38.ユーファにバレました
「この女は、事件の前までは間違いなく普通の人間だよ。あまり真面目な性格はしてなかったけど、家の農地の手伝いをして、家族や友達と普通に接する、なんの変哲もない女だ。歳は二十」
「真面目ではない、というのは?」
「手癖が悪かったようだ」
つまり盗み癖か。
「領地の端にある小さな村だからな。そんなに金目の物があるわけじゃないけど、人の物を盗むことが何度かあった。家が貧乏だからな。金持ちに憧れてたらしい」
「そうなのね。彼女なりに盗む理由があったのね」
「同情するような言い方するな。理由があっても悪事を正当化はできないし、これは理由にもならない」
「ど、同情なんかしてないわよ! わかってるわよ、そんなこと」
ちょっとかわいそうとは思ったけど。でも盗みは良くないな、うん。
「武器とは縁がなかった農民だから、剣をどこから調達したかもわからない。盗んだにしても、元の持ち主が誰かは不明。村の中には名乗りを上げるものもいない」
「なるほどね。剣があったとしても、知り合いばかりの村人を殺す必要もないわよね」
「そうだな。金が欲しいって気持ちが高まりすぎて、狂気に犯された。そんな予想をする奴もいた」
でも単なる予想だ。
「聞いた話は以上だ。葬儀は明日やる。六人まとめてな。霊の半分くらいはおとなしく冥界に行くだろ。ルイはここにいていいぞ。ここの裏手の墓地でやるから距離は近い。お前に移った霊はそのまま冥界まで行ける」
「半分ー?」
私の周りに漂ってるはずの霊に向かって、不服の声をあげた。
今更そんな数人の霊の増減は大したことないとも思うけど、この六人のためにマーガレットと会うのを一日遅らせているんだ。
せっかくなら全員未練を断ち切ってくれ。
「霊たちも望んで殺されたんじゃないさ。死の真相を知るまで、冥界に行けないって奴もいる」
「でもー! 霊さんたち! おとなしく未練を断ち切ってください! お願いします!」
「お父さんとお母さん、そこにいるの?」
「お?」
私が霊に情けなくお願いをしていると、不意にレオンの後ろから声がした。
ユーファが、鍋を両手に持って教会の入り口に立っていた。扉は閉めてたけど鍵はかけてない。足で開けたらしい。
公爵家で同じことをすれば、はしたないと怒られることだ。村ではそうでもないらしい。
「シチュー。村長さんが」
「あ、ありがとう……」
戸惑いながら、私は鍋を受け取った。神父様の同行者にパンだけでは味気ないと、気を回してくれたのだろう。良い人だな。
いやそれよりも。
「霊って? 死んだ人は、天国に行かない?」
「え、えっと。その。なんというか」
ユーファは小さい女の子だし、宗教関係者ではない。霊や死後の世界について、大人でもよくわからないことを知っているはずがない。地獄や煉獄のことも知らなさそうだし。
けど、死んだ両親のことだ。気になるのだろう。おしゃべりが苦手な子でも、人を想う心は本物だ。
でも、どうやって説明しよう。霊がここにいることも聞かれたようだし疑問に思われてる。というか、私が霊に話しかけてること、バレてる。
どうしよう。ちゃんと全部説明すれば、レオンの体質についても明かすことになる。そこから話が広まることを彼は望まないから、できれば避けたい。
誤魔化せばいいの? 霊なんかいません。私は虚空に向けて話すのが趣味の変な女ですって言う? 絶対に嫌だ。
「あー。なんというか、ね? 色々あるのよ。色々。ほら、あれよあれ。人の魂はずっと、その人の心に残り続けるのです……的な?」
「…………?」
途中から消え入りそうな声でやった説明は、ユーファの心には全く響かなかったようで、微かに首を傾げただけだった。
そうよね。自分でも何言ってるかわからなかったもの。人が二回繰り返して出てきて、意味不明だし。
「はあ……まったく」
レオンのため息混じりの声。あなたのために誤魔化そうとしてるのよと彼を見ると。
「未亡人のフリを忘れてる。顔もばっちり出してるし」
「あ……」
ベールも脱いでいた。
「ユーファ、お前の言う通りだ。ここに両親の霊がいる。人は、死ぬと体から霊だけが出てくる。それが冥界……死後の世界に行くための道を作るのが、お葬式やお供え物だ」
ユーファに必要な説明をする。ここまでは、宗教家たちには納得できる内容か。たとえ彼らが、霊が実際にどのように漂い、冥界に行くのかを知らなかったとしてもだ。
「そして俺は霊が見える。このこと、誰にも言わないでくれるか? 約束してくれたら、ユーファの両親がちゃんと冥界に行けるようにしてやる」
「……行けないかもしれない?」
「そうだ。普通にお葬式で、冥界まで行くかもしれない。神父も、そうなるよう努力する。けど、両親に未練があると、冥界に行くのを拒むかも」
「未練?」
ユーファはまた、首を傾げたまま尋ねた。
「ふたりを殺した、セライナって人とか」
「死んだお父さんとお母さんが、セライナのことで心配してるの?」
違う。心配なのはセライナ自体ではないと言うように、レオンは首を横に振った。
「お前のことだよ、ユーファ。村の近くに武器を持った悪人が隠れている限り、君にいつ危険があるかわからない。セライナが、また出てくるかもしれないから」
娘の安全が確保されるまでは行けない。なにも出来なくても見守りたいし、干渉できる生者である私を見つけた瞬間に憑く先を変えた。
親の愛ゆえだ。