなさい!」

「人に名乗らせる前に、まず自分から」

「うるさい! ジルベット領の領主、ルドルフ・ジルベット公爵の娘、ルイーザ・ジルベット!」


 陳腐な返事で答えをはぐらかした態度は気に入らなかったけれど、これが礼儀というのも私はわかっていた。


 公爵令嬢。庶民には想像がつかないほどの地位を見せつけたのに、このクソガキは動じる様子もなかった。そういえば公爵令嬢であること自体はさっきも言っちゃったし。

 そして彼は、思ったより素直に名を明かした。


「俺はレオン。姓はない。ネクロマンサー(死霊使い)のレオンだ」


 レオンっていうのか。庶民は姓を持たない者が圧倒的に多いというのは知っている。

 その場合、どこの村の在住とか、都市部なら職業を冠して名乗ることがあるのも、知識として持っていた。

 この場合は職業なのだろうけど。


「死霊使い!?」

「なんだよ」


 実際に見たことはない。けど物語や、歴史の授業で聞いたことはある。

 かつて人間と戦争を繰り広げた魔族の中に、そのような能力を持った者がいたという。


「死体に魂を無理に戻して動かして、兵士として再活用するっていう、あのネクロマンサー!?」

「別に兵士だけが死体を動かす理由じゃねえよ」

「死体を動かすのは本当なの!?」

「ああ。ネクロマンサーだからな」

「今からそれをやるの!?」

「今夜はやらない。やらなくても救える魂はあるんだよ、馬鹿」

「あー! また馬鹿って言った!」

「こんばんはー。夜分にすいません。少しいいでしょうか」


 抗議を放置して、レオンは家の戸を叩いた。その常識的な話し方を私にもしなさい。

 戸を開けて顔を出したのは、若い男性。


 この家の子供は幼くして亡くなったという。その年頃の娘を持つお父さんだと、これくらいの年齢なのだろう。


「俺はアルディス地区の教会で働いているレオンと言います。こっちは助手のルイーザ」

「誰が助手よ痛っ!」


 口答えした私の足を、レオンが踏んづけた。


 というか堂々と嘘をつくな。こんな乱暴者が教会で働けてたまるか。聖職者というのは、もっと礼儀正しくて他者を尊重できるものだ。


 修道士服を着ているわけでもない子供と、その弟子と紹介されたドレスを着た女。明らかに怪しい組み合わせに、男は怪訝な顔をした。


「お宅の娘さんが亡くなったと聞きました。差し出がましいようですけれど、お祈りをと思いまして」

「はあ……どうぞ……」


 あまり元気のなさそうな男性は、レオンの言葉を否定するでもなく中に招き入れた。ということは、お子さんが亡くなったのは間違いなくこの家。


「あなた。どうしたの?」


 家の奥から、やはり若い女性が出てきた。この男性の妻なのだろう。


「教会の人らしい。ファラのことでお祈りがしたいと」

「まあ……どうぞ」


 妻は少し驚いた様子で、けれど私たちを警戒することなく招き入れた。


 自分で言うのもなんだけど、こんな怪しい二人組を家に招き入れるなんてどうかと思う。詐欺や強盗の類なら、どうするつもりだったのか。

 夫婦揃って、あまり元気がないというか無気力なように見えた。愛する娘を失って、生きる希望を失ったというか。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 一話最後で衝撃の一文でした。 思わず本当はやっていたのかと邪推してしまいました。 この引き込まれる殺伐とした台詞は、某有名作品のヒロインへの衝撃的発言を彷彿とさせ、読む手が止まらなくなりま…
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